Share

第2回:俺の口が勝手に「国外追放」と言い放つ

last update publish date: 2026-06-25 07:59:19

 断罪劇という名の公開処刑が幕を閉じ、煌びやかな大広間には余韻のような冷たい空気が流れていた。

 エリザベートが兵士たちに連行されていった扉を見つめながら、俺の右腕はまだ隣にいる聖女ミリアの腰を抱いている。

 ……正直に言おう。今すぐこの腕を切り落として洗浄機に放り込みたい気分だ。

(おい、離れろ化け物。俺のパーソナルスペースを侵食するな。お前のその甘ったるい香水の匂い、デバッグアイで見ると『精神汚染物質』って表示されてるんだよ。臭いんだよ!)

 心の中では絶叫し、中指を百本くらい立てているのだが、現実は非情である。

 俺の顔は蕩けるような甘い微笑を浮かべ、喉からはうっとりとした声が漏れ出している。

「ようやく、あの目障りな女がいなくなったね、ミリア。これで私たちの邪魔をする者はいなくなった。君の輝かしい未来に、泥を塗る者はもういないんだ」

 うわああああああああ!

 何だ今の声! 脳が溶けそうなほど甘ったるい!

 俺か? これが俺の出した音なのか?

 自分の発言なのに、全身に鳥肌が立って止まらない。

 システムによる『ヴィンセント』としてのロールプレイ補正、恐るべし。

「まあ、ヴィンセント様。そんなに喜んでいただけるなんて、私、本当に幸せです。……でも、エリザベート様も、きっとすぐに反省してくださいますよね?」

 ミリアが俺の胸に顔を埋めて、上目遣いで言った。

 可憐だ。世が世なら国民的アイドル間違いなしの可愛さだ。

 だが、デバッグアイを起動している俺の視界には、彼女の頭上に浮かぶ不気味なステータスが刻一刻と変化しているのが見える。

【個体名:ミリア(精神寄生体・幼体)】

【状態:栄養摂取中(対象:第一王子の愛執・優越感)】

【満腹度:45パーセント】

 栄養摂取、だと……?

 こいつ、俺が吐いた甘い言葉や、周囲の人間がエリザベートを嘲笑した時に生じた「負の感情」を、物理的に食っていやがる。

 ミリアが満足げに吐息を漏らすたび、俺の首筋に突き刺さった見えない触手がドクドクと脈動し、俺の生命力か精神力のようなものを吸い上げている感覚がある。

 このままでは、俺はこの化け物の「餌」として枯れ果てて死ぬだけだ。

「さあ、ミリア。夜も更けてきた。君を部屋まで送り届けよう。大切な聖女を、こんな冷たい場所にいつまでもいさせるわけにはいかないからね」

 俺の脚が、意志に反して優雅に一歩を踏み出す。

 エスコートの仕方も完璧だ。前世の俺なら絶対に不可能な、洗練された王族の立ち振る舞い。

 まるで自分という存在が、巨大な着ぐるみの内側に閉じ込められているような感覚。

 操縦桿を握っているのは俺じゃない。この世界の「シナリオ」という名のプログラムだ。

 大広間を出て、静まり返った廊下を歩く。

 壁に並ぶ肖像画の歴代王たちが、俺のことを「この愚か者め」と蔑んでいるような気がしてならない。

 ミリアを彼女の豪華な客室まで送り届け、ようやく解放されるかと思ったその時だった。

「――お兄様!」

 背後から、幼い、けれど鋭い叫び声が響いた。

 俺の身体が、これまた優雅な動作でゆっくりと振り返る。

 そこに立っていたのは、十歳ほどに見える少女だった。

 燃えるような赤髪を二つの結び目にまとめ、豪華なドレスの裾を振り乱して走ってきた彼女。

 俺の妹であり、この国の第一王女、レティシアだ。

(レティシア……!)

 俺の記憶が、彼女の情報を呼び起こす。

 彼女はエリザベートを実の姉のように慕っていた。

 幼い頃、母を亡くした彼女に、礼儀作法から勉強、果ては遊び相手まで務めていたのが、他ならぬエリザベートだったのだ。

 レティシアの大きな瞳には、溢れんばかりの涙が溜まっている。

 彼女は俺の目の前まで来ると、小さな拳を握りしめて俺を睨みつけた。

「お兄様、今すぐ、今すぐエリザベートお姉様を連れ戻して! お姉様が暗殺なんてするわけないわ! あんなに優しくて、お兄様のことを誰よりも大切に思っていたお姉様が、どうしてあんな酷い目に遭わなきゃいけないの!?」

 レティシアの声が震えている。

 その必死な訴えに、俺の心臓が激しく脈打った。

 そうだ。その通りだ、レティシア。お前の言うことが百パーセント正しい。

 俺も今すぐ城の門まで走っていって、彼女を乗せた馬車を身体を張って止めたい。

 そして「全部ドッキリでした! さあ城に帰ってお茶にしましょう!」と叫びたいんだ。

(ああ、クソ、今すぐ抱きしめてやりたい。ごめんな、レティシア。兄さんは今、ちょっと化け物に脳をいじられててな……)

 俺は、彼女の小さな頭を撫でてやろうと、手を伸ばそうとした。

 だが、その瞬間。

 視界に真っ赤なシステムメッセージが乱舞した。

【警告:メインキャラクターとの関係性に齟齬が発生しています】

【修正:冷酷な第一王子としての振る舞いを選択してください】

【罰則:強制介入を実行します】

「ッ……あが……」

 脳内を直接火で炙られるような激痛。

 あまりの熱さに、意識が飛びそうになる。

 そして、俺の意志とは正反対の言葉が、氷のように冷たい響きを持って唇から漏れた。

「……うるさいぞ、レティシア。子供が政治に口を出すな」

 嘘だ。今の俺の声か?

 冷酷、無関心、そして微かな嫌悪。

 そんな感情を完璧にブレンドした、最悪の兄の声。

 レティシアが、目を見開いて絶句した。

 彼女が知っているヴィンセント兄様は、厳しいけれど妹想いの、誇り高い騎士のような人だったはずだ。

 そんな兄から向けられた、あまりにも汚らわしいものを見るような視線。

「お、お兄様……? そんな、どうして……。お姉様が……あんなに悲しそうな顔をして……」

「しつこいと言ったはずだ。罪人は裁かれた。それだけのこと。これ以上その名前を口にするなら、お前も同じ場所に送ってやろうか?」

 俺の口、止まれ! それ以上言うな!

 妹まで脅してどうするんだ!

 心の中でどれだけ叫んでも、俺の表情はピクリとも動かない。

 それどころか、俺はレティシアを無視して、再び歩き出した。

 背後で、レティシアが床に泣き崩れる気配がした。

(クソ、クソクソクソ! 何なんだよこの世界は! 俺はただ、可愛い婚約者と仲良くして、可愛い妹を可愛がりたかっただけなのに!)

 自室に戻るまでの廊下が、永遠に続くかのように長く感じられた。

 ようやく豪華な自室の扉を閉め、召使いを全員下がらせたところで、ようやく俺は床に膝をつくことができた。

 ハァ、ハァ、と荒い呼吸が漏れる。

 ようやく「自由行動」が許可されたらしい。

 身体を縛っていた透明な糸が、スッと消えたような感覚。

 俺は這うようにしてデスクへ向かい、そこに置かれた『国外追放命令書』の控えを手に取った。

 そこには、俺自身の直筆で、エリザベート・フォン・アルトワの名前と、彼女が今日中に王都から追い出されることが記されている。

「国外追放……。今から馬車に乗せられて、北の国境まで連れて行かれる。そこから先は、魔物が徘徊する未開の地だ」

 ゲームの知識が、最悪の結果を脳内に展開する。

 エリザベートは、公爵令嬢として育てられた。サバイバルの経験なんてあるはずがない。

 しかも、彼女は精神を無効化するスキルはあっても、戦闘スキルが特別高いわけではない。

 このまま放り出せば、三日と持たずに路傍で果てるか、魔物の胃袋行きだ。

「助けなきゃ。でも、俺が直接動けば聖女にバレる……」

 俺は震える手でデバッグアイを起動した。

 自分自身のステータスを詳細に解析する。

【プレイヤー状態:ヴィンセント】

【現在進行中フラグ:『聖女への献身』】

【制約:ヒロイン(ミリア)への敵対行動不可、メインシナリオの改変不可】

 がんじがらめだ。

 俺が兵を出して彼女を護衛させることも、追放を中止することも、システムが許さない。

 無理にやろうとすれば、またあの激痛が走り、強制的に「悪役」へと戻されるだろう。

 だが。

 俺はデバッグ画面の隅にある、小さな数値に目を留めた。

【システム・ディレイ:0.00秒】

 これは、俺の意志が身体に伝わってから、システムがそれを「修正」するまでの猶予時間だ。

 今はゼロ秒。つまり、何かをしようとした瞬間に修正が入る。

 だが、このデバッグアイのレベルを上げれば、このディレイ時間を延ばせるのではないか?

 一秒、いや、コンマ数秒でもあれば、システムにバレずに「何か」ができるはずだ。

「……待ってろ、エリザベート」

 俺はデスクの上の羊皮紙に、ペンを走らせようとした。

 彼女への謝罪。そして、これから向かうべき安全な場所への地図。

 だが、ペンを持った手が、ガタガタと震えだす。

【警告:対象への利益供与を検出】

【修正:内容を『呪詛』に変更します】

 俺の意志を嘲笑うように、ペンが勝手に動き出す。

 「元気でいてくれ」と書こうとした文字が、「地獄へ落ちろ」という残酷な罵倒へと書き換えられていく。

「ッ……ああああ!」

 俺はペンを床に叩きつけた。

 ダメだ。直接的なメッセージは、すべて検閲されてしまう。

 言葉はダメだ。手紙もダメ。

 俺という存在を通したあらゆる表現が、システムという巨大なフィルターにかけられ、汚物に変換されてしまう。

 俺は窓の外を見た。

 王都の門へ向かうであろう馬車の明かりが、遠くに見えた。

 彼女は今、あの中で一人で泣いているのだろう。

 俺を恨み、世界を呪いながら。

(……いや、違う。言葉がダメなら、システムそのものを騙せばいいんだ)

 俺は再びデバッグアイの画面を開き、膨大な「世界の数値」の中から、一つの項目を探し出した。

【対象:エリザベート・フォン・アルトワ、現在地:座標 35.12, 139.44】

【周囲のエンカウント率:標準】

【敵対個体の平均レベル:15】

 俺は、その「エンカウント率」という項目を指でなぞった。

 これならどうだ?

 彼女に直接「頑張れ」と言うのはロールプレイ違反だが、彼女の周りにいる魔物の出現率を弄るのは、単なる「環境データの調整」ではないのか?

 俺は祈るような気持ちで、その数値を引き下げようとした。

 指先が、目に見えない抵抗にぶつかる。

 だが、Lv.1のデバッグアイが、微かな光を放った。

【事象への干渉を試行中……。成功率5パーセント】

 パシッ、と静電気が走ったような衝撃。

 数値が、ほんのわずかだけ、書き換わった。

【周囲のエンカウント率:標準 → 低減(極小)】

「……っ、できた!」

 これだけでは、彼女が救われるわけではない。

 だが、少なくとも今夜、彼女を乗せた馬車が魔物の群れに襲われる確率は、わずかに下がったはずだ。

 俺は汗だくになりながら、窓枠を掴んだ。

 これが俺の戦いだ。

 愛する女を罵倒し、世界中からクズと蔑まれながら、裏側で数値を弄り回す。

 かっこよさの欠片もない。ヒーローとは程遠い、卑怯で孤独なハッキング。

 でも。

 俺は、あの美しい銀髪が魔物の血に染まる未来だけは、絶対に書き換えてみせる。

「見てろよ、クソシステム。俺のゲーム愛を、……オタクの意地を、舐めるなよ」

 夜の王宮で、俺はたった一人で「世界の裏側」への挑戦状を叩きつけた。

 まだLv.1だ。できることはゴミみたいな数値の改変だけ。

 それでも、俺はここから這い上がる。

 聖女の喉笛を掻っ切り、エリザベートの隣に戻るその日まで。

 その時、俺のステータス画面に、新しい通知が届いた。

【スキル:デバッグアイの経験値を獲得】

【レベルアップまで:残り99】

「……道のりは長いな、おい」

 俺は苦笑し、再びデバッグ画面の海へと没頭していった。

 一睡もするつもりはない。

 彼女が国境を越えるまでの数日間、俺は一秒も欠かさず、彼女の周囲の「運命」をデバッグし続けてやる。

Continue to read this book for free
Scan code to download App

Latest chapter

  • 婚約破棄された公爵令嬢は、偽りの魔王を討ち果たす ―クズ王子に転生した俺、世界を騙して君を救う―   第30回:姿なき守護者。エリザベートの困惑

     吹雪が止んだ北方の山嶺。 エリザベートは、自らの掌を見つめながら立ち尽くしていた。 先ほど飲んだ「差し入れの薬」の効果は絶大だった。 魔力回路はかつてないほど活性化し、全身に力が漲っている。 レティシアも、まるで疲れを知らない子供のように、雪道を軽快に歩き続けていた。 だが、エリザベートの心には、拭いきれない困惑が積もっていた。(おかしい。あまりにも……出来過ぎている) 追放されてからの日々を振り返れば、それは「奇跡」という言葉でも足りないほどの連続だった。 襲いかかってきた野犬は牙を剥きながらも力なく、最強を誇ったはずの巨人は剣を振るう前に砕け散った。 そして、毒薬の疑いすらあった飲み物は、最高級の霊薬となっていた。「お姉様、どうしたの? そんなに難しい顔をして」「……いえ。ねえ、レティシア。貴女は、誰かの視線を感じない?」 エリザベートが周囲を見渡すが、そこには凍てつく岩肌と、白銀の世界が広がっているだけだ。 だが、彼女には確かに感じられた。 自分たちを、空のどこかから、あるいは世界の裏側から見つめている、圧倒的な密度の「何か」を。 ――その「何か」は、今この瞬間も、彼女の命を救おうとしていた。 断崖絶壁の細い道。 上方の積雪が、わずかな振動で崩れ始めた。 音もなく滑り落ちる巨大な雪塊。それは回避不能な速度で、エリザベートたちの頭上へと迫る。(――っ、レティシア!) エリザベートがレティシアを抱き寄せ、衝撃に備えて目を閉じた。 だが、衝撃は来なかった。 ドォォォン、という凄まじい轟音が響いたが、彼女たちの体には雪のひとかけらも当たらない。 恐る恐る目を開けると、巨大な雪崩は、彼女たちのわずか数センチ手前で、まるで見えない壁に突き当たったかのように、不自然な角度で左右へと逸れて流れていた。『物理演算エラー:流体摩擦および慣性ベクトルの強制偏向』

  • 婚約破棄された公爵令嬢は、偽りの魔王を討ち果たす ―クズ王子に転生した俺、世界を騙して君を救う―   第29回:毒薬を栄養ドリンクに書き換える作業

     北方平原の「戦場ピクニック」を無事に終えたエリザベートたちに対し、ミリアの忍耐はついに限界を迎えていた。 王宮の私室に戻った彼女は、もはや猫を被ることも忘れ、どす黒い怨念を煮詰めたような顔で魔法の水晶を睨みつけている。「……あり得ませんわ。あんなデタラメ、許されるはずがありません。魔物が避ける? 陽光が差す? 神の加護だなんて、そんな安い奇跡、私が認めません」 ミリアの背後で、俺は椅子の肘掛けを強く握りしめていた。 身体侵食率が上昇した影響で、視界の端が時折バグったように色彩を失う。だが、ここで気を抜けば、俺の意識そのものがシステムに飲み込まれる。「……ミリア。焦ることはない。運というのは、使い果たした時が一番無様な死を迎えるものだ。……ところで、君が用意した『次の余興』は何かな?」 俺は冷酷な笑みを浮かべ、彼女を煽る。 ミリアは口元を歪め、引き出しから小さな、虹色に輝く小瓶を取り出した。「ふふ、ヴィンセント様。暴力が効かないなら、慈愛で殺せばいいだけのことですわ。……これですわ。『聖なる涙』。表向きは傷を癒やす秘薬ですが、その実、魔力回路を内側から焼き尽くし、魂を泥に変える最凶の呪毒ですわ」 ミリアは、離宮付近に潜伏させていた隠密の侍女に、この毒を「王都に残った支援者からの差し入れ」として届けさせる手はずを整えていた。(……呪毒だと? 今の満身創痍のエリザベートがそんなもん飲んだら、即座にロスト確定じゃねえか!) 俺は内心で戦慄しながら、デバッグアイを起動した。 遠隔視の映像。離宮の影で休息をとるエリザベートとレティシアの元へ、一人の女が近寄っていく。 女は涙ながらに「ヴィンセント殿下からお二人を守るよう命じられました」と嘘をつき、毒入りの水筒を差し出した。「お兄様が……? あのお兄様が、私たちを……?」 レティシアが困惑しながら水筒を受け取ろうとする。 エリザベートも、疑いながらも渇きと疲労で判断力が鈍っていた。(今だ……! レベル二権限、パッチ・ア

  • 婚約破棄された公爵令嬢は、偽りの魔王を討ち果たす ―クズ王子に転生した俺、世界を騙して君を救う―   第28回:王女様のピクニックは、戦場を横断する

     暗殺者たちが全滅し、エリザベートが謎の光に包まれて傷を癒やしたという報告が王宮に届いた。 当然、ミリアの機嫌は最悪だ。 豪華な私室の壁には、彼女が苛立ちのあまり叩きつけた触手の跡が、どす黒い染みとなって幾筋も刻まれている。「おかしいわ。絶対におかしいですわ。あの暗殺者たちは、この国でも指折りの実力者だったはずです。それが……傷一つ負わせられずに全滅だなんて」 ミリアは長い爪を噛みながら、部屋の中を獣のように徘徊している。 その背後に座る俺は、ティーカップを持つ手が震えるのを必死に抑えていた。 レベルアップの恩恵でMPこそ回復したが、身体侵食率五パーセントという代償は重い。 指先が時折、自分の意思とは無関係にピクリと跳ねる。「……ミリア、落ち着きなさい。あの女はかつて聖女候補だった。死の間際で、失われていた魔力が一時的に暴走したに過ぎない。……だが、そんな奇跡は二度は起きないさ」 俺は声を絞り出し、冷酷な婚約者の顔を維持する。 実際には、俺がレベル二になった権限で、世界に新しい仕様を追記した結果なのだが。「……ええ。そうですわね、ヴィンセント様。奇跡なんて、そう何度も起きてたまるもんですか。……ねえ、あの方たちは今、北方平原の激戦区に向かっているのでしょう?」 北方平原。そこは現在、北の魔族と王国の辺境伯軍が衝突を繰り返している最前線だ。 血生臭い風が吹き荒れ、飢えた魔物と亡霊が跋扈する、文字通りの戦場である。「なら、そこであの方を歓迎してあげましょう。……私の特別な魔力で、戦場のすべての魔物を狂暴化させてあげますわ。……逃げ場のない戦場、四方八方から襲いかかる狂った獣。……今度こそ、あの方の悲鳴が聞こえるはずですわ」 ミリアが邪悪な笑みを浮かべ、窓の外の北の空へ向かって両手を広げた。 彼女から放たれたどす黒い魔力の波が、空を赤く染めながら北へと飛んでいく。(……マズい。広域狂暴化か。今のエリザベートとレティシアがそんな場所に突っ込んだら、いくら攻撃力を回復に変えるパッチを当

  • 婚約破棄された公爵令嬢は、偽りの魔王を討ち果たす ―クズ王子に転生した俺、世界を騙して君を救う―   第27回:システム警告。これ以上、彼女を助けられません

     視界が、真っ赤な警告色で埋め尽くされている。 王宮の執務室、ミリアの冷たい肌の感触を背中に感じながら、俺は意識の深淵で絶叫に近い警告音を聴いていた。 これまでの遠隔デバッグは、いわば「小細工」だった。 摩擦係数を変える、重力をわずかに弄る。それらは世界の理の範疇で説明がつく「誤差」として処理されていた。 だが、今、エリザベートを狙う残りの暗殺者二人は、その誤差さえも技術でねじ伏せようとしている。(クソ、あいつら……滑る地面を逆に利用して加速しやがった。ナイフが飛ばなきゃ、直接喉を掻き切ればいいってか。流石はプロだ、対応が早すぎる!) エリザベートはバルムンクを構え、必死に猛攻を凌いでいる。 だが、多勢に無勢。暗殺者の連携は、彼女の未熟な剣筋を確実に追い詰めていた。 俺は焦り、さらに深い階層のコードへと手を伸ばす。(だったら、あいつらの存在そのものを「一時停止」させてやる! 全パラメータを強制的にゼロに――) その思考が形になるより早く、脳内に雷が落ちたような衝撃が走った。【緊急警告:システム許容限界を超えた干渉を検出】【判定:プレイヤーによる世界法則の過剰な破壊行為と見なします】【ペナルティ:これ以上の直接介入は、プレイヤーの存在消失(デリート)を招きます】 目の前の透過ウィンドウが激しく点滅し、「アクセス拒否」の文字が並ぶ。 俺の指先が、ガタガタと震え始めた。「……あ……っ、が……」 喉の奥からせり上がるのは、鉄の味だ。 胃に穴が開くどころの話じゃない。全身の血管が、内側から高圧洗浄機で洗われているような激痛が走る。「ヴィンセント様? どうかなさいましたの? そんなに震えて……まるで、誰かに首を絞められているみたいですわ」 ミリアが俺の首筋に指を添える。 その指先から流し込まれる彼女の魔力が、デバッグで疲弊した俺の精神を泥のように汚していく。 助けたい。だが、システムが俺の手を弾き飛ばす。

  • 婚約破棄された公爵令嬢は、偽りの魔王を討ち果たす ―クズ王子に転生した俺、世界を騙して君を救う―   第26回:本気の暗殺者と、やる気のない俺

     王宮の執務室。俺は豪華なソファに深く腰掛け、窓から見える夕焼けを眺めていた。 傍らには、俺を監視するように聖女ミリアが座り、甘ったるい香りの紅茶を啜っている。「ヴィンセント様、そんなにため息ばかりついて、どうなさいましたの? もうすぐ、あの方の首が届くというのに」「……ああ、退屈なんだよ、ミリア。あんな女一人を消すのに、プロの暗殺者なんて大げさすぎる。結果が分かりきっている勝負ほど、つまらないものはないだろう?」 俺はわざとらしくあくびをしてみせた。 ミリアは「ふふ、贅沢な悩みですわね」と微笑み、俺の肩に頭を預けてくる。 だが、俺の脳内は今、オーバーヒート寸前の計算機のように熱を持っていた。(……退屈なわけあるかよ! ミリアが放った影の爪は、レベル六十オーバーの化け物揃いだ。今のエリザベートじゃ、かすっただけで即死するぞ!) 城から動けないという制約。これはデバッガーにとって、通信遅延(ラグ)との戦いを意味していた。 俺はまぶたの裏側でデバッグアイを全開にし、北の雪原を走る三つの黒い影を捉える。【デバッグアイ:遠隔観測モード展開】【対象:暗殺ギルド・影の爪(三名)】【状態:隠密、加速、殺気抑制】【現在地:北方渓谷、エリザベートの拠点まで残り五百メートル】 暗殺者たちは、まさにプロだった。 無駄のない動きで雪を踏みしめ、風の音に紛れてエリザベートの背後へと肉薄する。 リーダー格の男が、毒が塗られた短刀を抜き放った。(させるかよ。プロの技術が通用するのは、この世界の物理法則が正常に動いている間だけだ!) 俺はミリアに悟られないよう、膝の上で組んだ手に力を込める。 システム・ディレイ、零コンマ零五秒。 その隙間に、俺は暗殺者たちの足元にある特定の数値を入力した。【デバッグアイ:物理定数ハック実行】【対象:暗殺者Aの靴底と地面の接触面】【項目:摩擦係数 0.8→0.00】【対象:暗殺者Bの投擲ナイフ】

  • 婚約破棄された公爵令嬢は、偽りの魔王を討ち果たす ―クズ王子に転生した俺、世界を騙して君を救う―   第25回:聖女「殺しちゃえばいいじゃない」 俺「ヒエッ」

     王都へ戻る馬車の揺れは、今の俺にとっては拷問に近い。 座席に深く沈み込みながら、俺は必死に胃から逆流しようとする不快感を飲み込んでいた。 隣では、聖女ミリアが窓の外を眺めながら、退屈そうに指先で俺の腕をなぞっている。 その感触は、冬の凍土のように冷たく、毒蛇の鱗が這うような粘り気のある不快感を伴っていた。 彼女の機嫌は今、静かだが確実に「沸点」へと近づいている。「ねえ、ヴィンセント様。私、なんだかとても不思議なのですわ。騎士団は迷走し、巨人はまるで風に吹かれた紙細工のように爆散し……まるで世界そのものが、あの方に味方しているみたい。そうは思いませんこと?」 ミリアの声はどこまでも甘く、それゆえに鋭利な刃物のような殺気を孕んでいた。 俺は冷や汗をハックして強引に止めながら、精一杯の「クズ王子」らしい軽薄な笑みを顔に貼り付ける。「……ま、まさか。そんな偶然、あるわけがないよ、ミリア。きっと、北の地の魔物が想定以上に弱体化していたか、あいつが何か卑怯な魔導具でも隠し持っていたんだろう。あんな女に、加護なんてあるはずがないさ」 俺は必死に言葉を紡ぐが、ミリアは俺の顔を見ようともせず、赤い瞳をさらに細めた。「もう、言い訳は聞き飽きましたわ。兵士も魔物も、リソースの無駄遣い。ならば――もっとシンプルに、プロを送り込めばいいだけのことですわね」 ミリアがその薄い唇を釣り上げた瞬間、俺の網膜だけに展開されているデバッグアイが、凄まじい勢いで警告ログを走らせた。【警告:メインシナリオの強制書き換えを検出】【事象:聖女ミリアによる暗殺ギルドへのリソース割当】【ユニット:一級暗殺者、影の爪、三名】【ステータス:攻撃力特化、不可視化スキル保有、対魔障壁完備】【予測:対象エリザベートの生存確率、十パーセント以下に急落】(……ヒエッ!? ガチの暗殺者かよ! 今までみたいな、調整のしやすい見かけ倒しの巨人とは次元が違うぞ!) 俺は内心で絶叫した。 プロットによれば、ここから

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status