1億6000万円の大型案件が、新人のミスで白紙になった。高瀬颯真(たかせ そうま)が私に声を荒らげたのは、7年間付き合ってきて初めてのことだった。ほかの社員の前で、私の仕事ぶりを徹底的に否定した。その夜、家に戻っても態度は変わらなかった。「仕事に私情は持ち込まない。大型案件を失注した責任は、上司のお前にある」直後、彼の大学の後輩で、新人の水野莉奈(みずの りな)からメッセージが届いた。【林晴香(はやし はるか)さん、ごめんなさい。商談、私のせいでダメになっちゃったのに、颯真先輩がケーキを買って慰めてくれたんです。すごくおいしかったから、晴香さんの分も冷蔵庫に入れておきました】翌朝、颯真は私が作った朝食を、迷いもせずゴミ箱へ捨てた。「朝は食べないって、何度言えばわかるんだ」出社したら、隣の席の佐藤美紀(さとう みき)が声を潜めて話しかけてきた。「あの新人、やるわね。さっき社長にコーヒーとサンドイッチを差し入れたのよ。高瀬社長、断るどころか、ぺろっと食べたんだって」もう、どうでもよかった。スマホには、以前から私を口説き続けていた男から、またメッセージが来ていた。【俺と付き合ってくれない?ダメならそばに置いてくれるだけでもいいよ】私は少しだけ考え、返信した。【私の彼氏になって】……人事部へ退職届を提出した直後、私は高瀬颯真の社長室へ呼び出された。扉を開けた途端、飛んできたコーヒーが顔にまともにかかった。頬がひりひりする。颯真が経営するこの会社では、役員も社員もみんな、若くして成功した彼の顔色をうかがっていた。だからといって、社員にこんな仕打ちをしていいはずはない。革張りのソファでは、莉奈が目を真っ赤にして泣いていた。「颯真先輩、晴香さんを責めないでください。商談を失敗させたのは私です。辞めるなら、晴香さんじゃなくて私が……」颯真は怒りを隠そうともしなかった。普段は何があっても冷静な颯真が、莉奈のことになると、すぐ感情的になる。「昨日注意された腹いせに退職届を出して、莉奈を追い詰めるつもりか?上司なら、部下の失敗にも責任を持て。全部莉奈のせいにして、よく平気でいられるな。お前が辞めると聞いて、社内では莉奈がお前を追い出したみたいに言われてる。今すぐ皆の前でちゃんと説明
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