その言葉に春彦の顔から血の気が引き、顎を鋭く強張らせた。「なら、どうして取り乱しているんだ。俺に結婚しろと言ったのはお前だろう。男が妻を抱くのは当然のことだ。こんな日が来るくらい、最初からわかっていたはずじゃないか」不穏な空気に、物陰から様子を窺っていた杏美は眉をひそめた。やがて、重苦しい沈黙を破るように、低く啜り泣く声が聞こえてきた。「……わかった。もう泣かないでくれ。起きてしまったことだし、俺が悪かった。罰ならいくらでも受けるから」春彦の口調が急に甘く優しいものに変わる。その言葉を遮るように、真理奈が春彦の腕を掴み、思い切り噛みついた。春彦は苦悶の呻きを漏らしたが、彼女を突き飛ばそうとはしない。引き締まった腕には、瞬く間にくっきりとした歯型が浮かび上がった。まるで牧場で、持ち主が「これは自分の所有物だ」と知らしめるために馬に押す焼き印のように。真理奈の狂おしいほどの独占欲に当てられたのか、春彦はふっと息を呑み、堪えきれずに彼女の唇を塞いだ。深く、溺れるような口づけ。やがて唇を離すと、春彦が荒い息を吐きながら囁く。「わかってるくせに。あの夜、俺はお前と間違えたんだ……」その瞬間、杏美は大きく目を見開いた。それが何を意味するのかを理解した途端、顔からさあっと血の気が引き、全身の震えが止まらなくなる。血の繋がりがないとはいえ、春彦は自分の義妹を愛している。あろうことか、妻の親友を。杏美は崩れ落ちそうになる身体を必死に支え、その場から逃げ出した。見えない大きな手に心臓を鷲掴みにされたように苦しい。涙が後から後から溢れてくる。そうか。あれが、突然プロポーズしてきた理由だった。……杏美と真理奈は大学の同級生で、学生会の役員を共に務めていた。いつも行動を共にし、学生会の飲み会にも揃って参加していた。そんな飲み会の帰り。店の外にはいつも、同じ黒のマイバッハが停まっていた。車内には、パリッとしたスーツを着こなす冷たい顔立ちの男の姿があった。彼の視線はいつも、杏美たちへ向けられていた。後になって、その男が真理奈の兄、春彦だと知った。妹を心配するあまり、飲み会のたびに車で迎えに来ては待っていたらしい。最初は少し変わった人だと思っていた。けれど顔を合わせるうち
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