All Chapters of 『Rainy Tokyo-レイニートウキョウ-』: Chapter 11 - Chapter 20

28 Chapters

Rainy Tokyo 第十一景「優しい記憶」

玄関のドアを閉じると、未来はしばらく動けずにいた。 雨に濡れた身体で寄りかかった鉄の扉が、冷たく感じた。 ドア越しに、外の雨の音が聞こえる。 未来は、自分の手でもう一度左耳に触れた。 会議室での、ひやりとした指の温度を思い出した。 俯いて、唇を噛んだ。 どうして、今頃になって、あの人に遭うんだろう……。  -☂️-  ——4年前未来は少しそわそわしていた。 銀のトレーを持って、お店の出入り口をずっと見ていた。 鈴の音と一緒に、古い木製の扉が開いた。 いつもの時間だった。 一人の男性が入ってくる。 金茶の髪。涼やかなグレーの瞳。端正な顔立ち。 男性は窓辺の席に座って、未来の方を見てくる。今日も、来てくれた。未来は早く鳴る鼓動を感じつつ、注文票を持ってテーブルに近づく。 「いらっしゃいませ。ご注文は——」 「いつものでいいよ」 テーブルに肘をつきながら、軽やかに言う。  -☂️-  未来は男の座るテーブルにブレンドコーヒーを置く。 「今日も、いい天気だね」 窓の外を見ながら、男は言う。 「そう、ですね」 そんな短いやりとりでも、未来にとっては嬉しかった。 「……あのさ、仕事上がりって何時かな?」 男は未来の方に向き直って言う。 「このあと、もしよかったら少し時間もらえる?」 「え、あの、お客様…!」 突然の台詞に未来は狼狽えた。 「——神城零。零って呼んでいいよ」  -☂️-  「零さん…。その、私…初めて、で……」 未来は、この後の事を考えると、恥ずかしすぎて思わず両手で顔を隠してしまう。 白い素肌がピンク色に染まっている。
last updateLast Updated : 2026-07-02
Read more

Rainy Tokyo 第十二景「冷たい夜」

窓の外は一面、都会の夜景だった。 人工の光が、そこかしこに煌めいて、まるで空の星を落としてきたみたいだった。 外の景色はこんなにも綺麗なのに、悠吾の胸の中はずっとざわついていた。 都内のホテルの最上階のラウンジに、悠吾と未来はいた。 そして、目の前には——神城零。 「零さん…すみません。今日は、ご馳走になってしまって」 未来は申し訳なさそうに言った。 「いや、いいんだ。君たちのお陰で、いい商談にもなったしね」 零はそう言って、こちらをちらりと見る。 「こっちから誘ったんだ。遠慮しないでくれ」 悠吾は居心地の悪さに、食事の味など全く覚えていなかった。 少しの間沈黙が続いた。 零は静かにこちらを見ていた。 沈黙を破るように、未来が口を開いた。 「あの、それじゃあ私たち、ここで——」 「実は、話があってね」 零がその言葉を遮った。 「雨宮くんにも、是非聞いてもらおうと思って」 悠吾の胸の奥が、軋んだ。 「未来」 零の声が低く落ちた。 そして、まっすぐに未来を見据えた。 「俺たち、やり直さないか」 「……え」 未来の小さな声が聞こえた。 悠吾は、目の前の男が何を言っているのか一瞬分からなかった。 「あの時は、自分に余裕も力も無かった」 零は続けた。 「でも、今なら、今の俺なら、未来を幸せに出来る」 その声は真剣だった。 「——まっ…」 未来が困惑した声を出す。 「幸せにする自信が、ある」 「——待って!」 「だから、もう一度やり直そう」 「零さん——!」 未来の声が弾けた。 一瞬、空間が静まり返った。 「……」 沈黙が流れた。 未来は、肩を震わせながら俯いていた。 「……何で」 悠吾は、言いながら零を睨んだ。 「何で、俺がいる必要、あったんですか……」 膝の上で握られた拳が震えていた。 行き場の無い怒りのようなものが湧いていた。 零は、テーブルに両肘をついて悠吾と向き合う。 「……君、未来のこと、好きなんだろう?」 「……え?」 言われた瞬間、悠吾の中で何かが動いた。 「だから、俺にとって君は恋敵」 零は、冷たい目で悠吾を見据えていた。 「君にも、俺の本音を聞いておいてもらいたかったんだ」 「……」 悠吾は、ただ俯いて黙っていた。 零はテーブルからそっと立ち上がる。
last updateLast Updated : 2026-07-04
Read more

Rainy Tokyo 第十三景「書架の奥」

梅雨が明け、一段と蒸し暑さが強くなった午後。 悠吾は自社の会議室で、一人打ち合わせの準備を進めていた。 書類をテーブルに並べていく。 空調が少し弱めだろうか、額に滲んだ汗をハンカチで拭う。 —なんで、そんな言い方するんですか— 手に持ったハンカチを見てから、ぎゅっと握りしめる。 後悔ばかりが思い出され、悠吾は奥歯を噛み締めた。 「やあ、雨宮くん」 声に驚いて、悠吾は振り返る。 会議室の入口のドアに零が立っていた。 腕を組んで、ドアに寄りかかっている。 悠吾は零のその態度に小さな苛立ちを覚えた。 「神城さん、随分早いですね。まだ、時間までありますよ」 「失礼のないようにと思ってね」 相変わらず、笑顔だけは爽やかだった。 「すみません、まだ準備中なので」 そう言って悠吾は、ドアの側に立つ零の脇をすり抜けていった。 通り過ぎる瞬間、冷たい視線を強く感じた。 -☂️- 悠吾は資料室のドアを開けた。 部屋は暗かったが、カーテン越しに外の日差しの暑さを感じる。 資料や備品が並んだ書棚が幾列も並んでいるのが見える。 部屋の電気を点けてみる。 弱々しい光が書架を照らす。 閉じたカーテンのせいか、まだ薄暗く感じる。 書架の奥へと進む。 打ち合わせに使う予定の製本ファイルを書棚から探す。 確か、この奥の方にあったはず……。 突然、資料室の入口のドアが開いた。 零が入ってきた。 「零さん、用って何ですか……?」 神城と、——大空さん? 悠吾は、思わず書棚の影に身を隠してしまった。 「すまない、二人きりで話をしたくてね」 言うやいなや、零は自身の両腕で、未来を入口の扉に縫い付けるように押さえて向かい合う。 「ち、ちょっと、零さん?!」 未来は目を見開いて固まる。 「教えてくれないか」 零の低い声が聞こえた。 「君は…今、雨宮くんが好きなのか?」 悠吾の胸が跳ねた。 自分の名前を出されたのと、それを未来に聞いたということに、驚きを隠せなかった。 「そんなの、零さんには——」 「関係なく、ないよ。俺は、今でも君を愛してる」 零の言葉に、未来は息を呑んだ。 零は、まっすぐに未来を見る。 未来はそのグレーの瞳から、目を背けられなかった。 「君は、忘れてしまった?」 そう言ってから、零は未来の唇にキスをし
last updateLast Updated : 2026-07-06
Read more

Rainy Tokyo 第十四景「屋上の星」

悠吾はオフィスの自席でずっと俯いていた。夜も20時を回ったぐらいか。オフィスルーム内には人はまばらにしかおらず、PCの画面の光が、ただ悠吾を白く照らしていた。正直昼間の打ち合わせの間、自分が何を話したのか、何を聞いたのか、あまり良く覚えていなかった。悠吾は椅子に寄りかかって天を仰いだ。奥歯を噛み締めて、じっと天井の電灯を見つめていた。「らしくないですよ、先輩」背後から声を掛けられて、悠吾の肩が震えた。振り向くと、そこには快がいた。「……何だ、お前か」「何だじゃないでしょ」苦笑する快。そして、悠吾に向かって言った。「……少し外に出ませんか?」-☂️-会社の屋上に出ると、眼下に夜景の光が眩しく広がっていた。悠吾はそれを、目を細めて見ていた。昼間の蒸し暑さが一転して、風が少し肌寒いくらいだった。「流石に、見えないっすね」快が空を見上げながら言う。言われて、悠吾も空を見る。「あの辺に、蠍座…夏の大三角形…そして天の川」快は屋上の柵に寄りかかりながら、空を南から東へと指を移動させる。「本当はすげー景色が広がってるんだけどなー……」遠い目をしながら穏やかに快は言う。悠吾もまばらに微かに見える星に、目を凝らす。「……何か、あったんすか。大空さんのことで」悠吾は空から快へと視線を下ろす。「…お前、そういうことには敏感だよな」その言葉を受けて、快が屈託なく笑う。悠吾は一度息を吐いて、言葉を探す。「俺さ、自分に対して、多分凄い腹立ててるんだ……」屋上の柵に両腕を乗せて寄りかかり、眼下の光を見る。車のテールランプの流れが帯のようになっている。「何にも出来なくて、はっきりも言えなくて」「……」快はそんな悠吾の顔を静かに見ていた。「悠吾さんが、そんな風に感情的になること自体、珍しいんじゃないですか?」「……え?そうか?」「そうっすよ。……それが大空さんに関することなら尚更」快は柵から離れ、背筋を伸ばす。「詳しいことは聞きませんけど…それって十分"特別"なんじゃないすか?」そして、まっすぐに言う。「自分で、気づいてないだけっすよ」-☂️-快が帰ったあとも、悠吾は一人、屋上で空を見ていた。冷たい風が悠吾の頬を撫でる。相変わらず、星なんてほとんど見えなかった。—十分"特別"なんじゃないすか?—都会の渦
last updateLast Updated : 2026-07-07
Read more

Rainy Tokyo 第十五景「誘う合鍵」

給湯室で沸かしたお湯で、未来は自前のハーブティーを入れていた。 壁の隅に飾られたカレンダーが目に入る。 7月7日。七夕の日。 年に一度、恋人同士がめぐり逢う日。 普通だったら、素敵な願い事でもして過ごす一日なのだろう。 未来は、そっと襟元に手をやる。 目を瞑って唇を噛んだ。 嫌でも思い出された、先ほどの資料室での出来事。 羞恥と、抗いきれない甘美と、過去の痛み。 未来は両手で頬を挟んで、軽くぴしゃりと打つ。 「……集中」 -☂️- デスクに戻ると、隣の席には悠吾がいた。 目が合った。 未来の身体に緊張が戻ってくる。 「大空さん、今日のAIONとの打ち合わせの議事録、もう出来た?」 「あ、いえ、まだ。あともう少しお時間下さい」 「わかった。まだ、大丈夫だから」 自席に座る瞬間、悠吾の視線が自分の襟元を向いているような気がした。 「あっ…」 思わず、片手で襟元を押さえる。 「…どうかした?」 「いえ、何でもないです」 未来は誤魔化すように手を振った。 -☂️- 未来は未だ慣れない手つきでPCを操作する。 退社時間も迫っている。 そういえば、今日AION側から受け取るはずの資料が一部見当たらない。 デスクに積んだ書類やクリアファイルを一つ一つ確認してみる。 どうしよう、と未来は焦りを募らせる。 このままでは仕事にならない。 未来はちらりと隣の悠吾を見る。 声を掛けたくても、喉の奥に引っかかって出なかった。 その時、机の上のスマホが振動した。 手にとって画面を見ると、メッセージが来ていた。 〈君に渡したいものがある〉 -☂️- 未来は、静謐なマンションの自動ドアの前に立っていた。 冷たい風がマンションの間を抜けていく。 空を見上げると少し雲行きが怪しい。 一度深呼吸をしてから、入口の側のインターホンを鳴らす。 『どうぞ』 たった一言が返ってきた。 傘を持つ手に力が入る。 コンクリートのホールに、大理石の床と絨毯敷。 洗練された共用部に、間接照明と観葉植物が並ぶ。 未来は、マンションの一角の扉の前に立つ。 ほんの数年前に、何度も見た扉。 もう、来ることはないと思っていたのに。 でも、行かなきゃいけない。 唇をきゅっと結んで、レバーハンドルをひねった。 -☂️- 小綺麗に片付
last updateLast Updated : 2026-07-08
Read more

Rainy Tokyo 第十六景「雨の訪問」

悠吾は自室のベッドに座っていた。 窓の外は強い雨が降っている。 ガラスを叩く音が、部屋に反響する。 窓の向こうの街の光が、歪んで揺らいでいた。 スマホの画面を点けてみる。 相変わらずメッセージに既読は付かない。 こんな夜だからか、それとも未来に会いたいと思った矢先に挫かれたからか、悠吾は妙に落ち着かなかった。 ピンポーン。玄関のチャイムがなる。 壁の時計を見ると22時を過ぎていた。 こんな時間に?宅配なんて頼んでたっけ? そう思いつつ、玄関に向かう。 「はい——」 扉を開けると、目の前には未来が立っていた。 「お、大空さん!?」 急な来訪で、しかもその様相に悠吾はぎくりとした。 傘を持っているはずなのに、彼女の全身はずぶ濡れだった。 俯いていた未来が、ゆっくりと顔を上げる。 未来の瞳が濡れていた。 顔は雨に濡れたのだろう。 けれど、今にもその瞳から涙が溢れそうなことぐらい、悠吾にも分かった。 「雨宮さん!」 そう言って、未来は突然悠吾の胸に飛び込んできた。 未来の持っていた傘が、コトンと音を立てて足元に落ちた。 悠吾はあまりの事に声が出なかった。 未来の肩は震えていて、悠吾の胸の中で瞳は固く閉じていた。 空いた両腕の所在を探している内に、未来は続けた。 「私、怖いんです。このままだと、私——」 怖い?何が? 悠吾は言ってることを呑み込めなかった。 「雨宮さん。私を——抱いて…下さい」 悠吾の手が宙で止まった。 -☂️- シャワーのコックをひねると、排水溝に渦を巻いて湯水が吸い込まれていくのが見える。 悠吾は、しばらくその様子を見ていた。 バスルームの壁に手をついて、首を横に振る。 シャワーを終えてバスタオルを纏う。 ベッドルームに向かうと、未来が先にベッドの端に座っていた。 白く透き通るような素肌に、同じようにバスタオルを一枚だけ纏って。 部屋の隅には、未来の濡れたブラウスとスカートが干され、雫がぽつぽつと垂れていた。 悠吾は、そのまま未来の隣に座った。 「……寒く、ないか」 未来は無言で頷いた。 そして、ゆっくりとこちらを見てくる。 淡い瞳が、自分を見上げてくる。 未来の手が、膝に置かれた自分の手の上に重なる。 悠吾はそっと未来の肩に手をやると、そのままベッドに仰向けに寝かせ
last updateLast Updated : 2026-07-09
Read more

Rainy Tokyo 第十七景「上書きできない痕」

未来の首筋に、悠吾の歯形が残った。 そこに、悠吾はどこかで小さな興奮を覚えた。 このラインより上のエリアが無料で表示されます。 未来に残した自分の痕。 それを、目を細めて見ていた。 そのまま、顔の位置を下げて、悠吾は未来の胸の上に唇を這わす。 そして、何度も音を立ててキスを落とす。 「ん…あ…」 未来の声が上がる。 悠吾は構わず続ける。 未来はキスが落ちる度に、声を上げて身体を震わせる。 扇情的な姿に、悠吾は自身が昂るのが分かる。 未来の火照る身体を、撫でながら、悠吾は更に下へと移る。 悠吾の手は、下腹部へと移り、ついに一番敏感な場所にたどり着く。 そこはすでに軽く濡れていて、蜜のように雫が溢れていた。 悠吾は自身の指で、それを優しく撫で上げる。 「ああ!」 未来の声が大きくなる。 声を出したことを今更恥じるように、未来は口を両手で押さえる。 悠吾はその手を取って、指先に口づける。 それから、悠吾は反応を確かめるように、弄る角度を変え、早さを変えた。 「や、ん、…あ、あまみや、さん」 我慢ができなくなった未来が涙で潤む瞳をこちらに向けて言う。 「ずるいな…こんな時に、名前を呼ぶなんて」 余裕の無さそうな声で悠吾は、笑った。 「それじゃあ、どうしたって、優しくするしか…ないじゃないか」 「……ごめんなさ——」 そう言う未来の唇を、悠吾はキスで塞ぐ。 それから、悠吾は顔を上げて、体勢を変えた。 未来を見下ろして悠吾は言う。 「辛かったら、言ってくれ。止められる自信は、無いけど……」 未来は黙って小さく頷いた。 それを合図に、悠吾は、己を未来に深く沈めた。 「はぁ、んっ」 未来の顎が反る。 シーツを掴む手に力が籠る。 「——くぅっ」 悠吾は軽く歯を食い縛る。 未来の中が、想像以上に熱くて、きつかった。 一度息を吐いてから、悠吾は未来の方を見て言った。 「動くぞ…」 悠吾が動く度に、未来の長い髪が、肩から滑り落ちる。 水音が、部屋にいやらしく響く。 「あ、ん、ああ、っ、あまみや、さん」 名前を呼ぶその声が、甘くて。でも、苦くて。 悠吾は、もう一度その名前ごと唇で塞いだ。 「ん、ん、ふ、んん…」 それでも未来の声は、動きに合わせて漏れてくる。 -☂️- 「は…あっ、は、は…」
last updateLast Updated : 2026-07-10
Read more

Rainy Tokyo 第十八景「明けの明星」

カーテンの隙間から白い光が筋のように漏れ、悠吾の閉じた瞼にかかる。どこかひんやりした空気が、素肌の肩を撫でる。悠吾はベッドの中で、ゆっくりと目を開ける。すると、目の前には白い肩の稜線と、長く艷やかな黒髪があった。意識がまだはっきりしていないのに、悠吾はその瞬間昨日の情事を思い出した。息を呑む。彼女はまだ、静かな寝息を立てている。布団に包まれながら、その白い肩がゆっくりと上下していた。悠吾は、寝ている後ろ姿の彼女を見つめていた。—……雨宮さん、お願い—懇願するように伸ばしてきた手。淡い瞳。でも、あれは、自分を見ている瞳じゃなかった。「……ん」小さな声と共に、未来が少しだけ身じろぐ。長い横髪が肩を滑っていく。彼女の首筋が、露わになる。そこには、自分が残した痕と、消えないあの人の紅い痕。その痕を苦々しく見つめ、奥歯を噛み締めた。悠吾はそっと、未来の肩に手をやる。ほんの少し湿って、冷えた肩。振り向かせようと、わずかに手に力を入れるが、その手をゆっくり離す。代わりに、悠吾はその白い肩に小さく口づけを落とした。「う、ん……」未来の睫毛が震えるように開く。半分開いた目で、ゆっくりとこちらを見てくる。「……あま、みやさん?」悠吾は小さく笑って言った。「おはよう。大空さん……」 -☂️- 早朝の太陽が空を明るくする。ほんの少し視線を移動すると、薄青い空にまだ星が見えていた。悠吾はその星を、目を細めて見ていた。木々の葉からは昨晩の雨の雫が垂れていて、それらはキラキラと光を反射していた。空気が少しだけ清々しい。悠吾は玄関先で、腕を組みなが
last updateLast Updated : 2026-07-11
Read more

Rainy Tokyo 第十九景「忘れて下さい」

早朝の朝日が部屋を照らしていた。 姿見の前に立つ、未来の姿が映る。 自室で、未来は服を着替え、長い黒髪をブラシで整えていた。 ブラシが襟元の辺りを通る時、首筋で手が止まった。 未来の白い首元に、小さな紅い痕、そこに加わった歯の痕が見える。 未来は、その歯形を指でなぞるように確かめた。 小さく息が漏れる。 雨宮さんの黒い瞳が、自分を見てた。 熱く、湿度のあるそれで見下ろしてた。 なのに、どこか寂しそうだった。 歯形で覆われた、紅い痕は、なおも消えない。 未来はそっとその痕を手で隠した。 -☂️- パソコンのキーを打つ手が止まる。 駄目だ。集中出来ない。 悠吾はため息をついた。 気分直しにマグカップを手に取り、一口すする。 昨日の夜の事が、どうしたって頭をもたげる。 彼女の肢体と、高揚した熱、そして湿った肌の質感。 どれもまだ生々しく残っている。 自分の感情が整理し切れない。 彼女を抱いたという充足感。 そして、どこかで同時に感じていた空虚感。 悠吾は顔を上げて窓の外に視線をやり、少し遠くを見ていた。 「……雨宮さん」 後ろから、声が聞こえた。 胸が跳ねた。昨夜の声をつい思い出したから。 「——大空さん!?」 いつもより、少し声が大きく出てしまう。 明らかに動揺してる自分が恥ずかしかった。 「あ、あの、…すみません」 「あ、いや…」 「……」 「……」 二人とも俯いて、言葉を濁した。 先に口を開いたのは未来だった。 「あの、仕事終わりにお時間いただけますか?」 「わ、わかった」 悠吾の声が、少しだけ上擦った。 でも、その未来の表情を見た時、少し胸騒ぎがした。 -☂️- 夜の空高くに、小さな月が昇っている。 オフィス街の路面が淡く月光に照らされ、白く輝いていた。 会社の近くの外のベンチに、二人で並んで座った。 「大空さんは、温かいお茶で良かった?」 そう言って、悠吾は自販機で買った小さなペットボトルを未来に手渡した。 「……ありがとうございます」 受け取ると、未来は両手で指を温めるように持っていた。 月光に照らされた未来の横顔は、白く儚げで、悠吾は吸い込まれるように見ていた。 そんな自分に気づいて、我に返る。 「それで、その…話って……」 言いながら、悠吾は自分の分の缶コ
last updateLast Updated : 2026-07-13
Read more

Rainy Tokyo 第二十景「夏の始まり」

「一ノ瀬茉夏です。一ヶ月お世話になります」 茉夏は課の皆の前で、深々とお辞儀をした。 顔を上げて、目を細めて笑う。 「一ノ瀬さんは、うちの課で短期研修を受けてもらうことになっている」 課長の紹介が続く。 窓からは、夏の強い日差しが入っていて、茉夏のその笑顔を照らしていた。 その笑顔に、オフィスルームの男性職員たちが色めき立つ。 茉夏はそんな男たちを一人一人見ていた。 …60点。…85点、うーんまぁまぁ? あー、これはありえない。 そんなことを思いながら、視線を滑らせていく。 朝礼の群れから外れるように、一人男性が立っているのを茉夏は見つけた。 黒髪に、眼鏡。 他の男性群が騒いでいるのに、その男だけまるで違う方向を見ていた。 茉夏はその視線の先を追ってみた。 少し離れた場所の女性。 長い黒髪、白い肌。儚げな表情。 茉夏とは正反対といってもいいタイプだった。 へぇ…。 室内のエアコンの冷えた風が、茉夏の髪を撫でる。 -☂️- 課長に連れられて、窓に近いデスクの傍らに茉夏は立っていた。 目の前には、さっき見た眼鏡の男。 「こちらが教育担当の雨宮悠吾くん。一ヶ月君を見てもらうことになったから」 茉夏は心の中で笑った。 「よろしく、一ノ瀬さん。短い間だけど頑張ろうね」 男は少し硬い表情で口の端を上げていた。 「はい、よろしくお願いします。悠吾さん」 茉夏は上目遣いで言った。 -☂️- 悠吾は気づかれない程度に、息を漏らした。 デスクの上のペットボトルを取って、一口飲む。 横目で隣のデスクの未来を見る。 一瞬、彼女と目が合うが、すぐに逸らされる。 あの夜の別れから、数日。 ずっとこんな感じだった。 悠吾は握った拳に少し力を入れる。 思い切って未来の方に向き直った。 「あの、大空さ——」 「すみませんー、悠吾さん」 突然声が割り込んできた。 茉夏が上半身を屈めるように側に立っていた。 「あのー、頼まれていたデータ処理なんですが、チェックしてもらっていいですか?」 茉夏は悠吾を覗き込むように言う。 妙な距離の近さに、悠吾は少しだけたじろぐ。 「あ、ああ…見せてくれる?」 悠吾は茉夏からプリントを受け取る。 「……」 ゆっくりと上から内容を確認していく。 「うん、大丈夫。一ノ瀬さん、飲み込
last updateLast Updated : 2026-07-18
Read more
PREV
123
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status