Todos os capítulos de 死亡率99%の悪役令嬢ですが、好感度50を外すと全員が壊れます: Capítulo 1 - Capítulo 10

28 Capítulos

世界設定、詳細設定や、登場人物プロフィール

舞台魔術王国レオルディス。王侯貴族、聖職者候補、騎士、魔術師が集う王立アルセリア学院を中心に、王宮、大神殿、魔術塔、北方要塞、敵国、世界の管理領域へ舞台が広がります。原作乙女ゲームの題名は、『花冠のレガリア――聖女は五つの愛を選ぶ』ただし転生したのは発売版ではありません。開発途中で破棄された最高難易度版、〈ナイトメア・マスターズビルド〉です。好感度システム0~19 排除域攻略対象がリディエラを敵、犯罪者、異端、障害と認識します。暗殺、処刑、逮捕、社会的抹殺が発生します。20~39 警戒域監視、尋問、試験、証拠捏造、行動制限が増加します。40~60 生存域比較的安全です。ただし、イベント一つで二十以上変動することがあります。61~79 執着域過保護、嫉妬、交友制限、秘密裏の監視が始まります。80~99 監禁域攻略対象ごとに異なる幽閉ルートが発動します。100 終端愛情本人の理性より、ゲームが規定した狂愛行動が優先されます。心中、時間停止、国家封鎖、大量粛清などへつながります。生存ポイントリディエラの初期値は100。以下で減少します。ミッション失敗強制イベントからの逸脱攻略対象の死亡重要人物の役割放棄原作に存在しない選択ゲームマスターへの反抗ゼロになると、世界が彼女を死亡させるための強制イベントを発生させます。死亡時は生存ポイントを大量消費し、直前の時点へ一度だけ戻れることがあります。ただし周回を重ねるほど、肉体へ痛みと記憶が残ります。ランダムミッション難易度は五段階。白:日常青:対人紫:危険赤:致死黒:必ず誰かが損害を受ける代表例は以下です。王太子を泣かせろ毒を一口以上飲め妹を守れ妹から嫌われろ騎士を置き去りにせよ聖職者へ存在しない罪を告白せよ魔術師に計算不能を証明せよ密偵を裏切れ攻略対象の一人を選べ愛する者を殺せ正しい悪役令嬢へ戻れなどです。主人公リディエラ・オルヴェイン年齢:17歳身長:164cm立場:オルヴェイン公爵家長女/王太子の婚約者髪:青みを帯びた長い黒髪瞳:淡い琥珀色前世:榛名依子、二十九歳の会社員前世支配的な母親と、家庭内の問題から逃げ続ける父親のもとで育ちました。母親の機嫌を損ねると、無視、侮辱、食事を与えない、私物
last updateÚltima atualização : 2026-08-06
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第1話 処刑まで、あと七日

冷たいものが、額から頬を伝っていた。水ではない。もっと粘りのある、鉄の匂いを含んだ液体だった。睫毛の先に溜まった雫が落ち、白い寝衣の胸元へ暗い染みをつくる。榛名依子は、息を吸った。喉の奥がひどく乾いている。肺へ入った空気は、冬の事務所で一晩中稼働していた空調よりも冷たかった。けれど鼻を刺すのは埃でも機械油でもない。甘い花香と、蝋燭の煤、それから微かな血の匂い。目の前に、ひび割れた鏡があった。銀色の縁を持つ大きな姿見。その中央を走る亀裂が、映り込んだ少女の顔を二つに割っている。青みを帯びた長い黒髪。血の気の薄い頬。淡い琥珀色の瞳。見覚えのない顔なのに、鏡の中の少女が自分であることだけは、疑いようがなかった。右の頬が熱を持っている。誰かに打たれた痕ではない。手のひらの形に赤く腫れているのは、鏡の中の自分ではなく――。「お、お嬢様……」震える声がした。依子は、ゆっくりと視線を動かした。床へ落ちた銀盆。砕けた磁器の茶器。薄茶色の液体が絨毯へ広がり、その端で、若い侍女が身を強ばらせている。栗色の髪を白い布帽子の下へ押し込み、濃紺の侍女服を着た少女だった。年は二十歳に届くかどうか。左の頬が赤く腫れ、唇の端に細い血の筋がある。胸元で握り締められた両手は、関節が白くなるほど力が入っていた。依子は自分の右手を見た。細く、白い指。その爪の際に、他人の血が付いている。触れた覚えはなかった。だが、知っていた。この手が、たった今、目の前の侍女を打ったことを。知らない記憶が、熱を持って頭の奥へ流れ込む。紅茶の温度が低いと怒鳴った声。銀盆を払った音。侍女が謝罪する前に立ち上がり、頬を打った感触。指輪が皮膚を裂いた、柔らかく鈍い手応え。同時に、別の光景が重なる。深夜の横断歩道。雨に濡れたアスファルト。残業を終え、鞄の中で鳴り続けていた会社の携帯電話。信号が青へ変わったと思った瞬間、視界を焼いた白い光。耳を塞ぐほどの警笛。二十九歳の会社員、榛名依子。その名が、遠い場所から呼ばれたように胸の底で響いた。そして、この身体の名もまた、記憶の中にあった。リディエラ・オルヴェイン。魔術王国レオルディスの公爵令嬢。王太子の婚約者。乙女ゲーム『花冠のレガリア――聖女は五つの愛を選ぶ』に登場する、断罪されるためだけに用意された悪役令嬢。依子の指先から、力が抜
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第2話 愛されても死ぬゲーム

医師が最後に扉を閉めたあとも、薬草と酒精の匂いが部屋に残っていた。診察の結果、頭部に目立った外傷はない。脈が速く、身体が冷えているため、安静にするよう告げられた。運ばれてきた水は医師が先に口をつけ、銀の細棒を浸し、毒物反応がないことを確かめた。それでもリディエラは、硝子杯をすぐには持てなかった。朝の光を透かした水は、どこまでも澄んでいる。わずかな気泡が杯の内側を上り、ふっと消えた。その小さな動きを見つめるだけで、喉の奥が狭くなる。〈侍女による毒殺:12%〉先ほどまで視界に浮かんでいた文字は消えている。消えたからといって、危険までなくなったわけではない。医師は「お疲れが出たのでしょう」と言った。廊下に控えていた侍女たちは、誰一人として頷かなかった。リディエラが疲労で倒れるような暮らしをしていないと知っているからだろう。医師は割れた茶器の欠片を二つ、白布に包んで持ち去った。残った破片は侍女が片づけたはずだったが、鏡台の脚の陰に、爪ほどの欠片が一つだけ残っている。縁には紅茶の色とは異なる、青白い粉が薄く固着していた。拾い上げるべきか迷い、リディエラは触れなかった。何の粉か分からない以上、素手で扱うべきではない。あとで医師へ見せるため、欠片の位置だけを覚えた。フェルニカの処置について尋ねると、医師の口元が一瞬だけ固くなった。裂傷は浅い。腫れが引くには数日かかる。それだけを簡潔に答え、彼は目を合わせなかった。責める言葉より、その沈黙の方が痛かった。リディエラは杯へ指をかけた。冷えた硝子が皮膚に吸いつく。ひと口含むと、水は乾いた舌を滑り、喉へ落ちた。味はない。けれど胃へ届くまでの一瞬、身体の内側を針で探られるような緊張が抜けなかった。毒はない。少なくとも、この水には。杯を戻す音が、広い部屋に小さく響く。窓の外では、鐘が鳴っていた。低く、重い音が七度。朝の時刻を告げているのか、それとも学院の始業を知らせる鐘なのか、今のリディエラには判断できない。扉の向こうに人の気配はあった。けれど室内には、もう誰もいない。一人になった途端、空中に淡い光が戻った。〈悪役令嬢リディエラ・オルヴェイン〉〈推定生存率:1%〉〈断罪イベントまで:七日〉文字の下に、今度はいくつもの小さな項目が並んでいる。人物情報。好感度。生存ポイント。強制イベン
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第3話 侍女は主人を許さない

窓辺の時計は、細い音を刻み続けていた。こつ、と針が進むたび、視界の赤い数字も一秒ずつ減っていく。〈暗殺イベント開始まで:23時間34分12秒〉リディエラは表示から目を離し、机の上の使用人帳簿を開いた。ネレス・カルヴァディンが自分を狙う理由を探る必要がある。学院の予定も、七日後の断罪へ至る罪状も調べなければならない。それでも、最初に片づけるべきことは別にあった。帳簿には、フェルニカの名が何度も記されている。茶器破損による罰金。呼び出しへの遅刻による減給。主人の都合で取り消された休暇。日付と金額だけが整然と並び、そのために彼女が何を失ったのかは、どこにも書かれていない。リディエラは呼び鈴へ手を伸ばし、触れる前に止めた。呼べば、フェルニカは来なければならない。顔を見たくなくても、公爵令嬢の命令を拒むことは難しい。謝罪する者が権力を使って相手を自分の前へ立たせる。それでは、また選択を奪うことになる。リディエラは自ら扉を開いた。廊下には、灰色がかった髪を固く結った年嵩の侍女が控えていた。主人が突然姿を見せたことに驚き、肩を強ばらせる。「フェルニカへ、面会を願っていると伝えてください」侍女の細い眉が動いた。「お叱りになるのでしたら、医師から本日は安静にと申しつかっております」「叱りません。今朝のことと、それ以前のことについて確認したいのです。ただし、会いたくないなら断って構わないと伝えてください」「断っても、よろしいのでございますか」問い返す声には、疑いが滲んでいた。昨日までのリディエラなら、拒絶を許すと言いながら、あとで不敬として罰したのかもしれない。「ええ。断ったことを理由に、何かを取り上げることもしません」侍女はしばらくリディエラを見つめたあと、深く一礼して廊下の角へ消えた。扉を閉めると、甘い香水と暖炉の薪の匂いが戻ってくる。リディエラは机へ、返還額を記すための紙と支出申請書を並べた。鏡台から見つけた会計印も置く。私財がどれほどあるかは分からないが、宝飾品を売れば幾らかは作れるだろう。やがて扉が三度叩かれた。「フェルニカ・ロウゼでございます」「入ってください」最初に入ってきたのは、頬へ白い布を当てたフェルニカだった。腫れは朝より濃くなり、左目の下まで赤みが広がっている。その半歩後ろに、褐色の髪を編み込んだ別の侍女が立
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第4話 最初のミッションは妹を打つこと

朝食の席には、銀器の触れ合う音だけが残っていた。長い食卓の両端に置かれた燭台では、朝だというのに細い炎が燃えている。厚い雲が空を覆い、窓から入る光は青白かった。磨かれた卓上へ落ちる影も薄く、温かな料理の湯気だけが、不自然なほど鮮明に揺れている。リディエラの正面には誰も座っていない。公爵夫妻は王宮へ出向き、ミレシアは学院の礼拝へ先に向かったと聞かされた。用意されたのは、焼きたての白パン、香草を浮かべた卵料理、薄切りの果実、琥珀色の茶だった。どれも美しく整えられている。だが、背後に立つ侍女たちの呼吸は固い。フェルニカの姿はなかった。代わりに給仕を務めるのは、昨日までリディエラの前へ出る役目を持たなかった若い侍女だった。茶を注ぐ手が震え、銀の注ぎ口が杯の縁へ触れるたび、細い音が鳴る。リディエラは何も言わなかった。震えるなと命じることも、大丈夫だと慰めることもしなかった。自分が黙っているだけで相手を安心させられる段階ではない。余計な声をかければ、侍女は正しい返答を探し、さらに怯えるだけだろう。茶には口をつけなかった。医師が毒物を調べるために置いていった銀の細棒を、侍女の前で使うこともしなかった。疑われたと感じさせず、安全も確かめる方法を考え、先に同じ茶器から注がれた湯で口をすすいだ料理番へ確認を取らせた。結果は異常なし。それでも一口飲み込むまで、喉の奥は冷たく強ばったままだった。視界の端では、赤い数字が減り続けている。〈暗殺イベント開始まで:18時間42分09秒〉その上に、別の表示が薄く浮かんでいた。〈生存ポイント:97〉たった3減っただけだ。けれど昨日、謝罪と返還を選んだことで失われた3だった。世界は、正しい悪役令嬢へ戻れと告げた。昨夜、帳簿の下から現れた黒い紙片は、封筒へ入れて鍵付きの引き出しに残してある。火へ近づけると、紙の表面に浮かんだ白い文字が一度だけ揺れた。燃やせば証拠を失う気がして、処分できなかった。今朝確かめると、文字は消え、代わりに黒い染みが指の形に残っていた。自分は触れていない。部屋へ入った者もいないはずだった。〈正しい悪役令嬢へ戻ってください〉あの命令が、単なる警告ではなかったのなら。フェルニカへ謝罪した直後に生存ポイントが減ったように、誰かを傷つける行為を選べば、失った分が戻る可能性がある。世界に
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第5話 打たれていない妹の涙

ミレシアの指は、頬へ届く直前で止まった。ほんの一瞬だった。けれど、リディエラは見逃さなかった。蜂蜜色の髪の隙間から覗く空色の瞳が、姉の左手へ落ちる。黒檀の扇子が当たったのは自分の頬ではなく、リディエラの掌だった。痛みを受けたのが誰なのか、ミレシアだけは確かに見ていた。そのうえで、彼女は迷った。触れられていない頬を押さえるべきか。何もなかったと告げるべきか。庭園を満たす沈黙は、冷たい水の膜のように二人の間へ張りつめていた。噴水から落ちる水音。風に揺れる白い花。遠巻きに立つ生徒たちの浅い呼吸。石畳の上へ落ちた黒い扇子の影。リディエラの左手は、袖の陰で痺れていた。掌の中央が熱を持ち、脈に合わせて鈍く痛む。指を動かすたび、黒檀の硬い骨が当たった場所から細い疼きが走った。それでも手を隠さなかった。ミレシアが真実を言うなら、姉の傷を見ればよい。言わないなら。その選択もまた、彼女自身のものだった。ミレシアの睫毛が震える。そして、止まっていた指先が頬へ触れた。触れられていない右の頬へ。白い指が肌を覆い、その下で唇がかすかに開く。息を呑んだような音が漏れた。周囲の空気が、一斉に動いた。「まあ……」誰かが声を上げる。その声を合図にしたように、生徒たちの囁きが広がった。「本当に打ったの?」「あの音を聞いたでしょう」「妹君に、あんなひどいことを」リディエラは妹から目を逸らさなかった。ミレシアの瞳に、ゆっくりと涙が溜まっていく。あまりにも美しい涙だった。透明な雫が睫毛の先へ丸く留まり、頬へ落ちるまでの時間さえ計られたように見えた。ミレシアは唇を噛み、首を横へ振る。「お姉様を責めないでください」声はか細く、けれど庭園の端までよく通った。「きっと、私が何かしてしまったのです」その言葉に、周囲の非難はさらに強くなる。「ご自分が打たれたのに、まだ庇うなんて」「ミレシア様はお優しすぎます」「何をなさったとしても、暴力が許されるはずがないわ」誰も、何を見たのかを確かめようとはしなかった。黒い扇子が振り上げられた。鋭い音が響いた。ミレシアが頬を押さえ、涙を流した。必要な形は、すでに揃っている。事実よりも、出来上がった光景の方が強かった。リディエラは、前世の職場で見た会議を思い出した。誰かが声を荒らげ、別の誰かが俯く
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第6話 好感度8の暗殺者

庭園を離れても、背中へ刺さる視線は消えなかった。白い回廊へ足を踏み入れた瞬間、噴水の音は石壁の向こうへ遠ざかった。代わりに、磨かれた床を打つ靴音と、柱の陰で交わされる囁きがはっきり聞こえる。「妹君を打ったらしい」「王太子殿下がその場に」「傷ひとつないのに?」「ミレシア様が庇っておられたのでしょう」事実を見た者より、聞いた者の方が断定的だった。リディエラは歩調を変えなかった。左の掌は熱を持ち、心臓の拍動に合わせて鈍く疼いている。黒檀の扇子を当てた箇所には赤い筋が残り、指を曲げると皮膚が引きつった。医務室へ向かうべきだ。けれど、足を止めれば、追いかけてくる声に囲まれる気がした。回廊の角を曲がった時、視界の端に淡い光が浮かんだ。5人の名前が縦に並ぶ。ティルヴァン・エルグレード:32。ヴァルシェ・ネイグラン:15。セフィラン・アウレクシス:51。イェルク・ローディアス:62。そして最後の数字だけが、赤く滲んだ。ネレス・カルヴァディン:8→6。リディエラの足が止まりかける。庭園にはいなかった。少なくとも、彼女が見渡せた範囲に、濃紫の髪を持つ青年の姿はなかった。それでも数値は下がっている。騒動を誰かから聞いたのか。遠くから見ていたのか。それとも、彼の好感度はリディエラの行動とは別の条件で変動しているのか。〈排除域〉〈暗殺行動継続中〉赤い文字の下に、時間が表示される。〈暗殺イベント開始まで:16時間08分41秒〉昨夜より減っている。当然だった。時計は止まらない。だが数字が6へ下がったことで、ただ待っているだけの時間が、刃の近づく音へ変わった。リディエラは回廊の窓へ目を向けた。中庭を挟んだ向かいの建物。開かれた窓。揺れる薄いカーテン。誰も立っていないように見えるのに、見られている感覚だけが残る。逃げるべきか。公爵邸へ戻り、扉へ鍵をかけ、護衛を増やす。食事と水をすべて検め、窓から離れて夜を越す。けれどネレスは密偵だ。扉の鍵も、護衛の配置も、彼にとっては障害ではなく手順にすぎない。閉ざされた部屋は、外から助けが入らない場所にもなる。姿を見せず逃げ回れば、いつ狙われるか分からない。それよりも、人の目がある場所で接触した方がよい。暗殺者にも、留学生として守るべき顔がある。大勢の前で公爵令嬢が倒れれば、最後に同
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第7話 毒を飲まない悪役令嬢

 二つの杯の間で、リディエラの指は止まっていた。 白磁に青い花を描いた杯と、黒地に金の縁を巡らせた杯。どちらにも同じ琥珀色の紅茶が注がれ、湯気には乾燥させた柑橘と、舌を僅かに痺れさせる香辛料の匂いが混じっている。 東棟の開放回廊には、昼食を取る生徒たちの声が絶えなかった。 食器の触れ合う音。階下の石畳を走る馬の蹄。風に煽られた天幕が柱へ擦れる音。少し離れた席では、男子生徒が笑いながらパンを千切っている。 誰もがこちらを見ていないふりをしながら、王太子の婚約者と外国商家の留学生が向かい合う様子を窺っていた。 人目は十分にある。 それでも安全とは限らなかった。 ネレスは頬杖をつき、楽しそうにリディエラを見ている。「迷われますね」 声は軽い。「器の色で味が変わるわけでもないでしょうに」 リディエラは杯ではなく、彼の右手を見た。 黒い石を嵌めた指輪。飾りは内側へ傾き、掌へ隠れている。中指が卓上を叩くたび、金属の縁が皮膚へ触れた。 一度。 二度。 三度目だけ、音がしなかった。 その瞬間、彼の左手が茶壺の取っ手へ伸びた。「冷めてしまいますよ」 ネレスは気遣うように言い、リディエラの正面にある白い杯を少しだけ近づける。 ごく自然な動作だった。 杯の縁へ指は触れない。袖も紅茶の上を横切らない。ただ、卓上へ置いていた右手が一度だけ持ち上がり、左袖の皺を直す。 濃紫の布が微かに膨らんだ。 袖口に隠された小瓶が腕の内側を滑る。 透明な雫が指輪の針を伝い、白い杯へ落ちた。 音はしなかった。 紅茶の表面に小さな輪が広がっただけだった。湯気に揺らされ、すぐに消える。 ネレスの金褐色の瞳は、リディエラの顔から一度も離れていない。 見られていないことを確かめる者の動きではない。 見ている相手が気づくかどうかを確かめる動きだった。 リディエラは白い杯を取った。 取っ手へ右手の指を入れる。 陶器の温度が皮膚へ伝わる。熱すぎず、すぐに口へ運べる程度に冷めていた。 ネレスの唇に、穏やかな笑みが残る。 だが、卓の下では後ろへ引かれていた右足が止まっていた。踵を浮かせた姿勢のまま、動かない。 いつでも立てる。 いつでも靴の薄刃へ手を伸ばせる。 杯を持ち上げると、甘い香りが近づいた。 その奥に、ひどく薄い苦みがある。 薬そのものの匂い
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第8話 婚約者は誰の証言を聞いたのか

 庭師の指先に付着した薬は、ユディトの処置によって広がらずに済んだ。 黒く変色した皮膚はすぐには戻らないものの、命に関わる毒ではない。ただし口へ入れば高熱と呼吸困難を起こし、体質によっては心臓が止まる可能性がある。 自分が飲まなかった薬だった。 けれど危険を退けたわけではない。杯から捨てられた薬は花壇へ落ち、事情を知らない庭師の手へ移った。 誰かが助かれば、別の誰かが傷ついてもよいわけではない。 ユディトが薬の付着した土と茶器を封じている最中、医務室の扉が叩かれた。「オルヴェイン公爵令嬢はいらっしゃいますか」 生徒会付きの侍従だった。黒い上着の胸元に、王家の紋章を模した銀の留め具が光っている。「王太子殿下がお呼びです。生徒会室までお越しください」「用件を伺っても?」「中央庭園での件について、と承っております」 毒を持ち込まれたことではない。 庭師が傷ついたことでもない。 ミレシアを打ったと認識された出来事についてだ。「医務室で起きたことは、殿下へ伝わっていますか」「わたくしは存じません」 答えないよう命じられているのか、本当に知らないのかは判断できない。 リディエラはユディトへ向き直った。「庭師の方の容体に変化があれば、知らせてください」「あなたも患者なのだけれど。傷を開かないこと。気分が悪くなったら、王太子の前でも座りなさい」「承知しました」「倒れるまで我慢したら、今度は寝台へ縛るわよ」 冗談には聞こえなかった。 リディエラは礼を告げ、侍従のあとを歩いた。 生徒会室は学院中央棟の3階にある。 階段を上るにつれ、生徒の姿は減っていった。踊り場の窓から曇った庭園が見える。ミレシアが頬を押さえた場所だけが、不自然に明るく見えた。 廊下の突き当たりに、濃紺の扉がある。 侍従が3度叩く。「リディエラ・オルヴェイン公爵令嬢がお見えです」「入ってくれ」 ティルヴァンの声だった。 扉が開く。 壁一面の書棚。中央には長い楕円形の卓。窓際には王太子専用の執務机があり、封蝋の施された書簡と、銀の筆記具が整然と並んでいる。 室内には4人いた。 ティルヴァンは執務机の前に立っている。白金の髪は乱れなく整えられ、濃紺の瞳は静かだった。庭園で見せた怒りの気配は消え、王太子として人の話を聞く顔をしている。 その右側にヴァルシ
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第9話 正義の騎士が先に抜いた剣

 毒物が検出されたという報告のあと、生徒会室の空気は目に見えない糸で締め上げられたように張りつめた。 侍従は扉の前で片膝をつき、顔を伏せたまま続ける。「東棟の花壇で作業をしていた庭師が、手指の痺れと皮膚の変色を訴えました。医務室のユディト医師が処置し、現在は命に別状ございません。花壇の土と、付近に落ちていた紅茶から同一の薬物反応が確認されています」「なぜ、リディエラの名が挙がった」「薬物が落ちたと見られる時刻、花壇を見下ろす喫茶席にいたためです。同席していたのは、ネレス・カルヴァディン留学生。給仕役と複数の生徒が、二人を目撃しております」「薬を落とした瞬間を見た者は」「現時点では、確認されておりません」 まただった。 音を聞いた。姿を見た。その場にいた。 そして、肝心の瞬間を見た者はいない。 リディエラは椅子へ座ったまま、包帯を巻いた左手を膝の上へ戻した。先ほどティルヴァンへ渡された行動制限の書面が、卓の端で風に揺れている。 毒を入れたのはネレスだ。だが証明できるものはない。白い杯の雫はユディトが封じ、指輪の針も袖の小瓶も、彼がまだ持っているとは限らない。「リディエラ様」 ミレシアの細い声がした。 右頬へ当てていた布は、いつの間にか膝の上へ落ちている。傷ひとつない白い肌が露わになっていた。「まさか、お姉様が……」 言葉は途中で途切れた。 疑っていないとも、何をしたのかとも言わず、恐ろしい可能性へ思い至ったように瞳を揺らす。 ヴァルシェが彼女の前へ半歩出た。 肩の動きだけでミレシアを背後へ隠し、リディエラとの間に自分の身体を置く。「庭園でミレシア様を傷つけた直後に、今度は毒物か」「ヴァルシェ、まだ関与は確認されていない」 ティルヴァンが制する。 しかしヴァルシェの灰緑の瞳は、リディエラから離れなかった。「確認されていなくとも、疑う理由は十分にあります。彼女は庭園での行為を認めず、謝罪もしていない。反省している様子もありません」「反省していないことと、毒を落としたことには、どのような関係がありますか」 リディエラが尋ねると、彼の眉間の皺が深くなった。「また言葉で逃れるつもりか」「逃れるのではなく、つながりを確認しています」「妹君へ扇子を振り上げ、傷つけたことを認めない。問いただされれば殿下の判断を非難する。その
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