僕・浅倉蓮(あさくら れん)は3年という長い時間をかけて、浅倉凛(あさくら りん)という高嶺の花を振り向かせた。彼女を妻に迎えるため、築き上げてきたキャリアをすべて手放し、自ら望んで専業主夫になった。「子どもを産むのは痛そうで怖い」そんな彼女の一言だけで、僕は翌日には病院へ行き、パイプカット手術まで受けた。僕たちがこの先もずっと寄り添い、白髪になるまで幸せに暮らしていくのだと、周囲の誰もが疑わなかった。でも、結婚5周年の記念日、僕は離婚することを決めた。離婚の手続きを任せる相手は、親友であり弁護士でもある桐生拓海(きりゅう たくみ)。彼が僕に何度も確認してくる。「本気か?凛と結婚するために、あの有名なファッション誌のオファーまであっさり断ったお前が、今さら離婚したいなんて」胸を締めつける痛みを押し殺しながら、僕は静かに答えた。「離婚協議書を作ってほしいんだ。それも、できるだけ早く……」「どうしてだよ?!」拓海は理解できないみたい。僕はダイニングテーブルの上に置かれた黒百合の花束へ視線を向け、長い沈黙の末、静かに口を開く。「たったひとつの花束……それが理由なんだ」今日、花束を受け取った時は本当に嬉しかった。ようやく凛も僕のことを考えてくれるようになって、結婚記念日のサプライズを用意してくれたんだ――そう思ったから。けれど、花束に添えられたメッセージカードを開いた瞬間、僕の笑みはそのまま凍りついた。【先生、わざわざ遠方から駆けつけて、叔母のために手術をしてくださり、本当にありがとうございました。家族一同、心から感謝しています。この花は、先生のために僕が選びました。『僕たち』にぴったりだと思ったので、気に入っていただけたら嬉しいです――悠】手が震え、花束がそのまま床に落ちる。3年前、父が重い病気で倒れた。医者からは一刻を争うと言われた。だが、地元の病院では医療技術が十分ではなく、かといって父の容体では長距離の転院にも耐えられない。だから僕は、凛に故郷まで来て父の手術をしてほしいと頼み込んだ。あの時、彼女は何と言ったか?「病院の規則で、他院への出張手術は禁止されているの。仕事は仕事。個人的な事情でルールを破るわけにはいかないから」その結果、父は転院先へ向かう救急車の中で息を引き取った。
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