All Chapters of わたしといっしょにうたおうよ! ~歌姫を目指す猫少女の百合恋愛物語~: Chapter 1 - Chapter 10

30 Chapters

わたしといっしょにうたおうよ!①

 これは、とある街に棲む擬人化された猫たちの物語である。★ アメリ編 ★ ダンボール箱に詰められてから、どのぐらい経っただろう。時々、大きく揺れる。狭いところは大好きだけど、いささか飽きてきた。箱に入れられる前、たくさんご主人様と遊んだから、なんだか眠い。楽しかったなあ。また明日も遊べるといいな。でも、ご主人様は、なんであんなに悲しそうな顔をしていたんだろう? 今の私は、カジュアルなショートパンツルックのショートカットという姿をしている。声を上げてみると、ご主人様が、言葉を返してきた。何か音がする。確かこれは自動車とかいうものの音だ。病院というところに連れて行かれる時、聞いた覚えがあった。また病院に連れて行かれるのだろうか。 揺れが収まった。しばらく、ご主人様とご主人様のお母さんが言い争う言葉が聞こえた。何だろう? 私にも、人間の言葉が分かればいいのに。続いて、私入りの箱は、ひょいと持ち上げられたみたいだ。そして、着地の感触。そして、ご主人様が何かをしゃべりかけてくる。それが、ご主人様の声を聞いた最後だった。 いくら声を上げてみても反応がないので、天井を開いてみた。箱から身を乗り出してみると、そこは見たことがない場所だった。 一言でいうと、大きな夜の公園。街頭が周囲を照らし、人の姿がいくつか見え、中央の光を放つ大きな噴水と、その手前のステージ施設が印象的だった。どういうことなんだろう。私は、少し混乱していた。木枯らしが肌寒い。震えると、首の鈴がちりんと鳴った。「あなた、捨てられたのね」 背後から突然かかった声に驚いて振り向く。そこにいたのは、一人の少女だった。 すらりとしたボディを黒のワンピースに包み、綺麗な短い黒髪を持つ、端正な顔立ち。クールビューティーという言葉がよく似合う。「捨てられた……? 誰が?」 最初、彼女の言っていることが理解できなかった。いや、理解はしてしまったのだけど心の奥底で否定したかったのかもしれない。「あなたよ」 彼女は、淡々とそう言った。彼女の言葉を聞いたら、ふいに涙が頬を伝った。手の甲で拭いながら、私は訊いた。「あなたは誰?」「私はクロ。来なさい。今日は夜会があるから」 クロと名乗った少女は、そう言うと歩き出した。私もどうしたらいいのか分からないので、後を付いていく。 しばらく公園内を歩いていくと、ライ
last updateLast Updated : 2026-07-16
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わたしといっしょにうたおうよ!②

 カンナの家は、洋風の綺麗な一軒家だった。花壇では手入れされたガーデニングの花が咲き誇っている。これは何という花だろう。後で気が向いたら訊いてみよう。「どうぞ入って」「お邪魔しまーす」 室内は、アイボリーの色調で、ガラスのテーブルと丸いクッション、そしてアップライトピアノが目に入る。私は手近なクッションに腰を降ろす。右手にはキッチン、左手には寝室があるようだ。カンナはお茶を淹れに行った。「ねえ、カンナ。九九点取るって大変なの?」「それはもう大変よ。いつも二位になるのはミケ……さっきあなたに食って掛かった娘(こ)ね、なんだけど、彼女でも九〇点超えがやっとだもの。あなたって自信家なのね」「んー、自信があるというか、私って物事をいい方にしか考えない癖があって。ご主人様とも、また会えるかもって思っているし」「本当に前向きなのね」 そして、庭で採れたというハーブティーを飲みながら、カンナと流行りの爪とぎのこととか、マタタビの木が生えているスポット情報などの他愛もないおしゃべりをして時間を過ごした。「そういえば、カンナはピアノ弾けるの?」 私は、居間の一角を占めるアップライトピアノを見ながら言った。「手慰み程度だけど。作曲と作詞が趣味なの」「へえ、ちょっと聴いてみたいな」 カンナとのおしゃべりは楽しかった。大人しい外見の割には社交的で、ころころととてもよく笑う。そうこうしているうちに、日も昇ってきたので、寝ようということになった。ベッドはひとつしかないので、それを二人で使うことになる。ああ、やっぱり狭いところは心地いい。 カンナの髪の香りがふわりと漂う。肌のぬくもりが心地よかった。ベッドに入ってからも、また少し他愛もないお話をして、私たちは寝た。「あめんぼあかいなあいうえおー!」 夕方に起きて、外で発声練習をしてみた。とはいっても、やり方が全く分からないから我流だけど。「おはようアメリ。何してるの?」「発声練習。適当だけど、何もしないよりいいかなーって思って」「うーん、ちゃんとした先生に教わった方がいいんじゃないかしら」「心当たりがないし……」「一人、心当たりがあるわ。ご飯を食べたら行きましょう」 私たちは、チーズトーストとスクランブルエッグ、ウィンナーとシーザーサラダにホットミルクの朝食を済ませると、家を出た。「どんな猫なの?」
last updateLast Updated : 2026-07-16
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わたしといっしょにうたおうよ!③

「ねえ、カンナ。私、歌上手くなれるかな」「なれるわよ。きっと大丈夫」 特訓が始まってからの数日後の朝近く、私とカンナはいつものようにベッドに横たわっていた。楽天家な私だが、本格的なレッスンに、ちょっと不安を感じていた。そんな私の頭を、カンナは優しく撫でてくれた。ああ、そういえば、昔はご主人様にもこうやってよく頭撫でて貰ったっけ。彼女は優しい娘(こ)だ。ご主人様に捨てられて行く当てのない私を、こんなにも快く受け入れてくれた。 カンナと接していると、何とも言えない気分になる。ぽわぽわして、温かくて、でもちょっと心臓がドキドキして苦しい気分になる。この気持ちは一体何だろう。生まれて初めて味わう気持ちだ。「それは恋ね」 ある日、私は教会でまりあさんにこの気持ちが何なのか尋ねてみた。そして、返って来たのがこの答えだ。「恋って……私もカンナも女ですよ!?」 私は席から立ち上がって、思わず強く否定した。「でも、あなたの想いはそうとしか表現できないわ」「……まりあさんは恋したことあるんですか?」 私は、座り直した。「神様に仕える前は、恋に身を焦がしたこともあったわ」「相手はどんな猫だったんですか?」「とっても綺麗なシャム猫の女の子だったわ。一方通行の片思い」 まりあさんが、真剣な眼差しで私を見つめ返してくる。その瞳は、愁いを帯びていた。まりあさんにも同性愛の経験があるとは意外だった。とっても理知的で聡明なまりあさんが、今の私と同じような、慕情と苦しみに身悶えしていたというのが想像できなかった。「アメリ、今日もまりあさんのところ?」「うん。今日も遅くなるかも。ご飯も教会で済ませちゃうと思う」 私は、意図的にカンナと距離を置くように努めていた。もし、私がカンナに恋愛感情を持っていると知られたら、きっと嫌われるに違いない。カンナに嫌われるのだけは嫌だ。「そう……。たまには、私も一緒に行こうか?」「独りで大丈夫だよ。もう何度も通ってるし」 この時、私はカンナの気持ちに気づかなかった。この時、気づいてあげられていたら……。「じゃあ、行ってくる!」 私は振り切るように駆け出した。 さらに時は過ぎる。「まるでスポンジみたいな吸収力ね。教えることがなくなってしまったわ。テクニックに関しては完璧ね」 まりあさんの教えを受けて二か月ぐらい経っただろう
last updateLast Updated : 2026-07-16
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わたしといっしょにうたおうよ!④

 どのぐらい当てもなく歩いただろうか。気付けば隣町の公園に来ていた。公園と言っても、あの街の公園とは違って狭く、バスケットのゴールが風に揺れている。人気《ひとけ》はまったくない。木馬とブランコが目に入る。寒い。会場の熱気が嘘のように、体の芯から震えた。 少し佇んでいると、歌が聞こえてきた。思わず耳がぴくりと反応する。私は、誘われるように、声のする方へと足を向けた。 声の主は、四人の猫たちだった。ジャングルジムの上で、アカペラを熱唱している。『歌を歌おうよ あの空に響かせようよ 空はどこまでもつながっているから』 私は四人の歌に聴き入った。なんて楽しそうに歌うんだろう。思えば私は、まりあさんに褒められたことを喜んでも、歌うことそれ自体を楽しんだことはなかった気がする。歌を聞いていたら、自然と涙が零れてきた。「ねえ、どうしたの?」 四人組の一人、髪の短い娘《こ》が、私の異変に気付いて声をかけてきた。いつの間にか、目の前まで近寄っていたらしい。「あ、うん……。ちょっと色々あって」 私は涙を拭った。「そっか。私はユキ。よろしくね。で、こっちがサツキ、クミ、ユカリ」 ジムから飛び降りて、順にロングで眼鏡、サイドテールの子供、縦ロールの仲間を紹介していく。残りのメンバーも、飛び降りてきて会釈する。「私はアメリ。ごめんなさい、涙が止まらない」 私は謝りながら自己紹介した。「気にしなくていいよ。私たちは『カクテル』っていうアカペラグループを組んでるんだ」「凄く楽しそうに歌うんだね」 少し涙が収まってきた。「だって楽しいもん! ね」 ユキがメンバーに確認すると、一同も頷く。「私も、そんな風に楽しく歌えるかな……」「だいじょぶだいじょぶ、歌えるよ! レッツ・ポジティヴ・シンキン!」 ユキがサムズアップする。何だろう、すごく親近感を覚える娘《こ》だ。「ねえねえ、アメリお姉ちゃんは何で泣いてたの?」 下から覗き込むようにクミが訊いてくる。実際、クミは背が小さい。「クミ、そういうことは無闇に訊くものではありませんわ」 ユカリが人差し指をちょいちょいと振ってクミを制する。「そゆこと。深夜の公園で独り涙する乙女。ミステリアスよねえ」 頬に手を当て、サツキがなにやらうっとりしている。変な猫だ。「ね、家はどこなの?」 人差し指を頬に当てて、ユ
last updateLast Updated : 2026-07-16
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わたしといっしょにうたおうよ!⑤

★ ユキ編 ★『歌を歌おうよ 愛の歌を 歌を響かせようよ あの星空に向けて』 蒸し暑い初夏の夜。今日も私は、公園のジャングルジムの上で歌う。いつもは独りだが、今日は珍しく観客がいた。今日のお客さんは、何が入っているのか、ぱんぱんのショルダーバッグを抱えた、サイドテールの女の子。じーっと私の歌を聴き入っている。歌い終わると、ぱちぱちと可愛らしい拍手を飛ばしてきた。「お姉ちゃん、歌上手だね!」「ありがとう。あ」 冷たい。水滴が首筋に当たった。空からぽつぽつと雨が降ってくる。今日雨降るのか。しまったなあ、傘持ってきてないや。「クミっちー!」 公園の入り口の方から傘を差した誰かが声をかけながらこっちに急いで向かってくる。眼鏡をかけた、長髪の女性だった。片手にはさらにもう一本の傘。「クミっち、遅くなってごめん。降りそうだったから、途中で傘取りに戻ってたら遅くなった」 女の子にもうひとつの傘を差しだす。「サツキお姉ちゃん、クミ、傘持ってるよー」 そう言うと、女の子は鞄を漁って、折り畳み傘を取り出し広げた。「あら、用意のいいことで。あ、よかったらこれ使います?」 彼女はそう言うと、私に傘を差しだしてきた。「ありがとうございます。妹さんですか?」 私は、傘を広げながら、何気ない疑問を尋ねてみた。「んにゃ。妹分ってところかな。こないだ遊んであげたら、えらい懐かれちゃって」「サツキお姉ちゃん、このお姉ちゃんも歌上手いんだよ」「本当!? あの、良ければもう一回歌ってもらえない?」 えらく人懐っこい猫だな。まあ、私も相当人懐っこい方だけど。他にやることがあるわけでもなし、私はもう一度歌を披露した。「わお、本当に上手! ねえあなた、私たちと一緒に歌わない?」「へ?」 いきなりの申し出に、思わず変な声を出してしまった。「私の特技はこれ」 そういうと、サツキと呼ばれた女性は拳を口に当て、『音』を出した。「でね、クミっちもこの歳で歌がすごく上手なのよ」「サツキお姉ちゃん、まず自己紹介しないと、お姉ちゃんきっと訳分かんないよ?」 女の子が女性の裾をくいくいと引っ張り、注意を促す。「ああ、いけない。ついテンション上がっちゃって。私はサツキ。特技は、今やったボイスパーカッション」「クミだよ! 歌うの大好き!」「私はユキ。よろしく」 握手の手
last updateLast Updated : 2026-07-16
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わたしといっしょにうたおうよ!⑥

★ アメリ編 ★「そんな経緯があったんだ。でも、何でユキがリーダーやってるの? 言いだしっぺで最年長っぽいサツキさんが向いてそうなのに」「私たちに、さん付けはしなくていいよ。リーダーはね、面倒見がいいし、自分は変人だからってサツキから押し付けられた。まあ、気に入ってるからいいけど。サツキってば、自分が変人だっていう自覚はあるんだよね」 ユキが、クスクス笑う。「さて、朝が近いから、今日はもう寝よう?」 パンダくんにはロフトにどいてもらって、私とユキは同じベッドに寝た。こんなところまでカンナとの暮らしを思い出す。そんなことを考えてたら、涙が出てしまった。今日の私は泣き虫だ。ご主人様に捨てられたことよりも、カンナを傷つけた方がずっと辛い。そして、ユキの優しさが心に染みる。「あ、おはよー。もうすぐタマゴサンドできるよー」 夕方に目が醒めた。丁度、ユキがご飯を作っているところだった。私は「おはよう」と挨拶を返して顔を洗うと、テーブルに着いた。「できたよ! ごめんねー、私料理下手だからこんなんばかりで」 そういいながら、ユキはテーブルにサンドイッチとコーヒーを置いていく。「ううん、ご馳走してくれるだけでありがたいよ」 ユキが向かいに座るのを待ってから、「いただきます」といってサンドイッチを頬張る。ユキは謙遜するけれど、いい塩加減でおいしかった。「ねえ、私たちと一緒に歌わない?」 ユキの言葉に、コーヒーカップを持った手がぴたりと止まる。「ごめん、私歌はもう……」「アメリが歌で傷ついたのは分かってる。でも、アメリの苦しみを救うのも歌しかないと思うんだ」 コーヒーカップの水面を眺めて逡巡する。「あ、ストップ!」 歌の途中で、ユキが突然ストップをかけた。「クミ、声少し掠れたよ。喉、痛めた?」「ごめん、ちょっと」 私たちはどのぐらい歌っていただろう、ユキがクミの異変に気付くまで、ずっと歌い続けていた。「じゃあ、今晩はここまでにしようか」 ユキが中止を提案する。「ううん、まだみんなで歌っていていいよ。アメリお姉ちゃんなら、私のパート歌えるし。ここで聴いてる」「クミ、そんなになるまで気づかなくてごめんね」 ユキは本当に面倒見がいいのだと思った。「ううん、それより聴かせて、みんなの歌を」 クミはとことこと歩いていくと、木馬に横に腰かけた
last updateLast Updated : 2026-07-16
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わたしといっしょにうたおうよ!⑦

「え? 元の街に帰っちゃうの?」「うん。せっかくみんなと知り合えたのに残念だけど、私はカンナに伝えなくちゃいけない歌があるから、次の夜会――六日後、その時に戻る」 私たちは夕食のBLTサンドを食べながら、この先のことについて会話していた。「六日かー。ねえ、その夜会って私たちも参加していいのかな?」 ユキが、がたんとテーブルに身を乗りだしてくる。「え、まあ、多分参加できると思うけど……」 ユキの勢いに気圧されながら、そう答えた。「よし、決まり! 六日後にはクミの喉も治ってると思うから、歌いに行くよ!」 ユキはぽん、と手を叩くと、残りのサンドイッチを再びぱくつき始めた。 その後六日間、私たちは歌に明け暮れた。クミは大事を取って、三日間見学に回った。 そして、運命の日がやってきた。あの街への帰還。クロへの再挑戦。カンナへの答え。私たちは昼ごろに起き、記憶を頼りに街へと向かう。日が傾いた頃、私は懐かしのあの街へと辿り着いた。ああ、変わらない野外ステージ!まだ夜会まで多少時間があるので、カクテルの四人と雑談することにした。まりあさんのところに顔を出そうかとも思ったが、教会は少々ここからは遠すぎた。夜会に間に合わなくなる恐れがある。時間の経過とともに、ぽつぽつと猫が集まり始めてきた。じきに超満員になる。カンナの姿はまだ見えない。来てくれるだろうか。やがて、エントリーが始まった。私はソロで歌う予定なので、カクテルとは別枠だ。番号は十六番。カクテルはそのひとつ前。例によってミケが九〇点超を出し、カクテルは九六点をマークした。隣町からの遠征者がこの点数ということで、かなり会場はざわついた。ミケの悔しがる姿が目に浮かぶようだ。そして、ついに私の番が来た。久しぶりのステージ。無数の猫たちが、私を見上げている。ステージ独特の高揚感が、私を包む。私は静かに歌いだした。『あなたと出逢ったのは 偶然だったね それなのに、行く当てのない私を優しく迎え入れてくれて。 そんな優しいあなたに 寂しい思いをさせてしまった 私は自分の想いから逃げて あなたをなおざりにしてしまった あなたを傷つけてしまった 許して欲しいとは言わない。 ただ できることならもう一度やり直したい。 今度は あなたとの時間を大切にするから』 私は、カンナへのメッセージを歌い上げた。たっ
last updateLast Updated : 2026-07-16
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わたしといっしょにうたおうよ!⑧

 洋風の綺麗な一軒家。手入れされたガーデニングの花。 室内は、アイボリーの色調で、ガラスのテーブルと丸いクッション、アップライトピアノ。 変わらない風景。たった一週間離れていただけなのに、ずいぶんと懐かしく感じる。「ただいま」 私は、万感の思いを込めてそう言った。「私、お茶淹れてくる」「私も一緒に行くよ」 カンナがお湯を沸かしに行こうとしたので、私もついて行くことにした。今までの隙間を産めるように、私はカンナの傍にいたかった。「目、真っ赤だね」 私は、カンナの瞳を覗き込んだ。カンナは気恥ずかしくなったのか、俯いてしまった。私はそんなカンナが愛おしくなって優しく抱きしめた。カンナが私の肩に頭を預けてくる。「ねえ、キスしていい?」 つい、訊いてみた。自分の顔が紅くなるのがわかる。カンナは、こくりと頷いた。両手でカンナの顔を支える。カンナの顔も真っ赤だ。私たちは、唇を重ね合わせた。カンナの唇は、とても柔らかくて、熱かった。とろけそうな感覚に、尻尾がぴんと立ってしまう。 私たちは、沸騰したやかんがピーと鳴って催促するまで、口づけを交わしていた。 唇を離すと、改めて恥ずかしさがこみ上げてきた。互いが直視できない。私たちは、気恥ずかしい空気のまま、無言でティーセットを居間に用意した。 最初はテーブルをはさんで差し向かいで座っていたけど、カンナが不意に「そっちに行っていい?」と訊いてきたので、「うん」と答えた。 カンナが、隣にちょこんと座り、腕をからめてきた。さっきのキスを思い出して、心臓が爆発しそう。紅茶が喉を通らない。尻尾も相変わらずぴんと立ってしまっている。 いつまでそうしていただろう。紅茶がすっかり冷めてしまった。どうにも恥ずかしさが限界に達して、私は言った。「ねえ、明日まりあさんのところ行かない? 一〇〇点取ったこと、弟子としては報告したいし、今までのことも話したいし」「うん、いいわよ」 カンナが体重を預けてきた。私は緊張でカチンコチンになってしまった。カンナってば、やっぱり大人しそうに見えて積極的だ。カンナの尻尾を見ると、カンナも尻尾をぴんと立てていた。私たちは分かりやすい。 不意に、お腹がぐうと鳴った。思い出してみれば、お昼にユキのところでハムレタスサンドを軽く食べたきりだった。「お腹空いてるのね。今、何か作るわ」
last updateLast Updated : 2026-07-16
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わたしといっしょにうたおうよ!⑨

 公園に着いた。教会から公園までは結構距離があるから、少し息が上がってしまった。ステージには、ちょっとした猫だかりができていた。ライトアップされていないステージは、何だか物寂しい感じがした。近づいていくと、聞き覚えのある凛とした歌声が聞こえてきて、ステージ上に月光を受けた美しい黒い影が浮かび上がる。クロだ。「クロ!」 クロの歌がひと段落するのを待ってから、ステージ下から呼びかける。クロのファンであろう聴衆がざわつく。「アメリ。何の用?」「一緒に練習しにきたんだけど」「いいわよ。上がりなさい」 言われて、カンナと一緒に上がろうとしたが、クロに制された。「そっちの彼女は駄目。ステージで私の横に立っていいのは、夜会で九九点以上を出した者だけ」 クロの顔は真剣だ。「カンナ……」「私なら大丈夫。下で見守ってるね」 カンナの手をぎゅっと力強く握って、私はステージへ昇った。「あの娘《こ》が、あなたの歌の力の源というわけね。あなたが夜会で歌った歌は、彼女だけへの贈り物だから、私には歌えないわ。私の持ち歌、『ライジング・バード』に併せてもらうけどいいわね?」 隣に立った私に、クロが言う。まあ、無理もない話だ。「歌詞カードは?」「あるわけないでしょう。しばらくは憶えることに専念してちょうだい」 そう言うと、クロは独唱を始めた。私は耳に神経を集中させる。『傷ついた翼を休め 再び天を舞うことを願う迷い鳥。 還るべき空を見つめ 飛び立てる日をただ待つ。 そして 還る時が来た あの大空へ 風に乗って 空切り裂いて Ah~。私は飛びたい あの鳥のように 空を舞いたい 何にも束縛されず 自由に宙(そら)舞って。あなたのその瞳には何が映っているの ライジング・バード ライジング・バード』 私は小声で歌いながら、クロの歌を必死で暗記した。それにしても、声量、音域、音程、リズム、その他もろもろ、クロは完璧だ。この天才と肩を並べたのかと思うと、身震いする。でも、同じ一〇〇点でも、クロには僅差で負けている。そんな気がする。 『ライジング・バード』を繰り返し十数回は聴いただろうか。歌詞は大体憶えたので、一緒に歌って欲しいとクロに願い出た。「いいわよ。さあ、横に立って」 クロの体力はまるで無尽蔵だ。これだけ歌い続けても、まだ疲れを見せない。 歌が始まった。
last updateLast Updated : 2026-07-16
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わたしといっしょにうたおうよ!⑩

★ カンナ編 ★「あの、私に二人の新しい歌を、創らせてもらえませんか!?」 二人の歌が終わった瞬間を見計らって、私はかぶりつきからステージ上のクロに願い出た。「カンナ!?」 アメリの驚く声が上がる。「新曲? 『ライジング・バード』で十分でしょう」 クロの返答はにべもない。「『ライジング・バード』はどこまで行ってもクロさんの歌です! クロさんがアメリの歌を受け入れなかったように、やっぱりアメリにもどこか無理があると思うんです」 あれだけの聴衆の歓声を受けると分が悪いけど、私には引けない理由《わけ》がある。「なるほどね」 クロは、私の言い分にも一理ありと認めてくれたようだ。「駄目だったら、遠慮なく没にしてください。お願いします!」「そういうことだったら私は構わないけど、アメリは?」 クロがアメリに訊く。「私も、カンナに歌を創ってもらえるなら嬉しいけど、大丈夫?」 アメリが心配そうに言う。「任せて! きっと最高の歌を創ってみせるわ」 これで、私も二人の世界に入り込むことができる。私には、二人ほどの歌の才能はない。だから、私は今のままでは歌の世界でアメリの傍にいられない。でも、私の歌が採用されれば、アメリと一緒にいることができる。待っててね、アメリ。私もそこに行くから。 しかし、新しい歌創りは、いきなり暗礁に乗り上げた。二人の個性が違いすぎるのだ。 情熱的なアメリとクールなクロ。どうしても歯車がかみ合ってくれない。二人の歌を聴きながら、書いては没、書いては没の日々が続いた。「カンナ、お鍋!」「あっ!」 ある日、アメリと一緒にお料理中、歌のことを考えていて、うっかりカレーのお鍋を吹きこぼしてしまった。慌ててコンロの火を止める。「大丈夫、カンナ? あまり無理しない方がいいよ?」「ごめんなさい。でも、早く私の歌をアメリに歌って欲しくて。アメリならこの気持ち分かるでしょ?」「うん、まあそれはそうだけど……」 クロと一緒に歌いたい一心で色んな無茶をして、その結果クロの隣を勝ち取ったアメリだ。私の気持ちが痛いほどよくわかるに違いない。その一方で、心配かけたくないのも本心で。 もっと、すっとアイデアが出れば、こんなに悩まなくて済むのだけど。「ねえ、アメリ。明日は独りでお散歩したいのだけど」「え? 私、また何か悪いことした?」 
last updateLast Updated : 2026-07-16
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