All Chapters of 妹に婚約者も名誉も奪われましたが、私は王宮中の弱みを知っています 〜泣き寝入り令嬢の静かな復讐が、冷血宰相の執着を呼びま: Chapter 1 - Chapter 10

18 Chapters

第1話 妹は泣いた。だから私は悪女になった

「お姉様が、私を押したの……?」 妹の声は、震えていた。 けれど、不思議なくらいよく通った。 王宮大広間に流れていた舞曲が、糸を切られたように止まる。 楽師が弓を持ったまま固まり、談笑していた貴族たちが一斉にこちらを見た。金の杯を持つ手、扇で口元を隠す手、令嬢たちの細い首が、同じ方向へ向く。 階段の下。 桃色のドレスを乱した妹、セレスティナが、侍女に支えられて座り込んでいた。 白い膝に、赤く薄い擦り傷。 肩から落ちかけたレース。 頬を濡らす涙。 金色の巻き毛が乱れて、余計に儚く見える。 可哀想な妹。 か弱い妹。 守られるべき妹。 そして私は、その妹を見下ろすように階段の上に立っていた。 これほど分かりやすい絵はない。「押していません」 私は言った。 自分では、はっきり言ったつもりだった。 だが、大広間に広がるざわめきの中では、私の声など羽虫の羽音ほどにも届かなかったらしい。「まあ……」「やはり、ヴェルクレア家の長女はお厳しい方だから」「でも、妹君にまで手を上げるなんて」「セレスティナ様、以前から姉君を怖がっていらしたものね」 囁きが、扇の陰から漏れてくる。 あれは、質問ではない。 確認でもない。 もう答えは決まっている。 冷たい姉が、婚約者と親しくしていた可愛い妹に嫉妬し、階段から突き落とした。 分かりやすい。 胸が痛むほど、分かりやすい。 人は真実より、分かりやすい物語を好む。「セレスティナ!」 人垣を押し分けて駆け寄ったのは、第二王子エドガル・クレイム殿下だった。 私の婚約者。 いえ、正確には、この瞬間までは婚約者だった人。 金の髪に、空色の瞳。 優しげな顔立ちと、相手に合わせて微笑むのが上手い口元。 社交界では「春の日差しのような王子」と囁かれている。 その春の日差しは今、私ではなく、妹だけを照らしていた。「大丈夫か。どこを打った。医師を呼べ、早く」「殿下……私、私……」 セレスティナは、エドガル殿下の袖を掴んだ。 弱々しく。 だが、決して離さないように。 昔から、妹はそういう仕草が上手かった。 握りしめすぎれば、わざとらしい。 離してしまえば、誰も助けてくれない。 だから彼女は、ほんの少しだけ縋る。 相手が「自分が守らなければ」と思う程度に。「お姉様を責めた
last updateLast Updated : 2026-08-10
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第2話 婚約破棄の翌朝、王宮が止まった

朝というものは、勝った者にも、負けた者にも、同じ顔をしてやって来る。 それが少しだけ腹立たしかった。 昨夜、王宮大広間で婚約破棄を告げられた。 妹は泣き、殿下は怒り、父は家の恥だと言い、母は私を責めた。 私は公爵家の馬車には乗らなかった。 王宮の裏門から出る頃には、夜の冷えが手袋の中まで染みていた。ギルベルト閣下が手配した馬車は、驚くほど地味だった。王弟殿下の持ち物とは思えないほど飾り気がなく、車体も濃い灰色で、家紋すら小さく隠すように彫られていた。 御者は何も聞かなかった。 それがありがたかった。 公爵家に戻る気にはなれなかったので、私は王都の西区にある母方の古い別邸へ向かった。もう何年も使われていない、小さな屋敷だ。 小さい、といっても公爵家の基準での話で、普通なら十分すぎるほど立派なのだが。 ただ、ヴェルクレア本邸のように、絨毯を踏むたび誰かの視線を感じることはない。 それだけで、ずいぶん息がしやすかった。 別邸の管理人である老夫婦は、夜更けの訪問にも文句一つ言わずに部屋を整えてくれた。 夫のトマは白髪交じりの痩せた男で、昔から口数が少ない。妻のマリは丸顔で、私を見るなり眉を八の字にした。「お嬢様、お顔の色が紙みたいでございますよ」「紙よりは丈夫です」「そういうことを言う方ほど、夜中に倒れるんです」「倒れる予定はありません」「倒れる方は皆さま、予定には入れておりません」 マリはきっぱり言って、私の肩から夜会用の外套を剥がすように取った。 使用人にそこまで乱暴に扱われることは、公爵家ではなかった。 けれど、不思議と嫌ではない。「お茶を淹れます。甘いものも」「夜中ですよ」「夜中だからです」「太りますよ」「お嬢様はまず人間らしく太ってくださいませ。骨と書類だけで出来ているみたいなお身体をして」 私は返す言葉に詰まった。 マリは勝ったという顔で頷き、厨房へ消えた。 その後、温かい蜂蜜入りのミルクを飲まされ、焼き菓子を二つ食べさせられ、湯を使わされ、半ば強制的に寝台へ押し込まれた。 眠れるとは思わなかった。 だが、次に目を開けた時、窓の外は薄く白んでいた。 私は、泣いていなかった。 夢も見なかった。 ただ、眠った。 それだけのことが、少し怖かった。 婚約を失い、家族を失い、名誉を失った翌朝に、人は
last updateLast Updated : 2026-08-10
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第3話 孤児院の雨漏りと、桃色のドレス

王宮の廊下を抜ける間、セレスティナの泣き声はしばらく耳の奥に残っていた。 あの子は昔から、泣くのが上手い。 小さくしゃくりあげる時は母に。 声を殺して涙だけ落とす時は父に。 震える声で名前を呼ぶ時は殿下に。 そして、私に対してはいつも決まっている。『お姉様、置いていかないで』 その言葉を聞くと、私は戻ってしまっていた。 課題が終わっていなくても。 教師に叱られると分かっていても。 母から「あなたは本当に要領が悪いわね」とため息をつかれると分かっていても。 戻って、妹の手を取った。 私は姉だから。 強いから。 我慢できるから。 そう思い込まされていた。「顔色が悪い」 隣を歩くギルベルト閣下が、前を向いたまま言った。「お気になさらず」「倒れられると困る」「その言い方、もう少しどうにかなりませんか」「どうにかとは?」「たとえば、『無理をするな』とか」「無理をするな」「……命令形にすると、途端に冷たくなりますね」「善処する」「絶対にしない声です」 ギルベルト閣下は返事をしなかった。 けれど、歩調は少しだけ緩んだ。 私の歩幅に合わせたのだと気づくまで、数秒かかった。 何かを言おうとして、やめる。 礼を言えば、この人はきっと「人手不足だからな」と返す。 そういう男だ。 王宮東棟の裏口には、監査局の馬車がすでに待っていた。 昨夜の馬車と同じく、飾り気のない濃灰色の車体。王家の紋章は小さく、目立たない場所に
last updateLast Updated : 2026-08-11
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第4話 慈善茶会の招待状

仕立屋《ラ・フルール》の奥部屋は、甘ったるい香水の匂いがした。 壁一面に色見本の布が吊られ、棚にはリボン、レース、真珠飾り、羽根飾りが整然と並べられている。表の店先は春の花畑のように華やかだったが、奥に入ると途端に商売の顔になる。 採寸台。 請求書の束。 客ごとの好みを記した帳面。 支払い予定表。 美しいドレスは、布と針と夢だけで出来ているわけではない。 金で出来ている。 そしてその金がどこから出たのかを、誰もが気にしないふりをしてきた。「リディア様、本当に帳簿をすべてご覧になるおつもりですか」 女店主は、扇を持っていないのに、口元を隠すような仕草をした。 中年に差しかかった、細身の女だ。髪はきつく結い上げ、襟元には真珠のブローチ。客の前では柔らかく笑うのだろうが、今の目は笑っていない。「すべてではありません」 私は机の前に腰を下ろしながら答えた。「セレスティナ・ヴェルクレア、およびヴェルクレア公爵夫人名義の取引。加えて、石材業者、建材修繕費、孤児院補修費として処理された支払いに関するものだけです」「それは、ほとんどすべてでございます」「では、ほとんどすべてですね」 女店主の唇が引きつった。 ギルベルト閣下は部屋の隅に立ち、壁の色見本を退屈そうに眺めている。退屈そうではあるが、目はまったく油断していない。 同行の監査官二名が帳簿を受け取り、机の上に並べた。 私は一冊目を開く。 顧客名簿。 ヴェルクレア公爵夫人。 セレスティナ・ヴェルクレア。 王宮慈善茶会。 聖ルカ孤児院屋根修繕費。 並んでいる文字を見た瞬間、胸の底がまた冷えた。 あまりにも堂々としている。 まるで、悪いこ
last updateLast Updated : 2026-08-12
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第5話 冷血宰相の直属

雨は、馬車の窓を細く濡らしていた。 王都の石畳に落ちる雨音は、場所によって響き方が違う。 貴族街では、整えられた道に控えめな音を立てる。 西区では、水たまりを跳ね、泥と混ざって重い音になる。 王宮へ近づくほど、音はまた澄ましていく。 まるで雨まで、相手の身分を見て態度を変えているみたいだった。 そんなことを考えてしまうあたり、私もずいぶん性格が悪くなったらしい。 いいえ。 もともと悪かったのかもしれない。 ただ、今まで隠すのが上手かっただけで。「顔色が悪い」 向かいに座るギルベルト閣下が、また同じことを言った。 この半日で何度目だろう。「閣下は、女性にかける言葉の種類が少なすぎます」「増やす必要があるか」「社交界で生きるなら」「社交界で好かれる予定はない」「でしょうね」 私がそう返すと、ギルベルト閣下はほんの少しだけ眉を上げた。「否定しないのか」「閣下ご自身も否定なさらないでしょう」「そうだな」「では、お互い様です」 馬車の中に、少しだけ沈黙が落ちた。 不快な沈黙ではない。 むしろ、言葉を使わずに呼吸を整えるための沈黙だった。 午前中に王宮で監査補佐官に任命され、孤児院へ行き、仕立屋へ踏み込み、公爵邸で母と対峙した。 そして今、また王宮へ向かっている。 昨日までの私なら、一日分どころか一月分の騒ぎだ。 けれど、身体は不思議と動いている。 足も、手も、頭も。 ただ、心だけが少し遅れてついてくる。 母の顔。 セ
last updateLast Updated : 2026-08-13
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第6話 泣き虫妹は、初めて姉を探す

お姉様は、帰ってこなかった。 その事実が、セレスティナにはどうしても理解できなかった。 ヴェルクレア公爵邸の二階、薄桃色の寝室。 壁紙も、天蓋も、絨毯も、何もかもセレスティナの好みに合わせて整えられた部屋の中で、彼女は寝台の上に座り込んでいた。 膝の上には、昨日使ったハンカチがある。 目元を押さえすぎて、端が少し湿っていた。 鏡を見ると、まだ少し赤い。 けれど、それは悪くないと思った。 泣いた後の自分は、いつもより可愛く見える。 儚くて、守ってあげたくなる顔。 エドガル殿下も、きっとそう思ったはずだ。 昨夜、殿下は私を守ってくださった。 お姉様の前に立って、はっきりと言ってくださった。『君との婚約は、ただ今をもって破棄する』 あの時、セレスティナの胸は確かに震えた。 怖かったからではない。 嬉しかったからでもない。 いいえ。 少し、嬉しかった。 それは認めたくないけれど、確かにそうだった。 だって、エドガル殿下はお姉様ではなく、自分を見てくださったのだ。 いつも、お姉様は正しかった。 お姉様は失敗しない。 お姉様は叱られない。 お姉様は何でも知っている。 お姉様は、父にも母にも教師にも、最後には頼られる。 なのに、愛されているのは私だと思っていた。 そう思わなければ、セレスティナは自分が何者なのか分からなくなる。 リディアは有能。 セレスティナは可愛い。 リディアは強い。 セレスティナは弱い。 リディアは正しい。 セレスティナは守られる。 そ
last updateLast Updated : 2026-08-14
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第7話 執事長アルマンの帳簿

王宮東棟の監査局は、夜になっても明かりが消えなかった。 窓の外では、雨がまだ細く降り続いている。 昼間より弱くなったとはいえ、石畳は濡れ、庭園の白い花はうなだれていた。遠くで馬車の車輪が水を弾く音がするたび、私は聖ルカ孤児院の屋根を思い出した。 あの子たちは、今夜、濡れずに眠れるだろうか。 靴下は届いただろうか。 ミラは、自分の名前をどこに書くだろう。 そんなことを考えながら、私は目の前の帳簿に視線を戻した。 監査局の机に積まれているのは、ヴェルクレア公爵家から提出された資料の一部だった。 過去三年分の慈善基金関連支出。 仕立屋《ラ・フルール》との取引記録。 聖ルカ孤児院からの申請書控え。 母オルガの署名入り承認書。 そして、執事長アルマンが作成した支払い指示書。 分厚い紙の束を前にして、私は静かに息を吐いた。 紙は軽い。 一枚一枚は、驚くほど軽い。 なのに、積み上がると人を押し潰す。「休め」 向かいの机から、ギルベルト閣下の声がした。 彼は椅子に深く腰掛け、別の書類を読んでいる。上着は脱がず、襟元も乱れていない。まるで疲労というものを監査対象外にしているような顔だ。「閣下も休んでいらっしゃいません」「私は慣れている」「私も慣れています」「悪い慣れ方だ」「先ほどからそればかりですね」「事実だからな」 私はペンを置き、指先を軽く揉んだ。 確かに、手が少し冷えている。 書類を読み続けると、身体の感覚が薄くなる。眠いのか、疲れているのか、空腹なのか、自分でも分からなくなる。 昔からそうだった。 王子妃教育の
last updateLast Updated : 2026-08-15
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第8話 泣かない妹と、戻らない姉

セレスティナは、私の帳面を両手で握りしめていた。 薄い革表紙の、小さな記録帳。 公爵家の私室に置いてきたものだ。 いずれ回収するつもりではあった。 けれど、まさか妹がそれを持って監査局へ来るとは思っていなかった。 隣室には、重苦しい沈黙が落ちている。 壁際には監査局の官吏が一人。 扉の近くには近衛兵。 窓の外では、雨がまだ細く降っている。 そして正面に、エドガル殿下とセレスティナ。 殿下は焦ったような、不機嫌なような顔をしていた。 セレスティナは、いつもよりずっと小さく見えた。 薄水色のドレスを着て、髪もきちんと結っている。けれど、目元は赤い。頬にも疲れが滲んでいる。 それなのに、泣いてはいなかった。 それが、かえって胸に引っかかった。「お姉様」 セレスティナが、もう一度私を呼んだ。 いつもの甘えた声ではなかった。 泣けば誰かが助けてくれると信じている声でもない。 少し枯れていて、頼りなくて、何を言えばいいのか自分でも分からない声。「私、知らなかったことを、少しだけ知ったの」 私は彼女の手元の帳面を見た。「私の部屋に入りましたね」 セレスティナの肩が、小さく震えた。「……ごめんなさい」 その謝罪は、早かった。 早すぎた。 まるで、そう言えば次へ進めると思っているような謝罪だった。 私は静かに言った。「謝れば、勝手に人の部屋へ入り、人の帳面を読むことが許されると思っていますか」「そんなつもりじゃ」 セレスティナは反射的にそう言い
last updateLast Updated : 2026-08-16
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第9話 白鳩文具商会の燃えた帳簿

白鳩文具商会へ向かったのは、翌朝ではなかった。 その日の夜だった。 監査局の窓の外では、まだ雨が降っている。 薄く、細く、けれどしつこい雨だった。 ギルベルト閣下は、アルマンの別帳簿を閉じるなり、静かに言った。「今すぐ行く」 私は思わず顔を上げた。「今からですか」「ああ」「夜です」「夜に燃やす者がいる」 返す言葉がなかった。 確かに、証拠を燃やすなら夜だ。 昼間に堂々と帳簿を燃やす者はいない。 火の匂いも、煙も、人目も、夜なら誤魔化しやすい。 私は椅子から立ち上がった。 足が少しふらついたが、机に手をつくほどではない。 ギルベルト閣下がこちらを見る。「残ってもいい」「行きます」「今のは許可であって、同行命令ではない」「では、自分の意思で行きます」「倒れるな」「倒れません」「その返事は信用しないことにした」「閣下は本当に、人を信用する気がありますか」「相手による」「私は?」「信用している」 不意打ちだった。 私は返事に詰まった。 ギルベルト閣下は、何でもない顔で外套を手に取っている。 こういうところだ。 この人は、こちらの心臓に悪い言葉を、まるで「雨が降っている」と同じ調子で言う。「……信用している相手に、倒れるなと何度も言うのですか」「君は仕事は信用できるが、自分の体調管理は信用できない」「分け方が細かいです
last updateLast Updated : 2026-08-17
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第10話 元婚約者は、まだ自分が被害者だと思っている

謝罪文というものが、これほど腹立たしい紙だとは思わなかった。 エドガル・クレイム第二王子は、机の上に広げた羊皮紙を睨みつけていた。 王宮西棟、第二王子執務室。 昨日までは、それなりに整っていた部屋だ。 少なくとも、エドガルはそう思っていた。 窓辺には季節の花。 机の右端には今日処理すべき書類。 左端には後回しにしてよい書類。 来客用の小卓には、相手ごとに好まれる茶葉が控えられていた。 すべて、自然にそうなっているものだと思っていた。 だが今、執務室はひどい有様だった。 机の上には、未処理の書類が斜めに積まれている。 誰が置いたのか分からない封書が三通。 南部侯爵への謝罪文の書き損じが七枚。 床には、丸めた草案が二つ落ちていた。 そして花瓶の花は、朝から水を替えられていない。 しおれかけた白百合を見て、エドガルは余計に苛立った。「白百合など、誰が置いた」 そう呟くと、側近のダリオ・ベルメールが気まずそうに顔を上げた。「昨日までは、リディア様が南部侯爵家との会談日に合わせて置かれていました」「だから、なぜ今それを言う」「殿下がお尋ねにならなかったので」「聞かれなければ言わないのか」「リディア様なら、聞かれなくてもお出しになったかと」 言った後で、ダリオはしまったという顔をした。 エドガルは、羽根ペンを机に叩きつけるように置いた。「またリディアか」「申し訳ございません」「どいつもこいつも、リディア、リディア、リディア。まるで私の執務室は、あの女一人で回っていたみたいではないか」 言った瞬間、部屋にいた書記官が二人、微妙な顔をした。
last updateLast Updated : 2026-08-18
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