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第十九話「泥の外」

Author: ReiN.
last update publish date: 2026-08-30 09:04:34

 お茶の部屋へ行くようになってから、何日か経った。

 毎日ではない。ヴィオラに呼ばれる日もあれば、呼ばれない日もある。

 最初は呼ばれた時だけ行っていたけれど、一度だけ廊下でヴィオラを見かけた時に、

「今日は行かないんですか」

 と聞いたら、ヴィオラに変な顔をされた。

「あなたは、私がお茶を飲んでいるところへ毎回参加するつもりですか」

「駄目ですか」

「そうは言っていません」

「じゃあ行きます」

「だから、勝手に決めないでください」

 そう言われた。

 でも、その日の午後にはリーネが工房へ来た。

「ヴィオラ様がお呼びです」

「やっぱり」

「何がですか」

「なんでもない」

 それから、何度かあの部屋でお茶を飲んだ。

 話す日もある。ほとんど話さない日もある。

 ヴィオラは本を読んで、私は窓の外を見たり、工房から持ってきた紙に彫りたいものを描いたりする。

 同じ部屋にいるのに、別々のことをしている。それでいいらしい。

 今日は朝から雨が降っていた。

 工房の窓にも細い雨粒がついている。

 外へ出る予定もないし、石を削るにはちょうどよかった。

 昼を過ぎた頃、鑿を置いた。

 少し休もうと思
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  • それより、彫刻彫りたい   第二十三話「増える物」

     工房に戻ると、机の上には花束があった。 鮮やかで綺麗な花束。「なにこれ」 リーネが横から顔を出す。「アネモネですね」「詳しいね」「従者ですから」 従者と関係あるか分からないが、従者だから詳しいらしい。「飾っておいて」「かしこまりました」 リーネが花瓶に花を生ける。「花言葉は、君を愛す……」「……」 これは誰からの贈り物だろう。 セリス。 ヴィオラ。 ルシア。 三人の顔が思い浮かぶ。 そして、ふとリーネを見る。「実はリーネとか?」「私は平民なのでこんな回りくどいことしません」 あ。 「あー、貴族批判だ」  リーネの顔から血の気が引いた。花束の青い花といい勝負だ。 その瞬間リーネが頭を下げる。いままで見たことないくらいの頭の低さだ。 「申し訳ありません!」 「まぁ、回りくどいよね。わかる」 リーネが私の様子をうかがう。 「でも、それがこの白薔薇宮廷なんだろうね」 「大丈夫。誰にも言わないから」 「その代わり、一生私の忠臣ね」 「は、はぁ……」 困惑したリーネの顔。 「ルカ様、悪い顔してます」 「ばれた?」  「でもさ、白薔薇じゃないんだね」 「白薔薇には純潔や純粋という意味があります」 白薔薇宮廷。 純粋から一番離れている場所。 「なるほど……」 翌日。 工房に入ると、今度は茶葉の入った小箱が置かれていた。 「また?」 昨日の花束を見る。 リーネが生けた花は、今日も綺麗に咲いている。 「リーネ」 「はい」 「これも従者だから分かる?」 「茶葉ですね」 「それは私にも分かる。誰から?」 「それは従者の私でもわかりません」 「この小童め」 とりあえず、 「これでお茶いれて」 「かしこまりました」 リーネがお茶を淹れる。 「ありがとう」 一口。 「おいしい」 「よかったです」   翌日の朝。 リーネが書類を持ってきた。 「ルカ様。書類です」 「誰から」 「ルシア様からです」 一昨日は、花束。 昨日は、茶葉。 今日は書類……書類はルシアから。 ということは、花束はセリス。茶葉はヴィオラが妥当だろう。 書類を確認する。 ――工房運営に関する裁量権付与通知―― 第二側室ルカ・ゼン殿 王宮内工房における制作活動について、以下のとおり

  • それより、彫刻彫りたい   第二十二話「石工再訪」

     翌日は、本当に誰にも呼ばれなかった。 朝から工房に入り、昼になっても扉は叩かれない。 ヴィオラも来ない。 セリスも来ない。 ルシアからの呼び出しもない。 静かだった。 静かすぎる。 ノミを動かしながら、何度か扉を見た。 誰も来ない。 昨日まであれだけ予定を入れてきたのに、今日は綺麗に何もない。「……絶対、互いに話してるじゃん」 石しか聞いていない。 まあいい。 今日は石を削れる。 昼を過ぎても、そのまま作業を続けた。 細かいところを削り、少し離れて形を見る。 また近づいて、指で表面を撫でる。 悪くない。 でも、少し違う。 最近、この感じが増えた。 前なら形が見えれば、そのまま削れた。 今は途中で止まることがある。 石が悪いわけではない。 手が動かないわけでもない。 ただ、今持っている石では足りない気がする。 棚を見る。 王宮へ来てから仕入れた石がいくつか残っている。 硬いものが多い。 線が出やすく、削った跡が残るもの。 昔から好きな石だった。「違うな」 何が違うのかは分からない。 でも、違う。 ノミを置いた。 今日は誰にも呼ばれない。 なら、久しぶりに自分が行きたいところに行こう。 工房を出ると、廊下の外でリーネが待っていた。「どこかへ行かれますか」「石を見に行く」「今からですか」「うん」「お供します」「今日は誰にも呼ばれない?」「その予定です」「その予定なんだ」 リーネが黙った。 やっぱり何か知っている。「昨日のこと、覚えてる?」「何のことでしょうか」 リーネの顔を見て、指を指す。「ダウト」「まだ何も言っておりません」「顔に出てる」「出しておりません」「出てるよ」 リーネは前を向いた。 この話は終わりらしい。 王宮を出て、以前にも来た石材店へ向かった。 店先には前と同じように石が積まれている。 白、灰色、少し青みのあるもの。 大きさも形もばらばらだった。 店の奥にいた石工が、私を見る。「お」「こんにちは」「久しぶりだな、嬢さん」「覚えてたんですか」「そりゃ覚えてるさ。嬢さん、変わってるから」 石工は私の後ろにいるリーネを見て、それから私へ視線を戻した。「今日は何を探してる」「まだ決めてません」「またか」「見てから決めます

  • それより、彫刻彫りたい   第二十一話「重なる予定」

     ルシアの執務室へ行ってから、何日か経った。 工房へ行き、石を削る生活は変わっていない。 でも最近は、一日が終わるまでに誰かと会うことが増えていた。 昼前、工房の扉が叩かれる。「ルカ様」 リーネだった。「どうしたの?」「ヴィオラ様がお待ちです」「あぁ……」 しかも、重なる。 思わず声が出た。 こめかみが痛くなってきた。「どうされましたか」「最近、お茶を飲む回数が増えたなって」「そうでしょうか」「増えてるよ。昨日も行ったし、その前も行った」 リーネは少し考えるような顔をする。「お嫌でしたか」「嫌じゃないけど、今から細かいところを削ろうと思ってた」「ヴィオラ様には、そのようにお伝えしますか」「いや、行くよ」 まだ続けたかったけど、ヴィオラを待たせるのも悪い。 ノミを置き、手についた石粉を払う。 リーネはそれを確認してから工房の外へ出た。 お茶の部屋へ入ると、ヴィオラはいつものように本を読んでいた。 机の上には二人分の茶器が置かれている。「いらっしゃい」「こんにちは」「今日は少し遅かったですね」「石を削ってました」「それは申し訳ありません」「気にしていません」「そう」 向かいの椅子へ座る。 ヴィオラが本を読み、私はお茶を飲みながら窓の外を見る。 話をしなくてもいいところは変わらない。 落ち着くけれど、最近はこの部屋にいる時間も増えていた。「工房は順調ですか」「普通です」「新しいものを彫っているんですか」「はい。いつも通り」「見せていただけますか」「完成したら」「完成するまでは駄目ですか」「途中でもいいですけど、今はあまり面白くないですよ」「それは私が決めます」 ヴィオラはそう言って、お茶を一口飲んだ。 見たいらしい。「分かりました。今度見に来ますか」「ええ」 また予定が増えたな……。「何か」「いえ」 ヴィオラは少しだけ目を細めた。 聞こえていた気がする。 しばらくすると、ヴィオラが本を閉じた。「そろそろ昼食の時間ですね」「そうですね」「今日はこのあと、何か予定がありますか」「工房に戻ります」「そう」 ヴィオラは少しだけ残念そうに見えた。 でも、工房へ戻らないと、今日はほとんど石を削れていない。「また来ます」「ええ。待っています」 お茶の部屋を

  • それより、彫刻彫りたい   第二十話「怒らない女王」

     ヴィオラと雨の中で話してから、何日か経った。  工房へ行き、石を削って、時々セリスと出かける。  ヴィオラのお茶の部屋にも行く。  少し前より、王宮の中で行く場所が増えていた。  昼前、工房の扉が叩かれた。 「ルカ様」  リーネだった。 「どうしたの?」 「陛下がお呼びです」 「今?」  珍しい。 「はい」  私は手元の石を見る。  今日はここで止めても問題なさそうだった。 「分かった」  鑿を置き、手についた石粉を払う。  リーネはその様子を確認してから、工房の外へ出た。 「今日はどこ?」 「陛下の執務室です」 「今、仕事中だよね?」 「おそらく」 「じゃあ、何で呼ばれたんだろう」 「私には分かりません」  リーネはそう言ったけれど、何か知っている顔をしていた。  でも、聞いても言わなそうだった。  執務室へ向かうと、廊下の窓から庭が見えた。  雨はもう上がっているけれど、雨が降り続けていたせいで、土はまだ少し濡れている。  ヴィオラの白い靴を思い出す。  あのあと、ちゃんと泥は落ちただろうか。 「ルカ様」 「何?」 「着きました」  考えているうちに、執務室の前まで来ていた。 「失礼します」  扉を開けると、ルシアは机に向かっていた。  書類がいくつも積まれている。  羽根ペンを動かす手は止まらない。 「来たのね」 「はい」 「少し待っていて」 「分かりました」  部屋の端に置かれた椅子へ座る。  紙をめくる音と、羽根ペンが走る音だけが聞こえる。  ルシアは仕事をしている時も静かだった。  ヴィオラは一つずつ丁寧に整える感じがする。  セリスは話しながら、いつの間にか全部終わらせていそうだ。  ルシアは最初から終わる場所が見えていて、そこへ向かっているように見えた。  しばらくして、羽根ペンが止まる。 「待たせた」 「終わったんですか」 「一度区切っただけ」 「まだあるんですね」 「ええ」  机の上を見る。  まだ書類は残っている。  女王は大変そうだった。 「工房はどう?」 「普通です」 「そう」 「陛下は?」 「見れば分かるでしょう」 「忙しそうです」 「そうね」  ルシアは椅子へ深く座り直した。  そのまま、しばらく私を見る。

  • それより、彫刻彫りたい   第十九話「泥の外」

     お茶の部屋へ行くようになってから、何日か経った。 毎日ではない。ヴィオラに呼ばれる日もあれば、呼ばれない日もある。 最初は呼ばれた時だけ行っていたけれど、一度だけ廊下でヴィオラを見かけた時に、「今日は行かないんですか」 と聞いたら、ヴィオラに変な顔をされた。「あなたは、私がお茶を飲んでいるところへ毎回参加するつもりですか」「駄目ですか」「そうは言っていません」「じゃあ行きます」「だから、勝手に決めないでください」 そう言われた。 でも、その日の午後にはリーネが工房へ来た。「ヴィオラ様がお呼びです」「やっぱり」「何がですか」「なんでもない」 それから、何度かあの部屋でお茶を飲んだ。 話す日もある。ほとんど話さない日もある。 ヴィオラは本を読んで、私は窓の外を見たり、工房から持ってきた紙に彫りたいものを描いたりする。 同じ部屋にいるのに、別々のことをしている。それでいいらしい。 今日は朝から雨が降っていた。 工房の窓にも細い雨粒がついている。 外へ出る予定もないし、石を削るにはちょうどよかった。 昼を過ぎた頃、鑿を置いた。 少し休もうと思った。 お茶の部屋へ行こうか考える。 呼ばれてはいない。 でも、前に行ってもいいと言っていた気がする。 いや、言ってはいなかったかもしれない。 駄目とは言っていない。それならいいだろう。 工房を出て、廊下を歩く。 雨の日の王宮はいつもより静かだった。 窓の外を見ると、庭の土が濡れている。 あの部屋の窓からも、今日は雨が見えるんだろうか。 扉の前まで来て、軽く叩いた。 返事がないから、いないのかもしれない。 帰ろうとした時、廊下の向こうから声がした。「ルカ様?」 振り返ると、 ヴィオラの侍女が立っていた。「ヴィオラ様なら、庭にいらっしゃいます」「庭?」「はい」「この雨で?」 侍女が困った顔をする。「何かあったんですか」「いえ。ただ……」 言いにくそうだった。「あそこの庭ですか」 侍女が頷くから、向かうことにした。 外へ出ると、思っていたより雨が強かった。 屋根のある回廊を進む。 庭へ近づくほど、雨の音が大きくなる。 ヴィオラはすぐに見つかった。 庭の端に立っていた。 傘は持っている。でも、裾が濡れていた。 白い靴にも泥がつい

  • それより、彫刻彫りたい   第十八話「お茶の部屋」

     絹の店へ行った翌日、私は朝から工房にいた。 昨日見た織機のことが、まだ頭に残っている。 石と布は全然違う。でも、作るところを見ていると似ている部分もあった。 一本ずつ糸を通して、間違えたら戻れるところまで戻る。そうやって最後には一枚の布になる。 石は一本ずつ重ねたりしないけれど、少しずつ形を出していくところは同じかもしれない。 そんなことを考えながら鑿を動かしていると、工房の扉が叩かれた。「ルカ様」 リーネだった。「どうしたの?」「ヴィオラ様がお呼びです」「今?」「はい」 私は手元の石を見る。 まだ途中だったけれど、今日は変なところで止めても問題なさそうだった。「分かった」 鑿を置いて、手についた石粉を払う。 リーネはそれを確認すると、工房の外へ出た。「こちらです」「ヴィオラ様の部屋?」「いいえ」「違うんだ」「今日は別のお部屋です」 また別の場所らしい。 昨日はセリスに連れられて絹の店へ行った。 今日はヴィオラに呼ばれて、知らない部屋へ向かっている。 最近こういうことが多い気がする。 廊下を歩いていると、リーネが一つの扉の前で止まった。「こちらです」 扉を開ける。 最初に見えたのは、大きな窓だった。 王宮の中にしては小さな部屋で、窓から庭の木が見える。部屋の中央には丸いテーブルと椅子が置かれていて、壁際には本棚があった。 豪華ではない。 王宮だから家具はいいものなんだろうけれど、飾りはほとんどなかった。「いらっしゃい」 窓際にいたヴィオラが振り返る。「お呼びと聞きました」「ええ。どうぞ、お座りください」「はい」 言われた通り椅子に座る。 テーブルの上には茶器が用意されていた。「お茶ですか」「見れば分かるでしょう」「そうですね」 ヴィオラが眉を寄せた。 怒ったのかと思ったけれど、そのまま向かいの椅子に座った。「今日は何かあるんですか」「何か、とは?」「話です」「話がなければ呼んではいけませんか」「いえ」 別にいけなくはない。 でも、ヴィオラはいつも何かをしている。 会議に出ているか、書類を読んでいるか、誰かと話している。何もせずに座っているところは、そういえばあまり見たことがなかった。「珍しいなと思いまして」「なにがですか」「ヴィオラ様がゆっくり座っている

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