All Chapters of クズ夫に捨てられた私、子連れで溺愛社長と結ばれる: Chapter 1 - Chapter 10

19 Chapters

1 日常から非日常へ

午前七時。 朝食の支度を終えた私、涼花は、ベッドで眠る二歳の息子、俊太を抱きかかえてリビングへと連れていく。 それは、夫、郁人を起こさないようにするためだ。 ホームセンターで働く十歳年上の夫、三十九歳の坂本郁人は平日休みが多く、今日は休みだ。 なのでこの時間に起こしたら可哀そうだし、怒られてしまうから俊太をリビングに連れていってから起こす。 「俊太起きて」 「んー……」 寝ぼけた息子をお昼寝用の布団に座らせて、パジャマを脱がせる。 俊太は眠い目を擦って、腕を上げ、肌着を着たあと私が持ったTシャツを見て言った。 「電車やだ。パトロールがいい」 「それは昨日着たでしょ? だから今日は電車なの」 「やだ」 俊太は今、いわゆるイヤイヤ期。 パトロールは犬が救助隊をしている人気のアニメのことだ。 今着せようとしているのは、こちらも人気の電車が変形するアニメのシャツだ。 電車が好きになったり、車が好きになったり。本当に忙しい。 「ほら、靴下はパトロールだよ」 そう言って、私は靴下を見せるけど、俊太は不機嫌だ。 「やだ」 と、むずがる俊太を抱きかかえて、洗面所に連れていき顔を洗わせて口をすすがせる。 「ほら、朝ご飯食べたら保育園だよ」 「んー」 俊太はずっと不機嫌だ。 それでもなんとか朝食のおにぎりとおかずを食べて、保育園の準備をする。 息子を保育園に送ったら、私は仕事だ。 夫が休みなのに預けるのは気がひけるけど、郁人じゃああんまり面倒見られないしな。 前に預けたら、 「ジムに行けなかった」 って不機嫌になってしまったことがある。 三十九歳の郁人は、結婚前からジムに通っていて、私ともそのジムで知り合った。 私は妊娠したからやめたけど、郁人はずっと続けているし、休みや夜、時間があるとジムに行っている。 「ストレス発散だから」 ということだし、気持ちはわかるから強く止めないけど。 「もう少し子供の相手、してくれたらいいのに」 と思う時がある。 今日だって休みなんだから、子供の準備をしてくれてもいいのに、絶対に起きてこない。 でも全然相手をしないわけじゃないのよね。 月に二回は外に連れて遊びに行っては
last updateLast Updated : 2026-07-31
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2 出会い

八〇一号室の前に立ち、チャイムを鳴らそうとすると勝手にドアが開いた。 「きゃっ」 思わず声を上げて見ると、出てきたのは私より少し年上と思われる、三十代そこそこの男性だった。 疲れた顔の彼は、ほっとしたような表情をして私を見つめた。 「あぁ、よかった。東雲八尋です。えーと、坂本さん、ですよね。柏木さんの代わりにいらした」 そう口早に言われて、私は頷く。 「はい、あの……お嬢さんを保育園に送って、迎えに行くように言われたんですが……」 「そう、なんですが……」 と、東雲さんは気まずそうな顔になってちらっと後ろを振り返った。 これは……あれかな。 宮園さんの話によると、東雲さんのお宅には四歳のお嬢さんがいるらしい。 「とりあえずすみません、中、どうぞ」 そう言われ、私は小さく頭を下げる。 「失礼します」 中に入ると、いい匂いがした。 玄関に置かれているアロマスティックだ。 綺麗に片付いた玄関。すぐ正面に扉があって、左右にろうかが続いている。 東雲さんが出してくれた緑色のスリッパを履いて、私は彼の跡を歩いて行った。 正面にある扉を開け、中に入ると、そこは広いリビングだった。 散らばった服。 大きなテレビから流れているのは、変身して戦う女の子向けのアニメだ。 そのテレビの前で座り込む、小さな女の子。 髪の毛はかろうじて梳かしたみたいだけど、そのそばにヘアゴムが落ちているのが見えた。 女の子はばっとこちらを振り返り、じっと私を見つめる。 好奇心強そうな、黒く大きな瞳の可愛らしい女の子だ。 その子に、東雲さんは園服をもって近づき言った。 「さくら、ほら、保育園いこう」 「やだ」 女の子、さくらちゃんは首をぶんぶん、と横に振って答える。 何が嫌なんだろう。 私はふたりの様子をうかがう。 「ほら、髪の毛縛ってやるから」 「やだ。パパじゃやだ」 そのやりとりを聞き、私は部屋を見回した。 部屋には何枚かの写真が飾られていて、さくらちゃんが映っている写真を見ると可愛く髪の毛が結ばれているようだった。 そうか、パパだと可愛く結んでもらえない、からかな。 私でできるかな。 あんまり得意じゃないけれど。 そう思いつつ私はそ
last updateLast Updated : 2026-08-01
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3 代わりが見つからない

 さくらちゃんが通う保育園は、うちの子と同じ保育園だった。 東雲さんのマンション、うちから徒歩圏内だから当たり前といえば当たり前だけれど。 正直驚く。 見た記憶、なかったし。「じゃあ、坂本さん、帰りは俊太君とさくらちゃんのお迎えってことになるんですかね……?」 と、保育園の先生に言われ、私は首をかしげつつ、「そう、ですね」 と、あいまいに答えた。 保育園を出て私は事務所に戻る。 すると宮園さんが笑顔で私を出迎えくれた。「ありがとう、坂本さん」「いいえ、お子さんの送り迎えだけですし。あの、保育園がうちの子と一緒だったんですが、俊太と一緒のお迎えでいいですかね? それでさくらちゃん送り届けたらそのまま帰ったらまずいでしょうか……?」 遠慮がちに尋ねると、宮園さんは笑顔で頷き言った。「大丈夫よ! さくらちゃん送り届けたら連絡ちょうだい」「わかりました」 そう答えながら私は椅子に座り、本来の業務を始めた。 東雲さんのお宅で働いている柏木さんは、昨日、仕事帰りに事故にあい、入院することになったそうだ。 柏木さんのデータにそのことがすでに反映されていた。宮園さんが入力してくれたんだろうな。 データをみると、柏木さんは四年近く東雲さんのお宅で家政婦をしているらしい。 これじゃあいきなり違う人がきたら嫌よね。 お母さん、いないみたいだったし。 そう思い、部屋に飾られていた写真を思い出す。 夫婦の写真はあったけれど、三人で撮った写真、なかったような…… お昼を食べた後、夫の郁人からメッセージがくる。『ジムいってくる』 そう書かれたメッセージを見て内心ため息をついてしまう。 いいな、休みの日があって。 私は好きなこと、全然できないのに。 月に二回、郁人が俊太を外に連れて遊びに行く日は家事やって終わってしまうし、食事は作らないとだし。「はぁ……」  ため息をついて、私はデスクの上を見る。 唯一といっていい趣味は、ガチャガチャで「しろねこさん」グッズを集めることだ。 しろねこさんは、SNSでイラストやショート動画を投稿している、丸いフォルムの白い猫のキャラクターだ。 くろねこさんや、みけねこのしっぽの形をしたしっぽさん、という仲間がいる。 デスクにはガチャガチャで集めたそのフィギュアが数体並んでいた。 私、何してるん
last updateLast Updated : 2026-08-01
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4 お迎えと目撃と

午後四時ごろ。 私は保育園に息子の俊太とさくらちゃんのお迎えに行く。 一斉にお迎えが来るから、この時間、保育園には人が多い。 まず、俊太をお迎えしてから、さくらちゃんを呼んでもらう。 すると俊太は不思議そうに言った。 「さくらちゃん?」 「うん。ママのね、お仕事でお迎えしておうちに送ることになってるの」 「ふーん」 と、あまり興味がなさそうに俊太が言う。 朝、むずがっていたのが嘘のように、大人しい。 そこにさくらちゃんが上の階から下りてきて、私に手を振った。 でも私の隣に立つ俊太に気が付いて、不思議そうな顔になる。 「えーと……えーと……しゅんたくんだ!」 そうさくらちゃんが言うと、俊太はもじもじと私の後ろに隠れてしまう。 この保育園は各学年一クラスしかないから、面識があるんだろうな。 私は玄関にしゃがみ込み、さくらちゃんに向かって言った。 「俊太は私の息子なの。それでね、しばらく俊太とさくらちゃん、一緒に保育園に来て、一緒に帰ることになったんだけど」 「そうなの?」 「え?」 さくらちゃんと俊太が交互に言う。 ふたりとも戸惑っている感じで私を見上げている。 それはそうよね。面識はあっても、お互い大して知らないだろうし。 「そうなの。さくらちゃんのお迎えに来ていた人がね、大きなケガをして入院していて。それでお迎えに来られなくなっちゃったの」 言いながら私はふたりの様子をうかがう。 さくらちゃんは四歳だし、そもそも家政婦さんが入院していることを知っているからわかっていそうだけれど、俊太は違う。 二歳だし、まだよくわからないだろうな。 案の定、 「なんで?」 と言い出す。 入院してる、といってもよくわからないかな。うち帰ったらまた説明しないとな。 「さくらちゃんのおうちの人の代わりにママがさくらちゃんのお迎えするの」 「ママは僕のママだよ?」 そう不安な顔をする俊太と、同じく不安な顔を見せるさくらちゃんを見て心が痛くなる。 難しいよね。 大人の都合は俊太には難しいだろうし。さくらちゃんも不安よね。 私はふたりの頭にそっと手を置いて、 「帰ろう。さくらちゃんのパパ、今日はおうちでお仕事してるって言っていたから」 「うん」 ふたりとも不安な顔のま
last updateLast Updated : 2026-08-02
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5 家に帰って

 俊太を連れて家に向かいながら、私の気持ちは全然落ち着かなかった。 途中で見かけた郁人と知らない女性。 あの子、ずいぶんと若そうだった。私よりきっと年下じゃないだろうか。 郁人は三十九歳だけれど、見た目だと若々しい。ぱっと見、爽やかに見えるし。 私と出会った時も、十歳年上とは思わなかったもの。 もやもやを抱えながら家に帰って、私は俊太に東雲さんから貰ったお菓子をあげる。 「今日は特別ふたつね」 そう声をかけてお菓子が入った袋をふたつ、開けて渡す。すると俊太は、「よっしゃー!」 と、声を上げて私からお菓子を受け取り、テレビの前に座って動画を見始めた。 その間に、私は洗濯物を取り込んで片づけたり、お風呂の用意などの家事をする。 俊太の様子をキッチンから伺いながら、私は時計を見た。 時間はもう五時半を過ぎている。 郁人、帰ってこない。 ジムに行くと帰りはいつも、六時近くだからおかしくはないんだけれど。 でも今日見てしまったものを考えると、ジムに行っていないんじゃないかとか、どこに行っているのかとか気になって仕方ない。 どうしよう。 今まで怪しいところとかあったかな? 記憶をとどるけれど、一度疑い出すとすべてが怪しく見えてくる。 そもそも出産前や、そのあと、そんなにジムに通っていなかったような気がするし。 いつからだろう。休みの日にはほぼ必ずジムに行くようになったのは。 もやもやしていると、玄関があく音がする。 その音に反応して俊太が立ち上がり、廊下側のドアの前に向かうのがカウンターキッチンから見えた。 「パパ!」 と、俊太が喜ぶ声が聞こえる。「ただいまー。俺風呂入るけど、俊太も入るか?」「うん」 その様子を聞きながら、私は心が痛くなる。 子供がいるのに不倫とかするかしら? いや、子供がいようと関係ないか。するときはするし。 十歳も年下の私にジムで声をかけてきたのは、郁人の方だった。だから年下が好きなのかもしれない。 何でだろう、そう思うとなんだか気持ち悪くなってくる。 郁人と私が出会った時、私、大学卒業して半年くらいだったな。 考えれば考えるほど、心臓が痛くなってくる。 夕食の支度を終えたころ、俊太がタオルを被っただけで出てくる。「あーもう、ちゃんと拭かないと」 私は慌てて俊太を捕まえて、タオル
last updateLast Updated : 2026-08-03
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6 大きな公園で

 その週末、土曜日。 郁人は仕事でいないから、私は息子の俊太をつれて少し離れた公園に出かける。 まだちょっと暑いけれど、風が吹くと涼しくて心地いい。 自転車のチャイルドシートに俊太を座らせて、公園に向かう。「おっきい公園?」 俊太に言われて、私は頷いて言った。「うん。東雲さんに教えてもらった公園に行ってみよう、って思って」「そうなんだ」 私は知らなかったけど、普段私が行かない方に大きな公園があって、アスレチックとか、ドーム型の飛び跳ねる遊具が充実しているらしい。 普段は近所の公園しか行かないから知らなかった。 特に仲がいいママ友もいないし。 公園に向かいながら私はずっと、郁人の事を考えていた。 家では全然会話、しないのよね。「話しなくなってどれくらい経つだろう」 呟いて考えてみるけれど、もう一年以上、まともに会話、していないかも。 保育園の行事はスマホで伝えているし。 郁人は俊太の相手はする。 お風呂にも入れてくれるし、遊んでもくれる。当たり前のことだけど、なんだかモヤモヤするんだ。 それも全部、あの、女性と一緒に歩いているのを見てしまったせいだろう、と思う。 休みの日に女性と楽しそうに歩いて、あれ絶対に何かある。 そう思って家にいる間の様子を観察してるけど、でもすぐに自分の部屋に引きこもっちゃうし、何も掴めない。 探偵に依頼するのはちょっとな、と思って躊躇する。 そんなことを考えている間に、公園に着いた。 東雲さんが言うように、大きな公園でしかも遊具が綺麗だ。 自転車を降りるなり、俊太は、「すっげー!」 と、声を上げて走り出す。 私はそれを慌てて追いかけていく。「ちょっと、俊太!」 俊太はまっさきに、子供たちが飛び跳ねて遊んでいる白いドームへと近づいていく。 また別の場所では水遊びができる噴水があるみたいで、水の音と子供たちのはしゃぐ声が聞こえた。 俊太が靴を履いたまま遊具に乗ろうとするので、私は慌てて抱き留める。「まって、これで遊ぶならお靴脱がないと」「やだ!」 案の定の答えに内心苦笑いしつつ、私はしゃがんで俊太の顔を見て言った。「この遊具は靴を脱がないとダメなの。皆、靴脱いでるでしょ?」 すると俊太はその場に座って、靴を脱いでさらに靴下も脱ぎだす。 とりあえず一回は、イヤ、と言わないと
last updateLast Updated : 2026-08-04
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7 誘い

 滑り台などがあるアスレチック型の大きな遊具で遊ぶ俊太を見守っていると、また声をかけられた。 「あ、坂本さん、ですよねー?」 私より少し年上であろう女性で、見覚えがある。 たしか郁人の職場の人だ。 私は笑顔を張り付けて、「こんにちは、いつも夫がお世話になっております」 と言い、頭を下げる。「いいえ。お子さん、連れて遊びに来たんですか?」「はい、あの、ここの公園遊具が多いって聞いて」 そう答えると、女性は大きく頷く。「そうなんですよー。うち、近いからよく来るんですけど、ここで遊ぶところん、って寝てくれていいんですよねー」 と言い、笑う。「うちも男の子だから、体力有り余って」「あはは、そうなんですね。うちも元気で」 そんな話をしつつ、私は俊太の様子を眺める。 俊太、楽しそう。連れてきて良かった。 少し世間話をした後、女性はこちらの様子をうかがうように言った。「坂本さんと奥さん、年齢離れてますよね?」「あ、はい。十歳離れてて」「そうなんですね! 坂本さんって、年下にすごく人気なんですよねー。学生たちとも仲良くって。高校生にも懐かれてて」 高校生、という言葉が何だか引っかかる。 その話を聞きながら思わず顔が引きつってしまう。「あぁ、郁人、見た目が若々しいですからね」 そう苦笑して言うと、女性はうんうん、と頷く。「そうなんですよねー。この間もなんか、うちの元学生バイトと一緒にいたみたいなんですけど。でもこんなに若い奥さんいるし、浮気なんてしないですよねー」 元学生バイトといっしょにいた……? その言葉が引っかかり、私は顔を歪ませて尋ねた。「あの、どういうことですか……?」 すると、女性はわざとらしく大きく目を見開いて口元に手を当てる。「やだ、ご存知ない? えーと、うちで高校生の時にバイトしていた子。柳瀬美波ちゃん、ていうんですけど、その子とよく一緒にいるって噂があってー! いくらなんでも大学一年生と浮気なんてするわけないしねー」 と、笑いながら言う。 確かに普通ならそんな年齢の子と浮気なんてしないだろう。 でも、大卒すぐの私に声をかけてきたくらいだし、ありえなくはない。 まさかこの間見た人、その子……? 大学一年生って十代じゃないの。 やだ、気持ち悪い。 ごちゃごちゃと考えているとそこに、東雲さんの声
last updateLast Updated : 2026-08-05
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8 疑念

 お昼を東雲さんと食べて家に帰り、私は俊太をリビングでお昼寝させる。 その間に家事、って思ったけれど私も気がついたら一緒に寝てしまっていた。 外に遊びに行くと、息子だけじゃなくって私も疲れて寝ちゃうのよね。 目が覚めて辺りを見回してからスマホで時間を確認する。 時間は二時半過ぎ。に起き上がって、 たぶん一時間くらい、寝ただろうか。 思ったより早く起きられてよかった。 私は俊太を起こさないように起き上がって、大きく欠伸をした。 目が覚めると、公園で聞いた話を思い出してしまう。「若い女の子と噂になってるって本当なのかな」 私が郁人と女性を見かけたのは一度だけだ。ずいぶんと仲良さそうだったのは確かだ。 家での行動が怪しいか、と言われたらすべてが怪しい。 いつも部屋に引きこもるし。「そうだ、部屋」 私は立ち上がって、ゆっくりと歩いて廊下に出て、郁人が使っている部屋に向かう。 静かな室内で、私が歩く音がなんだか大きく響いて緊張してしまう。 私は郁人の部屋の前に立ってそのドアノブを握って、ゆっくりと扉を開いた。 変に緊張して、指先が震えてしまう。 この部屋は掃除しなくていい、自分でするから、と言われているから、私がこの部屋に入ったことは殆どない。 このマンションの部屋自体、郁人の両親が引越しをする、ということで譲り受けたものなので、もともとこの部屋は郁人が実家にいたとき、使っていた部屋らしい。 部屋の広さは六畳ほど。クローゼットもある。 パソコンラックにゲーム機。ヘッドセット。 棚には本やフィギュアが飾られている。 「部屋に証拠なんて残さないよね」 そう呟いてため息をつく。 郁人の服を片付ける時も、カゴに入れてこの部屋の中にぽい、といれておけば自分で片付けるから、ちゃんと部屋の中、見たことない。 私は郁人のクローゼットを開く。 職場は黒のスラックスに白のワイシャツ。今の時期はノーネクタイだけど、十月になればネクタイ着用になる。 郁人はネクタイにこだわりがあって、バーバリーのものしかつけないと言っていた。 なのに、ネクタイの中にどうみても違うブランドの物がある。「あれ?」 バーバリーの独特のストライプ柄とは違う、王冠のようなマークのネクタイ。 他のネクタイは紺とか暗めの色なのに、それだけが赤系の色だ。 しかもそ
last updateLast Updated : 2026-08-06
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9 不条理

 夕飯を作りながら、私はSNSで見たことを考えていた。 本当に郁人は浮気、しているのかな? もう、考えただけで苦しくなってくる。 今日の夕飯は、ハンバーグとポテトサラダとコンソメのスープ。それに煮物を何とか用意する。 郁人が帰ってくるのは八時前くらいなので、先に俊太とお風呂に入って夕食を食べる。 俊太と一緒に動画を見ながら私は落ち着かない気持ちで、何度も時計を見てしまう。 今、七時半を過ぎたところだ。 もう少しで帰ってくるはず。 しばらくすると玄関ドアが開く音がわずかに聞こえて、俊太がばっと振り返る。 近づく足音と、大きくなっていく私の心臓の音。 俊太が立ち上がって、「おかえりー!」 と声を上げて扉へと近づいた。 扉が開いて、郁人が入ってくる。「ただいまー」 そう言いながら、郁人は俊太の頭を撫でる。 そして私の方をちらっと見て、「飯は?」 と、真顔で言う。 私は自分の顔が引きつるのを感じながら頷いて、「う、うん。今温めるね」 と答えて、キッチンの方へと向かった。「きょうねー、公園行った!」 そう俊太が報告する声が聞こえてくる。「へえそうなんだ。どこの公園?」「えーと……なんかね、いっぱい遊ぶところあった!」「じゃあ知らない公園かぁ」 私はレンジにお皿をいれながら言った。「お客さんに聞いて、離れた所にある大きな公園に行って来たの」「お客さんねぇ」 という、なんだか意味深なかんじの呟きが聞こえてきたけどなんだろう。 胸がざわつくけれど、その違和感の理由がわからず私は郁人の夕食の準備を進めた。 ハンバーグを温め、他の食事も用意して食卓に並べる。 そうしたら今度は俊太を寝かせる時間だ。 私はテレビに見入っている俊太に声をかける。「ほら、歯磨きして寝よう」「はーい」 そう返事をした俊太は大きく欠伸をする。 私は俊太を連れて洗面台に行ったあと寝室へと向かった。  一緒に布団に入ると寝てしまいそう。 特に今日は俊太とたくさん遊んだから余計に疲れを感じる。 私は大きな欠伸をして、俊太を抱き締める。 静かな室内。しばらくすると足音と、お風呂の扉を開く音が聞こえてきた。 うとうとして私はいつの間にか眠りに落ちていた。 扉を開く音で目が覚めて、私は辺りを見回す。 でも辺りには誰もいなくて、私は首
last updateLast Updated : 2026-08-07
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10 混乱

訳が分からないまま、次の日がきた。 日曜日の朝だ。 俊太は朝から、戦隊ものの番組やライダーを見ている。 その流れで私は、マギカプリンセスシリーズも見る。 テレビをぼんやりと見ながら私は、昨夜のことを考えていた。 郁人が、出ていった。 俊太はパパがいないことに疑問を抱いてはいない。 それはそうだ。 日曜日に郁人が仕事なのは普通のことだし、いないことに違和感は何もないからだ。 朝になって冷静になって、何でこんな目に合わなくちゃいけないんだろうっていう怒りがわいてくる。 でも、不倫の証拠は何も持っていない。 まさかこんなことになるなんて思っていなかったし、あの、彼女のSNSに写真はあったけれど、顔は隠されているし、郁人である、という証明は難しそう。 もう、どうしよう。 私が何をしたっていうんだろう。 ただ、お客さんと会っただけなのに。 実家は兄と親の二世帯住宅だ。一階と二階に分かれているとはいえ、頼るのはなぁ…… パートしかしていないし、っていうか一週間で引越しなんて無理に決まっている。 弁護士に相談? でもそんなあて、ないし。 どうしよう。 頭の中でぐるぐると考えが回る。 でも考えなんてまとまるわけがない。 「なんでこうなったんだろう」 そう呟いてもわかるわけがない。 郁人に連絡、と思っても怖くて連絡ができない。 私はスマホに記録されている連絡先を見つめる。 こんなに恥ずかしすぎて誰にも言えない。 そう思うと絶望しかなかった。 翌日。 郁人は本当に帰ってこなかった。 俊太には結局説明できていなくて、私は俊太を連れて東雲さんのお宅に向かう。 さくらちゃんを迎えに行って、今日も髪の毛を縛ってあげる。 その間、東雲さんが俊太の相手をしてくれた。 「家で仕事?」 そう、俊太が東雲さんに言っているのが聞こえてくる。 「うん。会社に行く時もあるけど」 「パパと違う」 それはそうだ。 郁人は接客業だから、家で仕事は絶対に無理だから。 「あぁ、そうなんだ」 そう東雲さんが笑って答えるのが聞こえてくる。 「パパうちいないの!」 そう、俊太が元気いっぱいに言って、私の手が一瞬止まってしまう。 ぎこちなく振り返ると、俊太が笑顔で東雲さ
last updateLast Updated : 2026-08-08
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