王妃エレオノーラ陛下の葬儀から、七日が過ぎた。 王宮の廊下には、まだ喪の気配が残っている。 白い大理石の柱には黒い絹布が掛けられ、窓辺の花瓶には、香りの淡い白百合だけが活けられていた。いつもなら朝から女官たちの足音や貴族たちの笑い声で満ちる宮殿も、今日はどこか息を潜めている。 だが、静かなのは表面だけだった。 王妃が亡くなった。 その事実は、王宮の均衡を音もなく崩し始めている。「こちらの箱は東翼書庫へ。王妃陛下の私的書簡は、封を確認してから年代順に分けてください。銀の小箱には触れないで。鍵の所在が確認できていません」 エレノア・ヴァレンシュタインは、黒の喪服の裾を押さえながら、女官たちに指示を出していた。 声は落ち着いていた。 泣き腫らした跡もなければ、疲労で取り乱す様子もない。 そのせいで、人はいつも彼女を冷たいと言う。 氷の令嬢。 王太子妃には硬すぎる女。 可愛げのない公爵家長女。 社交界で囁かれる言葉を、エレノアは知っている。知らないふりをしているだけだ。「エレノア様、こちらの文書は……」 年若い女官が、不安げに羊皮紙の束を差し出した。 エレノアは手袋をした指で、封蝋の紋章を確かめる。「隣国セルベリア王国との非公開書簡です。王妃陛下の署名があるものは、王宮文書庫の第三保管室へ。写しはありませんね?」「はい。確認いたしました」「では、誰にも開けさせないで。王太子殿下にもです」 女官が一瞬だけ目を見開いた。 王太子殿下にも。 婚約者であるユリウスに対して、その言い方は冷たいと思われたかもしれない。 けれど、機密文書は機密文書だ。 婚約者であることと、文書管理の権限は別である。 王妃は生前、その線引きを決して曖昧にしなかった。『エレノア。王宮で一番危ういのは、悪意ではありません。善意の顔をした無知です』 数日前まで聞こえていた声が、ふいに耳の奥で蘇る。 痩せた指。 弱くなった呼吸。 それでも最後まで濁らなかった、あの瞳。『あなたは、泣く者ではなく、記録を見る者でいなさい』 エレノアは小さく息を吸った。 胸の奥が痛む。 だが、手は止めない。 悲しむ時間がないのではない。悲しむ場所を与えられていないのだ。 王妃が病に伏してからの三年間、エレノアは王太子妃候補という名のもとに、王妃の代理のような
Last Updated : 2026-08-09 Read more