Share

第2話

Penulis: 匿名
それから数日間、春彦は家に帰ってこなかった。

真理奈もまた、姿を見せなかった。

その間、真理奈のインスタグラムのストーリーは頻繁に更新されていた。

雨の中、わざわざ買ってきてくれたという老舗の和菓子。50カラットのピンクダイヤモンド。遊園地の夜空を彩る花火。そして、彼女の足元に跪いて靴を履かせている男の姿。

添えられた文章にはこうある。

【何億円もの仕事を放り出して和菓子を買ってくれたから、今回だけは特別に許してあげる。次はないからね~!】

大学の友人たちは、真理奈の秘密の彼氏の羽振りの良さに沸き立ち、次々とコメントを寄せていた。

だが、写真の端に無造作に写り込んだ指先を見た瞬間、杏美にはわかってしまった。この「秘密の彼氏」が、春彦であるということを。

杏美の瞳からスッと光が失われた。

彼女は手のひらに爪が食い込むほど、強く拳を握りしめた。

3年前に結婚した際、春彦は式を挙げずに入籍だけで済ませたいと提案し、杏美もそれに同意した。

せめて近場でいいから、一泊二日の新婚旅行に行きたい。温泉に入ったり、自然の中を歩いたりするだけでいい。

それが杏美の唯一のささやかな願いだった。

しかし春彦は「仕事が忙しい」と、にべもなくそれをはねつけた。

今ならわかる。

仕事が忙しかったわけではない。

単に、価値のない人間のために時間を割く必要などなかっただけなのだ。

春彦から贈られたバッグやピアス、そして数少ないツーショット写真を、すべてゴミ袋へ放り込んだ。

何年もの時間をかけて少しずつ思い出で埋まってきた部屋が、すっかりがらんどうになっていく。

一抹の寂しさはあったが、それ以上に、重い枷が外れたような解放感が勝っていた。

最後の段ボール箱を片付け終えたとき、不意に春彦が部屋に姿を見せた。

ゴミ箱の中身に目を留め、彼はわずかに眉をひそめた。

「どうして捨てたんだ」

「古くなったから、新しいものに買い替えようと思って」

杏美が淡々と答えると、春彦はそれ以上追及しなかった。

ネクタイを緩め、ふうと息を吐いた。

「ドレスに着替えてくれ。今夜のチャリティーパーティーに付き合ってもらう」

「体調が優れないの。一人で行ってきて」

結婚して以来、杏美が彼の頼みを断ったのはこれが初めてだった。

春彦は特に気にする素振りも見せず頷くと、不意に手を伸ばし、杏美の額に触れた。

「……熱はないな。薬は飲んだか」

杏美が答えるより早く、ドアの向こうから甘ったるい声が響いた。

「杏美、メイク終わった?今日はどのドレス着るの?」

真理奈の声だ。

春彦は咄嗟に手を引っ込め、ドアのほうへと視線を向けた。

杏美は静かに目を伏せた。頭がガンガンと痛む。額には、まだ彼の掌の温度が残っている。

バタンとドアが開かれた。顔を向けた春彦の眼差しは、みるみるうちに熱を帯びていった。

彼の視線の先には、真理奈の姿があった。

ピンク色のベアトップのプリーツドレスを身に纏っている。アップに結い上げた髪が、雪のように白い肩のラインを際立たせていた。ぱっちりとした大きな瞳に、アプリコットのリップグロスで彩られた唇。

春彦は厳しい声で言い放った。

「なんて格好をしているんだ。着替えてきなさい」

真理奈は唇を尖らせ、小走りで春彦にすり寄った。

「お兄ちゃんってば、ほんと頭固いんだから。今はこういうのが流行ってるの。あざとかわいいって言うんだけど、似合ってるでしょ?」

彼女は無邪気な様子で、機嫌を取るように春彦の腕を揺さぶった。

「何があざとかわいい。そんな格好をしていたら、またろくでもないドラ息子どもが寄り付くだろうが」

春彦は厳しい声で叱りつけた。

「もう、何を心配してるの?私に極度のシスコンのお兄ちゃんがついてることなんて、この東都じゃ誰もが知ってるじゃない。お兄ちゃんがいるのに、誰が私に近づけるっていうの?」

真理奈はさらに甘えるように身を寄せた。

「今夜はずーっと、お兄ちゃんのそばから離れないって約束するから。ね?杏美からも何か言ってよ」

杏美は何も言わなかった。

真理奈のその調子のいい言葉だけで、春彦はすでに完全に手懐けられていたからだ。

春彦は人差し指で真理奈の額を軽く突いた。

「お前は本当に……杏美が味方だからって、好き勝手しやがって。今回だけだぞ。今夜は絶対に俺のそばから離れるな」

「了解!」

真理奈は茶目っ気たっぷりにウインクしてみせた。

杏美も、それとまったく同じデザインのドレスを持っていた。真理奈から「お揃いにしよう」と贈られたものだ。

数日前の結婚記念日。

杏美は胸を躍らせてそのドレスに袖を通したが、春彦はろくに目を向けようともしなかった。

……そう。この人だって、嫉妬もすれば独占欲だって剥き出しにする。ただ、その相手が自分ではないだけ。

不意に、真理奈の視線が杏美へと向いた。

「あれ、杏美はどうしてまだ着替えてないの?」

「少し体調が悪くて。お留守番させてもらうわ」

杏美が辞退すると、真理奈はあからさまに残念そうな声を上げた。

「えー?杏美が行かないなら、女の子は私一人になっちゃうじゃない。お願い、一緒に来てよ。それに、お兄ちゃんと結婚して初めて出席するパーティーなんだから、各界の人たちに妻としてお披露目する絶好のチャンスだよ。ねえお兄ちゃん、そう思わない?」

春彦は頷き、杏美を一瞥すると冷たく言い放った。

「向こうで座っているだけでいい。来なさい」

一瞬で切り替わるその冷たい態度に、杏美は胸を針で刺されたような痛みを覚えた。

真理奈の頼みであれば、どんなことでも、彼は必ず無条件で聞き入れる。

杏美は密かにため息をつき、無言のままドレスに着替えるべく部屋へと戻っていった。

Lanjutkan membaca buku ini secara gratis
Pindai kode untuk mengunduh Aplikasi

Bab terbaru

  • 裏切りの夜を越えた彼女は、眩いダイヤとなる   第22話

    採血を終えた秀明が、少し青ざめた顔で戻ってきた。まだそこに立っている杏美の姿を認めると、瞳の奥の嫌悪感をさらに深め、顎でボディガードに合図を送る。「つまみ出せ。目障りだ」黒服の男たちが進み出て、杏美の両腕を乱暴に掴んで引きずり出そうとした。「離して!自分で歩けるわ!」杏美は身をよじって抵抗した。もみ合いになった弾みで、彼女のハンドバッグから飾りが1つ千切れ落ち、床に転がった。それは精巧に編み込まれた色褪せた赤い紐で、先端には小ぶりで美しいトンボ玉が結びつけられていた。床に落ちたその赤い紐を無意識に一瞥した瞬間、秀明は大きく目を見開いた。弾かれたように自分の左手首へ視線を落とす。そこには、色褪せた赤い紐とトンボ玉が結ばれていた。落ちたものと、まったく同じ代物だった。雷に打たれたように、彼はその場で硬直した。数秒後、勢いよく身をかがめて杏美の紐を拾い上げ、自分の手首と並べて食い入るように見比べた。見間違えようもない。2つのトンボ玉の模様は、明らかに同じ職人の手によって焼き上げられたものだった。信じられないものを見る目で顔を上げ、ボディガードに両腕を拘束されたまま青ざめている杏美を凝視した。極度の衝撃と、ある恐ろしい推測によって、彼の声は激しく震えていた。「この紐……君は、これをどこで手に入れた!?」秀明が2つの紐を見比べる姿を目にして、杏美は口角を引きつらせた。笑ってやろうとしたが、ひどく喉が突っ張る。「ひゅっ」と掠れた、壊れたような音が漏れた。その反応を見て、秀明は息を呑んだ。彼女の瞳にはすべてを悟ったような光と、底知れない悲哀、そして嘲りが浮かんでいる。想像すらしたくなかった一つの真実が、鋭い刃となって秀明の心臓を貫いた。「……君が、『Aさん』なのか。この1年間、毎月私から『ソンジュ・ド・ニュイ』を買ってくれていたのは」「今更、それが重要かしら」杏美は冷たく鼻で笑った。「そうなのかと聞いているんだ!」「そうだとしたら、何だと言うの」自分がずっと感謝し、魂の理解者だと信じていた「Aさん」は、真理奈ではなかった。他でもない目の前のこの女――自分が何度も酷い言葉で罵り、見下し、脅しまでかけた杏美だった。完全に思い違いをしていた。自分は、救いようの

  • 裏切りの夜を越えた彼女は、眩いダイヤとなる   第21話

    カフェを出た杏美は、あてもなく歩道をさまよっていた。街のネオンがひどく滲み、冷たい光の輪となって視界を揺らす。春彦が最後に放った言葉が、蠅のように耳元で羽音を立ててまとわりついていた。吐き気を催すほどの白々しさだ。大切にするだと?あの男にそんな言葉を使う資格があるのか。彼が大切にするのは、真理奈ただ1人だろうに。一刻も早くホテルに戻り、この息の詰まる街から完全に立ち去りたかった。人通りの少ない通りを抜け、タクシーを拾おうとした。その時、斜め後ろから、タイヤがアスファルトを激しく擦る悲鳴のような甲高い摩擦音が耳を劈いた。1台の車がコントロールを失い、杏美が立つ歩道のガードレールへと猛烈な勢いで突っ込んでくる。杏美の頭は真っ白になり、体が石のように硬直して動かない。危機一髪――斜め横から黒い影が猛然と飛び出してきた。凄まじい衝撃とともに、杏美の体は弾き飛ばされた。ドンッ!ガシャアアアアンッ!巨石がぶつかったような激突音。金属がひしゃげる不快な音と、ガラスが粉々に砕け散る音が同時に弾けた。強い力で突き飛ばされた杏美は、数メートル先の地面に激しく叩きつけられた。肘と膝に、焼け焦げるような激痛が走る。目眩に襲われながら、なんとか顔を上げた。暴走した車は、つい先ほどまで杏美が立っていた場所のガードレールに深々と突き刺さっていた。フロント部分は無惨にひしゃげ、ねじ曲がったボンネットから白煙を噴き上げている。そして、杏美と大破した車の中間地点。そこに、1人の男が横たわっていた。春彦だった。彼は身を丸くしたまま、ピクリとも動かない。その体の下から赤黒い血流が急速に広がり、冷たいアスファルトの上を蛇のように這い進んでいく。目を背けたくなるような光景だった。「春彦……っ!」呆然と声が漏れた。彼の顔色は紙のように白く、息をしているかどうかも分からないほどに弱々しい。体からは絶え間なく血が流れ出していた。「救急車!誰か、救急車を呼んで!」数秒遅れてようやく我に返った杏美は、恐怖で立ち尽くす通行人たちに向かって絶叫した。震える手でスマートフォンを取り出し、自らも119番を通報する。口から出る言葉は、ひどく支離滅裂だった。……病院の救急外来。

  • 裏切りの夜を越えた彼女は、眩いダイヤとなる   第20話

    「要件から話して」杏美は視線を上げ、凪いだ湖面のような冷ややかな瞳で彼を射抜いた。春彦の喉仏が上下に動いた。自分でも驚くほど、その声は掠れ、苦しげだった。「……俺のことが、そんなに憎いか。もう少しだけ、付き合ってくれてもいいだろう」彼は深煎りのブラックコーヒーを無理やり喉に流し込み、胸に渦巻く苛立ちを押さえつけた。「あの時は……俺が全部悪かった。どうかしていたんだ。最低なクズだったと認める。だが、俺は何年も真理奈のことが好きだった。感情ばかりは……どうにもならない。だからお前を蔑ろにして、あんなにも深く傷つけた。お前には、ちゃんと謝らなければと思っていた」杏美は静かに耳を傾けていた。まるで赤の他人の身の上話でも聞いているかのように、その顔には何の色も浮かんでいない。「お前は……本当に魅力的な人だ」彼女の静かな横顔を見つめながら、春彦の口から唐突にそんな言葉がこぼれ落ちた。彼自身すら戸惑うほど、そこには純粋な響きが混じっている。「本当だ。だから……俺との結婚なんかに、いつまでも縛られないでくれ。お前はまだ若い。もっとふさわしい相手がいるはずだ」杏美の指先が、冷たいグラスの表面を静かになぞった。やがてゆっくりと視線を上げると、その口角を冷ややかに釣り上げた。「東原さんが今日私を呼び出したのは、心理カウンセリングでもするため?過去を忘れて、前を向いて生きろって」彼女はグラスから手を離し、わずかに身を乗り出す。その眼差しが鋭く彼を射抜いた。「それとも、私があなたの想像していたよりも惨めな生活を送っていなかったから、東原さんには面白くなかったのかしら。私が今でもあなたに未練を残しているかどうか確かめて、その今更な虚栄心を満たしたかっただけじゃないの?」棘のある言葉に痛いところを突かれ、春彦はさっと顔色を失った。コーヒーカップの取っ手をきつく握りしめる。「そんなつもりじゃない!」「じゃあ、どういうつもり?」杏美は立ち上がり、傍らのハンドバッグを手に取った。「くだらない雑談のためだけなら、これ以上お互いの時間を浪費する必要はないわね」「待ってくれ!」春彦も勢いよく立ち上がった。焦燥に駆られるまま、スーツの内ポケットからベルベットの化粧箱を取り出し、蓋を開けて彼女の目の前へ差し出

  • 裏切りの夜を越えた彼女は、眩いダイヤとなる   第19話

    「私がどう勘違いしてるって言うの!」真理奈は泣き叫びながら彼を突き飛ばした。「あなたは後悔してるんじゃないの!?やっぱり彼女の方が良かったって。私と一緒にいることが、重荷になったんじゃないの!?」「そんなわけないだろう!」春彦は苛立たしげに髪を掻き毟り、無力感に苛まれたような声で言葉を絞り出した。「あいつには負い目があるだけだ。あの時は……俺がクズだった。あいつを利用して、傷つけた。だから、あいつがそれなりにうまくやっているのを見て、少し肩の荷が下りたんだ。少しでも手を貸せれば、借りを返せると思った。ただそれだけだ!よく考えてみろ。最初から最後まで、俺の心の中に、お前以外の誰かがいたか?」春彦は力任せに真理奈を腕の中に抱き寄せた。その声は低く、微かな掠れを帯びている。「もう余計なことを考えるな。俺たちはやっと一緒になれたんだ。関係ない人間のことで喧嘩したくない。愛してる。一生、お前だけだ」その腕の中で、真理奈の泣き声は次第に小さくなり、やがて甘えるようなすすり泣きへと変わっていった。深夜、春彦はベッドに横たわっていた。隣では泣き疲れた真理奈がすでに寝息を立てていたが、彼自身は一向に眠れそうになかった。暗闇の中、杏美のあの氷のように冷え切った瞳が何度も脳裏をよぎる。やがて、とうに薄れていたはずの記憶の断片が、恐ろしいほど鮮明に蘇ってきた。結婚したばかりの頃、彼女はいつもおずおずとした視線を向けながら、温かいしじみ汁をそっと運んできた。徹夜明けで帰宅すると、リビングには決まってオレンジ色のフロアライトが灯っていて、彼女は読みかけの本を握りしめたままソファで丸くなって彼を待っていた。胃の痛みに冷や汗を流して苦しんだ夜には、彼女は余計なことは何一つ言わず一晩中付き添い、温かいタオルで何度も汗を拭ってくれた。その指先はひんやりとして、ひどく優しかった……あの時はそれが当たり前だと思っていた。むしろ、その過剰なまでの献身を煩わしく感じていたことさえあった。だが今、この暗闇の中で思い返すと、それは無数の細い針となって胸の奥底を深く突き刺し、遅れてやってきた覚えのない鈍痛と苦い疼きを呼び起こした。春彦は苛立たしげに寝返りを打ち、枕に顔を埋めた。なぜ今更こんなことを思い出す?罪悪感のせいか。そうだ、罪悪感

  • 裏切りの夜を越えた彼女は、眩いダイヤとなる   第18話

    杏美は足を止めなかった。「前の番号、使われてなかったぞ」背中を追いかけてきた春彦の声には、有無を言わさぬ強引さがあった。「もし俺が……気が変わったら、どう連絡すればいい」杏美の足がピタリと止まった。ゆっくりと振り返る。数秒ほど静かに彼を見つめた後、ハンドバッグからアトリエの名刺を1枚取り出した。真っ白な台紙には、シンプルなロゴと住所、そして固定電話の番号だけが印字されている。「腹が決まったら、ここへ。キュレーターの柳沼を呼び出して」その声には一切の感情が波立っていなかった。「直通の番号を教えろ」春彦が一歩踏み出し、奇妙なほどの執着を滲ませた声で言った。「俺の気が変わらないうちに……」杏美は数秒彼を睨みつけ、ふっと口角を引き上げた。嘲りのようにも、ただの苛立ちのようにも見えた。ペンを取り出すと、名刺の裏にスラスラと11桁の数字を書き殴り、彼へと突き出した。春彦はすぐさまスマートフォンを取り出し、彼女の目の前でその番号へ発信した。数秒後、杏美のバッグの中でスマートフォンが震え、画面に見知らぬ番号が光った。「嘘じゃないな」春彦は通話を切り、まるで何か重要な事実を確認したかのように、暗く沈んだ瞳で彼女を見つめた。まさにその時、すぐ横の人混みを掻き分けて、真理奈と秀明が姿を現した。二人の視線が、どこか意味ありげに向かい合う春彦と杏美へと注がれる。その瞬間、その場の空気が完全に凍りついた。……郊外のアパートへと向かう帰り道。車内は、息が詰まるほど重苦しい沈黙に支配されていた。真理奈はきつく唇を噛み締め、窓の外を流れる夜景を見つめたまま、頑なに春彦の方を向こうとはしない。春彦は彼女が怒っていることに気づいていた。だが、彼自身の胸の奥もぐちゃぐちゃに絡まり合い、もどかしさに満ちていた。杏美が最後に言い放った、あの冷酷なまでに理路整然とした分析が、呪いのように頭にこびりついて離れなかったのだ。苛立たしげにネクタイの結び目を緩める。いつもならすぐになだめるはずが、今はそんな気にもなれなかった。*古びたアパートの前に車が停まると同時に、空から雨が降り出した。春彦は傘を手に取り、いつもの習慣で助手席へ回って真理奈を迎えようとした。しかし、ドアを開けて降りた

  • 裏切りの夜を越えた彼女は、眩いダイヤとなる   第17話

    アンティークのペアシェイプ・ファンシーヴィヴィッドブルーダイヤが、プラチナのヴィンテージ台座に嵌め込まれていた。光を浴びて、深海のように深く、また星河のように眩い煌めきを放っている。100年前に一世を風靡した伝説的な社交界の華が愛した品であり、歴史的価値と芸術的価値を兼ね備えていた。これこそが、杏美が今回何としてでも競り落とさねばならない目標だった。「スタートは3億円から!」競り合いは瞬く間にヒートアップしていった。「3億8000万!」「4億2000万!」「4億5000万!」杏美は冷静にパドルを掲げた。「4億8000万」「5億!」聞き慣れない声が割って入った。「5億2000万」そこに重なるように響いたのは、一切の躊躇いもない春彦の低い声だった。杏美の心臓が跳ね上がった。「5億3000万!」これが彼女の用意できる予算のほぼ限界だった。競り合っていた他の入札者たちが沈黙する。オークショニアが会場を見渡した。「5億3000万、1回!5億3000万、2回!」木槌が振り下ろされようとした、その時。「5億8000万」春彦が再びパドルを掲げ、断固とした声で言い放った。「おおっ……!」会場からどよめきが漏れた。その価格は、ダイヤ本来の市場価値を明らかに上回っていた。真理奈は興奮のあまり両手で口を覆うと、春彦の腕に勢いよく抱きつき、その頬にチュッと大きな音を立ててキスをした。「ありがとう、あなた!愛してるわ!」大きすぎず小さすぎないその声は、近くにいた杏美の耳にもはっきりと届いた。カンッ――と木槌が重々しい音を立てた。「5億8000万!落札です!東原様、おめでとうございます!」杏美は手元のパドルをきつく握りしめた。力みすぎて、指の関節が真っ白になっている。*散会後、人の波が会場にあふれ出した。杏美は資料や提出できなかった入札書類の入ったファイルを引き寄せ、足早に出口へと向かった。同時に、耳に装着したBluetoothイヤホンに向かって小声で早口に報告を入れた。「ボス、申し訳ありません。横槍が入って、5億8000万で落札されました。ええ、予算を大幅に超えてしまいました。すぐに代替案を探して、後ほどメールで……はい、あの指輪がどれほど重要かは

Bab Lainnya
Jelajahi dan baca novel bagus secara gratis
Akses gratis ke berbagai novel bagus di aplikasi GoodNovel. Unduh buku yang kamu suka dan baca di mana saja & kapan saja.
Baca buku gratis di Aplikasi
Pindai kode untuk membaca di Aplikasi
DMCA.com Protection Status