第一幕「雨の東京で」 —Prologue———冷たい夏の雨が降るあの日、彼女は俺のところにやって来た。 目の前に立っていた彼女は、全身がずぶ濡れだった。 手には傘を持っているのに。 彼女は、玄関先でいきなり胸に飛び込んできた。 「雨宮さん!」 縋るように言う彼女の肩は、震えていて、目は固く閉じていた。 寒さで震えているんじゃない。まるで、何かに怯えているような。 空いた両腕の所在を探している内に、彼女は続けた。 「私、怖いんです。このままだと、私──」 怖い?何が? 俺は言ってることを呑み込めなかった。 「雨宮さん。私を──抱いて…下さい」 始まりは、ほんの数ヶ月前。 静かな雨の降る、梅雨の日だった。第一景「雨の声」オフィスの窓の外を見ると、ビル街を静かに雨が包んでいる。 雨雲の隙間から、わずかに陽の光が溢れている。 雨宮悠吾の眼鏡には、その昼下がりの外の淡い光が映っていた。 窓を伝う雫は、止まりかけては滑り落ち、静かに下へと降りていく。 悠吾はその動きを目で追っていた。 フロア内の雑多な音に紛れるように、ポツポツと雨音が聞こえてくる。 緊張を紛らわせるよう、悠吾はその音にわざと集中していた。 「雨宮さんって、……雨の日は何してるんですか?」 隣に座っている大空未来が、突然話しかけてきた。 悠吾は慌てて振り返った。 彼女の真っ直ぐな視線が飛び込んできた。 雨の音が一瞬遠のいた。 彼女の教育係になってほんの数日。 まだ仕事上の会話しかしてきていなかった。 だから、彼女からの質問が想定外だったのもあって、返答に遅れた。 「え…ああ、そうだな。……好きな本を読んでる、かな」 悠吾は少ししどろもどろに答えた。 「そうなんですね。……静かな時間、お好きなんですね」 そう言いながら、彼女は目を伏せて、穏やかに笑う。 何でそんなことを聞いてきたんだろう? 悠吾は少し不思議に思いながら、その表情を見ていた。 「……次は、この資料に目を通しておいてくれる?」 そう言って、悠吾は未来にクリアファイルを渡す。 「分かりました」 未来の白く細い手がそれを受け取っていくのを、悠吾はなんとなく見届けた。 -☂️- 彼女を初めて見たのは、春だった。 「皆、前に出てきてく
Last Updated : 2026-06-26 Read more