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第3話

Auteur: モリサマー
律人の白い肌には、すぐに鮮明な指のあとが浮かび上がった。

律人は無反応だったが、結衣がすぐさま怒り狂う。

「何すんのよ!」

叫び声を上げた結衣は、テーブルにあったコーヒーを私に向かってぶっかけた。

咄嗟に顔をかばったが、腕にはかかってしまい、焼けるような痛みに、私は思わず顔を顰めた。

腕はすぐさま赤く腫れ上がり、水膨れができ始める。

結衣は目を真っ赤にして、絞り出すように言った。

「私を叩くのはいいけど、どうして律人にまで手をあげるわけ!?あんた一体何様のつもり!」

律人の法律事務所の部下たちも、あっという間に私を取り囲む。

「信じられません。相沢さんがあんなに取り乱すなんて……」

「あの女の人も自業自得ですよね?先に叩かれるようなことをしたんだから」

「それにしても、怒らない椎名先生は優しすぎますね。私ならすぐ警察を呼んでますよ」

痛みで震えが止まらなかったが、私は結衣を睨み返した。

「これは傷害事件よ。通報させてもらうから」

結衣の顔色がわずかに曇る。

すると、律人が私の手首をぐっと掴んだ。

私の火傷した腕を一瞥すると、彼は不愉快そうに眉間にしわを寄せた。

「いい加減にしろ。俺のオフィスへ来い。手当てしてやるから」

私はその手を振り払う。

「触らないで」

律人の表情が凍りついた。

「遥、わざわざ大事にするつもりか?」

私は怒りで笑えてきた。

「私が大事にしてるって言うの?

殴られたのは私。コーヒーをかけられたのも私なんだけど!

ねえ、律人。昔と同じように、また善悪の区別もつけられないの?」

律人は息をのみ、一瞬の間を置くと、低い声で言った。

「今通報したって、君の立場を悪くするだけだ。

とにかくまずは手当てを受けろ。跡が残る」

そんな律人を無視して、私は警察に通報をした。

20分後、警察がやってきたのだが、中に入ってきて律人の姿を見つけるなり、急にぺこぺこと頭を下げ始める。

「椎名先生もいらっしゃったんですね」

通報を受け駆けつけてきた警察官とは、到底思えないような態度だ。

私の心は少しだけ重くなった。

すぐさま受付の女性が警察官たちに駆け寄り、笑みを浮かべる。

「すみません。監視カメラは先月から故障したままで、まだ修理をしていなくて……」

周りにいた律人の同僚たちも次々と声を上げた。

「そこの女が先に手を出したんです」

「椎名先生にずっとつきまとっていましたし……」

「椎名先生を困らせようと、わざわざ押しかけてきたんです」

誰もが結衣の味方をして、私を守ってくれる人は一人もいない。

こんなに時が経ったというのに、どうやら何も変わっていないみたいだ。

お金と権力のある者が、いくらでも事実を捻じ曲げる。

警察が眉を顰めた。

「すみません。事情をお伺いしたいので、署までご同行を願えますか?」

私は信じられなかった。

「怪我をしたのは私ですよ?どうして加害者を無視して、被害者の私を連れて行くんですか!?」

しかし、警察は苛立ちを隠そうともしない。

「ご同行をお願いします。断るのであれば、力ずくで連れて行きますから」

すると、律人が私の耳元に唇を寄せ、低い声で言った。

「遥、その短気なところは直した方がいい。だから、少し痛い目を見ないとな」

私は律人の冷え切った瞳を見て、心が締め付けられるように痛んだ。

大学時代、私は律人になぜ法律を学んでいるのか尋ねた。

律人は正義を守り、誰にとっても公平な世の中を作るためだと語った。

その時の律人は、何よりも輝いて見えた。

なのに今、律人は結衣のために何度も法律を踏みにじっている。

私のことまで切り捨てて……

かつて私が愛したあの律人は、夢の中の存在だったのかもしれない。

夢から覚めれば、もうどこにも存在しない。

警察官に連行された私は、携帯を没収された。

私は警察官に聞く。

「夫に連絡を取らせてもらえませんか?」

相手は顔も上げないで答えた。

「今は無理です。明日の様子次第です」

そのまま留置場へと入れられた。

中にいた女たちは私を見ると、互いに目配せをし合う。

短髪の女が、突然笑い声を上げた。

「あら、人の婚約者を狙ってるっていうストーカー女?」

そして、冷水を私のベッドへぶちまける。

「今夜はここで寝な」

周囲の女たちもゲラゲラと笑った。

「ストーカーが寒いとか言わないよね?」

「人の婚約者を狙うなんて、よくやるよ」

その時、この女たちが完全にわざとやっていると、私は気づいた。

大方、結衣の指示だろう。

その夜、私は一睡もできなかった。

うとうとし始めると誰かにベッドを蹴られ、中にはわざとゴミを投げつけてくる女もいた。

明け方には顔に冷水をかけられ、私は凍えるように震えながらも、濡れた布団で体を丸める。

結衣に殴られた顔の傷と、コーヒーでの火傷の傷が熱く疼いた。

それでも、思考だけは鮮明だった。

5年前。

結衣たちは私の母を殺したんだ。

そして今、私を放す気は無いらしい。

翌朝、私は釈放された。

フラフラの状態でスマホを受け取った。

「椎名先生は心お優しい方なので、あなたの責任を追及しないとおっしゃっておりましたよ。次からは気をつけてくださいね」

私は返事もせずにスマホの電源を入れる。電源が入った瞬間、通知が次々と表示された。

どうやら、昨日の騒動がネットで話題になっているらしい。

動画は都合のいいところだけが編集され、私が律人を叩く瞬間と結衣が泣き崩れる姿のみが投稿されていた。

コメント欄は私への罵詈雑言であふれている。

【この女、やばくない?】

【以前から律人さんのこと追いかけ回してたらしいよ】

【相沢さんがかわいそう】

【こういうストーカー女なんか死ねばいいのに】

さらに私の個人情報も流出していて、それだけではなく、祖母の暮らす家の住所まで載せられていた。

私ははっと息を呑む。

すぐに新しい動画を目にした。

80歳の祖母が近所の市場で、メディアたちに囲まれている。

「お孫さんはストーカーなんですよね?」

「もしかして、精神的な病気を抱えているとか?」

「大学生の頃から人の彼氏を奪うことで有名だったと聞きましたが、本当ですか?」

祖母はどうしたらいいかわからないといった様子で、その場に立ちすくみ、買ってきたばかりの野菜を抱きしめていた。

昨日、私は出かける前に祖母に電話をして、用事が終わったら会いに行くよ、祖母の作ってくれる料理が楽しみだと言ったばかりだったのに。

私は無我夢中で祖母の家へと走った。

頭の中にあったのは、たった一つだけ。

心臓が悪い祖母に、強いショックは禁物だということ。

だが、マンションの入り口で私は足が止まり、言葉を失った。壁という壁に、真っ赤なペンキで嫌がらせの文字が書きなぐられている。

【ストーカー女は死ね】

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