登入乙女ゲームの悪徳王子ヴィンセントに転生した俺。 やったぜ、バラ色の王子生活!……と思いきや、現実は詰んでた。 聖女ミリア(中身はバケモノ)に精神をハックされ、逆らえば即デリート。 最愛の婚約者エリザベートは、冤罪で今にも処刑されそう。 「え、俺の人生、難易度設定バグってない?」 そこで俺に目覚めたのは、世界の法則を書き換える【デバッグアイ】。 代償は「俺が世界一のクズ」を演じ続けること。 エリザベートからは本気で嫌われ、俺はデバッグの反動で毎日盛大に吐血中。 果たして、俺の胃に穴が開くのが先か、彼女が俺を「魔王」として討ちに来るのが先か。 勘違いと吐血とバグにまみれた、死に物狂いの勇者育成ゲームが今、始まる!
查看更多ミリアとの地獄のような朝食を終え、俺はようやく自室という名の「デバッグルーム」へと帰還した。 扉を閉め、鍵をかけ、背中でその重厚な木材を押し付けるようにして深々とため息をつく。(……死ぬ。死ぬぞこれ。精神の摩耗が激しすぎる。ブラック企業の連勤どころか、二十四時間体制で魂を削り取られてる気分だ) 俺はふらつく足取りで、部屋の隅にある等身大の鏡の前に立った。 鏡の中には、黄金の髪を完璧にセットし、冷徹さと高貴さを煮詰めたような顔をした美青年が映っている。 第一王子、ヴィンセント。 この端正な顔の裏側で、俺は今、自分を呪っていた。(見てくれよ、この『悪い男』のテンプレみたいなツラ。こんな顔で、あんなに可愛いエリザベートに『消えろ』なんて言ったのか? 前世の俺なら、あんな美少女が相手なら一秒で平伏して靴を舐めてる自信があるぞ) 俺は呪縛が解けている今のうちに、デバッグアイを全開にした。 視界がデジタルなノイズに包まれ、いくつものウィンドウが展開される。 俺が探すのはただ一つ。エリザベートの現在地と、その「ビジュアルデータ」だ。「……いた。よし、同期完了。座標確認、北緯三十七度、東経百二十……。馬車は順調に進んでるな」 俺の視界の隅に、小さな小窓が投影される。 そこには、簡素な護送馬車に揺られるエリザベートの姿があった。 窓から外を眺める彼女の横顔。 銀糸のように細く、月光を反射して輝く髪。 少し吊り上がった形の良い目は、冷たさと強さを同居させているが、今はその端に消えない悲しみが張り付いている。 そして、キュッと結ばれた薄い唇。(……ああ。尊い。尊すぎる。なんだこの造形美。前世の俺が何百万円課金しても手に入らなかった『最高レアリティ』の輝きがそこにある) ぶっちゃけて言おう。 エリザベートは、俺の性癖を具現化したような存在だった。 俺は前世から、いわゆる「クーデレ」や「氷の令嬢」といった属性に弱かった。 高嶺の花であればあるほど、その花が自分だけに一瞬
結局、一睡もできなかった。 豪華な天蓋付きのベッドに横たわってはみたものの、目を閉じればエリザベートの絶望に満ちた顔が浮かび、目を開ければデバッグ画面の膨大な数値が網膜を焼きに来る。 俺は一晩中、彼女の現在地を示す座標と、その周囲のエンカウント率、さらには天候データまでをも監視し続けた。(……ふふ、ふふふ。国境付近の天候、『晴れ』に固定完了。これで彼女が雨に濡れて風邪を引く心配はない。さらに、道中の野生の猪の攻撃力を『マイナス九十パーセント』に書き換えておいた。もはや今の猪は、突進してきてもちょっと強めのマッサージをしてくれるだけの毛玉だ) 目の下にクマを作り、虚空を見つめながら不敵に笑う王子。 端から見れば、婚約者を追い出して狂ったサイコパスにしか見えないだろう。 だが、俺の心は充実感に満ちていた。これがオタクの、そしてデバッガーの愛の形だ。 たとえ直接会えなくても、俺は世界の理を捻じ曲げて彼女を甘やかす。 そんな俺の「自由時間」を告げる鐘が鳴り、部屋の扉がノックされた。「ヴィンセント様、お早うございます。ミリアがお迎えに上がりましたよ」 その声を聞いた瞬間、俺の身体がバネ仕掛けの人形のように跳ね起きた。 心拍数が跳ね上がり、顔の筋肉が勝手に「恋に落ちた男の顔」へと成形されていく。(来た。化け物……いや、この世界の自称メインヒロイン、聖女様だ) 扉が開き、朝日を背負ってミリアが入ってきた。 昨晩の夜会とは打って変わって、清楚な白を基調とした神殿の法衣に身を包んでいる。 揺れる金髪、潤んだ瞳、そして慈愛に満ちた微笑み。 本来のゲームなら、プレイヤーが「守りたい、この笑顔」と呟くべき決定的な瞬間だ。「おはよう、ミリア。朝から君に会えるなんて、今日は素晴らしい一日になりそうだ」 俺の口が、デロデロに甘い言葉を吐き出す。 ミリアは頬を染め、恥ずかしそうに俯いた。 ……が、俺の「デバッグアイ」は、その可憐な仕草の裏側にある「真実」を無慈悲に暴き出す。
断罪劇という名の公開処刑が幕を閉じ、煌びやかな大広間には余韻のような冷たい空気が流れていた。 エリザベートが兵士たちに連行されていった扉を見つめながら、俺の右腕はまだ隣にいる聖女ミリアの腰を抱いている。 ……正直に言おう。今すぐこの腕を切り落として洗浄機に放り込みたい気分だ。(おい、離れろ化け物。俺のパーソナルスペースを侵食するな。お前のその甘ったるい香水の匂い、デバッグアイで見ると『精神汚染物質』って表示されてるんだよ。臭いんだよ!) 心の中では絶叫し、中指を百本くらい立てているのだが、現実は非情である。 俺の顔は蕩けるような甘い微笑を浮かべ、喉からはうっとりとした声が漏れ出している。「ようやく、あの目障りな女がいなくなったね、ミリア。これで私たちの邪魔をする者はいなくなった。君の輝かしい未来に、泥を塗る者はもういないんだ」 うわああああああああ! 何だ今の声! 脳が溶けそうなほど甘ったるい! 俺か? これが俺の出した音なのか? 自分の発言なのに、全身に鳥肌が立って止まらない。 システムによる『ヴィンセント』としてのロールプレイ補正、恐るべし。「まあ、ヴィンセント様。そんなに喜んでいただけるなんて、私、本当に幸せです。……でも、エリザベート様も、きっとすぐに反省してくださいますよね?」 ミリアが俺の胸に顔を埋めて、上目遣いで言った。 可憐だ。世が世なら国民的アイドル間違いなしの可愛さだ。 だが、デバッグアイを起動している俺の視界には、彼女の頭上に浮かぶ不気味なステータスが刻一刻と変化しているのが見える。【個体名:ミリア(精神寄生体・幼体)】【状態:栄養摂取中(対象:第一王子の愛執・優越感)】【満腹度:45パーセント】 栄養摂取、だと……? こいつ、俺が吐いた甘い言葉や、周囲の人間がエリザベートを嘲笑した時に生じた「負の感情」を、物理的に食っていやがる。 ミリアが満足げに吐息を漏らすたび、俺の首筋に突き刺さった見えない触手がドクドクと脈動し、俺の生命力か精神力のようなものを吸い上げている感覚がある。 このままでは、俺はこの化け物の「餌」として枯れ果てて死ぬだけだ。「さあ、ミリア。夜も更けてきた。君を部屋まで送り届けよう。大切な聖女を、こんな冷たい場所にいつまでもいさせるわけにはいかないからね」 俺の脚が、意志に反し
「――いい加減にしろ、この悪徳の象徴め! 貴様のような薄汚い女、もはや我が婚約者ではない! 今この瞬間をもって、婚約破棄を言い渡す!」 怒声がシャンデリアの輝く大広間に響き渡った。 あまりの怒鳴り声に、自分の喉がビリビリと震えるのを感じる。 ……待て。今の声、俺か? 俺の声なのか? 視界が急激に明瞭になる。 脳を直接かき回されるような酷い眩暈と、他人の人生が濁流のように流れ込んでくる不快感。 パチリ、と意識のピントが合った。 目の前には、一人の女性が立っていた。 夜の帳をそのまま紡いだような銀色の髪。凍てつく冬の湖を思わせる、鋭くも美しい青い瞳。凛とした鼻筋と、震えるのを必死に堪えている薄桃色の唇。 純白のドレスに身を包んだ彼女は、床に膝をつき、周囲の貴族たちの嘲笑を一身に浴びていた。(……え、めちゃくちゃ綺麗。嘘、何この美少女。銀髪、吊り目、最高にドタイプなんですけど) 語彙力が消滅した俺の脳内は、目の前の美女への賛辞で埋め尽くされた。 だが、現実は残酷だった。 俺の意識とは裏腹に、俺の右腕は彼女の顔を指差し、口は勝手に次の暴言を紡ぎ出そうとしている。 いや、止まれ。止まってくれ俺の口。 こんな美少女を罵倒していい理由なんて、この世のどこにも存在しないはずだ。「聞こえなかったのか、エリザベート! 貴様の罪状は明らかだ。聖女ミリアへの数々の嫌がらせ、果ては暗殺計画まで……。言い逃れはさせんぞ!」 違う。俺が言いたいのはそんなことじゃない。 「さっきはごめん、ちょっと大きな声出しちゃったけど、とりあえず一緒にお茶でも飲んで君の魅力を三時間くらい語らせてくれないかな?」と言いたいんだ。 なのに、喉の奥からせり上がってくるのは、粘り気のある悪意に満ちた言葉ばかりだ。 その時、視界の端にパチパチとノイズが走った。 半透明のウィンドウが宙に浮き上がる。「……何だ、これ?」 周囲の人間には見えていないようだ。 そこには、俺がかつてやり込んだ乙女ゲームのデバッグモードに酷似した画面が表示されていた。【ログ:イベント「断罪の夜」進行中】【対象:エリザベート・フォン・アルトワ】【状態:絶望(深度:大)、婚約破棄確定】【プレイヤー状態:第一王子ヴィンセント(憑依:覚醒)】【スキル:デバッグアイ Lv.1 起動】 ヴィンセン