偽悪役令息は偏食魔王に溺愛される

偽悪役令息は偏食魔王に溺愛される

last updateLast Updated : 2026-08-04
By:  伊藤あまねOngoing
Language: Japanese
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伯爵家の庶子であるエリオットは、『母親殺し』の異名を持つ悪役令息。 家族にも使用人にも疎まれ居場所がなかった。しかしエリオットは母親を殺してはいない。 だがある日、王より国を救うべく魔王への生贄嫁になれと命じられる。 魔力回復のための『儀式』である魔王との性交を行うことになるエリオット。 しかしその夜、いざ『儀式』を行おうとしたのだが、栄養不足の魔王が倒れてしまい!? 最弱魔力のツンデレ魔王✕健気な偽悪役令息の食改善から始まる溺愛ファンタジーBL

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Chapter 1

*序章

「――下げろ」

 冷たく放たれた言葉とともに、エリオットは湯気を立てているスープ皿を手に取った。言葉以上に冷たい視線を痛いほど感じながら、今日もまた一日かけて作った料理を拒まれ、苦労を無にされてしまった、と思いながら。

「この俺に、こんな臭いものを口にしろと言うのか? こんなもので俺の魔力が回復するだなんて嗤わせるな、愚かな人間が」

 椅子に反りかえって座るその者には、黒羊に似た角があり、その目もまた闇のように深く鋭い光が宿っている。妖しく光る|双眸《そうぼう》のある顔の造りは美術品のように整い、まるで人知を逸している。何故なら彼は、人ではない――魔王だからだ。

「申し訳ございません、魔王様。ですが、このスープには魔力向上の効能があると……」

「人間のくせに俺に指図するというのか?」

 黒い瞳に鋭くにらみ据えられてしまうと、エリオットは何も言い返せない。事実この城に来て以来、自分がただの人間以外の何者でないことを、いやというほど彼に思い知らされてばかりなのだから。

 それでも、自分がやらなくては。たとえただ人間風情がとののしられようとも、自分が彼の、魔王の魔力を回復させなくては母国に明日はないのだから。そしてそれは、自分の存在価値をなくすことにもなるのだから。

「さ、指図ではございません。ただ私は、魔王様のためを思って……」

「では聞くが、実際俺の魔力は向上しているとわかるのか? 魔力も持たぬ人間風情に、魔力の何がわかる。それでよく俺の魔力を向上させて見せるなどと言ったもんだ」

 魔王の隣に立ちすくむエリオットに対し、次々と冷酷な言葉を投げつけられる。向けられる視線も氷のようで、腹の底が冷えていく。魔王という存在の不興を買い、その苛立ちを一身に受ける恐怖は、これまでのどんな記憶にも属さないほど強烈だ。

 でも、とエリオットは皿の縁を握りしめながら思う。でもここで、自分が魔王の許から逃げ出すわけにはいかない。そんなことをしてしまったら、課せられた王命に背くというだけでなく、母国が一層傾いてしまう恐れがあるのだから。そうなってしまえば、いよいよエリオットの居場所も命もなくなってしまう。

「口ばかりの役立たずめ。相応の罰を与えてやろうか」

 グッと食器ごと拳を握りしめるエリオットに追い打ちをかけるように、魔王が薄く笑いながらそう告げる。不気味な冷笑にエリオットは体を震わせ、ただそれにうつむいたままだ。

「申し訳、ございません……」

「……もうよい、下がれ。目障りだ」

 手で払われ、エリオットは深く礼をし、拳を握りしめたまま広間を出て行く。背中に向けられる視線からの痛みに耐えかねたように、視界がにじみ始める。

 悔しい。初めて覚える感情はひどくドロドロしている。こんな感情を自分がいだくなんて、エリオットはいまのいままで知らなかった。

 だが、ここで魔王から逃げ出すわけにはいかない。国のためにも、何より、自分のためにも。

「……負けるものか」

 誰に言うでもなく呟いた言葉を胸に、エリオットは再び厨房へと向かうのだった。

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*序章
「――下げろ」  冷たく放たれた言葉とともに、エリオットは湯気を立てているスープ皿を手に取った。言葉以上に冷たい視線を痛いほど感じながら、今日もまた一日かけて作った料理を拒まれ、苦労を無にされてしまった、と思いながら。 「この俺に、こんな臭いものを口にしろと言うのか? こんなもので俺の魔力が回復するだなんて嗤わせるな、愚かな人間が」  椅子に反りかえって座るその者には、黒羊に似た角があり、その目もまた闇のように深く鋭い光が宿っている。妖しく光る|双眸《そうぼう》のある顔の造りは美術品のように整い、まるで人知を逸している。何故なら彼は、人ではない――魔王だからだ。 「申し訳ございません、魔王様。ですが、このスープには魔力向上の効能があると……」「人間のくせに俺に指図するというのか?」  黒い瞳に鋭くにらみ据えられてしまうと、エリオットは何も言い返せない。事実この城に来て以来、自分がただの人間以外の何者でないことを、いやというほど彼に思い知らされてばかりなのだから。 それでも、自分がやらなくては。たとえただ人間風情がとののしられようとも、自分が彼の、魔王の魔力を回復させなくては母国に明日はないのだから。そしてそれは、自分の存在価値をなくすことにもなるのだから。 「さ、指図ではございません。ただ私は、魔王様のためを思って……」「では聞くが、実際俺の魔力は向上しているとわかるのか? 魔力も持たぬ人間風情に、魔力の何がわかる。それでよく俺の魔力を向上させて見せるなどと言ったもんだ」  魔王の隣に立ちすくむエリオットに対し、次々と冷酷な言葉を投げつけられる。向けられる視線も氷のようで、腹の底が冷えていく。魔王という存在の不興を買い、その苛立ちを一身に受ける恐怖は、これまでのどんな記憶にも属さないほど強烈だ。 でも、とエリオットは皿の縁を握りしめながら思う。でもここで、自分が魔王の許から逃げ出すわけにはいかない。そんなこと
last updateLast Updated : 2026-06-30
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*第一章 母親殺しと呼ばれた悪役令息 第一話*
「いいだろう? 私だってもう十九だ。馬小屋の仕事ぐらいできる、やらせてくれないか?」「あー……エリオットさま……お気持ちは有難いのですが……ここは俺たちにお任せいただけませんかね」  厩番の人手が足りないことは、もう随分と前から聞いていた。しかも最近では気性の激しい馬が新しく入ったと聞いていたので、何某かの力になれればと思い、早朝から馬小屋に顔を出してみたのだ。そうして馬たちにエサを与え、少しでも役に立てれば――ひいては少しでも誰かに好感を持ってもらえればとエリオットは考えていた。 「そこを何とか頼めないかな、この通りだ」  しかしそれは全く役に立つことはなく、むしろ見知らぬ人間が馬小屋に立ち入ったことで新入りの馬はおろか、他の馬たちまでも騒ぎ立て始める事態になってしまったのだ。 「しかしそう言われましても……現にここはもう手がいっぱいなんですわ」「…………」  年長の厩番が申し訳なさそうにそうエリオットに告げている間も、馬たちは鼻息荒く暴れまわり、飼葉を蹴散らしていなないている。まるで蜂の巣をつついたような騒ぎに、他の厩番たちもうんざりした顔をしているのが見えた。 「ったく……ご令息様の気まぐれで慣れないことに首を突っ込まれても困るんだよなぁ」「片付けはこっちがやらされるんだっつーのに」  聞こえよがし若い厩番たちが言い交わす言葉が聞こえ、エリオットは居た堪れなくなってくる。しかしそれでも、役に立ちたい気持ちに変わりはなく、つい目の前の厩番の男に縋るように請うていた。 「なあ、お願いだよ。私だけ、未だに馬に懐かれてないから……」  父親は勿論、一番上の兄もその下の兄も、この伯爵位にあるハイランド家の男子は乗馬が得意だ。だがただひとり、エリオットだけが馬に触らせてもらえてすらいない。何故だか馬がエリオットを怖がり、
last updateLast Updated : 2026-07-01
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第一話*2
「エリオット、お前また余計なことをしたらしいな。先程厩番たちから苦情を言われたぞ。馬に触りたいばかりに余計な仕事を増やしてくる、とな。まったく、子どもじゃないんだから要らぬ手をかけさせるな」 屋敷に戻った途端、泥だらけの姿を見咎められ、父に苦言を言われた。父は神経質そうな顔をしかめ、不愉快そうに小柄なエリオットを見下ろしてくる。 「そんな、私は……」「とにかく、母親殺し以上の面倒はもう御免だからな。余計なことをしてくれるなよ」  父にきつくそう言われ、エリオットは黙ってうなずくしかなかった。屋敷の主である父の言うことは絶対であり、エリオットに反論の余地もない。 「大体お前はやることなすこといつも余計なんだ。それなのに先日もまた厨房なんかに出入りして料理を覚えようとしたらしいな。ワシらを毒殺でもしようって言うのか?」「そんなことはありません! 私はただ、みんなに美味しいものを食べて欲しくて……」「ふん、どうだが。母親殺しのお前の言うことなど、真に受けるわけがないだろう」  そう言われてうな垂れるエリオットに、父は冷たい視線を向けてくる。エリオットへの愛情など欠片も感じられない眼差しに、心が押し潰されそうだ。 「まったく。十九にもなってもワガママばかり……。少しは家の役に立つことはできぬのか」  普段であれば、ここで父はそう苦々しく呟きながらエリオットを置いてどこかへ去ってしまうのだが、ふと「……そうか、お前はもう十九になったんだったか」と尋ねてきた。おずおずと顔をあげると、父がいつになく不気味で柔和な笑みを浮かべてこちらを見ている。 「は、はい……先日無事に十九を迎えました」  確かに先月エリオットは十九歳を迎えたが、庶子であるためか、兄たちのように盛大に祝いの宴を開かれたりすることはなかった。これまでに一度だって、そのようなことをしてもらった覚えもない。
last updateLast Updated : 2026-07-02
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 第二話*1
 それからエリオットが生贄嫁として嫁がされたのはわずか三日後の満月の夜だった。 王宮から用意された粗末な馬車に乗せられ連れて行かれたのは、国の北端にある山のふもと。その頂上にある要塞のような建物が魔王の城だ。 城の象徴的な建物と言える高い塔の脇には入り口となる大きな門があり、そこからエリオットは迎え入れられ、使い魔だという少年に案内されて広間へと通された。 広く薄暗い広間で待ち受けていたのは、玉座のような立派な椅子に気だるげに頬杖をついて脚を組んで座る黒づくめの男。黒羊にも似た角を持ち、深い闇色の瞳に堀の深い顔立ちは、暗がりでもわかるほど美しい。魔王とは言っても、見た目は二十代前半の青年のように見える。 そんな彼に惹き付けられるように見つめていると、エリオットを案内していた小太りの少年が深々と礼をしてひざまずく。 「魔王様、エリオットさまをお連れいたしました」  魔王、と少年に呼ばれた椅子の男は悠然とうなずき、「ご苦労だった、ゼフ」と言ってゼフと呼ばれた使い魔の少年を下がらせる。 「お前が今回の嫁だそうだな」「は、はい……エリオット=ハイランドと申します」「歳は?」「じゅ、十九になります……」「十九の男か……その割には小柄だが……まあ、儀式に差し支えはあるまい。若ければ若いほど、儀式の効果は上がると言うしな」  魔王はそう独り言ちたかと思うと立ち上がり、傍に控えていたゼフに「ただちに儀式の用意をせよ」と命じて広間を去って行く。その上背はエリオットよりはるかに高く見上げるほどで、背には黒く大きなコウモリのような翼があった。 エリオットの顔を、ろくに見もしなかった。何某かの取り柄があるのかとか、そんな質問さえなく、ただ年の頃を聞かれたのみ。しかもこれから何やら儀式が行われるという。 (結婚式でも、するのだろうか……?)  そもそも男性であっても嫁
last updateLast Updated : 2026-07-03
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第二話*2
 儀式の支度としてエリオットを待ち受けていたのは、丁寧な入浴と着替えだった。着替えとして差し出されたのは薄絹のガウン。それを手にしてようやく、エリオットは儀式が何を指しているのかを理解し始めていた。 魔王とこれから臨む儀式――それは、新婚の二人が過ごす初夜、つまり性交を行えというのだろう。 「え、じゃあ私……魔王様と睦み合うのか?」  呟いて思い至るのは、自分が生贄嫁と言う立場であることだ。生贄と言うからには、命がけで初夜に臨まなくてはならないということだろうか、と。 エリオットにこれまで懇意にしたような相手はおらず、そういった経験など皆無だ。最低限の知識として、夜伽の話を聞いたことはなくはないが、それは人間同士のそれである。ましてや、自分が生贄嫁として臨む行為など、知る由もない。そんな何の経験もない自分が、人知の及ばない相手である魔王を満足させられるのだろうか? 不安でじんわりと冷や汗がにじむ。 「でも、もし今からの儀式が上手くいかなかったら……ヴェルクレイン国はどうなってしまうんだ?」  傾く国を立て直すために生贄とされた自分が、儀式を失敗してしまったら。その末路は想像するに恐ろしい。エリオット自身が取って喰われるだけならまだしも、その咎が母国に残してきた家族、ひいては国全体に及ぶことも考えられる。それだけは、避けねばならない。 命じられるまま、流されるままにここまで来てしまったが、これは想像以上に重い役割を課せられているのではないだろうか。 にじむ不安と恐怖に血の気が引く思いで再びゼフに案内されたのは豪奢な造りの天蓋付きの寝台がある広い寝室だった。恐らくここは魔王の寝室なのだろう。 数本の蝋燭の灯りの中、エリオットは不安で気がどうかしてしまいそうな思いで、ただじっと寝台に座っていた。もう間もなく魔王が儀式という名の性交のためにやって来るかと思うと、平常心でいられない。それでも逃げずにとどまっているのは、ひとえに自分に課せられた役割を全うする責任感によるものだった。ここで逃げてしまえば、き
last updateLast Updated : 2026-07-04
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*第二章 魔王の魔力を回復に奮闘する生贄嫁 第一話*1
 ヴェルクレイン国の情勢を立て直すには、まず影響を与えてくる魔王の魔力を回復させなくてはならないのではないか。一先ずそこまでの仮説を導き出したエリオットであるが、何から手を付けて良いのかわからないのが現状だ。 (何より、魔王様の魔力がどうやれば回復するのか、その方法がわからない)  そもそもまず、魔王のことを何一つ知らないのだ。魔力がヴェルクレイン国と繋がっているらしいことだけは知ってはいるものの、それが弱まった場合に生贄嫁がどうすればいいのかがわからない。 「おそらく、昨日やろうとしていた儀式……睦み合うことでいままでは回復されてたんだろうけれど、いまはそれもできないみたいだし……」  頑強そうに見えたが、いまの魔王は相当に弱っているということが考えられる。通例の生贄や生贄嫁による儀式では間に合わないほどに、いまの魔王は弱い――最弱の状態なのだろう。そこまで弱った魔王を回復させるすべなど、果たしてあるのだろうか。なによりひとまずは、魔王様のことを知らないと始まらないのではないか。そう思い至ったエリオットは、早速ゼフに尋ねることにした。 「魔王様がお好きなものですか? そうですねぇ……魔王様は血の滴るようなレアの赤肉が大変お好きですよ。あと、赤ワインも」  そう言いながらゼフが厨房で見せてくれたのは見事な牛の赤肉の塊。確かにそれは押せば血がにじむほど立派な赤肉だ。ワインもまた上等な赤ワインのようで、魔王はそれらを毎晩食しているという。 人間であれば、胃腸が弱っている時にこのような料理を食したら余計に具合が悪くなるはずだ。あくまで推測の域を出ない話だが、それに類する考えとして魔王もまた同じ状態であることが言えるのではないだろうか。ならば消化にいいものを食べさせれば良いのでは。そう、エリオットは考えたのだ。 「ねえゼフ。今夜は私が魔王様のお食事を作りたいんだけれど、いいかな」「エリオットさまがですか?」 
last updateLast Updated : 2026-07-05
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第二章 第一話*2
 思い返せば、シチューは人間が食するもので、魔王の口に合うとは限らないのではないだろうか。だから、魔王はあんなに怒ったのではないだろうか。 翌日そう思い直したエリオットは、次なる対策を打ち出すためにまたしてもゼフの許へ向かう。魔王の好物を探るだけでなく、魔王についても聞きだすためだ。 「あれ? ゼフはどこにいるんだろう。それにしても、お城は広いな……」  城の中は広く、上へ下へ歩きまわってもそう簡単にゼフの姿は見つからない。エリオットが生まれ育った屋敷の数倍はある敷地と思われる。 しかし数ある部屋を見て回ってもゼフの姿はなく、それどころか他の魔物や使用人らしきものの姿もない。これはどういうことなのか。 「……やっぱりおかしい。どうして誰も見ないんだろう。もう数日ここにいるのに、魔王様の他に、ゼフしか姿を見たことがないなんて」  これだけ広大な敷地があるのであれば、管理もそれなりに手間がかかるはずで、相応の人員を要するだろう。それなのに、エリオットが魔王のもとに嫁いで数日、ゼフと魔王の他にこの城に住人らしき者の姿を目にしていないのだ。厨房にも鍛冶場にも馬場にも、門番のところにさえひと気がない。思いつく限りの場所を歩き回ってみたが、やはり誰もいなかった。 「だからなのかな……お城の中はなんだかすごく暗いんだよね。いまは昼まで日が射しているはずなのに」  回廊には大きなガラス窓があり、外からは日が射しこんでいるはずだ。それなのに視界に移る景色はどこか|霞《かすみ》がかかったように薄暗く、心なしか空気も重たい。そのせいなのか、単純に歩き回ったせいなのか、エリオットはひどく疲労感を覚えている。 「おかしいな……いくら敷地が広いとは言え、ただ歩き回っただけでこんなに息が上がるものなのか……なんだか、先日の魔王様の様子に似てる気がする……」  回廊の壁にもたれかかり、肩で息をしながら呼吸を整えていると、回廊の奥の
last updateLast Updated : 2026-07-06
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第二章 第二話*1
「魔王様の前では、魔力の話はなさらない方がいいですよ、エリオットさま」  塔にある自室に連れてこられたエリオットは、意識を取り戻し、ゼフから温かいハーブティーを受け取りながらそう言われた。 先程締め上げられたことで首の辺りには痣がついていたらしいが、それもゼフが魔術で取り払ってくれる。 ようやく人心地就いたエリオットであるが、ゼフの言葉には納得がいかない。 「なぜ? 魔王様の魔力と、ヴェルクレイン国は繋がっていると言われているのに。だから私が魔力を回復させるために生贄嫁に差し出された。いままでだって何人かいただろう?」「それはまあ、そうなんですけども……」  エリオットの問いに、ゼフはなんだか歯切れが悪い。言いよどむような素振りをし、言葉を選んでいるようにも見える。 (確かに魔王様にとって、目の前で魔力がないんでしょう、なんて言うのは失礼かもしれない。でもだからって、締め上げるほど怒ることか?)  自分という生贄嫁が差し出されている段階で、魔力が弱っていることは明白なのに。その疑問がゼフにも伝わったのか、大きなため息をつき、「おいらが言ったなんて言わないでくださいね」と、辺りを見渡しつつ口を開く。 「エリオットさまが仰る通り、これまでにも何人か魔王様のお嫁様としてここにいらした方々はいらっしゃいました。でも……そのどなたとも、魔王様は儀式を成し遂げられていないんです」「え? 誰とも?」  生贄嫁は少なくとも、ヴェルクレイン国の歴史上四名ほど差し出されており、その間隔はおおよそ数十年~百年ほどに一度と言われている。 でも、その誰とも儀式を成し遂げられていないとはどういうことなのか。 それが事実なのであれば、ヴェルクレイン国はもっと前から衰退していたと言うのだろうか? しかし国の記録によれば、日照りによる|飢饉《ききん》や水不足が顕著になって来たのはここ最近の話だっ
last updateLast Updated : 2026-07-07
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第二章 第二話*2
書斎はエリオットの部屋から数分歩いた場所にあり、入った途端、一面書架が立ち並んでいる。床から天井までびっしりと書物が収められていて、ゼフによれば一応書物の内容別に区分されているという。 そうして早速、エリオットは書架の中でも魔力や魔物の書物の納められているという場所に向かい、片っ端から読んでみることにしたのだが―― 「え、嘘だろ……文字が全然読めない……何だ、この文字……」  エリオットは母国語の他に近隣諸国の言語も独学で二~三語習得しており、日常会話や簡単な書物を読み下す程度の語学力はあるつもりだった。 だがいま目の前にしている書物の文字は、いままで習ったどの言語にも属さない、難読中の難読でとっかかりすらつかめない。 「これでは魔王様のことも魔力のことも何一つわからない……」  もしかして、エリオットが魔物の書物を読める人間なんだろうか? と思ったから、ゼフも先程不思議そうな顔をしていたのだろうか。なんにしても、一文字も読めない状態では知りたいことは何もわからないままだ。 折角魔王や魔物について何かわかるかと思ったのに……愕然とするエリオットがうなだれて開いた書物を眺めていると、「お前のようなものがここで何をしておる」と、頭上から声が降って来た。 驚き顔をあげると、エリオットが積み上げた本の手に取りながらこちらを見下ろしてくる魔王がそこにたたずんでいたのだ。 何をどう答えようかとエリオットが内心冷や汗をかいていると、魔王は手前にあった本を一冊ずつ眺めてタイトルを読み上げていく。 「『魔物の生態について』『魔力基礎知識集』『魔物基礎知識』……お前、書が読めるのか?」「国や家にあった本なら読めたので、こちらのものも読めると思ったんですが……まったく、読めませんでした」「当然だ。我ら魔族と人間とは文明がそもそも違う。そんなことも知らぬのか」「……すみません」  本を読みさえすれば
last updateLast Updated : 2026-07-08
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第二章 第三話
 魔力の回復によい草花がいくつかあることを、エリオットはどうにか読み解いた書物の中から見つけ出すことができた。 その内の一つが月光草というもので、月夜の晩にだけ咲く紫色の花だ。 「本当にこれはハッカのにおいがするんだな」  月明かりの下、エリオットはゼフに付き添われて庭の草花から月光草を見つけ出して摘み取る。一輪をそっと鼻先にやると、書物で見た通り確かにスッとするハッカのにおいがした。 「なんだか喉が痛い時なんかに煎じて飲んだら効きそうな気がするな」「ええ、そのような使い方も致しますよ。その場合は三日三晩干して、刻んで煎じるのです」  ゼフの話によれば、月光草の他にもユリに似た赤い花の根っこであったり、|蔓《つる》に生った実であったり、疲労回復に効果がある草花が城内には自生しているらしい。 月明かりを浴びて咲く草花は、儚そうでありながら凛としていて美しく、静かに存在を示している。 「この赤いリコリコの実をお酒に漬けるととても美味しくなるんですよ」「果実酒だね。そういうのは魔王様はお好きでないのかな」「結構お好きかと思いますよ。おいらと一緒に働いていた厨房の使い魔はよく好みでパイを作って差し上げてましたから」  それならば、とエリオットはリコリコと呼ばれるその実をいくつも摘み取っていく。一朝一夕で出来るものではないが、いつか――それこそいつか魔王といまよりも心が通わせられるようになっていたら――そのパイを作ってみようかとも考えたからだ。 (私が作った物で気に入って下さるかはわからないけれど、やってみる価値はありそうだ)  そうして籠いっぱいの月光草とリコリコの実を採取して、エリオットたちは厨房に向かった。   翌朝早く、エリオットは早速書斎で月光草のスープのレシピを探してみる。魔力につい
last updateLast Updated : 2026-07-09
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