All Chapters of さよならのキスはそよ風のように: Chapter 11 - Chapter 20

27 Chapters

第10話 友だちの恋①

「三日森、ちょっと相談したいことがあるんだ。ここだとなんだし、屋上まで来てくれないか?」 放課後、そう言って僕の予定を狂わせたのは滝沢だった。 いつになく真剣な顔した友人を無碍にもできず、僕は月子と話すことをあきらめて、滝沢の後について屋上まで足を運んだ。 明るく幅の広いモダン建築の階段を上ると両開きのガラス扉が見えてくる。そこを開けばプランターに色とりどりの花が植えられた生徒たちの憩いの場が広がっているのだが……「暑い……」「そ、そうだな」 僕の隣で顔をしかめる滝沢。今は半日授業なので日差しも強く、とても外に出る気がしない。 とりあえず予定を変更してガラス扉を閉めると、回れ右をして空調の効いた踊り場で話を聞くことにした。ちょうど長イスまで置いてあって雑談するにはちょうどいい。「それで滝沢、相談ってなんなんだ?」「う、うん、それなんだが……」 滝沢はこちらに顔を向けることもなく、なにやら言いにくそうにしている。急かす必要もないので、僕は気長に待つことにした。 我が校の全館冷暖房完備の謳い文句はダテではなく、こんな屋上の出入り口ですら快適だ。両開きとなったガラス扉の向こうには目映い光に照らし出された屋上が別世界のように広がっているが、こうして眺めている分にはむしろ心地良い。遠くから響くセミの声も、ここでは子守唄のようなものだ。 壁に視線を移せば大きなボードに様々なポスターやプリントが貼り出されている。中には壁新聞もあって、都市伝説も同然の屋根の上に現れるマッチョ男がどうのこうのというくだらない記事もあった。 それにも見飽きて、だんだん退屈し始めた頃、ようやく滝沢は口を開いた。「三日森、お前って月子さんと仲がいいよな」「……て、またその話かい?」「いや、そういう意味じゃなくてさ」「じゃあ、どういう意味?」「俺よりは仲がいいってことさ」「まあ……自惚れじゃないなら、友だち程度には思
last updateLast Updated : 2026-07-28
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第11話 海に行きたい

「何をにやにやしているの?」「うわっ」 いつもどおりの電車の中、滝沢の幸せを願っていると、僕は唐突に彼女に声をかけられた。 そういえばひとつ前が彼女の乗ってくる駅だったのに完全に失念していた。こんなことは初めてだけど、それにしても昨日の今日で、よくこの車両に乗ってくるものだ。他人のことはまったく言えないけど。 もっとも、周囲の客は取り立てて僕らに注目することはなく、普段どおりに過ごしているようだ。あの程度のことでは興味なんて長続きしないのだろう。 僕はあらためて彼女に顔を向けたが、そこにはもう怒りの感情は浮かんでいない。昨日のアレはなんだったのだろうか? 虫の居所が悪かっただけとか? 考えてもわからないので、それは横に置いておいて僕は彼女に答えた。「友達のことを考えていただけだよ」「友達?」「今日、好きな娘に告白するんだ」「そう……」 彼女は少し間を開けてから囁くように言った。「上手くいくといいわね」 正直僕は少し驚いた。昨日のこともあったから、もう少しキツイタイプかと思っていたのだけど、今の言葉には本物の思いやりを感じたからだ。「う、うん。僕も応援してるんだ」 僕が言うと彼女は微笑んだ。彼女のこんな表情は初めて見る。それはとても魅力的で、どきっとするほど美しかった。「あなたには恋人は居ないの?」「ぼ、僕は……モテないからね」 正直に言って目を逸らす。考えてみれば、生まれてこの方ラブレターもバレンタインのチョコすら貰ったことがない気がする。「おかしいわね」「え……?」 彼女の言葉に顔を上げる。「身長はそれなりで顔の作りも悪くないのに」「そ、そうかな?」 褒め方としても微妙だけど悪い気はしない。「わたしもね、恋人は居ないの」 不意の言葉に僕は彼女の顔を注視した。だけど彼女のほうは僕と視線を合わせようとは
last updateLast Updated : 2026-07-29
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第12話 友だちの恋②

『フラれた』 夜になって滝沢からかかってきた電話は、その一言で始まった。『ごめんなさいって言われてさ。ああいうとき、女の子ってなにも悪くないのに、なんであやまんだろうな』「滝沢……」 滝沢の声はサバサバしていたが、そこにはむしろ深い喪失感があるような気がした。感情を整理できずに今は心が麻痺している。そんな感じなのだろう。「悪かったな、三日森。なんか迷惑かけちまって」「ぜんぜん迷惑なんてしてないよ。友達なんだから、変な気を使うなよ」 少し前の僕には、こんなことを言う資格はなかった。言う奴を見たらバカにしていただろう。でも今は心から、そう思っている。「そっか……そうだよな。いいよな、ダチってさ」「ああ」「もしお前も好きな女ができたなら俺に協力させてくれよ。恩返しがしたいしさ」「う、うん、そのときは、ぜひ頼むよ」 言いながら、ちょっと後ろ暗い気持ちになる。好きな人なら最初からいるからだ。 それを未だに滝沢に話したくないというわけでもなかったけれど、フラれたばかりの相手にはやはり相談しづらい。「もともと高嶺の花だとは思ってたんだよな。花屋敷さんは綺麗だし、俺と違って真面目を絵に描いたような清楚な人だし」「滝沢……」 なんて言えばいいのか。まともに友だちづきあいをしてこなかった僕には――いや、そんなの言い訳だ。 言葉を選ぶのは誰だって難しい。ひとつ間違えれば助けたい相手を傷つけることだってある。それでも、黙っていれば相手を傷つけずにいられるってわけでもない。 まったく、こんな面倒なことを月子はいつも僕に対してやっていたわけだ。 だから僕もやらなくては。彼女に救ってもらった心で、ほんの少しでも友達の力になるんだ。「滝沢、僕はお前のことを、そんなに低く見積もってないぞ」「三日森?」「お前はいい奴だ。クラスの男子の中で一番いい奴だ。だから、自信を持ってくれ……そんなふ
last updateLast Updated : 2026-07-30
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第13話 不安

 教室に戻ったとき、すでに一時限目の授業が始まっていたが、そこには月子と田中の姿がなかった。 そういえば級友を思いっきり殴ってしまうなんて、これはいろいろと後を引くかも知れない。ヘタをすれば停学処分だ。 これでまた親父になにを言われるかわからないが、自業自得だからしかたがない。殴ってしまったこと自体を僕は悪いとは思わないが、それでもやっぱり後味の悪さは感じている。 あんなことをした田中に対する怒りは冷めていなかったが、それでも今日まであいつは僕らの友達だった。その友情もこれで終わりかもしれない。それは寂しいことに違いなかった。 授業内容を右から左へと聞き流しながら、ぼんやり考え込んでいると、やがて月子が教室に戻ってきた。 どうやら田中を保健室に連れて行っていたらしい。 その田中本人はというと今日は気分が悪くて早退したとのことだ。 まさか僕が殴ったときに頭でも打ってしまったのだろうか? 一時限目の授業の間、僕は不安な気持ちにさせられたが、休み時間が来ると、月子がぜんぶ事情を話してくれた。「顔の腫れ以外はどうってことないわ。でも、誰がどう見ても人に殴られたって顔になってるから、今日はもう帰るって。でないと教師にいろいろ聞かれそうだしってさ」 それって、もしかして僕が処分とかくらわないようにってことなのだろうか? 月子はそこまでは聞いていないのか、自分の解釈などは挟まず、事実だけを述べる。「三人にあやまっておいてくれって言ってたわよ。なんでもひとりだけ蚊帳の外に置かれて寂しかったんだってさ」 それを聞いて僕と滝沢は顔を見合わせた。「俺のせいか……」 滝沢はつぶやくが、ふたりだけで話を進めようとしたのは僕も同じことだ。「あなた達が気に病む必要はないわ。実際、悪いのは田中くんなんだから」「けど、俺の態度があいつを傷つけていたなら……」「それが嫌なら、彼はそのことをちゃんとあなた達に告げるべきだったのよ。何かあるなら僕にもちゃんと話してくれってね」 月子の言うこ
last updateLast Updated : 2026-08-01
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第14話 同じ星空の下で

 月子と花屋敷さん、それに晴れて花屋敷さんの彼氏となった滝沢を除けば、屋上に集まっていたのは僕が知らない人ばかりだった。  存在すら知らなかったような部活だから、せいぜい四、五人の集まりだろうと思っていたのだけど、意外なことに欠席者を含めると九人が在籍していた。  考えてみればソフトボールの試合ができるのだから、それだけの人数はいて然るべきだったが、まさか全員が女子とは思わなかった。  ちなみに欠席者とは月子の双子のお姉さんで、今日は外せない用事があるとのことだった。  僕も何度か校内で姿を見たことがあるけど双子だけあって確かに月子と瓜二つである。  ただ、前に田中から聞いたとおり印象は正反対で、明るい月子に対してあちらには物静かな印象だった。  知り合いになり損ねたのは残念だけど、これ以上女子が増えることを思えば、むしろラッキーだったかもしれない。  なにせ先輩後輩を含む見知らぬ女子に囲まれて僕は滝沢とふたり、正直気後れする思いだったのだ。  しかし、花屋敷さんが滝沢を彼氏として皆に紹介したため、一同の興味はそちらに集中してくれた。  僕はこれ幸いと滝沢を見捨てて星を見る作業に没頭することに決めたが、望遠鏡の使い方さえよくわからなくて、結局は後輩女子のレクチャーを受けることとなった。  それでも春先から月子に散々揉まれたお陰が、無難に言葉を交わすことができたと思う。  当の月子はと言えば最初のうちこそ星を観て騒いでいたが、いつの間にか滝沢と花屋敷さんを連れて『七不思議探訪』に出ていってしまい、結局解散間際になるまで帰ってこなかった。  僕の方はむしろ途中から星を観るのに夢中になって気づかなかったけど、その間何度も滝沢らしき人物の悲鳴が校舎の方々から響いてきていたとのことだ。  後日それについて滝沢に訊ねてみたのだが、滝沢は青ざめた顔でひと言「この世には知らないほうが幸せなこともある」とだけ言った。  それを聞いたうえで詳細を確かめる勇気なんて、もちろん僕にはない。◆  人生初の天体観測を終えた僕は駅のホームへとつづく階段を上っていた。  つい先刻までは電車通学の部員と一緒で、星
last updateLast Updated : 2026-08-02
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第15話 間一髪

 我が田舎の海水浴場は知名度こそ高くないが、全国各地から海水浴客が訪れる隠れた名所である――らしい。 らしいというのは子供の頃に地元に関心をなくして以来、それまで持っていた知識さえ、瞬く間にどこかに置き去りにした結果だ。 自分が泳がず、関心もないとはいえ、近くを通ることは度々あったので、そこが混雑とは縁がないわりには綺麗なビーチで、ときおりヨットなんかも見かけることがあるのは頭に入っている。 青い空、青い海、そして潮の香り――と言いたいが、生憎と今日は悪天候で、空はどんよりと曇り、今にも雨が降り出しそうだった。 なんでも台風が来るとかでビーチにたった一件しかない海の家も、すでに戸締まりを終えて、海水浴客も見当たらない。 僕はといえば、そもそも目的が下見だったので泳げなくても困ることはないが、さすがに風も強くなってきたので、そろそろ引き揚げようと考えていた。 顔にポツリと雫が当たるのを感じて足を速める。しかし、突然降り出した雨は、あっという間に土砂降りに変わり、僕は完全に濡れ鼠になってしまった。 内心で毒づきながら砂浜を駆けて自宅を目指す。そのとき、雨でかすむ視界の端に小さな人影が見えた気がした。 見間違えかと思いつつも、手で即席の庇を作って目を凝らす。 ――居た。見間違いではないようだ。 おそらくは僕と同年代ぐらいの少女だろう。もはや傘など役に立たないだろうが、雨具の類を持たず、ずぶ濡れになっているというのに波打ち際に立ったまま避難しようともしない。 首元で左右に分けた長い黒髪が雨に濡れて力なくたれている。 それに気づいて僕はハッとなった。「月子……!?」 こんなところに彼女が居るとは思えない。それでも僕は不思議な確信とともに走り出していた。 あきらかに余所行きと判る服を着て、おしゃれなバッグを肩にかけていたが、今はすべてがずぶ濡れで台無しになっている。「月子!」 呼んでも彼女は返事をしない。 それどころか、ふらふらと頼りない足取りで、荒れた海の方に向かって歩き出してしまった。「月子ぉぉぉ
last updateLast Updated : 2026-08-03
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第16話 月子の推論

 普段から整理整頓の習慣がある僕は部屋自体は小ぎれいに片づけてある。しかし、押し入れの中は見事にカオスで、少しでも物を動かそうものならば何もかもが崩れてくるような状態だ。 それでも月子にああ言った以上、探さないわけにはいかない。 崩れてくるガラクタや書籍を撤去しつつ、散々掘り返したところで、ようやく僕は探すべき場所の間違いに気づき、今度はやはりカオスになっている廊下の押し入れの探索に取りかかった。 けっきょく、ゆうに一時間以上かけて目当ての物を掘り出すと、月子の待つリビングへと駆け下りていく。 待たされっぱなしの月子はと言えば、その間催促することもなく、僕が部屋に戻ったときには、とっくに洗濯と乾燥を終えていた自分の服に着替えて、髪型もいつものそれに戻っていた。「ごめん、思ったよりも時間がかかって」「ううん、わざわざありがとう」 月子は気分を害したふうもなく、そこに浮かんだ笑顔も自然で、とても自分の意思で入水しそうな感じはしない。 でも、確かにあれはあったことだ。本当にオカルトだったのだろうか? ぼんやりと考え込む僕の前で月子はアルバムの集合写真と個人写真を片っ端からチェックしていた。 そしてすべてを見終わったのか、アルバムを閉じるとポツリと言う。「居ないわね」「誰が?」 僕が首を傾げると月子は意外なことを言った。「電車の彼女よ」「いや、そんなの居るわけ……」 言いかけて途切れたのは自分がかつてのクラスメイトの顔さえ、満足に覚えていないという事実に思い至ったからだ。「た、確かに僕は、あの事件以来、クラスメイトのことさえ、満足に記憶してなかったけど、さすがに彼女のような娘が居れば忘れないと……思うんだけど」 やはりそのことには自信が持てない。今のクラスメイトは男女を問わず、いつの間にかほぼ頭に入っているが、あの頃は本当に顔と名前を覚えられなかった。覚えたいという意識がまったくなかったからだろう。 困惑する僕に月子は自信に満ちた目を向ける。
last updateLast Updated : 2026-08-04
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第17話 記憶を求めて

 翌朝、月子が現れたのは、まだ9時を回ってすぐの時間だ。 いつぞやの映画館の時と同じように白いブラウスにショートパンツ、白い帽子という取り合わせで、昨日のデート着のような気合いは入っていないが、僕から見ればこちらの方が月子らしい出で立ちに思える。 早々に出かける準備を終えていた僕は、彼女の元気な姿を見られたことで内心でホッとしつつも、顔には出さないように気をつけながら、ごく普通に出迎えた。 そんな僕を見て月子はやや不満そうにしていたので、理由を聞いてみたら、どうやら僕のだらしない寝ぼけ眼を期待していたとのことだ。 残念ながら僕は休みの日でも朝の6時には目を覚ましている。妙に悔しがる月子に苦笑しながら、僕は彼女を伴って朝の町中を歩き始めた。 いろいろ考えてみた結果、まずは小学校を目指すことに決めた。 台風一過の影響で、まだ風は強い。目映い青空から降り注ぐ日差しは間違いなく夏のそれだったが、この風のおかげで散歩には快適だ。もっとも月子は先ほどから、何度か帽子を飛ばされかけては愚痴っている。 何度か脱ぐように勧めてみたがコーディネートに拘りでもあるのか、なかなか受け入れなかった。もっとも、三度続けて飛ばされると、僕が帽子を拾ってあげた後で渋々提案を受け入れてくれた。 人の顔と名前を忘れがちな僕だが、不思議と小学校への道筋はしっかり覚えている。 緑が多い以外は、これといって取り柄もない田舎道は郷愁さえ覚えなかったが、物珍しげに辺りを見回しては、いろいろ聞いてくる月子のおかげで退屈はしない。「なに、あそこ?」「廃校だね。僕が通う前から、ああなっていたけど、昔は小学校だったらしいよ」 いろいろ忘れているくせに意外なことを覚えている自分に苦笑しつつ、僕は月子にいろいろと説明していく。 さして面白い話でもないだろうに彼女は、しきりに感心したように頷いていた。 道の左右に並ぶ住宅街には古びた木造のものもあれば、つい最近建てられたと思われる小ぎれいなものもある。 僕が関心を向けなくなってからも時間とともに風景は変わり続けているのだ。そんな当たり前のことを今さらながらに意識すると、やはり少し切ない
last updateLast Updated : 2026-08-05
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第18話 手料理

 込み上げてくる思い出を数えている間に時刻はとっくに正午を過ぎていた。 後ろを通り過ぎていった軽トラの音で、ようやく我に返った僕は、慌てて月子の方に顔を向けた。 ここに辿り着いて感慨深いのは僕だけで、付き合ってくれた彼女にとっては、ただの空き家に過ぎない。 退屈させてしまったというだけではなく、あまりにも静かだったので呆れて帰ってしまったのではないかと僕はやや焦ったのだ。 だけど探すまでもなく月子はそこに居た。コンクリートの段差に腰掛けて両手で頬杖をつきながら、少しだけ困ったように眉を下げつつも、やさしい笑顔で僕を見つめている。 その姿はドキッとするほど綺麗で、大きな瞳に吸い込まれそうな思いで僕はしばらくの間、その笑顔を無言のまま見つめ続けてしまった。 今さらこんな事を考えるのはナンセンスだと思いつつも、ついつい僕は考えてしまう。 どうして月子は、こんなにも僕に親切にしてくれるのだろうか? もしかして僕に惚れているとか――なんて夢想したことがないではないけど、それはあまりにもバカバカしい妄想だ。もし月子の中に、そんな想いがあるのなら僕の恋のサポートなどするはずがない。 だいたい答えは最初から判りきっている。 単に沢木南月子というのが、そういう女の子というだけのことだ。 やさしくて、友達思いで、お節介と言えばそうだけど、そのお節介に僕は本当に助けられてきた。 感謝しても感謝しきれない。間違いなく一生頭が上がらない相手だろう。「どうかしたの?」 月子の一言で僕は我に返ると、わざとらしく咳払いなどしてから、誤魔化すように告げる。「いや、お腹が空いてきたし、そろそろどこかでご飯にしたほうがいいかなってさ」「ああ、そういえばお昼のことを考えてなかったわね。お弁当でも作ってくれば良かったわ」「月子って料理は得意なのかい?」「そのつもりだけど、自分で言っても詮無いことよ」「詮無いなんて現実で使う人初めて見たよ。実に月子っぽい言い回しだけど」「わたしっぽいって……」 顔をしかめながら首
last updateLast Updated : 2026-08-06
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第19話 月子と珈琲

 料理の手伝いはやんわりと月子に断られたので、僕は二階に上がって昔のアルバムを漁ることにした。 さすがに一度思い出してしまえば見つけ出すのにさほど苦労することもなく、僕は何枚かの写真を取り出すと、それを持ってリビングに戻る。 ちょうど料理を終えた月子がパスタの入ったお皿を並べていて、僕はテーブルに着くと先に月子の手料理を御馳走になることにした。 食生活を考えれば判るとおり、当然ながら僕の舌は肥えているとは言い難い。味覚にも取り分け自信があるわけではない。それでも月子のペペロンチーノは、やたらと美味しく感じて僕は思わず呻くように呟いた。「美味い……」「よしっ」 ガッツポースをする月子。「容姿が良くて、勉強ができて、スポーツもできて、この上まさか料理まで得意だなんて……月子の欠点は性格だけなのか?」「毒を盛っておくべきだったかしら?」 月子が冷ややかな眼差しを向けてくる。 でも、それも一瞬のことで、僕らはすぐに顔を見合わせて笑い出した。 いつの間にか僕らは毒舌も冗談も普通に言い合えるようになっている。この距離感がとても心地良くて僕はなんだか幸せな気分になる。 もちろん頭では理解している。僕が本当の幸せを手に入れるためには、まだ大きなステップを一つ踏まなければならない。 爽子に、この想いを告げなくては。「ねえ、三日森くん?」「うん?」 名前を呼ばれて我に返ると、月子はキッチンの片隅を指さして目を輝かせていた。「ねえ、あれ! あのサイフォンセット! アレを使わせてもらっていいかしら?」「あ、ああ。いいけど……」「コーヒー豆は?」「その下の棚……」「おおっ、上等じゃない。使ってもいい?」「あ、ああ……」 なんだかいつにない勢いに圧倒されるような心地で僕は相づちを打っていた。 そのサイフォン式のコーヒーセットは少し前に親
last updateLast Updated : 2026-08-07
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