「――いい加減にしろ、この悪徳の象徴め! 貴様のような薄汚い女、もはや我が婚約者ではない! 今この瞬間をもって、婚約破棄を言い渡す!」 怒声がシャンデリアの輝く大広間に響き渡った。 あまりの怒鳴り声に、自分の喉がビリビリと震えるのを感じる。 ……待て。今の声、俺か? 俺の声なのか? 視界が急激に明瞭になる。 脳を直接かき回されるような酷い眩暈と、他人の人生が濁流のように流れ込んでくる不快感。 パチリ、と意識のピントが合った。 目の前には、一人の女性が立っていた。 夜の帳をそのまま紡いだような銀色の髪。凍てつく冬の湖を思わせる、鋭くも美しい青い瞳。凛とした鼻筋と、震えるのを必死に堪えている薄桃色の唇。 純白のドレスに身を包んだ彼女は、床に膝をつき、周囲の貴族たちの嘲笑を一身に浴びていた。(……え、めちゃくちゃ綺麗。嘘、何この美少女。銀髪、吊り目、最高にドタイプなんですけど) 語彙力が消滅した俺の脳内は、目の前の美女への賛辞で埋め尽くされた。 だが、現実は残酷だった。 俺の意識とは裏腹に、俺の右腕は彼女の顔を指差し、口は勝手に次の暴言を紡ぎ出そうとしている。 いや、止まれ。止まってくれ俺の口。 こんな美少女を罵倒していい理由なんて、この世のどこにも存在しないはずだ。「聞こえなかったのか、エリザベート! 貴様の罪状は明らかだ。聖女ミリアへの数々の嫌がらせ、果ては暗殺計画まで……。言い逃れはさせんぞ!」 違う。俺が言いたいのはそんなことじゃない。 「さっきはごめん、ちょっと大きな声出しちゃったけど、とりあえず一緒にお茶でも飲んで君の魅力を三時間くらい語らせてくれないかな?」と言いたいんだ。 なのに、喉の奥からせり上がってくるのは、粘り気のある悪意に満ちた言葉ばかりだ。 その時、視界の端にパチパチとノイズが走った。 半透明のウィンドウが宙に浮き上がる。「……何だ、これ?」 周囲の人間には見えていないようだ。 そこには、俺がかつてやり込んだ乙女ゲームのデバッグモードに酷似した画面が表示されていた。【ログ:イベント「断罪の夜」進行中】【対象:エリザベート・フォン・アルトワ】【状態:絶望(深度:大)、婚約破棄確定】【プレイヤー状態:第一王子ヴィンセント(憑依:覚醒)】【スキル:デバッグアイ Lv.1 起動】 ヴィンセン
Last Updated : 2026-06-25 Read more