夫の西岡英吾(にしおか えいご)が幼なじみの及川空音(おいかわ そらね)のために家を飛び出したのは、これで19回目だった。ある日、私は英吾の引き出しに、2枚の映画のチケットがひっそりと挟まっているのを見つけた。「サプライズにするつもりだったのに」英吾は素っ気なく言った。「先に見つけちゃったなら仕方ない。夜、映画館で待ってろ」その夜、私・西岡絵里奈(にしおか えりな)は開演から終演まで、ずっと待ち続けた。――でも、英吾は来なかった。帰り道、何気なくスマホをスクロールしていると、空音のSNSの投稿が目に留まった。【映画には連れて行ってもらえなかったけど、花火を用意してくれたし……今回だけは、特別に許してあげる】思わず顔を上げると、夜空の向こうで、色とりどりの花火が咲き乱れていた。どうしてだろう。今この瞬間、彼を愛し続ける気力が、底の抜けた器から水がこぼれるように、静かに消え去っていく気がした。……疲れ果てて玄関の扉を開けると、脱ぎ散らかされた革靴が真っ先に目に飛び込んできた。苛立ちに任せて、それを足先で払いのける。あの映画のチケットだって、結局は他人に向けられた幸せを横からかすめ取っただけのものだったのだと思うと、惨めな自分が笑えてくる。この10年間、私はずっと空音の影に隠れて、道化師のように生きてきた。リビングへ向かうと、英吾はソファに深く腰掛け、何事もなかったかのように、いつも通りこちらへ手を差し出してきた。「水」「自分で取ればいいじゃない。手、ついてないの?」思わずそう冷たく言い返した。以前の私なら、すぐさまお茶を淹れて、甲斐甲斐しく世話を焼いて、少しでも英吾の気を引こうと必死になっていただろう。底冷えするような静けさの中で、もうわかっている。無理に手繰り寄せた幸せは、どこまでいっても苦い味しか残らないのだと。今日の私の態度が意外だったのか、英吾は珍しく少しだけ口調を和らげた。「今夜は会社で急な案件が入って、約束を忘れてた。映画はまた別の日にすればいいだろ。それより、そのヒステリーをどうにかしろよ。そんな顔をして一緒に映画館に並んだら、俺の面目が丸潰れだ」カッと頭に血が上った。妻に黙って裏でこそこそ他の女と会っておきながら、平然と私を責めるというのか。積もり積も
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