《それより、彫刻彫りたい》全部章節:第 11 章 - 第 12 章

12 章節

第十一話「リーネ・ホーン」

 リーネは有能だ。 朝、私が目を開ける前には部屋にいる。 予定表はもう整っている。 服も、髪紐も、お茶も、なぜか私が探す前に出てくる。「ルカ様、起きてください」「起きてる」「目が閉じています」「心は起きてる」「体も起こしてください」 厳しい。 私は布団の中で少しだけ丸くなる。「今日、何ある?」「午前は衣装合わせ、昼にヴィオラ様との茶会、午後はセリス様から贈答品の確認、夕方は陛下へのご挨拶です」「多い」「減らしました」「これで?」「はい」 リーネは何も悪くない顔で言った。 私は起き上がる。 髪が少し顔にかかった。 リーネがすぐ櫛を取る。 早い。「小童、有能」「誰が小童ですか」 指を指す。「あなた」「……」 リーネは私の後ろに回って、髪を梳かし始めた。 手つきは丁寧だった。 でも時々、櫛が少し強い。「痛い」「寝癖です」「寝癖に罪はない」「あります」 あるらしい。 鏡の中で、リーネの顔を見る。 従者の顔をしていた。 背筋が伸びていて、目がちゃんとしていて、声も崩れない。 王宮の廊下で見る時のリーネだ。 でも私の髪を結ぶ時だけ、少し雑になる。「リーネ」「はい」「眠い?」「眠くありません」「私は眠い」「何言っているんですか」「朝だから眠いの当たり前じゃん。嘘っぽい」「職務中です」「それ答えになってない」 リーネの手が止まった。「……少しだけです」「やっぱり」「ルカ様のせいです」「なんで」「昨日、石を運び込んだあと、深夜に工房でアイデアスケッチしてたじゃないですか」「あれは仕方ない」「仕方なくありません」 怒られた。 でも、リーネの声は王宮の時と違った。 少しだけ尖っていて、少しだけ年相応だった。 私はそれを見るのが嫌いじゃない。「リーネって、商家の子なんだっけ」「はい」「だから段取りうまいの?」「関係あるかもしれません」 リーネは髪紐を結びながら答えた。「うちは小さな商家でしたけど、人の顔色を見るのは早くなります。誰が急いでいるか、誰が怒っているか、誰が払う気がないか」「払う気がない人もわかるの?」「わかります」「すご」「感心するところですか」「有能」「軽いですね」 リーネはため息をつく。 でも少し嬉しそうだった。 私は鏡を見
last update最後更新 : 2026-08-09
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第十二話「彫りたい顔」

 会議室は、今日も静かだった。 静かなまま、話だけが鋭い。「西方港の関税を一部緩和すれば、香料船の入港数は増えるでしょう」セリスが言う。「国内商会が反発します」ヴィオラが返す。「反発は出ます。でも入港が増えれば、港そのものの利益も上がります」「利益が出ることと、通してよいことは別です」「ええ。だから調整するんです」 二人とも声は穏やかだった。 でも、どちらも退いていない。 私は資料を見る。 言っていることはわかる。 下げれば船が来る。 船が来れば金が動く。 でも、元から商売している人たちは面白くない。 面白くない人が増えると、たぶん宮廷が面倒になる。「ルカ」 名前を呼ばれた。「はい」 顔を上げる。 ルシアがこちらを見ていた。「聞いていたか」「聞いてました」「どう思う」 私は少し考える。「下げたいけど、下げると怒る人がいる話ですよね」「そうだ」「怒る人を放っておくと、あとで面倒になる」「そうだ」「大変そうです」 ヴィオラが目を閉じた。「感想ではありません」「すみません」 セリスが少し笑っていた。「でも、聞いてはいますね」「聞いてます」「半分くらい?」「大体は」「何割ですか?」「七割」「残り三割は?」 私は少し黙る。 資料の白い余白が目に入った。 そこから昨日の石を思い出す。 白いけど、少し灰色。 表面は素直そうで、変な筋も少なかった。 鼻筋を細くしても割れなさそうだった。「石です」 会議室が静かになった。 またやったな、と思った。「石」 ルシアが言う。「はい」「会議中だ」「知ってます」「知っていて石か」「三割くらいです」「割合の問題ではありません」ヴィオラが言った。「すみません」 リーネが後ろで小さく息を吐いた。 たぶん、今日もだめだと思っている。「何を考えていたんです?」 セリスが聞く。「顔です」「顔?」「彫る顔」 セリスの目が少し動いた。 笑っているけど、ちゃんと見ている顔だった。「決まったんですか」「まだです」「決まっていないんですね」「そこだけ」 私は机の端に指を置く。 木の角を親指でなぞる。 鼻。 首。 肩。 目元。 別に見えているわけじゃない。 でも、削った後の形が少しだけある。「誰の顔ですか
last update最後更新 : 2026-08-13
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