All Chapters of 王様!ちょっと待ってください!: Chapter 11 - Chapter 20

23 Chapters

第5話 王様、完全に包囲されてます!①

 一方、王宮の別棟では三陣営の思惑が静かにうごめいていた。―――北国陣営(リディア側)――― 王宮の北棟、リディアに与えられた客室。 窓から差し込む柔らかな光が、氷細工のように美しく繊細な彼女の横顔を照らしていた。「リディア様」 侍女のエルザが、静かに部屋に入ってきた。 年は三十を過ぎているが、静かな足音と伸びた背筋には、貴族の教育を受けたであろう優雅さがある。 窓の外を見つめたままリディアが静かに口を開いた。「昨日の陛下との謁見……エルザ、あなたも隅で聞いていたわね」「はい、リディア様」 エルザは慎重に言葉を選んだ。「陛下の態度の変化……正直驚きました」「驚いた、では済まされないわ」 リディアが初めて、侍女の方を向いた。 その青い瞳には戸惑いと、そして僅かな希望の光が宿っていた。「初回の謁見では、『お前たち』『感謝しよう』と……まるで物を扱うような口調だった。私は覚悟していたのよ、エルザ」 リディアの声に、僅かな苦みが滲む。「父上の命に従い、政略結婚の駒として冷たく扱われることをね。北国の姫としてのプライドを捨て、ただ国のために尽くすという任務を全うするために」 あの時、彼女は心を凍らせた。 感情を殺し、ただ役目を果たすと決めた。「でも、昨日は……」 リディアは自分の手を見つめた。「陛下は私を『責任ある大役を担う方』と呼んでくださった。政略の道具ではなく、一人の人間として……敬意を、示してくださった」 エルザは主人の横顔を見つめた。 あの何にも感情を動かさないと云われる冷徹な氷の姫・リディア様が、心を揺らしている。「あの瞬間、私は……初めて人として見られたと感じたの」「リディア様……」 だがリディアの表情が、再び冷たくなり唇を噛んだ。「でもどう考えてもおかしいのよ、エルザ」「はい?」「あなたはどう思う?  あの時の陛下の言葉は……本心だったと思う?」 エルザは暫く沈黙した後、慎重に口を開いた。「……恐れながら、不自然に感じました」「不自然?」「はい。初回と次の謁見の間は、わずか一日しかありません。傲慢と云われる人間がたった一日でここまで変わるものでしょうか」 リディアの表情が眉を顰め、端整な顔立ちがより冷ややかになった。「つ
last updateLast Updated : 2026-08-15
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第5話 王様、完全に包囲されてます!②

 ―――神殿陣営(セレス側)――― 王宮の東棟、神殿の使節団に与えられた部屋。 壁には聖なる紋章が掲げられ、部屋の中央には神殿の象徴である慈恵神への祭壇が設けられていた。 白い法衣を纏ったセレスが、祭壇に向かって祈りを捧げている。 その傍らで、神官長のオズワルドが険しい表情で立っていた。「セレス様」 掛けられた声にセレスはゆっくりと目を開けた。 その瞳は澄んでおり穏やかだった。「昨日の謁見の件ですが」 オズワルドは慎重に言葉を選んだ。「王の変化は……異常すぎます」「異常?」 セレスは首を傾げた。「陛下は、素晴らしい変化を遂げられたと思うのですが」「それが問題なのです!」 オズワルドの声が、僅かに鋭くなる。「今まで神殿に対して、陛下は何と仰いましたか?」「『神など信じぬ』『不確定なものに頼る気はない』と……」 セレスの声が、少し沈んだ。 神に仕える者として、王から信仰を否定されることは、自分自身を否定されることと同じだった。「ですが、昨日は……」 セレスの表情が、僅かに明るくなる。「陛下は『信仰を持たぬ自分を恥じる』と仰り、『民の心を知るために、教えてほしい』と……」 その言葉を思い出すだけで、胸が温かくなる。 王が、信仰の大切さを理解してくれた。 自分を、神の声を聴くものとして認めてくれた。「セレス様」 オズワルドが、祈りの手を組んだセレスの前に跪いた。「お聞きください。暴君と云われる人間がたった一日で、ここまで変わるものでしょうか?」「……」「初回の謁見から昨日まで、わずか一晩です。その間に、陛下は宰相シグル殿と密談をされていた。そして突然、まるで別人のように……」 オズワルドの声が、さらに低くなる。「信仰を持たぬ王が、突然態度を変えるなど……これは、あまりにも不自然です」 セレスは黙って神官長の言葉を聞いていた。「私はこの状況を恐れます」 オズワルドは真剣な目でセレスを見た。「何かが、陛下に憑いているのではないかと」「憑いている……?」「ええ。邪悪な存在が陛下の心を操り、我々を欺こうとしているのかもしれません」 邪悪な存在、と聞いてセレスは目を伏せた。 確かに、あの変わりようは不自然だった。 人の心は、あんなに都合よく変わるものではない。 その違和感なら、
last updateLast Updated : 2026-08-17
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第5話 王様、完全に包囲されてます!③

 ―――騎士団陣営(カリナ側)――― 王宮の西棟、近衛騎士団の詰所。 剣と鎧の音が響く中、一人の男が静かに剣を磨いていた。 近衛騎士団長、ガルド・ヴァルニール。 三十代半ばの彼は、鋭い眼光と鍛え抜かれた肉体を持つ、王国最強の騎士の一人だった。 その前にガルドの妹、カリナ・ヴァルニールが立っていた。「兄上……聞いてください」 カリナの声は、僅かに震えていた。「……陛下が、変わられたのです」「変わった?」 ガルドは剣を磨く手を止めず、冷静に問う。「どこがだ。最初の謁見では、お前を『便利な駒』のように扱った」「兄上……」「俺は見ていたぞ、カリナ。お前が唇を噛み締めて耐えていたのを」 ガルドの声が、僅かに低くなる。「『お前たち』『感謝しよう』……まるで物を見るような目だった。あの瞬間、俺は思ったんだ」 剣を磨く手が、止まった。「ああ。この方は、やはりそういう男なのだ、と」 カリナは息を呑んだ。 ガルドは、王への不信感を隠そうとしない。 それは、これまでの数々の理不尽な命令が積み重なった結果だった。「ですが、昨日では違ったのです!」 カリナは顔を上げた。「陛下は、私を『一人の人間として相談したい』と仰ったのです。私の忠誠を当然のものとせず、敬意を持って……」 常に厳しい顔をしているカリナの表情は穏やかになり、その目に涙が滲んだ。「私は感激しました。初めて、陛下に認められたと感じました」 ガルドは妹の顔を見た。 カリナは、いつも強がっていた。 女だからと侮られぬよう、誰よりも厳しく自分を鍛えてきた。 だがその心は脆く『認められたい』といつも願っていた。「カリナ。お前は、陛下を信じたいのだな」「……はい」 ガルドは深く息を吐いた。「だが、俺は信じられん。人を人と扱わない人間がたった一日で変わるものか?」「兄上……」 ガルドは剣を鞘に納めた。「これまで陛下は、俺たちに何をしてきた? 無茶な命令、理不尽な叱責、そして感謝の言葉一つない扱い。死んでいった仲間への手向けの言葉すらもない……!」 彼は拳を握りしめた。「俺は騎士だ。陛下に忠誠を誓った。それは王が民を守り、国を導く存在だからだ」 ガルドの目が、鋭くなる。「だが今の陛下はどうだ?  力だけで押さえつけ、部下を駒としか見ない。そんな男に、本当
last updateLast Updated : 2026-08-19
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第6話 うちの旦那も、同じ状況じゃない!?①

 ―――現代・日本――― 由奈の夫・小林晃は、妻のアドバイスを元に職場で変化を見せ始めていた。「おはよう。昨日の資料、ありがとう。助かったよ」 にこやかではないが、以前より優しい口調に新人女性社員が目を丸くした。  いつもの晃なら、無言で受け取るか、不機嫌そうに「遅いんじゃないか?」と言うだけだったからだ。「あ……はい!  ありがとうございます……!」 新人の声は、嬉しそうに弾んでいた。  パッっと明るい表情を浮かべていた。 その日の昼休憩、新人たちが昼食をとりながら話していた。  社員食堂の隅のいつもの席で、周囲の目を気にしながら、小声で話している。「ねえねぇ。小林さん、ちょっと変わったよね」「うん。前は怖かったけど、今は話しやすくなった気がする」 一人の新人が、箸を置いて頷いた。「私も。昨日なんか分からない資料の相談したら、ちゃんと聞いてくれたし。アドバイスもわかりやすかったよ」「前なら『そんなことも分からないのか』って言われてたよね」「そうそう。ちゃんと説明してくれるようになったね」一人の新人が、小さく微笑んだ。「なんか……ちょっと見直したかも」「分かる。最初の印象最悪だったけど、悪い人じゃないのかもね」 新人たちは、晃の変化を素直に受け入れ始めていた。  だがその会話を聞いていた年配の社員が、冷ややかに笑った。  テーブルの向かい側から、わざと聞こえるように言った。「君たち、その考えは甘いね」「え……?」 新人たちの顔が、一斉に強張った。  年配社員は、腕を組んで続ける。「小林さんはね、昔からああいう人なんだよ。急に態度を変えるのは、何か理由がある」 別の同僚も頷いた。  その目には、明確な不信感があった。「そうそう。前にもあったんだよ、急に優しくなったこと。でも結局、また元に戻った」
last updateLast Updated : 2026-08-21
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第6話 うちの旦那も、同じ状況じゃない!?②

その夜、由奈はスマホを見つめていた。 画面には、小説アプリの更新通知が表示されている。 『アルカディア王国戦記 第4話更新』「来た……!」 由奈は慌ててタップした。 第4話のタイトルは、『疑念の影』「疑念……嫌な予感しかしない……」 由奈は画面をスクロールし始めた。【小説本文:北国陣営】 リディアの侍女エルザは、密かに部下に命じた。「王の周辺を探れ。この変化は、何かがある」 リディアは王の優しさに心揺れていたが、エルザには別の思惑があった。 北国からの密命――「婚約を破棄させ、アルカディアの国力を削げ」。「うわぁ……やっぱり裏があった……」 由奈は息を呑んだ。 リディア本人は純粋に心を開きかけているのに、国王の命令で侍女が裏で動いている。【小説本文:神殿陣営】  神官長オズワルドは、冷たい目で呟いた。「王に何かが憑いている。神殿の秘術を用いて、真実を暴く」 セレスは王を信じたいと願っていたが、神殿の組織は別の判断をしていた。「邪悪なものならば、浄化する」「浄化って……まさか……」 由奈の背筋が凍った。 もし導き手(自分)の存在がバレたら、神殿は一体何をするつもりなのか。【小説本文:騎士団陣営】 近衛騎士団長ガルドは、剣を磨きながら呟いた。「王がカリナを利用するなら、俺は容赦しない」 彼は王への忠誠よりも、妹を守ることを選ぶだろう。 たとえそれが、反逆を意味するとしても。「これ……完全に包囲網じゃない……!」 由奈は頭を抱えた。 三陣営すべてが、この前のレオンの態度の変化を完全に疑っている。 そして、それぞれが独自に動き始めている。【小説本文:レオンの独白】 俺は変わろうとしている。  だが、誰も信じてくれない。 これまでの俺が、どれだけ周囲を傷つけてきたか。 積み重ねた悪評は、一朝一夕では消えない。  ――信頼とは……こんなにも脆く、遠いものなのか。「王様……」 由奈は胸が締め付けられた。 レオンは、自分の過去の行いの重さに気づき始めている。 だが、それに気づいたときには、すでに手遅れなのかもしれない。「あっ、読者コメントはどうなんだろう……」 他の人の反応が気になって、コメント欄を確認してみる。【コメント欄】 読者A: 謎の声、マジで浄化されたりしてw 読者B: これま
last updateLast Updated : 2026-08-23
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第7話 誰も信じなかった王と、最初の味方になると決めた男①

  ―――異世界・アルカディア王国 王宮 執務室(現在)――― シグルは執務室で山積みの書類と向き合っていた。 彼が今見ているのは、今後数週間の王の予定表だった。  そこには后候補である、リディア、セレス、カリナ、それぞれとの「交流日程」が細かく記されている。 正式な妃は一人だけである。  たった一人を選ぶための、慎重な見極めの期間だ。  その為には王と三名の后候補が、公平に交流する機会を設けなければならないと感じていた。 表向きは「妃候補の選定」のため。  しかし真の目的は、三陣営への牽制だった。  北国、神殿、騎士団――それぞれの立場が独自の思惑を抱いている今、どれか一つに偏れば他の陣営が動き出すだろう。 陛下には、三名すべてと均等に接していただく必要がある。 そうすることで、どの陣営にも「自分たちが選ばれる」と期待させ、同時に「自分たちが軽視されている」とも思わせない。  選定が終わるまでの間、三陣営のバランスを保たなければならない。  政治的なバランスを保つための、綱渡りのような日程調整。  シグルは、羽根ペンの先で予定表の余白を軽く叩きながら、ため息をついた。(陛下は、この政治的な意味をご理解いただけるだろうか……) *** 一方、レオンは椅子に深く体を預けたまま、天井を見上げていた。  后候補たちとの対応も一段落し、ようやく落ち着いたというのに彼の表情は晴れなかった。「シグル」「はい」「お前は、なぜ俺の宰相になった?」 突然振られた予想外の問いに、シグルは一瞬言葉を失った。「……それは、陛下が信頼に足る方だからです」「信頼?」 レオンは苦笑を浮かべた。「俺は……時にお前の期待を裏切るような判断をしてきたかもしれない。それでもお前は俺に仕え続けているだろう」 シグルは静かに書類を机に置いた。「陛下。私がこの国に来たのは、10年前のことです」「……」「覚えておいでですか?」「いや」 レオンは表情を曇らせ、正直に首を振った。「当時の俺は……誰も信用していなかった。周囲は権力欲に塗れた貴族ばかりで、父上ですら信じることはできなかった。だから部下の顔も名も、ほとんど覚えようとしなかった」 レオンは自嘲気味に笑った。「だから、お前がどんな想いで俺に仕えてくれ
last updateLast Updated : 2026-08-28
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第7話 誰も信じなかった王と、最初の味方になると決めた男②

 ―――北方遠征 山岳地帯 (10年前) ――― 西回りの山道は、予想以上に過酷だった。吹雪が続き、引き連れた馬が次々に倒れ、補給物資も底をつき始めた。「殿下、このままでは……」 部下たちが不安を口にし始めた頃、レオンは一言も弱音を吐かなかった。「進むぞ。ついて来れる者だけついてこい」 彼はそう言うと、自ら先頭に立って雪を掻き分けた。しかし、誰とも目を合わせようとはせず、部下たちの名前を呼ぶこともなかった。 状況が悪化するにつれ、兵士たちは慈恵神《リーヴァ》に祈り始めた。「神よ、どうか我らをお救いください……」「この試練を乗り越える力を……」 夜営では即席の祭壇が作られ、多くの者が膝をついて祈りを捧げた。しかし、レオンだけは祈らなかった。「殿下も慈恵神《リーヴァ》様に、祈られてはいかがでしょうか? きっとご加護があるはずです」 ある古参の騎士が進言に、レオンは鋭い眼差しで冷たく言い放った。「はず、だと? 神などという不確定なものに頼るつもりはない。俺は、俺の剣と判断だけを信じる」 その言葉に、周囲は凍りついた。誰も信じない。そして神すらも頼らない。それが王という権力を持つものの運命《さだめ》。そう信じて、彼は一人で全てを背負っていた。 シグルは、その背中を見つめながら思った。 この方は、自分の選択に責任を持っているしかし――誰にも心を開いていないなんと、孤独な人なのだろうシグルの胸に、ある想いが芽生えた。(私が、この方の最初の味方になりたい……!)そして、遠征は成功した。反乱軍は想定よりも早く鎮圧され、民の被害は最小限に抑えられた。―――帰還後 王宮―――
last updateLast Updated : 2026-08-29
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第8話 14年前の『お互い頑張ろう』をもう一度①

 ―――現実世界 小林家 リビング(夜)――― 由奈はスマホを握りしめたまま、涙をこらえていた。 画面には、『アルカディア王国戦記』最新話の文字が表示されている。 シグルとレオンの過去——10年前、優柔不断だったシグルが、迷いなく決断する若きレオンに惹かれた話。(シグルさん……) 由奈の胸に、ある記憶が蘇った。(私も同じだった) ―――14年前 東京・派遣会社の事務所――― 当時、由奈は24歳。 大学卒業後、就職活動に失敗し派遣社員として働いていた。「派遣先のこの契約、来月で終了なんだけど……」 派遣会社の担当者が、申し訳なさそうに告げた。「次の仕事どうする? 地元に戻る? それともこのまま東京圏で探す?」 由奈は答えられなかった。「その……まだ、決めてないです」 実家は静岡。 両親は「戻ってきてもいいのよ」と言ってくれている。 東京《ここ》にはまだ可能性がある気がする。 でも、派遣を続けても先が見えない かと言って、地元に戻ってもやりたい仕事があるわけじゃない(どうすればいいんだろう。どっちを選んでも、何かを失う気がする) 由奈は、毎日同じ問いを自分に投げかけては、答えを先延ばしにしていた。*** ある金曜日の夜、派遣先の会社で送別会があった。 退職する同僚のための小さな飲み会。 由奈は隅のほうで、黙々とビールを飲んでいた。「ずいぶん、暗い顔してるな」 突然、隣に座った男が声をかけてきた。 晃だった。 同じ派遣会社から来ている技術職の男性。 仕事では何度か顔を合わせたことがあったが、まともに話すのは初めてだった。「……そう見えますか?」「ああ。何か悩んでるのか」 晃の口調はぶっきらぼうで、正直あまり感じが良くなかった。「まあ……も
last updateLast Updated : 2026-09-01
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第8話 14年前の『お互い頑張ろう』をもう一度②

(あの頃の晃は……) 由奈は過去を思い出しながら、涙をこぼした。 迷いなく決断してくれた。 私の背中を押してくれた。 強くて、頼れる人だった。 でも、今は違う。 晃は迷っている。悩んでいる。弱っている。 (でも……) 由奈は机にスマホを置いた。 (いつから、自分たちは会話を無くしていったんだろう) ―――4年前 小林家リビング―――「ねえ、晃。要の習い事なんだけど……」「なに?」 晃はスマホから顔を上げず、いつものぶっきらぼうな口調で答えた。「サッカーと水泳、どっちがいいと思う?」「どっちでもいいだろ。お前が決めろ」「え、でも要はどっちもやりたいって言ってて……。サッカーはお友達もやってるからって言ってるし、水泳は近くに新しく出来たスポーツセンターで出来るし……。晃はどっちがいいと思う?」「だから、お前が決めていいって言ってるだろ」「……」「いつもそうだな」 晃はスマホの画面を切り、由奈に目を向ける。 その目はいつも以上に冷たかった。「夕飯何にする、旅行どこ行く、家具何買う——全部、俺に聞いてくる」「だって……晃が決めてくれた方が……」「そんなものも自分で決められないのか」 由奈は、その言葉に凍りついた。「……そ、それは」「俺はお前の上司じゃない。その位自分で考えて決めろ」 晃はそう言うと、部屋を出て行った。 由奈は、呆然とその場に座り込んだ。 私……間違ってた? 晃に決めてもらうのが、当たり前だと思ってた でも……晃は、それが嫌だったんだ それから、由奈は晃に何も聞かなくなった。 いや、聞けなくなった。 「自分で決めろ」と突き放されるように言われるのが怖かった。 だから、小さなことも大きなことも、全部一人で抱え込んだ。 そして、夫婦の会話はどんどん減っていった。 ――― 現在 小林家 リビング―――(あの日から……私たち、ちゃんと話してない) 由奈は、スマホの画面を見つめた。 先ほどのシグルの言ったセリフが蘇る。『あなたは変わったのではなく……成長されたのです』 『昔のあなたは、確かに迷いなく決断されました。しかし、それは他者を信じず、他者の痛みを理解しない、孤独な決断でもあった』 『今のあなたは、迷われ悩まれる。しかし、それは「相手の立場を想像し、人を信じられるようになった
last updateLast Updated : 2026-09-03
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第9話 神官長の罠?それとも救済?浄化儀式の誘い!①

 ――― 異世界・アルカディア王国 神殿――― 白い大理石の柱が立ち並ぶ神殿の奥、厳かな祈祷室で神官長・オズワルドは、一人跪いて祈りを捧げていた。 彼の額には、うっすらと汗が浮かんでいる。 その目には、『祈り』というよりも『執着』に近い光が宿っていた。「……やはり、何かがいる」 オズワルドはゆっくりと目を開けた。 彼は最近、王の周辺に妙な「気配」を感じていた。 正確には、王が后候補たちとの面談を成功させた頃から——王の言動が、まるで別人のように変わった。  (あの方は、何かの巨大な力を得た) オズワルドの胸の内には、好奇心と羨望が渦巻いていた。(その力が何なのか、暴かねば) 彼は数日前から、密かに部下を使ってレオンとシグルの周辺を探らせていた。 しかし、決定的な証拠は掴めていない。(ならば、この目で確かめるしかない) オズワルドは祭壇に飾られている聖水に向かい、手を翳《かざ》した。 水面に静かに波紋が広がり、神聖な光が彼の手のひらから溢れ出す。 それは、通常は邪悪なものを探知するための神殿秘伝の術。 光は祭壇を越えて、王宮の方角へと流れていった。 そして—— オズワルドの目が、見開かれた。(これは……!) 光が映し出したのは、邪悪な闇ではなかった。 かといって、神々しい聖なる光でもなかった。 それは今まで見たことのない、不思議な光。 透明で、しかし確かに存在する。 温かくも冷たくもない、中立的な輝き。(何だ、これは……?) オズワルドの口元が、わずかに歪んだ。 期待と欲望に満ちた笑みだった。(これが、陛下に力を授けているものか。ならば……) オズワルドの心に、ある考えが芽生えた。この力を、自分も手に入れられるのではないか。 そんな可能性に、彼は心を躍らせた。(まずは、接触する機会を作らねば。そのためには……) オズワルドは、静かに立ち上がり、法衣の裾を払った。 「陛下のため」という大義名分さえあれば、近づくことは容易い。 ―――数日後の王宮・謁見の間――― オズワルドは、レオンとシグルの前に跪いていた。(ついに、この時が来た) オズワルドの胸の内では、期待が高まっていた。 しかし、表情は神官長としての厳かさを保っている。「陛下。どうしてもお伝えしたいお話があり、参上いたしました」
last updateLast Updated : 2026-09-05
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