All Chapters of わたしといっしょにうたおうよ! ~歌姫を目指す猫少女の百合恋愛物語~: Chapter 11 - Chapter 20

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わたしといっしょにうたおうよ!⑪

「今晩は。今日は独り?」「ええ。考え事をしたかったので、別行動で」 教会に招き入れられた私は、参列席にまりあさんと並んで座り、歌の作成を願い出て受けたこと、二人の個性が両極端で上手く噛み合わず悩んでいることを打ち明けた。 私の話に耳を傾けていたまりあさんが、私に問いかけた。「これは私の想像なのだけど、あなたはアメリさんと一緒に歌の場に立ちたいから、歌を創ろうとしているのじゃない?」 私は口から心臓が飛び出しそうになった。まったく、まりあさんは何でもお見通しだ。私は赤面しながら一言、「はい」と答えた。「ねえ。あの二人歌の場に立ちたいのは、あなただけではないのではないかしら。二人とあなたの関係から、発想を一歩飛躍させてみてはどう?」 思わず、あっと叫んで立ち上がってしまった。夕方の、子供たちの歌真似合唱がフラッシュバックする。それに、お馴染みミケ、夜会の聴衆。色んな猫が、歌姫と一緒に歌いたいのだ。私は、自分の願望ばかりが先行して、こんな基本的なことがお留守になっていることに気付かされた。「まりあさん、ありがとうございます!」「何か大事なことに気づけたみたいね。よかったわ。頭を上げてちょうだい」 深々と礼をする私に、まりあさんが言う。「二人の個性のぶつかり合いも解決できそう?」「はい! そっちの方も何とかなりそうです。失礼します。ありがとうございました!」 私はもう一度まりあさんに深く礼をすると、家路を急いだ。「お帰りカンナ! どうだった?」 帰宅すると、居間でストレッチしていたアメリが飛びついてきて、お帰りのキスをしてきた。「ただいま。手応えあったわよ。アメリたちはどう?」「相変わらず順調だよ。そうだ、ご飯にしよう。カンナ待ってたから、お腹ペコペコだよ。カレー、温め直すね」 そう言って、アメリは寸胴鍋の乗ったコンロに火を点ける。カレーが温まるまでの間、明日の予定について話すことにした。「え、明日も一緒に行かないの?」「ごめんなさい。新譜を書き上げるまでは、『ライジング・バード』の影響を受けたくないの。もちろん、他の歌も。だから、しばらく家で歌の執筆をすることになると思う」 目に見えてしょんぼりとするアメリ。私は、アメリの頭を撫でてなだめた。そうこうしていると、カレーのいい匂いが漂ってくる。「さ、ご飯にしましょ」 私は、カレ
last updateLast Updated : 2026-07-16
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わたしといっしょにうたおうよ!⑫

★ ミケ編 ★「ミケはお歌の天才ね」「きっと、将来凄い歌手になるぞ」 小さいころから、パパとママはミケの歌を褒めてくれた。私もその期待に応えるように、歌に打ち込んだ。親の欲目もあったかもしれないが、他の人も褒めてくれたから、確かに実力はあったのだと思う。特に幼馴染のノラは、ミケの歌を絶賛してくれた。 でも、世間は広かった。 ある日、ミケは夜会に出た。点数は九一点。今思えば、この頃から、このあたりの点数をずっとうろうろしている。 そして、ミケは本物の天才と出会ってしまった。名前はクロ。ミケとほとんど変わらない小さな女の子なのに、なんと一〇〇点をかっさらってしまったのだ。 そんな彼女に対して抱いた感情は、嫉妬ではなく、憧れ。彼女のようになりたいと、ミケは思った。 ミケは、よりいっそう歌に打ち込んだ。夜会にも毎回参加した。それでも、どうしても得点の壁が打ち破れなかった。クロ様に遥かに及ばなかった。 そして現在――。「何がいけないの? 何がミケに足りないの!?」 風が吹き荒ぶ夜、いつも練習に使っている公園の銅像前で、ミケは頭を抱えた。この銅像前は子供の頃から使っているけど、未だにこの銅像が何を表現しているのか分からない。 あの生意気なアメリが一〇〇点を出したばかりか、隣町からやって来た妙な連中があっさりと九六点を出していった。 アメリは、夜会のステージでクロ様と一緒に『ライジング・バード』を見事に歌い上げている。 自分の無力さに、どうにかなりそうだった。「あの……ミケちゃん、あまり考え込まない方がいいよ。九二点だって立派な数字だよ?」「ノラは黙ってて!」 眼鏡をかけたロングヘアの少女に当たり散らす。ちゃんと八つ当たりだという自覚はあって、自己嫌悪がさらに酷くなる。「ごめん、ミケちゃん……」 ノラが尻尾を丸める。違う。悪いのはミケだ。謝らないで。「歌う。ミケにはこれしかないんだもの」 とにかく歌おう。がむしゃらに歌おう。ミケは、これしかやり方を知らないから。 少しでも、ほんの少しでもクロ様に近づくために。 そして、夜会の日が来た。控室で出番を待つ。 また、隣町の連中が来て、今度は九七点を取っていった。怒りで、尻尾が大きく振れる。 そこからさらに数人挟んで、ミケの出番が来た。さあ、スマイル、スマイル!『震えるよハート ドキド
last updateLast Updated : 2026-07-16
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わたしといっしょにうたおうよ!⑬

★ クロ編 ★『私は飛びたい あの鳥のように 空を舞いたい』 母の膝の上で、母の歌声に耳を傾ける。『ライジング・バード』というこの歌を、母はよく歌っていた。 父――いや、『あの男』はろくでなしで支配的だった。口癖は「俺の言う通りにしろ」。何か気に入らないことがあると、すぐに母や私に暴力をふるった。今にして思えば、自由に空を舞う鳥への憧れのこもったこの歌は、母の気持ちを代弁していたのかもしれない。 ほどなくして二人は別れ、私は母に引き取られた。あの男は街から出て行ったと、風の噂に聞いた。とりあえず、それ以来会っていないのは確かだ。 そんな親を持った私は、友達も作らずぽつんと一人で『ライジング・バード』を日がな一日歌ってばかりいる子供だった。 ある日、母の勧めで私は夜会に出ることにした。 初めてのステージも、大勢の聴衆も、私にはプレッシャーにならなかった。むしろこのステージが、私のいるべき場所だという確信があった。 私は常日頃母から聴かされ、また自分でも数えきれない回数歌ってきた『ライジング・バード』を歌った。伸びやかに。自由に。 結果は一〇〇点。幼い少女が満点を取ったということで、会場は割れんばかりの拍手喝采に満ち溢れた。他方、私は会場の熱気と真逆に、ものすごく冷静に、ごく当然の結果と受け止めて落ち着き払っていた。私は高慢と陰口をよく叩かれるが、否定はしない。欠点も含めて私は私なのだ。 そして、私はそれ以降も一〇〇点を常に叩き出した。いつしか、私は歌姫と呼ばれ、熱狂的なファンが多数付くようになっていた。 人気が出ると、過剰な信仰心や下心を持った者が近づいてくるようになる。私と組みたいと言う者があまりに多いので鬱陶しくなって、夜会で九九点を取ることという無理難題を吹っかけて追い払うのが習慣になった。この条件が口づてに広まると、自然とこういう手合いはいなくなっていった。 それなのに、久方ぶりに一緒に歌いたいと言う者が現れた。アメリだ。 アメリは一度失敗したが、二度目に私に並ぶ一〇〇点を取った。私は内心嬉しかった。ついに一緒に並んで歌える、対等な仲間ができたのだ。 アメリはいいやつだ。私心がなくて真っ直ぐ。私と正反対で情熱的。 アメリと初の練習中、何曲目かでアメリの連れ合いであるカンナが待ったをかけてきた。私たちのための新譜を創らせて欲しいと
last updateLast Updated : 2026-07-16
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わたしといっしょにうたおうよ!⑭

「着いたわ」 お世辞にも、歌姫というご大層な称号の持ち主が住むには似つかわしくない、おんぼろアパートの二階が私の住まい。私は複雑な家庭事情に加え。この家をからかわれるのが嫌で、誰かを招いたことがない。でも、アメリとカンナなら信頼がおける。「あれ? 中から歌が聞こえる……『ライジング・バード』だ!」 アメリが耳を澄ます。「母よ。もともと『ライジング・バード』は母から教わった歌なの」「へー」 感心するアメリたちを横に、玄関の鍵を開ける。「ただいま、お母さん。今日は友達を連れてきたの」「あら、クロがお友達を連れてくるなんて初めてね。ちょっと待っててね」 母が布団から出て、こちらへ来ようとする。「母は脚が少し悪いの」 母の移動を手伝いに向かう。「あ、私たちも手伝うよ!」 アメリとカンナも上がってきて手伝ってくれた。「ごめんなさい。普段猫なんて呼ばないから、座布団が足りなくて」 狭い和室に四人が座る。家具らしい家具といえば、タンスと食器棚とちゃぶ台と冷蔵庫ぐらい。ところどころから隙間風が入ってくる。二つある座布団は、脚の悪い母がまず一つ。残り一つはアメリとカンナの激しい譲り合いの末に、じゃんけんでカンナが使うことになった。「今、お湯を沸かすから」 コンロに水の入ったやかんを置いて、火を点ける。「ごめんなさい、お茶だけで。もてなしにお菓子も出せなくて」「大丈夫だよ。ていうか、クロ謝りすぎ。別に謝らなくていいからさ、いつもみたいなかっこいいクロでいてよ、ね?」「うんうん」 アメリたちが気を使ってくれる。普段は高慢と陰口を叩かれる私も、どうも家庭のことになると気が弱い。「あなたがアメリちゃんで、あなたがカンナちゃんね。お話はいつもクロから聞いてるわ。元気でいい子たちね。クロもやっとお友達ができたのね」 母が嬉しそうだ。私も嬉しくなってつい尻尾が立ってしまう。この、バカ正直な尻尾め。恥ずかしい。「よかったら、いろいろとお話を聞かせてちょうだい。この脚だと、外出もままならなくて」 私たちの共通の話題といえば、歌。歌について、私たちは語り合った。また、外の出来事が知りたいという母に、まりあという、アメリの師匠である聖職者のことや隣町の四人組の話。またたびや日向ぼっこスポットの情報なども話題に上がった。 ありがたいことに、二人は家庭の事
last updateLast Updated : 2026-07-16
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わたしといっしょにうたおうよ!⑮

 ステージ施設を出ると、いつものように観客が押し寄せてくる。しかし、今日は何があったのかと心配する様子だ。 そんな群衆の中から、あの男が姿を現す。「久しぶりだな、クロ。父さんだ、憶えてるか?」 あの男は鷹揚に言う。忘れたくても忘れられるものか。父親という発言に、場がざわつく。一番知られたくない存在を大勢に知られてしまった。「クロ、お父さんって……」「……今更何の用? 私は二度と顔も見たくないんだけど」 問いかけてくるアメリを制し、あの男に睨みを利かせた。耳が後ろに向き、尻尾がアーチ状に曲がり、毛が逆立つ。激しい憎悪が体現される。「お前は、今日から父さんと暮らすんだ。さあ、来い。お前の歌と名声は父さんの力になる。子供は親の言うことを素直に聞くもんだ!」 あの男が、私の腕を鷲掴む。「痛っ!」 力任せの引っ張りに、思わず悲鳴を上げる。周囲がざわついたり、きゃあと悲鳴が上がったりするが、誰も助けてはくれない。それが他人だ。他人は当てにならない。「おじさんやめなよ! クロが痛がってるじゃない!」 そんな他人の中に、お人好しがいた。アメリがあの男に掴みかかって、引き剥がそうとしてくれている。「邪魔するな、餓鬼!」 アメリが顔を拳で殴られて吹っ飛ぶ。この男、よくも私のパートナーを! 絶対許さない! 歌姫? そんな名声、もうどうでもいい! 私はあの男の手に噛みついた。「ぐあっ」という悲鳴とともに掴む力が緩む。私は、掴まれた手を逃れ、あの男に飛び掛かった。「やっと前に出れた!」「何が起こってるの!?」「クロ様!」「お願い、クロを助けてあげて!」 群衆の中から、カンナ、隣町の四人組、ミケが姿を現す。アメリが私を助けるように言うと、乱闘中の私に加勢してくれた。ああ、こんなにもお人好しがいるなんて。 大人の男が相手でも、さすがに一対七では分が悪い。さらに追い打ちのように、見物人の中からも、数人加勢が現れた。「くそっ、離せ! クロ、父さんは諦めないからな!」「二度と私の前に出てくるな!」「クロ! もうやめときなよ!」 あの男は、押さえつけようとするみんなを振り払い、逃げて行った。石を投げつけようとする私を、今度はアメリが制止する。「こんなに感情的なクロを見るのは初めてだわ。良ければ事情を説明してちょうだい」 カンナに問い詰められる。私は
last updateLast Updated : 2026-07-16
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わたしといっしょにうたおうよ!⑯

 自宅に戻った私が、ドアノブに鍵を差し込み捻ると、空転して手応えがなかった。逆に鍵をかける方向にひねってみると、ロックされる。つまり、鍵が開いたままになっていた事に気付いた。いつも、戸締りはきちんとしているし、母はまず出歩かない、訪問者もごく稀なので、普段ありえないことだ。嫌な予感に背筋が寒くなる。再び鍵を開け、中に入る。「お母さん、いる? 大丈夫!?」 電灯のスイッチを入れると、ひっくり返ったちゃぶ台と。部屋の隅にうずくまって震える母の姿が目に入った。すすり泣く声も聞こえる。「お母さん!」 慌てて母に駆け寄る。「クロ! あの人が、あの人が戻って来て、クロを引き渡せって……」「どうして、ドアを開けてしまったの!?」「母さんは開けてないわ! ドアをカチャカチャやる音が聞こえたと思ったら、いきなりドアが開いて!」 震える声で応える母が、私にすがりついてくる。顔に、腫れがあった。ひっくり返ったちゃぶ台と併せれば、大体何が起こったのか想像がつく。あの男、私だけじゃなく、母まで! 怒りで尻尾の毛が逆立つ。許さない! 許さない! 許さない!!「クロ、何があったの!」 アメリの声だ。ドアを激しく叩く音がする。「――――!」 アメリに応えようとして声を出そうとしたが、声が出ない。どれだけ振り絞ってみても声が出ない! 私はどうしてしまったの!?「お邪魔します……クロ、おばさん、何があったの!?」 その時、アメリがそっと家に入ってきた。ひっくり返ったちゃぶ台と様子がおかしい私と母に驚く。私は喉を指差し、必死にアピールした。「何、クロ。喉がどうしたの!?」 伝わらなない、このもどかしさ! どうしたらいいのだろう!「ねえアメリ、クロとおばさんがどうかしたの!?」 外からカンナの声も聞こえてくる。「あの、クロ。私、勝手に入っちゃって申し訳ないんだけど、カンナも中に入れていい?」 首をこくこくと縦に振って応える。「カンナも入って!」 アメリが、外にいるカンナに呼びかける。カンナも中に入って来た。「何があったの?」「私も分かんない。クロ、喉をどうかしたらしいんだけど……」「これ、使って」 喉を必死でアピールする私に、カンナが五線譜とペンを貸してくれた。私は早速、五線譜の裏に『こえがでない』と書いた。「え!!」 アメリとカンナが、耳を立て、
last updateLast Updated : 2026-07-16
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わたしといっしょにうたおうよ!⑰

★ アメリ編 ★ 私は、クロの家を飛び出し、矢のような速度で駆けた。疲れているし、教会まではかなりあるけど、クロのためだ。今、一番苦しいのはクロだ。私は一心不乱に疾走《はし》った。 闇夜の街を駆けて、駆けて、駆け抜けると、馴染みの教会が見えてきた。「まりあさん、いますか!?」 私は、息を切らしながら教会の中に入った。「あら、どうしたの。そんなに息を切らして?」「大至急、相談したいことがあるんです!」 私はまりあさんの許へと進んでいった。「ここでいいかしら?」まりあさんが参列席を指し示す。「はい」 私は、まりあさんに勧められた席に腰かけた。まりあさんも隣に座る。「友達の声が、出なくなってしまったんです」「クロさんのこと?」 いきなり言い当てられて、耳が立ち、尻尾が膨らんでしまった。ああもう、秘密なのにバレバレじゃないか!「あの、これはその……」「ごめんなさい。詮索するべきではなかったわね。カンナさんは恋人だし、あなたのお友達といったら、彼女しか思い浮かばなくて。神に誓って秘密は守るから安心してちょうだい」 私はほっと胸を撫で下ろす。神に誓って、という安っぽいセリフも、まりあさんが言うと崇高に聞こえる。同時に、自分の交友関係の狭さを呪った。もっと友達増やさないとなあ。いや、今はそんなことはどうでもいい。「とりあえず、『友達』ってことで話を進めますね。とにかく、その友達が突然声が出なくなっちゃったんです」「原因に心当たりはないの?」「離れて暮らしていた、仲の悪いお父さんが戻って来たらしくて、友達と、友達のお母さんに暴力を――」「……確か昔、ストレスが原因で声が出なくなった猫と出逢ったことがあるわ」 しばし思いを巡らせていたまりあさんが、思い出して言った。「その猫は治ったんですか!?」「ええ、一週間ほどで自然と。ただ、聞くところによると、そのままずっと声が出なくなってしまう猫もいるみたい」「一週間で声が戻らなかったらどうすればいいですか?」「うーん……。とりあえずは、ストレス発生源から遠ざけることね。それが、回復に繋がるみたい」 ストレス発生源といえば、やはりあのおじさんしかいない。「まりあさん、ありがとうございました。参考にしてみます!」 私は深く礼をし、踵を返してクロの家に向かった……が、思い立って振り向く。
last updateLast Updated : 2026-07-16
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わたしといっしょにうたおうよ!⑱

「ねえ、クロ様は?」 次の夜、クロの分まで頑張ろうと、いつものようにステージの上で練習していると、ミケがステージ下から話しかけてきた。いつものように、ミケの連れの娘《こ》、確かノラだったっけ、も隣にいる。「ミケ、珍しいね。練習しているところにくるなんて」「普段はクロ様に、自分の練習に打ち込みなさいって言われるのよ。でも、あんなことがあった後ですもの。やっぱり、あの時の怪我か何かが原因で来られないの?」「えー、うん、そんなところかな」 私は、答をはぐらかした。「クロ様……」 そう言いつつ、ミケはノラの手をぎゅっと握った。良かった、ミケのノラに対する気持ちはお留守になってないようだ。「そういえば、あの後、こっちではどうなってたの?」「あなたはクロ様を追って行ったのよね。ミケも追いたかったけど、あの混雑の中、はぐれたノラを放っておくわけにもいかなかったし。あの後は大変だったわよ。クロ様と幼い頃別れた父親が、男女の関係を持とうと戻って来たっていう噂で持ち切りだわ」 私は頭を抱えた。話に変な尾ひれがついている。「ミケ、後半はデマだから、それ!」「そうなの?」 ほっと胸を撫で下ろすミケ。やれやれ。「でも、じゃあ何が目的なのかしら」「あのおじさんは、確かクロの歌と名声が力になるって言ってた」「親の七光りじゃなくて、子の七光りを得ようというわけ!? せっこい親父!」 ミケの尻尾が、不快げにぶんぶんと振れる。「それはともかく、クロの回復には一週間ぐらいかかるみたい」「そう、次の夜会にはぎりぎり間に合うのね。よかったわ」「うん」 もっと長引く可能性があるかもしれないことは、黙っておいた。「じゃあミケ、歌の練習に戻っていいかな」「ええ。次こそは九九、いえ一〇〇点取ってみせるから見てなさいよね」「うん、楽しみにしてる。ミケとクロと三人で一緒に歌えたら、もっと楽しそうだよね」「ちょ、誰があなたなんかと……。行くわよ、ノラ」 口とは裏腹に、赤面して尻尾が立っている。本当に私たちは分かりやすい。ミケとノラは手を繋いで銅像に向かって行った。 クロには今、カンナが付いている。何事もないといいんだけど。 私は雑念を振り払い、歌の練習に打ち込んだ。 こんこん、こ、こんこん。 歌の練習を終えた私はクロの家に赴いた。約束のリズムを刻んでノ
last updateLast Updated : 2026-07-16
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わたしといっしょにうたおうよ!⑲

 次の夜、ミケがいつも練習に使っているという銅像前にカンナと一緒に行くと、確かにミケが練習に励んでいた。傍らにはノラもいる。私たちが近づくと、歌の練習を中断した。「二人してミケの練習を見に来るなんて、どういう風の吹き回し?」「今日は、クロのことで大事なお願いがあるの」「クロ様のこと!? それは聞き捨てならないわね」 私は、事情を話した。「要は、交代制でクロ様のボディガードをすればいいわけね。是非ともやらせてもらうわ! ノラもいいわね?」 ノラがこくこくと頷く。「それと、昨日は黙っていたけど、クロ、声が出ないんだ。気を使ってあげてね」「え! 声が!?」 ミケの耳がピンと立ち、尻尾が膨らむ。やはり、相当ショックらしい。「大丈夫。昨日も言った通り、一週間で治るらしいから」 慌ててフォローする。ほっと胸を撫で下ろすミケ。「じゃあ、今からお願いね」 案内をカンナに任せ、私はカクテルの元へと向かった。「あれ、こっちに来るなんて久しぶりだねー。また一緒に歌いたくなった?」 カクテルは、いつものように隣町の公園のジャングルジムの上で歌っていた。私に気が付いたユキが、気さくに声をかけてくる。「それもいいけど、今日はお願いがあって来たの」 私は、四人に事情を説明した。「クロさんのお家は、あの公園からどのぐらいですの?」「結構距離があると思う」 ユカリの問いに応える。「うーん、すると、ちょっと遠いねー」 クミが難儀を示す。確かに、子供のクミに大遠征は大変だ。「でも、暴力沙汰だのピッキングだのは確かにほっとけないわよねー」 サツキの声に、一同悩んでしまった。「クロさん家《ち》って何人ぐらい入れるの? すっごい大豪邸だったり?」 ユキがちょっと目を輝かせながら訊いてくる。歌姫の家だもんなあ、そりゃゴージャスだと思うよねえ。でも、もう一人の歌姫の私だって、カンナの家の居候なのだ。「残念ながら、二人入るともうきついよ。一人でもきついかもしれない」「えー、意外」 ユキがびっくりしたような、がっかりしたような表情をする。裏表がないなあ、ほんと。「まあ、それは置いといて、確かにサツキの言う通り見過ごせない事態だよね。義を見てせざるは虎児を得ず! みんな、いいよね?」 格言間違ってるよ、ユキ……。とは言え、頼もしい言葉だ。「分かりましたわ
last updateLast Updated : 2026-07-16
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わたしといっしょにうたおうよ!⑳

「ユキたちも、こうやってノックしてね」 こんこん、こ、こんこん。 日が沈みかけた頃、私は、カンナ、カクテルの三人とともに、クロの家を訪れた。ユキは何やら大荷物。良く見ると、クミのバッグだ。例のリズムを刻むと、クロが扉を開けてくれた。よかった、一昨日よりは元気そうだ。「今日は、カクテルが来てくれたよ」「お邪魔しまーす」 さすがに総勢七人も入ると狭い。まあ、私は狭いところ大好きだけど。「おばさん、鍵は変えてもらったんですか?」「それが、まだなのアメリちゃん。おばさんの脚がこの通りで、クロも今喋れないでしょう? 困ってしまって」「大家さんの家は遠いんですか?」「ちょっと遠いわね」「名義はおばさんなんですよね? 歩くのはサポートしますから、一緒に行きませんか?」「そうね、私が行かないと。杖を使えば、何とか行けるかしら」「カンナも一緒に来てくれる? じゃあ、クロ、カクテルのみんな、行ってくるね」 私とカンナは、おばさんを補助しながら家を出た。 家にクロの方を残したのは理由がある。ひとつは、やはりおばさんが名義人であること。二つ目はクロとカクテルに仲良くなってほしいこと。そして三つ目は、もし大家さんが鍵の交換を渋った場合、ちょっとした秘策があって、それがクロを傷付けてしまうかも知れないこと。 私たちは、おばさんにクロの思い出話を聞かせてもらいながら、ゆっくりと大家さんの家へと向かった。 ずいぶん経って、大家さんの家に着いた。和風の立派な門構えの、大邸宅だ。白い漆喰の壁越しに、立派な松の木が見える。おばさんが呼び鈴を押すと、女の猫の声がインタホンから聞こえた。「どちら様でしょうか」「一迅荘二〇二のハナコです。大家さんにお話があってきました」「旦那様にお伝えします。しばらくお待ちください」 少し待っていると、「お入りください」と、さっきの猫が言ったので、門を開けて庭に進む。 庭には石畳が屋敷の入り口まで敷かれており、その左右には綺麗に整えられた砂利が広がっていた。 右手には池が見え、灯篭と鹿威しが備わっていた。カコン、といういい音が響き渡る。錦鯉でも飼っていそうな感じだ。 左手には盆栽の棚と、さっきの松の木や、名前の分からない、切り整えられた低木がある。盆栽もきっと見事なものなのだろうけど、私には盆栽の見方とか価値がよくわからない。
last updateLast Updated : 2026-07-16
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