All Chapters of 『Rainy Tokyo-レイニートウキョウ-』: Chapter 1 - Chapter 10

13 Chapters

Rainy Tokyo 第一景「雨の声」

第一幕「雨の東京で」—Prologue— ——あの日、彼女は俺のところにやって来た。 その日は夕方から強い雨が降っていて、 目の前に立っていた彼女は、全身がずぶ濡れだった。 手には傘を持っているのに。 彼女は、玄関先でいきなり胸に飛び込んできた。 「雨宮さん!」 縋るように言う彼女の肩は、震えていて、目は固く閉じていた。 寒さで震えているんじゃない。まるで、何かに怯えているような。 空いた両腕の所在を探している内に、彼女は続けた。 「私、怖いんです。このままだと、私──」 怖い?何が? 俺は言ってることを呑み込めなかった。 「雨宮さん。私を──抱いて…下さい」 始まりは、ほんの数ヶ月前。 静かな雨の降る、梅雨の日だった。 第一景「雨の声」「雨宮さんって、雨の日は何してるんですか?」 隣に座っている大空未来おおぞらみらいが、突然話しかけてきた。 雨宮悠吾あまみやゆうごは、ふと我に返った。 梅雨入りしたばかりで、窓は雨に濡れていた。 まっすぐにこちらを見てくる瞳が印象的で、雨の音が一瞬、遠のいた。 「え…ああ、そうだな。…好きな本を読んでる、かな」 急な問いに、悠吾は少ししどろもどろに答えた。 「そうなんですね。…静かな時間、お好きなんですね」 そう穏やかに笑う彼女の顔を、悠吾は見ていた。 「今日は、この資料に目を通してくれたら上がっていいから」 そう言って、悠吾は未来にクリアファイルを渡す。 「分かりました」 彼女の白く細い手が、それを受け取った。 -☂️- 彼女を初めて見たのは、春だった。 「皆、前に出てきてくれ」 課長の声が、オフィスルーム内に広がった。 4月。いつもの朝礼と違い、少し皆が浮足立っていた。 「本日からうちの課に入ってもらう、新入社員の大空未来さんだ」 「大空未来です。よろしくお願いします」 集められた社員の前に、一人女性が立っていた。 悠吾は、列の後ろの方からその様子を見ていた。 長く緩やかな黒髪に細身の身体、真新しい白いスーツ姿。 最初の彼女の印象は、どこか儚げで、繊細だった。 -☂️- 会社の玄関を出ると、雨はまだ降っていた。 鞄の中の黒い折りたたみ傘を出し、歩き出す。 夜のオフィス街に、雨が傘を叩く音が響く。 6月の空は、夜でもまだ、少しだけ明るく見え
last updateLast Updated : 2026-06-26
Read more

Rainy Tokyo 第二景「缶コーヒーの温もり」

悠吾は、窓の外を見ていた。 薄暗い雲が、重そうに垂れ込める。 今年の梅雨は長くなりそうだと、予報士が言ってたっけ。 「おはようございます」 未来が、オフィスの入口をくぐりながら挨拶をする。 そのまま、まっすぐに自分の隣のデスクに向かう。 「おはようございます、雨宮さん。今日もよろしくお願いします」 未来は丁寧にお辞儀をする。 「あ、おはよう……」 悠吾はつられて頭を下げた。 -☂️- 「大空さん、今日やってもらうことなんだけど……」 悠吾は隣の未来に声をかけた。 「はい、なんですか?」 未来がまっすぐにこちらを見てくる。 「……昨日のミーティング内容を、芹沢さんのところに送ってほしいんだけど」 悠吾は少しぎこちない手つきで、PCを片手で操作する。 「書式は以前のデータがあるから、それ通りに作ってもらえれば……」 言いながら、未来のPCの画面にチャットのログやデータを表示する。 「わかりました。やってみます」 -☂️- 「大空さん、さっき送ってもらったデータなんだけど」 芹沢志保せりざわしほが未来のところにやってきて、出力された用紙を見せる。 「この書式、もう使ってない古いやつなのよ」 志保は用紙のマーカーのされた箇所を指さす。 「新しい書式に直して、もう一回出してくれる?」 「も、申し訳ありません」 未来は立ち上がって頭を下げる。 「ちゃんと、先輩にきちんと聞かなきゃ」 そう言って、今度は悠吾を見てくる。 「あんたもあんたよ。最初にきちんと教えたの?しっかりしてよね」 -☂️- 廊下の自販機で、悠吾は缶コーヒーを一つ買った。 缶を片手にもって、少しの間考えて、もう一度ボタンを押す。 自席に戻ると、未来はまだ俯きがちだった。 悠吾に気付くと、顔を上げてこちらを見た。 「……すみませんでした。私、どのデータが最新のものか判断つかなくて」 「いや、俺の指示も曖昧だったよ。すまない」 「でも、分からないのにそのままにしてしまったので……」 また、未来は俯いてしまった。 悠吾は未来のデスクに缶コーヒーを一つ置いた。 「……飲む?」 未来は、置かれた缶を両手に取って、少しきょとんとしていた。 「……もしかして、コーヒー駄目だった?」 「あ、その、実は……」 「あー……いや、こっちこそ、聞き
last updateLast Updated : 2026-06-29
Read more

Rainy Tokyo 第三景「濡れたジャケット」

昼休み開始のチャイムが鳴った。 悠吾は席を立とうとした。 ふと隣を見ると、未来が少し困った顔をしていた。 机に目をやって、悠吾は違和感に気づいた。 「あれ? 大空さん、今日はお弁当は?」 「実は、その……今日は寝坊してしまって……」 少し恥ずかしそうに答える未来。 ああ、道理で。 前髪に少し変な癖があるなとは思ってた。 「……俺、今日はコンビニだけど、近くだから一緒に行く?」 未来の表情が明るくなった。 -☂️- 買い物を終えてコンビニを出ると、突然雨が降ってきた。 さっきまで、晴れとまではいかなくても、それなりに明るかったのに。 急なにわか雨だった。 悠吾と未来は慌てて近くの軒先に避難した。 「しまった……。傘、会社だ……」 悠吾は空を見上げて、少しだけ睨んだ。 「でも、空も明るいですし、待ってたら止むかもしれませんね」 未来も空を見上げて言う。 車が行き交う度に、近くの水たまりが跳ね上がる。 軒下に二人で並んで、しばらく止むのを待つ。 「雨宮さん、いつもお昼はコンビニなんですか?」 側に立っている未来が、悠吾の方を見上げて言う。 「まぁ、そうかな……。あとは、たまに外で食べたり」 手にもったコンビニの袋が、カサカサと風に揺れた。 「飽きたりしません? 毎日だと」 「……飽きてる、かも」 未来がくすっと笑った。 -☂️- 「……にしても、雨止まないな」 止むどころか、さっきよりも少し雨脚が強くなってきている。 「どうしましょう、このままだとお昼休み終わっちゃいますね」 空を見ながら、未来は両腕を抱えていた。 少しだけ震えているように見えた。 先ほど、少しだけ雨に打たれたのか、黒く細い睫毛に、雨の小さな雫が光っていた。 そして、白いブラウスが、わずかに透けていたのを見てしまった。 白い布地の下に、白い肌が見え隠れする。 悠吾は、思わず自身のジャケットを脱いだ。 「……これ、使っていいから」 そう言って、悠吾は未来の肩にジャケットを掛けた。 「え、そんな。申し訳ないです」 未来の白いブラウスの上に、悠吾の黒いジャケットが覆う。 「時間がない。行くぞ」 そう言って、悠吾は軒下を出て先に行った。 「あ、待って下さい!」 悠吾の後を、未来はついてくる。 羽織った悠吾のジャケットの
last updateLast Updated : 2026-06-30
Read more

Rainy Tokyo 第四景「夕立の部屋」

「今、帰りですか?」 退社直後、悠吾は会社の玄関で未来に呼び止められた。 「ああ、うん。大空さんも、今帰り?」 「はい」 「……」 少しの沈黙の間、悠吾と未来は並んで歩いた。 湿気を含んだ空気が、二人の間にあった。 「……大空さん、もしかして、帰りこっち?」 「あ、はい。私今、三軒茶屋に住んでて」 「近いな。俺はもうちょっとその先。世田谷線で」 「そうなんですね。何か、ちょっと嬉しいかも……」 素直にそう言う未来の横顔を、悠吾は横目で見ていた。 ——何が、嬉しいんだろう。 少しだけ、声に出そうになったが、呑み込んだ。 駅に着く頃には、蒸し暑い空気の中に冷たい風が吹きだしていた。 -☂️- 二人は、電車のドアの近くに並んでいた。 外はいつの間にか暗くなっていた。 窓ガラスを、突然雨が叩き始めた。 ポツポツと降るそれは、少しずつ多くなり、ついには滝のような大雨になっていた。 「凄いな…。外の景色がまるで見えない」 ふと隣の未来を見ると、落ち着かない表情をしていた。 「……私、今日傘持ってきてなくて。家も駅から遠くて……」 やがて、電車が三軒茶屋のホームに着いた。 ホーム下に、雨が止めどなく流れ込んでいる。 未来は開いたドアの前で、躊躇していた。 悠吾は悩んだ末に、言った。 「……俺んち、もう少し先なんだけど、雨止むまで待ってみる?」 言ってすぐに悠吾は付け足す。 「駅からも、歩いてすぐ、だから……」 「……え」 未来が少しだけ目を丸くする。 「あ、いや。決してそんな変な意味じゃなくて……」 「え、いえ。でも、ご迷惑じゃないですか?」 ドアの外は、相変わらずバケツをひっくり返したような雨だった。 -☂️- 「ごめん、ちょっと散らかってる、けど……」 悠吾は申し訳なさそうに言う。 「……お邪魔します」 そう言って、未来はおずおずと部屋に入ってくる。 「濡れたところ、これで拭いていいから」 悠吾はタオルを未来に渡す。 他人を家に上げるのは久しぶりだ。 シンプルなモノトーンの机や床に、文庫本が散らばったままになっている。 部屋の中の一番大きな書棚にも、沢山の雑誌が詰め込まれている。 未来の目には、どんな風に映っているのか。 悠吾は妙な気恥ずかしさを感じていた。 「悪い、うち今コーヒー
last updateLast Updated : 2026-06-30
Read more

Rainy Tokyo 第五景「熱の残り香」

さっきまで降っていた雨のせいか、部屋の湿度が高く感じる。でも、蒸し暑さの原因はそれだけじゃなかった。「38.9度……」悠吾は体温計の数値を見て、ベッドの上で天を仰いだ。ここ最近の気温の上下が原因で、すっかり体調を崩してしまった。「結構、熱高いですね。大丈夫、ですか?」未来の声が不意に飛んできた。「あ、ああ。まあ、なんとか」置かれた状況に、まだ馴染めず、悠吾は少しだけ緊張していた。「これ、お願いされていた書類とUSBです」未来は自分の白い鞄から、一式取り出してベッド脇のローテーブルに置く。「本当、申し訳ない。わざわざ持って来てもらっちゃって……」悠吾は俯きながら言葉を濁した。「いえ、私は大丈夫です。今日は金曜ですし、明日明後日しっかり休んで下さい」そう言って、未来は穏やかに笑う。「これ、水分補給用に買ってきました。きちんと飲んでくださいね」テーブルに経口補水液のボトルが置かれた。言われて、悠吾はかなり喉が乾いていることに気づいた。「……すまない。あとは、自分でやるから」そう言ってベッドから立ち上がろうとしたが、少しふらついた。「無理しないでください」そっと軽く肩を押さえられて、ベッドに戻される。仕方なく、悠吾はボトルを取って、少し口に含んでから横になる。情けない。こんな風に後輩に迷惑かけるなんて。床に散らばっていた雑誌や本を、未来が片付けているのが、霞む目で見えた。「雨宮さん、もしかして星とか、好きなんですか?」表紙を見ながら未来が聞いてくる。「……ああ、高校の時に、初めて見た流星群がきっかけで」悠吾は小さな声で話し出す。「東京って夜でも明るいから、星なんてほとんど見えないんだけど、大きな流星群ともなると都内でも見えることあるんだよ」「へー……そうなんですね。きっと、綺麗なんでしょうね」未来は、静かに、でも真剣に聞いていた。「なんて言うか、普段見えていないものが自分を見下ろしてるっていうのが、どこか……不思議で……」-☂️-悠吾の声が途中で途切れた。未来が振り返ると、悠吾は目を閉じていた。ベッドに近づくと、静かに寝息を立てている。疲れて寝てしまったのだろうか。部屋が静まり返っている。壁にかかっている時計の針の音が、小さく響く。未来は、ベッドの脇に膝をついて悠吾の顔を見ていた。悠吾の静
last updateLast Updated : 2026-06-30
Read more

Rainy Tokyo 第六景「また、明日」

「どうしたんすか? さっきからボーッとしちゃって」胸が跳ねた。休憩スペースに居た悠吾に、一つ下の後輩の湊快が声をかけてきた。快は悠吾の隣に座りながら、手にしていた缶コーヒーを差し出した。「……俺、ボーッとしてた?」缶を受け取りながら、悠吾は応えた。「してました。思い切り。天井見てましたよ? ずっと」快も自分のペットボトルを出した。今日は朝からずっと落ち着かなかった。この間のことがどうしても思い出された。はっきりと覚えているわけじゃない。でも、唇に残った熱さと、扉が閉じた音。それだけは、やけに記憶に残っている。膝の上に持っている缶コーヒーを、悠吾は見つめていた。「なーんすか、恋の悩みですか?」ガタッ!思わず、椅子からずり落ちそうになった。「……え、マジすか」快が、じっとこちらを見てくる。「悠吾さんに恋バナとか、明日は雪ですね」そう、茶化すように快は笑う。「……こっちは真面目に悩んでんだよ」「すみません。で、相手は?」-☂️-「え!? 大空さんに、キスされた!?」悠吾は慌てて快の口を手でふさいだ。周りを見ても、誰も居ない。「馬鹿! 誰かに聞かれたらどうするんだ!」「す、すみません、つい……」塞いでる手を引き剥がして、快は続ける。「いや、だってそれ……彼女、悠吾さんのこと……」「……やっぱり、そう思うか?」俯いた悠吾は、横目で快を見る。「そりゃ、そうでなきゃ……」快は飲み物を一口飲んで受け答える。「……だよな」悠吾は更に俯いた。「……悠吾さんは、どう思ってるんすか?」そう、ずっと考えてた。何で? どうして俺?俺は、大空さんに……これから、どんな顔して向かい合えばいい?そんな悠吾を、快はしばらく見ていた。「まあ、大空さんの気持ちはどうあれ」快は手にしたボトルをくしゃっと潰した。「それは先輩の問題っすね」そういって立ち上がり、ボトルをゴミ箱に捨てる。「先輩も、もう一度きちんと、向き合ってみたらいいんじゃないすか」快は手のひらをひらひらさせながら立ち去っていった。取り残された悠吾は、手元の缶コーヒーをまだ見ていた。-☂️-自席に戻ると、いつも通り未来が仕事をしていた。この間のことなんて、まるで本当に夢だったんじゃないかと思えてくる。彼女はマグカップでお茶を
last updateLast Updated : 2026-06-30
Read more

Rainy Tokyo 第七景「嵐の前の告白」

外は、雨がしとしとと降っていた。 悠吾は傘を差しながら空を見上げる。 明日、関東に台風が最接近する。 その影響で、連日のように雨が降り続けていた。 ため息を一つ、ついた。 「雨宮さん」 振り向くと、いつの間にか側に居た未来が顔を見上げていた。 「驚いた……。大空さんも、今帰り?」 「はい。一緒にいいですか?」 未来は、まっすぐな瞳を向けてくる。 「あ、ああ…いいよ……」 -☂️- 二人で並んで帰るのは、あの日以来だった。 少し広い道に街路樹がぽつぽつとある。 行き交う人は少なかった。 「……どう、仕事慣れてきた?」 咄嗟に、悠吾は当たり障りのない話を振ってみた。 「はい。雨宮さんのお陰です」 穏やかに笑う。 「そっか……」 「……」 「……」 しばらく二人の間に沈黙が流れた。 「……あの、この間の、部屋で……」 悠吾は、沈黙に耐えられず、つい口を開きかけた。 けれど、飲み込んだ。 「——雨宮さん。お話が、あります」 未来の表情に、笑顔はなかった。 -☂️- 「私、雨宮さんのこと、初めて見た時から気になってました」 雨の音が二人の間に流れた。 しとしとと静かに降っていた雨は、いつの間にか傘を叩く音を大きくしていた。 「……初めて?」 悠吾は問い返した。 「本当は、雨宮さんのこと、入社前から知ってたんです」 「……え」 「世田谷区立の図書館で、本を良く借りてませんでしたか?」 言われてみれば。 休日の夕方に一時期よく通っていた。あの図書館。 「……私も、丁度その頃、通ってたんです」 未来が少しだけ俯いた。 「雨宮さんの姿を、見かけることが多くて」 傘の縁で、表情が見えない。 「窓辺の定位置に座って、静かに本を読んでるあなたの姿が印象的で、覚えてたんです」 未来は淡々と続ける。 「……」 悠吾はただ、黙って聞き続けていた。 「だから、入社して、あなたが居て……本当に驚きました」 未来が、傘を上げてもう一度こちらを見た。 そして、まっすぐに瞳を向けて言う。 「私、雨宮さんのこと、好きです。初めて見たときから、今も……」 雨が激しく降る音の中、かろうじて彼女の告白が届いた。 悠吾は、何故か彼女の瞳から視線を逸らしてしまった。 「……あの日、部屋で寝ている雨宮さんに、キス、
last updateLast Updated : 2026-06-30
Read more

Rainy Tokyo 第八景「嵐の到来」

第二幕「零れる過去」第八景「嵐の到来」外の雨風の音が、建物の中にいてもよく聞こえる。 静かな会議室で、悠吾は窓の外を見下ろしていた。 眼下には六本木の街並みが広がっていた。 台風のピークは通り過ぎたとは言え、 それでもここまで来るのは一苦労だった。 今日は新しい取引先との顔合わせなのだが、 この天気で同席するはずの未来が遅れていた。 「大空はまだか?」 課長の桐生真司が尋ねてくる。 「あ、はい。やはり電車が遅れているみたいで……」 そう言って、悠吾はもう一度窓の外を見る。 雨が、降り続けていた。 —私、雨宮さんのこと、好きです— 昨日の告白が、悠吾の胸を締め付ける。 振り払うように、首を横に振り、前を見る。 今は、仕事に集中しろ。 そう思った時、会議室のドアが開いて、一人の男性が入ってきた。 整った金茶の髪。切れ長のグレーの瞳。 ジレ付きのダークネイビーのスーツは、程よく上品で、隙の無さをも感じさせる。 同性の自分から見ても、一瞬息を呑むほどの端正な立ち姿だった。 「お待たせして申し訳ありません」 男は悠吾に向かって言う。 「初めまして。AIONのプロジェクトリーダー、神城零です」 男——零はそう言うと、右手を差し出して微笑む。 「こちらこそ、本日はよろしくお願いします」 悠吾も一歩前に出て、零と向かい合う。 「MER:AIソリューションズの雨宮悠吾です」 そして、差し出された右手を取り、握手をする。 「よろしく」 零は、穏やかに笑っていた。 「…あと一人、同席者が到着する予定なんですが、 遅れていて申し訳ないです」 悠吾は零に軽く頭を下げて謝る。 「いや、こちらこそ申し訳ない。こんな悪天候の中来ていただいて——」 「失礼します!」 零が言いかけたその時、ドアが開いて未来が駆け込んできた。 軽く息を切らしていた。髪も雨と風で少し乱れていた。 「大空さん、大丈夫か?」 「はい、大丈夫です。それよりもご迷惑をおかけしてしまって…」 未来はそう言って、ハンカチでスーツの濡れた箇所を押さえていた。 「……君が、同席者の方かな?」 零は、未来の方を見て、静かに言った。 「あ、はい——」 未来の手から、ハンカチが零れ落ちた。
last updateLast Updated : 2026-06-30
Read more

Rainy Tokyo 第九景「揺れる波紋」

会議室の席に着く。 まだ、数人が集まっていないようだ。 悠吾は隣の未来を横目で窺う。 未来は急いだ様子で、スーツの濡れているところをハンカチで拭いていた。 「……大丈夫、だった?走ってきた?」 そう言って、悠吾は未来にテーブルのミネラルウォーターのボトルを渡した。 未来はそのボトルを両手で受け取った。 「はい…電車の到着がギリギリになってしまって」 そう言って、申し訳なさそうに続ける。 「こんな大事な時に、申し訳ありません」 未来は悠吾に頭を下げた。 「この天気じゃ、仕方ないさ」 悠吾はそんな未来を慰めるように言った。 「……本当は良くないことだけど、神城さんがいい人そうで良かった」 零を見ながら、ほんの少し口元を緩ませて、悠吾は小さな声で言った。 「……そう、ですね」 未来は、ずっとテーブルの方に視線を落としたままだった。 「……どこか、具合悪い?」 「あ、いえ、平気です」 「……そう」 悠吾は、妙な違和感を覚えつつも前を向いた。 その時、一瞬零と視線があった。 「それでは、そろそろ始めましょうか」 誰かの声が聞こえた。 その声で視線が自然と離れていく。 何か、自分はしただろうか? 疑問に思いながら、悠吾はテーブルの書類に目を落とした。 -☂️- 「雨宮、大空」 課長がエレベーターホールで声を掛けてきた。 「このあと俺はもう一件、別フロアに挨拶があるから、二人は先に社に戻っててくれ」 「分かりました、お疲れ様です」 エレベーターに乗っていく桐生を悠吾と未来は見送った。 そこに、零がやって来た。 「本日はありがとうございました。是非、今後もよろしく頼みます」 零は改めてお礼を言う。 「いえ、こちらこそ、ありがとうございました」 悠吾と未来も丁寧に頭を下げる。 「まだ、雨も降っているから気をつけて帰るといいよ」 そう言って、零はエレベーターホールの窓の外を見た。 「お気遣いありがとうございます」 後ろで未来が自分のバッグの中を確認していた。 「あ、あの…すみません、雨宮さん。私会議室に忘れ物をしてしまったみたいで…」 「あ、ああ、取ってきなよ。ロビーで待ってるから……」 慌てて、未来はその場を後にする。 「……」 悠吾は、未来のその背中を見ていた。 先程の、ハンカチを渡した時
last updateLast Updated : 2026-06-30
Read more

Rainy Tokyo 第十景「密室での再会」

未来は会議室を見回した。部屋の中は少し暗くて見づらかった。先程の打ち合わせで座っていた席の椅子を引き出すと、座面にスマートフォンが落ちていた。「あった……」ほんの少し安堵して、自分の鞄にスマホを仕舞う。その瞬間、会議室のドアが開いた。振り返ると、零がいた。「神城さん!?戻ったんじゃ——」「零でいいよ。昔みたいに」零はそう言って未来に近づいた。「変わってないね。元気にしてたかい?」優しい声で未来に問いかける。「……はい、零…さんも、お元気そうで何よりです……」未来はぎこちなく応えた。今になって、どう呼べばいいのか分からなかった。「……驚きました。まさか、AIONで働いてたなんて……」「俺も、驚いた。こんなところで未来に会えると、思わなかったから」目を細めて、零は未来を見つめた。未来はその瞳を覚えていた。綺麗な吸い込まれるようなグレーの瞳。「……雨宮君、だっけ。彼とは仲良いの?」瞳の色が急に変わった。「それとも、恋人?」零が、未来の中を覗くように聞いてくる。「ち、違います!雨宮さんとは、そんなんじゃ……」未来は顔を紅くして否定した。けれど、未来の言葉は最後まで出なかった。「……そうか。じゃあ、俺の勘違いだった、かな」口の端が上がっていた。零は更に未来に近づいた。「未来。あの時は、悪かったね……」そう言って零は、未来の顔の横に手を伸ばす。今度は、未来をまっすぐに見ていた。そこにさっきのような笑顔は無かった。長い髪を、優しく触られる。そのまま、流れるように、
last updateLast Updated : 2026-07-01
Read more
PREV
12
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status