LOGIN伯爵家の庶子であるエリオットは、『母親殺し』の異名を持つ悪役令息。 家族にも使用人にも疎まれ居場所がなかった。しかしエリオットは母親を殺してはいない。 だがある日、王より国を救うべく魔王への生贄嫁になれと命じられる。 魔力回復のための『儀式』である魔王との性交を行うことになるエリオット。 しかしその夜、いざ『儀式』を行おうとしたのだが、栄養不足の魔王が倒れてしまい!? 最弱魔力のツンデレ魔王✕健気な偽悪役令息の食改善から始まる溺愛ファンタジーBL
View More「――下げろ」
冷たく放たれた言葉とともに、エリオットは湯気を立てているスープ皿を手に取った。言葉以上に冷たい視線を痛いほど感じながら、今日もまた一日かけて作った料理を拒まれ、苦労を無にされてしまった、と思いながら。
「この俺に、こんな臭いものを口にしろと言うのか? こんなもので俺の魔力が回復するだなんて嗤わせるな、愚かな人間が」
椅子に反りかえって座るその者には、黒羊に似た角があり、その目もまた闇のように深く鋭い光が宿っている。妖しく光る|双眸《そうぼう》のある顔の造りは美術品のように整い、まるで人知を逸している。何故なら彼は、人ではない――魔王だからだ。
「申し訳ございません、魔王様。ですが、このスープには魔力向上の効能があると……」
「人間のくせに俺に指図するというのか?」
黒い瞳に鋭くにらみ据えられてしまうと、エリオットは何も言い返せない。事実この城に来て以来、自分がただの人間以外の何者でないことを、いやというほど彼に思い知らされてばかりなのだから。
それでも、自分がやらなくては。たとえただ人間風情がとののしられようとも、自分が彼の、魔王の魔力を回復させなくては母国に明日はないのだから。そしてそれは、自分の存在価値をなくすことにもなるのだから。
「さ、指図ではございません。ただ私は、魔王様のためを思って……」
「では聞くが、実際俺の魔力は向上しているとわかるのか? 魔力も持たぬ人間風情に、魔力の何がわかる。それでよく俺の魔力を向上させて見せるなどと言ったもんだ」
魔王の隣に立ちすくむエリオットに対し、次々と冷酷な言葉を投げつけられる。向けられる視線も氷のようで、腹の底が冷えていく。魔王という存在の不興を買い、その苛立ちを一身に受ける恐怖は、これまでのどんな記憶にも属さないほど強烈だ。
でも、とエリオットは皿の縁を握りしめながら思う。でもここで、自分が魔王の許から逃げ出すわけにはいかない。そんなことをしてしまったら、課せられた王命に背くというだけでなく、母国が一層傾いてしまう恐れがあるのだから。そうなってしまえば、いよいよエリオットの居場所も命もなくなってしまう。
「口ばかりの役立たずめ。相応の罰を与えてやろうか」
グッと食器ごと拳を握りしめるエリオットに追い打ちをかけるように、魔王が薄く笑いながらそう告げる。不気味な冷笑にエリオットは体を震わせ、ただそれにうつむいたままだ。
「申し訳、ございません……」
「……もうよい、下がれ。目障りだ」
手で払われ、エリオットは深く礼をし、拳を握りしめたまま広間を出て行く。背中に向けられる視線からの痛みに耐えかねたように、視界がにじみ始める。
悔しい。初めて覚える感情はひどくドロドロしている。こんな感情を自分がいだくなんて、エリオットはいまのいままで知らなかった。
だが、ここで魔王から逃げ出すわけにはいかない。国のためにも、何より、自分のためにも。
「……負けるものか」
誰に言うでもなく呟いた言葉を胸に、エリオットは再び厨房へと向かうのだった。
ようやく機嫌が良くなった所で、散歩をさせるついでにゼフがネヴィを連れ出してくれることになった。つかの間の二人きりの時間となり、途端に恥ずかしさが増してしまうのは何故なのか。 部屋の応接セットのところにはゼフが用意してくれたお茶やお茶菓子があり、二人はソファーに並んで座ってそれを味わっている。「ネヴィといると一日があっという間なんです。朝起きてから日暮れ寝てしまうまで、ずっとあの子に合わせて動いていると本当に一日が早いんですよ」 そう微笑みながらお茶を飲むエリオットは、出産前と変わらず愛らしい姿をしている。少し伸びた栗色の髪も、緑の大きな瞳も、アズラディーンには愛しさの象徴だ。 だから余計に会えなかった日々の切なさが胸に募り、反論してしまう。「俺にとっては、一日千秋よりも長い日々だったぞ。お前のいない日々は空虚でただただ長く……寂しかった」 小さくなっていく語尾に合わせるようにアズラディーンがうつむいていくと、その頭をエリオットがそっと抱き留めてくれる。久方ぶりに触れ合う彼はほんのりと甘い匂いがし、それが一層愛しさを煽っていく。「私も、寂しかったです……ずっと、こうしてアズラディーン様に触れたかった」「エリオット……」 名を呼び見つめ合うとそこには互いの唇があり、自然と惹かれ合っていく。数カ月ぶりに触れる唇は変わらずに熱く甘く、味わうごとに深く絡まっていく。「ッふ、ン……っは、っふぅ……アズ、ラディ……あ、ンぅ」 ソファーに組み敷くように横たえるエリオットの体に影を成しながら、そっとその首元に鼻先を押し付ける。やはり、エリオットからは甘い匂いがする。比喩でも気のせいでもなく、とろけるような懐かしいような匂いだ。これをできることなら、独り占めして味わってしまいたい。そんな欲望がむくむくと湧き上がってくる。「エリオット……その…
ゼフの計らいで実に四カ月ぶりにエリオットに会えることになったアズラディーンは、手持ちの中でも特にエリオットが好んでくれる服を選んだ。もちろん手土産も忘れていない。産後の体調を考えて新鮮な果物にしてみた。「アズラディーン様!」 エリオットの部屋は夫夫となる前に過ごしていた塔の中の部屋で、当時よりもより赤ん坊が過ごしやすい環境に整えてある。いずれここは成長したネヴィの個室にする予定だからだ。「ああ、エリオット。元気そうだな。なによりだ」 四カ月ぶりの対面で、エリオットも嬉しそうに駆け寄ってくれたと言うのに、アズラディーンはすました顔をしてしまう。寂しがってなどいないぞ、とアピールするかのような態度に、ネヴィを預かりに一緒に訪ねてきたゼフが呆れた顔をしている。「アズラディーン様が毎日お花を届けて下さっていたので寂しくありませんでした」 直接の対面ができない間、アズラディーンは毎日のように部屋の前に花束を届けていたのだ。特に置手紙などはつけていなかったはずなのに、エリオットにはわかっていたらしく嬉しそうに微笑んでいる。その笑顔に、アズラディーンの頬も緩んでいく。「そうか、それはなによりだ」「ネヴィもお父様のお花を見せるとすごくご機嫌になるんですよ」 ねー、と揺り籠の中にいる我が子に語り掛けるエリオットの姿に、アズラディーンの表情はこの上なくとろけていく。魔王の矜持はどこへやら……と、ゼフは苦笑気味に見守っているが、アズラディーンに構う様子はない。「ネヴィ、父が来たぞ。どれ、抱っこをしてやろう」 そう、アズラディーンが揺り籠の中を覗き込んだのだが、それまでニコニコとエリオットの顔を見つめていたネヴィの顔がたちまち泣き崩れていく。まるで化け物にでも遭遇したかのような泣き叫び様に、アズラディーンは慌てて顔をひっこ
「……もうよい、下げろ」 不機嫌さを隠さない声色で命じられた使い魔のゼフは、やれやれと言いたげにため息をついて皿を下げていく。主人である魔王アズラディーンに対して不遜に思われる態度かもしれないが、詳細を知れば使い魔にため息をつかれるのも無理はないと言える。「ゼフ、今日は何日だ」「ええっと、十九日でございますよ」 それが何か? と首を傾げるゼフに、アズラディーンは何でもないというように手を払う。 そうして残されたのは赤ワインの入ったグラスと呑みかけのボトル、それからいつもと変わりない赤身肉のステーキだ。 しかしアズラディーンは、好物であるはずのそれにほとんど手を付けていない。ナイフとフォークでひと口大に切り分けはするものの、ただもてあそぶようにそうするばかりだ。 先程ゼフに下げさせたのは、ゼフが作ってくれたミルクのシチューだ。野菜とたっぷりの月光草が入った料理で、これもアズラディーンの好物であるはずなのだが――美味しいと感じられなかった。「……ああ、ようやく四ヶ月になるのか」 一人きりになった食堂でそう呟き、テーブルを挟んで向かいの席を見やる。そこには誰もいない。いや、本来はいるはずなのだが……いまは席を同じうに出来ないでいると言うべきだろう。 アズラディーンの向かいに座るのは彼の伴侶であるエリオットなのだが、エリオットはいま四カ月前に生まれたばかりの我が子ネヴィに掛かりきりになっている。それは仕方がないことだ。 エリオットは元が人間の男性であったため、子どもを産むこと自体が異例である。そのため心身の回復に時間がかかっているため、魔力が強いアズラディーンの魔力にあてられすぎないためにも別室で過ごすことになっている。 それは致し方ない。愛しいエリオットに万一でも何かあってはならないのだから、背に腹は代えられぬ。 エリオットの手伝いも請け負ってくれているゼフによれば、産後の心身の回復には少なくとも三カ月は要するという話だ。
山々に囲まれた大陸の小国ヴェルクレイン国は、古来より魔王と関わりがある国として有名だ。その理由は、魔王の魔力と国の情勢が関係しているからだというが、最も信憑性が高い噂はとある生贄嫁の話だ。 とある時代、魔王の魔力が尽きかけ、ヴェルクレイン国の危機に陥ったことがあった。それは魔王に次ぐ上級魔物モルという者と、ハイランド伯爵家の結託による企みで引き起こされた人災であったのだ。 困窮した王はハイランド家で母親殺しと呼ばれていた令息を生贄嫁として差し出し、ヴェルクレイン国を救ったとされている。その仔細はその生贄嫁が魔王に愛を教え、真の意味で魔力を回復させたことによるとされているが、定かではない。 そうして魔物のモルは北の氷山に永久に封じられ、それと結託していたハイランド家は爵位はく奪の上追放となったという。「アズラディーンさま、バラの花が見事に咲きましたよ」「おお、随分と美しいな」 エリオットが大輪のバラを束にして抱えて入った先は魔王の書斎。ロイドメガネをかけて書物に目を通していた魔王にバラを見せると、エリオットはそれをひょいと放り投げてしまう。するとそれらは意思を持ったかのように動き出し、あっという間に書斎の机の大きな花瓶に活けられていく。 美しく飾られたバラに、魔王が感心したように目を丸くして微笑む。「だいぶ魔術も上手く操れるようになったようだな、エリオット」「はい。毎日ゼフに鍛えられておりますので」 そう苦笑するエリオットは照れたように頭に手をやり、そこに生える象牙色の羊に似た角に触れる。角の先端には耳飾りのような鈴が付いており、それは魔王の角の先端にも揺れている。 ささやかな二つの音が重なり、二人の距離がそっと縮まろうとしていた、その時だった。「|母様《かあさま》! |父様《とうさま》! ネヴィもお花をつんでまいりました!」 勢いよく書斎の扉が開き、小さな人影が