新しく始めた幼稚園での仕事はとても楽で、時々子どもたちにお手製のスイーツを振る舞うこともある。そうこうしているうちに、子どもたちはすっかり新任のこのきれいな先生に懐いてくれた。園長先生から直々に、ある特別な事情を持つ女の子のために、個別の食事を用意してほしいと頼まれたりもした。見ると、園長の椅子の後ろからふわふわの頭が覗いている。制服を着て、おさげ髪にした女の子が、大きな目をぱちぱちと瞬かせている。「江口先生が作ったクッキー、もっと食べてもいい?」初対面のとき、彼女はおずおずとそう口にした。女の子の名前はまどか。陽斗と同じく胃腸が弱いうえに好き嫌いが激しい。以前は家からお弁当を持参していたらしいが、たまたま私の作ったお菓子を口にして以来、すっかり私に懐いてしまったのだ。その期待に満ちた眼差しで見つめられると、つい心が揺らいでしまう。それ以来、彼女は何かとこっそり抜け出しては私にべったりとくっつくようになった。幼稚園で働き始めて一週間、子どもたちの賑やかな声に包まれながら過ごす毎日は、まるでぽかぽかとした陽だまりの中にいるようだ。過去の記憶などすっかり忘れかけていたある夜、突然、彰吾から電話がかかってきた。電話越しの彰吾は珍しく取り乱して、声を震わせながら焦りと困惑を隠せずにいる。「美月、陽斗がひどい胃痛で、一晩中吐いてるんだ。戻ってきてくれないか。お前の作った雑炊が食べたいって……」前半の言葉を聞いた瞬間、条件反射のように飛び起きて、母親としての本能が不安を掻き立てる。電話の向こうから、陽斗のうわ言がはっきりと聞こえてくる。何度も「ママ」と呼ぶその声が、鎖のように私の心を締めつける。「ママ、行かないで……」彰吾がスマホを陽斗の枕元に置いたのだろう、病院特有の騒がしい背景音までが耳に流れ込んでくる。彼の声は疲労に満ちて、どこか弱り切ったような哀願の色が滲んでいる。「美月、陽斗はまだ小さいんだ。本当に見捨てるつもりか?」私は、見捨てることができるのか?思考が停止する。しかし、真っ暗な部屋と、スマホの画面に表示された【2:37】という時刻を見つめているうちに、ふと目が覚める。「私たち、もう離婚したのよ。陽斗が病気なら医者に診てもらいなさい。雑炊の作り方は後で送るから。自分で作れないなら家政婦さんに
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