「ふう。うまくいったからよかったけど、歌で代りにとか言い出した時には、何を言い出すのかとびっくりしたわ」 石畳を歩いていると、カンナから先ほどの無茶について抗議を受ける。「いやー、あれで駄目だったら、カンナが何とかしてくれると思ってた。カンナ、頭いいもん」「あっきれた。アメリって本当に物事をいい方にしか考えないのね」 分かっていたけど、という風にカンナが溜息をつく。「二人とも、ありがとうね」「いえいえ、そんな」「私なんて、ただ居ただけですし」 おばさんの感謝の言葉に謙遜する。 私たちは、道中他愛もない会話をしながら、ゆっくりクロの家に向かった。 そして、夜会の日が来た。エントリー記入机でずっと待っているが、クロはまだ来ない。鍵の交換は見届けたが、今日は念のため、カンナにクロの家に行って貰っている。「間もなく締め切りですよ」 係員が私に告げる。「あとちょっと待ってください!」 私は、必死に待ってもらう。「クロ様、まだ来ないの?」 出場まで暇を持て余しているミケが、私に心配そうに訊いてきた。相変わらず、ひよこのようにノラがちょこちょこ後を付いている。「治るのが少し遅れてるのかも」 額に滲む嫌な汗をぬぐいながら、ミケに応える。クロの声が治るまでに多少の誤差はあるのだろう。そう思いたい。私たちはじりじりとクロを待った。「アメリさん、本当に締め切りたいんですけど」「……分かりました」 エントリーシートの末尾にアメリ、と走り書きをする。エントリーが締め切られたアナウンスが会場に流れ、一番手の歌手が紹介されて、歌い始める。私は意気消沈しながら、なんとなくミケと一緒に控室に入った。「あれ? クロは?」 先に入っていたユキが訊いてくる。クロの呼び方がずいぶんフランクになっているが、これはこの間の留守番でかなり親しくなったためだろう。 私は黙って、首を横に振った。「駄目かー」 ユキたちがお揃いで溜息をつく。「クミも、クロお姉ちゃんとお話してみたかったなぁ」「今まで、夜会ではろくに挨拶も交わしていなかったものねえ。何か近寄りがたい雰囲気があって。実際は、結構取っつきやすかったけど」 サツキがクミの頭を撫でながら言う。「とりあえず、ミケはミケのステージを頑張るだけだわ。クロ様が戻って来た時に、隣に立てる資格を手に入れないと」「
Last Updated : 2026-07-16 Read more