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第5話

Auteur: 黎香
「まさか……本当に出ていったのか」

急に不安がこみ上げた。

颯真は、晴香が自分をどれほど愛しているか、わかっているつもりだった。

彼女は何度も、結婚したいと口にしてきた。

あれほど結婚したがっていた晴香が、自分から離れていくはずはない。

何をしても、最後には自分のもとへ戻ってくる。

いつの間にか、そう思い込んでいた。

自分が「結婚しよう」と言えば、晴香はどんな予定も後回しにして、一緒に婚姻届を出しに行くはずだった。

自分のもと以外に、晴香が帰れる場所はない。

晴香は両親とは疎遠で、叔父とは時折連絡を取っているものの、叔母との折り合いが悪く、頼るはずもなかった。

そこで、彼女が市内の西側にマンションを買ったと言っていたことを思い出した。

颯真はバッグを手に、すぐ車へ乗り込んだ。

颯真は、以前晴香から聞いた市内西部のエリアまで車を走らせた。だが、そこで立ち往生した。

肝心のマンションがどこにあるのか、知らなかったのだ。

まさか晴香が本当にそこへ移り、自分のもとを離れるとは考えもしなかった。

だから、候補の物件について相談されたとき、資料もろくに見ず、「好きにす
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  • さよなら、七年分の「片想い」   第7話

    さらに、美紀は退職後、あの日会社でこっそりスマホで撮影していた動画をSNSに投稿した。颯真が社員たちに、私を叩くよう迫る様子がはっきり映っていた。会社には批判や抗議が殺到した。信用を失い、経営は一気に傾いていった。颯真が会社の立て直しに追われる一方、莉奈は離れていこうとする彼に必死ですがりついた。だが颯真は莉奈を避けるようになり、能力不足を理由にインターン契約を打ち切った。すると莉奈は、交際中に撮影した颯真の私的な性的画像をネットへ流した。2人の泥沼の争いは、ネットで面白半分に取り上げられた。やがて颯真が警察へ被害届を出し、莉奈はリベンジポルノ防止法違反の疑いで逮捕された。労働審判の期日に現れた颯真は、頬がこけ、目も充血していた。それでも、困ったように笑いながら私に言った。「晴香、直接言ってくれれば、賞与くらい払ったのに。どうして、わざわざ裁判沙汰にしたんだ?」彼が気にしているのは、金のことではない。私が黙って従わず、法的手段に出たことが許せないのだ。相変わらず傲慢だった。自分がしたことを、今でも些細な行き違いだと思っている。颯真は幼い頃から何をしても人より優れ、周囲から持ち上げられて育った。大学でも目立つ存在で、いつも人に囲まれていた。私はそんな彼を4年間思い続け、ようやく恋人になった。だから颯真は、私がいつまでも自分を追いかける側だと思っていたのだ。数百万なんて、自分の一言で決められると思っている。その金を得るために、私がどれほど働いたかなど、考えたこともないのだろう。労働審判で調停が成立し、会社は未払いの業績賞与と解決金を支払うことになった。入金を確認した日、ようやくすべてに区切りをつけられた気がした。ところがその日の帰り、マンションの近くで颯真が待ち伏せしていた。「金、受け取ったか?」私はただうなずき、そのまま横を通り過ぎようとした。だが、背後から呼び止められた。「本当は、莉奈に渡すつもりなんてなかった。お前を従わせるために、少し脅しただけだ。あのとき素直に謝っていれば、俺だって考え直した。晴香は意地を張りすぎなんだ」やがて、その口調は私を責めるものへ変わった。「どうして俺を捨てた?7年も一緒にいたのに、全部なかったことにするのか?莉奈とは何もないって

  • さよなら、七年分の「片想い」   第6話

    颯真は、隣に莉奈がいることも忘れ、こちらへ駆け出した。颯真の腕に自分の腕を絡めていた莉奈は、バランスを崩してその場に転んだ。それでも颯真は振り返らず私へ手を伸ばしてきたが、すぐに湊が間へ入り、私をかばった。湊は、待ってましたとばかりに笑った。「来たな、颯真。紹介するよ。俺の婚約者、林晴香」颯真は顔をこわばらせ、低い声で問い詰めた。「俺の彼女が、いつからお前の婚約者になった?」私はたしなめるように、湊の腕を軽くつねった。湊は不満そうに私を見たが、得意げな笑みを引っ込めた。「勝手なことを言わないで。私たちはもう別れたの。私はもう、あなたの彼女じゃない」颯真は何も言い返せなかった。その後ろでは、起き上がった莉奈が私をにらみつけている。莉奈が颯真の腕にすがろうとすると、彼はさりげなく身を引いた。そして私に向かって、早口で弁解を始めた。「莉奈が、こういう場所へ来たことがないから見てみたいって言うんで、連れてきただけだ。俺たちの間には何もない」その言葉を聞いた途端、莉奈は涙をこぼし、人目もはばからず叫んだ。「何もないって、どういうことですか?パリでは、私のことは責任を取るって言ったじゃないですか!ベッドでだって、晴香さんにはもううんざりしたって言ってたでしょ!先輩の家で私と寝たときだって、晴香さんより私とのほうが燃えるって喜んでたじゃないですか!今さら知らないふりするんですか?」会場が一瞬で静まり返った。招待客の中には、私と颯真の共通の友人や、大学時代の同級生も大勢いた。7年付き合った颯真ではなく、なぜ私が湊と婚約したのか、不思議に思っていた人もいただろう。莉奈が自分からすべて話してくれたおかげで、私が説明する必要はなくなった。颯真はそこで初めて、莉奈をにらみつけた。それから私へ向き直り、何か言おうとする。けれど、私が冷ややかに見返すと、急に口ごもった。「違うんだ。説明させてくれ、晴香……」湊の顔から笑みが消えた。「よくもまだ、晴香の名前を呼べるな」湊が拳を振り上げたため、私は慌ててその腕をつかんだ。すぐに会場のスタッフが2人の間へ入り、颯真と莉奈を外へ連れ出した。騒ぎはあったものの、パーティーは予定どおり進んだ。深夜、私と湊が車で地下駐車場を出ようとしたとき

  • さよなら、七年分の「片想い」   第5話

    「まさか……本当に出ていったのか」急に不安がこみ上げた。颯真は、晴香が自分をどれほど愛しているか、わかっているつもりだった。彼女は何度も、結婚したいと口にしてきた。あれほど結婚したがっていた晴香が、自分から離れていくはずはない。何をしても、最後には自分のもとへ戻ってくる。いつの間にか、そう思い込んでいた。自分が「結婚しよう」と言えば、晴香はどんな予定も後回しにして、一緒に婚姻届を出しに行くはずだった。自分のもと以外に、晴香が帰れる場所はない。晴香は両親とは疎遠で、叔父とは時折連絡を取っているものの、叔母との折り合いが悪く、頼るはずもなかった。そこで、彼女が市内の西側にマンションを買ったと言っていたことを思い出した。颯真はバッグを手に、すぐ車へ乗り込んだ。颯真は、以前晴香から聞いた市内西部のエリアまで車を走らせた。だが、そこで立ち往生した。肝心のマンションがどこにあるのか、知らなかったのだ。まさか晴香が本当にそこへ移り、自分のもとを離れるとは考えもしなかった。だから、候補の物件について相談されたとき、資料もろくに見ず、「好きにすれば」と答えただけだった。ラインを開き、何通かメッセージを送った。だが、いつまで待っても既読がつかない。いつから拒まれていたのかもわからなかった。この1週間、晴香へ一度も連絡していなかったからだ。莉奈をフランスへ連れていったことに、腹を立てているだけだろう。そう自分に言い聞かせながら電話をかけたが、何度試してもつながらない。どうやら、ラインも電話もブロックされている。社長室で別れを告げたとき、晴香はあまりにも静かだった。今になって、あの言葉が本気だったのだとわかった。急に焦りがこみ上げてくる。颯真はハンドルを握ったまま、うつむいた。「晴香……」晴香の居場所に心当たりがないか、共通の知人へ尋ねようとしたとき、スマホが鳴った。電話に出ると、神谷湊の明るい声が聞こえた。「颯真、俺、婚約することになった。彼女がプロポーズを受けてくれたんだ。今夜、身内や友人を集めて婚約のお披露目をする。お前も来いよ」颯真はこめかみを押さえた。自慢したいだけなのだろうが、今はパーティーに出る気分ではない。「悪い。今、ちょっと取り込んでて……」湊は

  • さよなら、七年分の「片想い」   第4話

    颯真は人事担当者へ命じた。「退職届は受理するな。自己都合退職ではなく、懲戒解雇扱いにしろ。今期の業績賞与も支給を止めて、莉奈への補償金に回せ」本人が退職を申し出ているのに、それを無視して懲戒解雇扱いにし、支給が決まっている業績賞与まで別の社員へ回す。法的に通るはずがない。それでもこの会社では、社内規則より颯真の命令が優先された。あまりの横暴さに、黙っていられなかった。「颯真、あの賞与は私の実績に対して支払われるものよ。あなたが勝手に取り上げていいお金じゃない!」社内規定では、獲得した案件の実績に応じて業績賞与の額が決まる。あの案件は、取引先への提案から企画書の作成、条件交渉、契約締結まで、すべて私が担当した。少しでも利益を上げるため、何度も取引先へ足を運び、夜遅くまで会食にも付き合った。数百万を超えるその業績賞与で、マンションのローンを完済するつもりだった。両親が離婚したのは、私がまだ幼い頃だった。どちらも私を引き取ろうとせず、親戚の家を転々とした末、ようやく叔父夫婦の家に落ち着いた。だが、叔母には、言うことを聞かないなら家から出ていけと、何度も言われた。そのせいか、大人になってからも、帰る場所を失うのが怖かった。颯真から離れられなかったのも、いつか捨てられるのではないかと不安だったからだ。傷つけられるたびに、彼への気持ちは少しずつ冷めていった。その一方で、誰にも追い出されない、自分だけの家が欲しいと思うようになった。家さえあれば、誰かに見放されても行き場を失わずに済む。必死に働いて頭金を貯め、マンションを買った。生活を切り詰めながらローンを返し、睡眠時間まで削って働き続けた。目の下にクマができ、白髪も増えた。颯真は、そのすべてを知っている。私が今回の業績賞与をどれだけ必要としているかも。それでも、冷たく言い放った。「この会社は俺のものだ。莉奈を傷つけたんだから、その金で償うのは当然だろ」その身勝手な言い分に、吐き気がした。私が頑張って働き、ようやく手にするはずだった私の賞与を、入社したばかりのインターンへ回すというのだ。私は歯を食いしばり、ふらつく足でどうにか立ち上がった。だが、颯真が呼んだ警備員に腕をつかまれ、そのまま会社の外へ連れ出された。すぐに颯真から

  • さよなら、七年分の「片想い」   第3話

    しばらくして、颯真が低い声で聞いた。「どうして怒らないんだ?」私がずっと傷ついていたことを、彼は知っていたのだ。それでも気づかないふりをして、嫉妬深いだの、性格が悪いだのと責め続けてきた。今日中にこの家を出ると伝えようとしたとき、颯真のスマホが鳴った。電話に出ると、莉奈の泣き声が漏れてきた。どうやら、会社で誰かに嫌がらせをされたらしい。颯真は電話を切るなり、私をにらみつけた。「そういうことか。晴香、お前が仕組んだんだな」事情もわからないまま手首を強くつかまれ、そのまま外へ引きずられ、車に押し込まれた。車内には、莉奈がつけている香水の甘い匂いが残っていた。ルームミラーには、莉奈のラインのプロフィール画像と同じ、うさぎのマスコットがぶら下がっていた。私が颯真の会社で働き始めてから、彼は私を車に乗せなくなった。社内で噂になるからと、付き合っていることも伏せるよう言われた。その車は、いつの間にか莉奈の気配で満ちていた。不思議と、もう傷つかなかった。やっぱりそうだったんだ。そう思っただけだった。会社に着くなり、腕をつかまれて車から引きずり降ろされた。足元がもつれ、その場に倒れ込んだ。颯真は手を差し伸べるどころか、鼻で笑った。「大げさなんだよ」再び腕をつかまれ、立ち上がる間もないまま会社へ引きずられた。連れていかれたのは、ついさっきまで私が働いていた部署だった。擦りむいた手首と膝から、血がにじんでいる。颯真は莉奈を抱き寄せると、社員たちを見回した。「誰にそそのかされたのかは知らないが、入ったばかりの莉奈を寄ってたかって責めるのはやめろ。この会社で、もう晴香の顔色をうかがう必要はない」颯真は私を指さした。「ここに残りたいなら、1人ずつ、晴香の頬を叩け。それでどちらにつくのか示せ」美紀は青ざめたまま、立ち尽くしていた。ここへ来る途中、同僚から事情を知らせるメッセージが届いていた。私が退職したあと、莉奈の教育係は美紀が引き継いだらしい。ところが莉奈は、簡単な手配すらまともにできなかった。取引先との会議で出す弁当を任されたのに、先方の希望を確認せず、勝手にベジタリアン弁当を注文したのだ。美紀が注意すると、莉奈はすぐ颯真に泣きついた。莉奈は颯真の胸元に顔をうずめ、泣きながら

  • さよなら、七年分の「片想い」   第2話

    大型契約がまとまりかけていた夜、都内の高級料理店の個室で、最終打合せを兼ねた会食が開かれた。颯真も同席していた。契約が決まりかけたところへ、莉奈が突然入ってきた。自分も挨拶したいと言い、取引先の社長に、しつこく酒を勧めるなんて信じられなかった。先方の社長は、あからさまに不快そうな顔をしていた。それでも莉奈は、相手が嫌がっていることにまるで気づいていなかった。入社したばかりのインターンが、取引先の社長に無理やり杯を持たせようとするなんて、理解できなかった。私は莉奈を止め、先方に何度も頭を下げた。そして、莉奈にもきちんと謝って席を外すよう言った。ところが、莉奈は突然、大声で泣き出した。「晴香さん、同じ女同士なのに、どうしていつも私を困らせるんですか?嫌だって言ってることまで、無理やりやらせて……」あのとき、颯真が険しい顔をしていたのは、契約がまとまらなかったからだと思っていた。けれど、違った。彼が腹を立てていたのは、私が莉奈に謝らせたことだった。もう、疲れた。「何も企んでないよ。颯真、私たちも終わりにしよう」表情をこわばらせた颯真を社長室に残し、デスクの私物をまとめると、私はそのまま会社を後にした。家に戻ると、すぐに荷造りを始めた。7年分の暮らしを片づけるのは、簡単ではない。引き出しを開けた瞬間、手が止まった。中に、見覚えのない網ストッキングが入っていた。ところどころ破れ、無造作に丸められている。私は写真を撮って颯真に送ると、そのままゴミ箱へ捨てた。彼から言い訳のメッセージが次々と届いたが、返事はしなかった。代わりに、神谷湊(かみや みなと)へ電話をかけた。「私と付き合いたいなら、先にプロポーズして」……湊は電話の向こうで、うれしそうに声を弾ませた。荷造りを手伝うと言ってくれたが、断った。颯真と鉢合わせになれば、間違いなく揉める。これ以上、騒ぎを大きくしたくなかった。市内の西側には、私名義の小さなマンションがある。今回の賞与が入れば、住宅ローンを完済できるはずだった。ローンを払い終えれば、ようやくそこが本当の意味で自分の家になる。そう思うと、少しだけ気持ちが軽くなった。そのとき、玄関の外から足音が聞こえてきた。引っ越し業者だと思い、確かめもせず

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