ユリウスは、机の上に積まれた書類を見ていた。 正確には、見ているだけだった。 読んでいるわけではない。 文字は目に入ってくる。日付も、署名も、項目名も、王宮で使われる定型文も、ひとつひとつは理解できる。 だが、それらが何を意味しているのか。 どの文書とどの文書がつながっているのか。 どれを先に処理し、どれを保留し、どれを誰に確認すべきなのか。 そこが分からない。 分からないことが、これほど苛立たしいとは思わなかった。「……なぜ、こんなものを毎日見ていた」 誰に向けた言葉でもなく、ユリウスは呟いた。 王太子執務室は、朝から重苦しい空気に包まれていた。 昨日、王弟カインが直接乗り込み、財務官の関連台帳提出を命じた。その場にいた官吏たちは、誰も大声を出さなかった。怒号が飛んだわけでもない。剣が抜かれたわけでもない。 それなのに、王宮の空気は一変した。 財務官の執務室は封鎖され、王妃基金関連の台帳は王弟直属の文書官によって押さえられた。王妃私室の薬棚も封鎖された。礼拝堂奥の祈祷箱にまで確認の手が伸びるという噂が、もう下働きの耳にまで届いている。 そして今朝。 王宮の誰もが、あることを知った。 王弟カインが、王都外れの旧邸にいるエレノア・ヴァレンシュタインを訪ねた。 ただの元婚約者ではない。
Last Updated : 2026-08-18 Read more