All Chapters of 婚約者に裏切られた後、大富豪に溺愛された私: Chapter 1 - Chapter 10

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第1話

私・陸川遥(りくかわ はるか)は椎名律人(しいな りつと)と別れたあと、「大富豪」といわれる陸川孝之(りくかわ たかゆき)と結婚した。つい先ほど、その孝之が彼自身の全財産を私名義に移すと言い出し、私は慌てて断ったものの、彼の真剣な思いに押し切られてしまった。そして彼は、愛があるからこそ、お金で示したいとも言うのだった。そうすることで、私に誰にも頼らず生きられる強さを与えたいらしい。財産移転の手続きまで、わざわざ私の生まれ故郷であるA市で行うよう手配していた。やむを得ず、私はA市で一番大きな法律事務所へ向かった。予約名を告げようとしたその瞬間、背後から聞き覚えのある嘲笑が飛んでくる。「おい。あれって昔、律人のことを必死に追いかけてた遥じゃないか?でも残念だな。律人はもう婚約してるんだから」一瞬動きを止めた私は、ゆっくりと振り返る。そこには見慣れた顔ぶれがいた。大学時代の同級生たちだ。そしてその中心に立つ男。仕立ての良いスーツを身にまとい、その目元は冷ややかで、周囲を寄せ付けない冷淡な空気を漂わせている。5年経った今でも、一目ですぐに分かった。律人。一瞬、その場の空気が静かになったが、次の瞬間には、彼らが一斉にざわつき始めた。「まじで遥なの?じゃあ、あの格好はどういうこと?」「エルメスにブルガリ?買えるわけがないから、どうせ偽物だろ?」「ここは律人の法律事務所なのにな。そんな場所で、律人に金持ちアピールなんて、まじで笑えるんだけど」馬鹿にするような笑い声が次第に大きくなっていく。だがこんなことには、とうの昔に慣れ切っていた。大学の頃から、彼らは律人の周りでいつも私を馬鹿にしていたから。当時、私が律人に想いを寄せていることを知らない人はいなかったと思う。私は律人に毎朝弁当を作り、彼の講義が終わるのを待ち、深夜まで図書館で勉強する律人に付き添った。そんな私を律人は拒みもしなかったが、受け入れもしなかった。39度の高熱を出した時でも、私は無理をして律人のスピーチ大会を見に行った。大会後、倒れそうになっている私を見て、律人は淡々と言った。「試しに付き合ってみよう」そうして、私たちは付き合うことになった。付き合ってからも、律人の態度は相変わらず冷たかったが、それでも期末には
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第2話

だがすぐに、まるでくだらない冗談でも聞いたかのように、律人が鼻で笑った。「遥。嘘をつくなら、もう少しまともな嘘をつけ。そんな馬鹿げた話、誰が信じると思ってるんだ?」大学の同級生たちも律人の法律事務所に勤めているらしく、律人に続いて私を馬鹿にしてくる。「本当にそうだぞ。どこかで車を借りて、エキストラでも雇えば、セレブな奥様になりきれるとでも思ったのか?」周りからもくすくすというような静かな笑い声が聞こえてきた。「びっくりさせるなよな。本当にいいとこへ嫁いだのかと思ったけど……せいぜい、金持ちの年寄りにでも養われてるんだろ?」私は怒りで全身が震えた。言い返そうとしたその時、甲高い女性の声が響く。「遥!」焦っているようなハイヒールの音が近づいてきたかと思うと、次の瞬間には、私の頬に強烈な痛みが走った。パシッ!叩かれた衝撃で頭が横に向き、耳鳴りもする。目を赤く潤ませた結衣に詰め寄られ、襟元を力いっぱい掴まれた。「まだ律人に会いにくるなんてどういうつもり!?もう私たちは婚約してるんだよ?なのに、なんでまだ律人のこと諦めてないわけ?!」我に返った私は、反撃しようと手を上げた。しかし、その手首が誰かにがっちりと掴まれる。嫌でも忘れられないウッディ系の香水の香り。律人だった。彼が眉をひそめ、低い声で言う。「遥、いい加減にしろ」私は耳を疑った。殴られたのは私。それなのにこの男は、私を止めるのか?そんな律人を見て、結衣の目元に得意げな笑みが浮かぶ。彼女は急に飛びかかってきて、私の髪を引っ掴んだ。「遥、こんなことして恥ずかしくないわけ?大学の頃からずっと律人に付きまとうだけじゃなくて、私と律人の間に、無理やり入り込んできてさ!もう何年も経つっていうのに、まだこんなところまで追いかけてくるの?」尖った結衣の爪が、私の肌をかすめたかと思うと、また立て続けに平手打ちを食らった。周囲の注目が一気に私へと集まる。「うわっ……やば……」「何年も経つのに、まだ律人につきまとってるのかよ」「結衣がかわいそう」私の顔のすぐ近くまでカメラを向けている人さえいた。「ちゃんと撮れよ」「こんな情けないストーカー女なんて滅多に見られないからさ」「大学の時からこうやっ
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第3話

律人の白い肌には、すぐに鮮明な指のあとが浮かび上がった。律人は無反応だったが、結衣がすぐさま怒り狂う。「何すんのよ!」叫び声を上げた結衣は、テーブルにあったコーヒーを私に向かってぶっかけた。咄嗟に顔をかばったが、腕にはかかってしまい、焼けるような痛みに、私は思わず顔を顰めた。腕はすぐさま赤く腫れ上がり、水膨れができ始める。結衣は目を真っ赤にして、絞り出すように言った。「私を叩くのはいいけど、どうして律人にまで手をあげるわけ!?あんた一体何様のつもり!」律人の法律事務所の部下たちも、あっという間に私を取り囲む。「信じられません。相沢さんがあんなに取り乱すなんて……」「あの女の人も自業自得ですよね?先に叩かれるようなことをしたんだから」「それにしても、怒らない椎名先生は優しすぎますね。私ならすぐ警察を呼んでますよ」痛みで震えが止まらなかったが、私は結衣を睨み返した。「これは傷害事件よ。通報させてもらうから」結衣の顔色がわずかに曇る。すると、律人が私の手首をぐっと掴んだ。私の火傷した腕を一瞥すると、彼は不愉快そうに眉間にしわを寄せた。「いい加減にしろ。俺のオフィスへ来い。手当てしてやるから」私はその手を振り払う。「触らないで」律人の表情が凍りついた。「遥、わざわざ大事にするつもりか?」私は怒りで笑えてきた。「私が大事にしてるって言うの?殴られたのは私。コーヒーをかけられたのも私なんだけど!ねえ、律人。昔と同じように、また善悪の区別もつけられないの?」律人は息をのみ、一瞬の間を置くと、低い声で言った。「今通報したって、君の立場を悪くするだけだ。とにかくまずは手当てを受けろ。跡が残る」そんな律人を無視して、私は警察に通報をした。20分後、警察がやってきたのだが、中に入ってきて律人の姿を見つけるなり、急にぺこぺこと頭を下げ始める。「椎名先生もいらっしゃったんですね」通報を受け駆けつけてきた警察官とは、到底思えないような態度だ。私の心は少しだけ重くなった。すぐさま受付の女性が警察官たちに駆け寄り、笑みを浮かべる。「すみません。監視カメラは先月から故障したままで、まだ修理をしていなくて……」周りにいた律人の同僚たちも次々と声を上げた。「
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第4話

【家族全員消えろ】【恥知らず】さらには、ネットに流れていた私が律人を叩いた瞬間を印刷した写真が、何枚もばら撒かれていた。中には、私の顔が塗りつぶされているものもある。近くには住民たちが集まり、ひそひそと何かを言い合っていた。部屋のドアを押し開けると、祖母が作ってくれたのであろう、私の好物の香りが漂ってきた。懐かしい匂い。しかし、その祖母はキッチンで倒れてピクリとも動かない。「おばあちゃんっ!」すぐに駆け寄って抱き起こそうとしたが、手が震えて上手く抱えられなかった。祖母の顔は真っ白で、意識もないうえに、私が周りに助けを求めても、外で見ている野次馬たちは、誰一人として部屋に入ろうともせず、こちらを指さしてあざ笑うだけ。私は歯を食いしばり、意識のない祖母を背負って外に出ると、そのまま救急車を呼び、病院へ駆け込んだ。救急室の赤いランプがやけに目に刺さる。私は呆然とドアの前で立ち尽くしていた。殴られた顔はまだ腫れていて、腕の火傷も水脹れになっていたが、そんなことはどうでもいい。すると、険しい顔をした看護師が救急室から出てきた。「今すぐ手術が必要だそうです」私は看護師にすがりつく。「お願いします!今すぐ手術をしてあげてください!」だが、看護師は困ったように私から視線をそらした。「手術を担当できる医師は、今VIP患者の対応をしていて……少し待っていただくことになるかと」私は全身が固まった。「いつもたなくなっちゃうわからない状況なのに、私に待ってというんですか!?」看護師も気まずそうに俯く。「申し訳ありません。VIPの患者さんは少し特別でして、私たちではなんとも……」怒りで頭が真っ白になった私は、VIP診察室へと走った。ドアを開けると、そこには結衣が病室でくつろいでいて、私を見るなり、結衣はニヤリと口角を上げた。「遥?」私は拳を握りしめる。「先生に手術をさせて!私の祖母がもう、もたないの!」結衣は何度か瞬きをして、あざとい声で私に言った。「でも、私だって昨日のことがあったから、心臓が痛いんだもん。それに、先生は今、私のことを診てくれてるんだから」私はもうどうにかなりそうだった。「結衣!人の命がかかってるの!私になら何をしてもいいけど、祖母は関係ない
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第5話

なんでなの!私は泣き崩れ、あまりの憎しみに奥歯が砕けるほど噛みしめた。もう限界だった私は、VIP病室へと一直線に走った。結衣たちから何かしらの答えをもらわなければ気が済まない。しかし、病室の前に来ると、中からは結衣の父親である相沢守(あいざわ まもる)の声が聞こえてきた。「律人くん、これまで結衣の面倒を見てくれて本当にありがとう。律人くんが結衣のそばにいてくれなかったら、今頃どうなっていたことか」律人が低く冷静な声で答える。「俺は結衣のお兄さんの命と引き換えに、助けてもらいましたから。それに、お兄さんの死のショックで、結衣も精神を病んでしまいましたし、情緒も不安定です。だから一生結衣を守っていくのは、当然のことですよ」ドアの外で、私は呆然と立ちすくんでいた。そういうことだったのか。どうりで、結衣が何をしようと、律人は結衣を守り続けていたわけだ。しかし、なぜ律人が恩返しをするために、私の家族は死ななければならなかったの?私が拳を握りしめ、ドアを蹴り開けようとした時、守のため息が聞こえた。「それで、遥さんのことはどうするんだ?あいつの両親の死に、結衣が関わっているのは事実だから、今回帰国してきたあいつが、このまま大人しく引き下がるとは思えない。一番恐ろしいのは、あいつがまた結衣を追い詰めることだ」病室内は数秒間、沈黙に包まれた。やがて、律人が淡々と言い放った。「結衣に関係なんかありませんよ。遥の母親の死だって、不慮の事故なんですから。遥の父親が死んだのだって持病が悪化していたからんです。あの日、結衣と面会して心臓にショックを受けていなくても、遅かれ早かれ寿命が来ていたはずでしょう。それに、もう何年も前のことですから、今更裁判になったところで、我々が負けるはずがありません」私は頭の中が真っ白になった。父は……結衣のせいで亡くなったの?なぜ誰も教えてくれなかったの?どうして!その瞬間、体は震え、激しい耳鳴りに襲われた。今までの憎しみや苦しみが……まさか、巨大な氷山の一角でしかなかったなんて!なのに、律人たちはまるで些細なことだとでもいうように、私の両親の死について淡々と話している。私は怒りで完全に理性を失った。バンッ!私は思いきりドアを
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第6話

だが律人は眉をひそめ、低い声でこう言った。「遥、もういい加減にしろ。守さんは、常に正しい人だ。それに、相沢グループがそんなことをするはずがないだろ?適当なことを言って、人を侮辱するな」心臓を深く突き刺されたような痛みが走る。結局、こんな状況でも律人は私を信じてくれないのだ。まあ、確かにそうだった。律人は一度だって、私の味方になってくれたことはない。涙で視界が歪む中、私は声を絞り出して叫んだ。「あなたは信じないでしょうね。あなたにとって、結衣はいつだって無実で、相沢グループはいつまでも清廉潔白な存在なんだから。そして私は……ただ喚き、泣き叫ぶ、精神をおかしくした人でしかない」私は涙をぬぐう。「でも、いいの。いつか必ず、自分のこの手で真実を証明してみせるから!」律人は呆然として私を見ていた。焦りを隠せない守が、鋭い口調で怒鳴る。「おい、何をしている!この狂った女をすぐに連れ出せ!」数人のボディーガードが一気に私を取り押さえに来た。私は必死に抵抗する。「放してよ!この人でなし!」律人はわずかに眉を寄せ、口を開いた。「守さん。遥は祖母が亡くなったばかりで、情緒が不安定なんだと思います。だから、今は何を言っても聞き入れないと思うので、今日は先に帰したらどうですか?」守がすぐに頷いた。「確かに、精神的に問題があるやつには、何を言っても無駄だからな。結衣のことを頼めるか?俺は、この女を送り返すから」守はそう言ってから、氷のように冷徹な視線を私に向けた。私はそのまま、力ずくで病院から外へと引きずり出された。抵抗しても誰も私の話など聞いてくれない。駐車場まで来たところで、ようやく守が足を止めた。「なぜ君は、いつもこうやって自ら事を大きくするんだ?」守が軽蔑のような視線を私に向けたが、私も負けじと守を睨み返す。「あんたたちには必ず罰が当たるから!」守が笑った。「罰だと?いいか?この世の中は金と権力がある者が作ったルールで回っているんだ。君みたいな底辺の者が、俺たちに何ができるって言うんだよ?」少しすると、白衣を着た男たちが数人近づいてきて、先頭にいた中年男性が丁寧な口調で守に告げる。「相沢さん。入院の準備が整いました」守もその男に微
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第7話

孝之は上着を脱ぐと私に掛け、そのまましっかりと抱きしめてくれた。鼻をかすめる慣れ親しんだコロンの香りが、私を包み込む。その瞬間、長く張り詰めていた緊張がようやく解けた。「孝之……」孝之に顔をうずめ、私は声を殺して泣いた。私の腕に残る火傷を見た孝之は、胸を痛めた様子で呟く。「来るのが遅かったね。ごめん、遥」その時、冷え切った男の声が響いた。「何があったんだ?」顔を上げると、律人が急ぎ足で駆けつけてくるのが見えた。私が孝之に身を委ねているのを見て、律人が眉をひそめる。孝之は律人と守を冷ややかな目で見ると、低い声で言った。「俺の妻を拉致したばかりか、無理やり精神病院に入れようとしたそうだな。きちんと納得できる説明をしてくれるのか?」守が鼻で笑った。「説明?お前は何様のつもりだ。お前ごときに説明する必要なんてない」しかし、律人は青ざめた顔で黙り込んでいた。目の前の男が誰であるかに、律人はすぐに気がついていた。陸川孝之。陸川グループの社長であり、世界有数の大富豪。律人が働く法律事務所が、喉から手が出るほど仕事を取りたがっている超大物クライアントだった。ただ、こんな場所に孝之がいること自体を、律人は信じられなかった。だから、私が孝之の妻であることなど、尚更信じられないのだろう。律人は一歩前へ出て、険しい表情で口を開いた。「陸川社長。もしただ彼女を見かねて助けただけなら、わざわざ妻だなんて、嘘をつく必要はないんじゃないですか?」その場に沈黙が流れる。すぐに、呆れていた孝之が鼻で笑った。彼はスマホを取り出し、ロックを解除した。そこには幸せそうなウェディングフォト。写真の中で、ウェディングドレスを着た私が輝くばかりの笑みを浮かべている。そして、背後に立つ孝之は溶けそうなほど優しい瞳で私を抱きしめ、私の額に優しくキスを落としていた。今、守たちを冷たく見つめる男とはまるで別人だった。孝之は目線を鋭くし、吐き捨てるように言った。「遥は俺の正式な妻なんだよ。なのに、お前たちは彼女にこんな仕打ちをするなんて、一体何を考えているんだ?」律人はその場に凍りつき、食い入るようにその写真を見つめている。私がとっくに嫁いでいたという事実が、どうしても信じられないようだった。
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第8話

ついさっきまでの氷のような冷酷な表情が、一瞬にして柔らかくほころぶ。「ああ。帰ろう」孝之は私の額に優しく口づけをした。しかし、私の赤く腫れた頬と、腕にできた火傷に目が留まると、孝之の表情が少しだけ重いものとなる。「もう腕のいい医者に連絡してあるからな。絶対に傷跡は残さないよ。手当てが終わったら、遥の好きな料理を作ってあげるからね」私は、そのまま孝之の胸に顔を埋めた。言葉にしなくとも、私は彼のことを心から信頼している。……律人は、呆然とその場に立ち尽くしていた。頭に鈍器で殴られたような衝撃が走る。遥が陸川社長の妻?ウェディングフォトも本物だった?しかも相手は、あの陸川社長だという。この瞬間、律人はやっと理解した。今まで遥が言っていたことは、全部真実だったのだ。遥は嘘などついていなくて、自分を騙していたわけでもない。ましてや、自分を追ってここにきていたわけでもなかったのだ。本当に結婚していた。しかも、誰も想像していなかったあんなすごい相手と……律人はふと、法律事務所で遥が言っていた言葉を思い出す。「夫がすべての財産を私名義に変更してくれるから、ここには法的な相談に来ただけ」当時の自分はどう返した?「そんな馬鹿げた話、誰が信じると思ってるんだ?」胸の奥に、硬い塊を押し込まれたような痛みと苦しみが広がった。本当に滑稽だったのは……自分の方だったようだ。黒いマイバッハが、駐車場からゆっくりと去っていく。その姿が完全に消えるまで、律人はその場に立ち尽くしていた。頭の中では、遥が最後に自分を見た眼差しが、繰り返し蘇る。氷のように冷たい視線。嫌悪感。汚らわしいものでも見るような目だった。以前は……あんなにも自分に想いを寄せてくれていたのに。周囲に馬鹿にされても、一途に追いかけてきてくれていた遥。それが今では、振り返ることすらしてくれなかった。律人はそっと目を閉じた。今まで味わったことのない、形容し難い不安に襲われる。それでも律人は、非常に理性的な性格だったため、すぐに思考を切り替え、VIP病室へと戻った。だが、病室内には数人の警察官が控えていて、騒然としていた。病室のベッドにうずくまり、恐怖で体を震わせていた結衣は、律人の姿を見
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第9話

「律人、お父さんを助けて。相沢家を守ってよ!お願い!」しかし、律人は何も言わずに電話を切った。掃き出し窓の前に立ち、下校する高校生たちを見下ろしながら、自分自身の高校時代に思いを馳せた。心当たりもないのに、律人は執拗ないじめを受けていた。素行の悪い集団が、裏路地で彼を取り囲み、拳と罵声を雨のように浴びせる。鉄パイプまで振り下ろされ、死を覚悟したその瞬間……親友の相沢駿(あいざわ しゅん)が、その鉄パイプを代わりに受け止めてくれたのだった。しかし、地面に血が広がり、駿は帰らぬ人となった。あの日以来、律人は駿の家族を守り抜くと誓った。だからこそ、結衣がどんなに悪事を働いても、律人は陰でフォローし続けてきた。5年前に結衣が起こした酒気帯び運転の事故さえ、被害者が当時の自分の婚約者の母親であったにもかかわらず、律人は無理やり示談に持ち込んだ。だが当時、相沢家は約束したはずだった。結衣を刑務所に入れないことだけが目的であり、遥に手を出すことはないと。それなのに、なぜ後になって拉致なんてことが起きたのだ?そこまで考え、律人は言いようのない苛立ちに襲われた。その時、秘書から内線が入る。「椎名先生、陸川グループの社長秘書と名乗る方が、至急お会いしたいと来ております」陸川グループ?孝之?律人は低い声で答えた。「通せ」すぐに現れた孝之の秘書である九条智樹(くじょう ともき)は、挨拶もそこそこに切り出した。「椎名先生、まだあの女に肩入れするおつもりですか?」律人は黙り込んだ。智樹が深くため息をつく。「あなたは自分の評判すら気にしないどころか、昔のことなんてもうどうでもいいんですか?うちの奥様がご両親を亡くした時、どれほど相沢家から嫌がらせを受けていたかご存知ですか?仕事も見つからず、部屋も借りられず、アルバイトにすら雇ってもらえない状況でした。そのうえ、拉致に遭い、服を剥ぎ取られて、いかがわしい写真を撮られたのです。通行人が通報をしてくれたから事なきを得ましたが、一歩間違えば悲惨な結末を迎えていたんですよ。それでもなお、相沢家は奥様を追い詰め続けました。少し前のネット上の誹謗中傷も相沢家の仕業です。その結果として奥様のおばあ様は命を落とされてしまいました」冷静な智樹でさえ、
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第10話

私はしばらく黙った後、小さな声で尋ねた。「結衣の刑期は、どれくらいになるの?」すると、私を抱きしめる孝之の手に力が込められる。「あいつ、逮捕を拒んで逃げ出したところを車にはねられたんだ。頭部を強打して、路上は血の海になったらしい。因果応報ってことじゃないかな」私は呆然と窓の外を見つめたまま、長い間黙っていた。結衣が死んだ。母を殺し、父を追い詰め、祖母の命まで奪ったあの女。やっと死んでくれた。復讐が果たされた今、せいせいしてもおかしくないはずだ。それなのに、どうしてこんなに切ないんだろう?奪われた時間は、もう二度と戻らない。父も、母も、祖母も、二度と会えないままなのだ。結衣が何度死んだところで、この痛みは消えない。ましてや、死んでしまった彼女の罪を問うこともできない。私はどうすればいいのだろう?できることと言っても、せいぜい結衣が地獄へ堕ちることを祈るくらいだ。私がひどく沈んでいることに、孝之はすぐに気づいたらしく、私をそっと腕で包み込み、髪に優しいキスを落としてくれた。「大丈夫。もう全て終わったんだ。これからは二人で幸せになろう」鼻の奥がツンとなった。私はくるりと向き直って孝之に抱きつき、その胸に顔を埋める。「孝之、ありがとう」孝之が何をしてくれたか、私は分かっている。元々、孝之の仕事の拠点は海外が主だった。それなのに、相沢グループを潰すために、孝之は少しずつ活動の軸を国内へ移してくれていたのだ。A市全体の利害関係のつながりを敵に回すことさえ厭わずに。すべては、私のためだった。孝之がいなければ、こんなふうに全てが上手くいくはずもなかっただろう。孝之は世界で一番最高の夫だ。そして、失った家族の代わりに、一番私を愛してくれる人。今や孝之は、私の唯一の家族なのだ。孝之は低い声で笑うと、優しく私の髪をなでた。「言葉だけ?それじゃあ少し感謝が足りないんじゃないか?」私が顔を上げると、孝之の目元には、意地悪な笑みが浮かんでいた。その手が不埒な動きをして、私の胸元から腰の方へとずり下がっていく。さらに、その先まで……私は一気に顔が赤くなるのを感じた。「孝之っ……」孝之は私の耳元を軽く噛むと、かすれた低い声で囁く。「どうやってお礼を
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