「おやまあ、道に迷いなされたか。村まで戻れて何よりでしたのう」 困惑する二人に、老人は相好を崩してにこにこと笑っている。細まった目にまぶたが垂れ、ほとんど黒目しか見えない。どこか作り物めいた雰囲気を感じる笑顔だった。「このあたりの道は人が歩いたもんと、獣が歩いたもんで入り組んでおりますからのう。霧の中を歩くのは村のもんでも難儀でしてな。無理はなさらず、霧が収まるまで待った方がよいですのう。さ、小屋まで案内しますじゃ」 老人は返事も聞かずに歩き始める。仕方がないので二人もそれに従い、昨晩泊まった小屋へと一旦戻った。「ご老人、霧はいつもどれくらいで収まるんだ?」「1日のこともあれば、10日も続くこともございますなあ。山の天気は読みにくいもんで。ああ、晩の食事も用意しますで、ゆっくりなさってくだせえ」 老人はそう言い残してそう言い残して去っていった。「最大10日か……。そんなのんびりしている暇はないぞ」 サイラスが渋い顔でぼやく。この村で足止めされている間にエンバーとすれ違ってしまったら打つ手がなくなってしまう。「サイラスさん、この霧ってなんかおかしくないですか? 屍喰い蝶はまっすぐ飛んでたはずなのに」 濡れた身体を拭きながら、アイラは素朴な疑問を口にする。「ああ、普通じゃないな。方向感覚が狂わされているのか、あるいは転移でもされているのか……」「魔術的な罠が仕掛けられているってことですか?」「断定はできんがな」 サイラスにせよアイラにせよ魔術の心得はない。聖職者が起こす奇跡と魔術士が扱う魔術は混同されがちだが、実際にはまったく原理を異にするものだ。魔術について表面的には知ってはいるが、魔素を読み取って術式を解明するなどは専門外なのだ。「とはいえ、霧が収まるまでじっと待つって選択肢はないな。これが魔術的なものなら、ずっと晴れない可能性だってある」「黒幕の仕掛けなんでしょうか……」「そうかもしれんし、違うかもしれん」「でも、この辺りには昔から霧が出るんですよね。だとすると村の人たちも巻き込んでしまったことになります」「村人がグルの可能性だってある。何にせよ、推理するには情報が少なすぎる」 サイラスはパイプを咥え、ため息と一緒に紫煙を吐いた。オドゥオールがいればすぐに解決できたかもしれない。アイラと二人だけの追跡は無謀だった
Última atualização : 2026-07-13 Ler mais