تسجيل الدخول妹に婚約者も名誉も奪われ、泣き寝入りするしかないと思われていた公爵令嬢リディア。だが彼女は、王宮監査官として貴族たちの不正、隠し財産、密約、そして誰にも知られたくない弱みを握っていた。復讐を望まない彼女が選んだのは、ただ事実を一つずつ公にすること。やがて家族も王宮も崩れ始め、冷血と恐れられる王弟宰相ギルベルトだけが、彼女の危うい正しさに気づく。「君が壊れる前に、今度は私が君を守る」しかし暴かれる秘密は妹の裏切りだけでは終わらず、王妃、医師、慈善、そして王家そのものへつながっていく。静かな復讐の先で、傷ついた令嬢は愛と自分の人生を取り戻していく。
عرض المزيد王国監査局からの資料提出命令は、薄い紙一枚だった。 だが、その一枚は王都中の貴族屋敷を震わせた。 慈善基金、銀梟会、第二王子府関連支出について、関係各家に過去三年分の資料提出を命じる。 期限は三日。 虚偽申告、改竄、証拠隠滅が確認された場合は、身分を問わず追加調査および押収の対象とする。 その文面は、飾り気がなく、容赦もなかった。 社交界の者たちは、美しい言葉で遠回しに人を刺すことには慣れている。 けれど、こういう真っ直ぐな刃物には慣れていない。 だから、よく切れた。「悪女監査官が、とうとう各家の帳簿へ手を伸ばしたらしい」「慈善茶会に寄付した家は、全部調べられるのですって」「銀梟会に出入りしていた若君たちは大変ね」「でも、リディア様は本当に王宮中の弱みを知っているのかしら」「知っているから怖いのよ」 噂は、王都の馬車より速く走る。 午前に通達が出た時には、昼にはもう貴族街の茶会で囁かれ、夕刻には仕立屋の奥部屋で語られ、夜には使用人たちの厨房話になっていた。 そして翌朝には、監査局の机の上に、最初の資料束が積まれていた。 早すぎる家は、たいてい後ろ暗い。 遅すぎる家も、もちろん後ろ暗い。 ちょうどよい家など、ほとんどない。 私は提出された箱のひとつを開けながら、そう思った。 監査局第二資料室は、朝から紙の山だった。 机の上だけでは足りず、床に木箱が並べられ、壁際には封蝋付きの袋が積まれている。 その合間を、監査官たちが行き来していた。「フォルト子爵家、提出ありました!」「中身確認。封蝋、破損なし」「ミルシュ男爵家、帳簿が妙に新しいです」
銀梟会から提出された帳簿は、きれいすぎた。 きれいすぎる帳簿は、たいてい嘘をついている。 監査局の第二資料室に積まれた紙束を前にして、私はまずそう思った。 机の上には、銀梟会の会計記録、寄付者名簿、議事録、開催記録、資料購入費の明細が並んでいる。 表向きは完璧だった。 読書会らしく、古典文学の購入記録がある。 若手貴族交流費という名目で茶菓子代が計上されている。 講師への謝礼もある。 会場費、装花費、筆記具代、写本代。 どれも、それらしく見える。 それらしく見えるものほど、疑うべきだ。「これ、整いすぎていません?」 セオが横から覗き込みながら言った。 彼も同じことを感じたらしい。「ええ」 私は帳簿の端を指で押さえた。「特に、この資料購入費です。古典詩集が年に十二冊も購入されています」「熱心な読書会ですね」「熱心なら、頁に折り目があるはずです」「ああ、昨夜の」「ええ。あの本棚の本は、ほとんど読まれていませんでした」 セオは、苦い顔で帳簿を見た。「本を買ったことにして、別の支出を隠した?」「可能性はあります。ですが、それだけならまだ可愛い方です」「可愛い方」「監査局では、金貨百枚程度のごまかしは可愛いのですか」 セオは少し考えた。「嫌な職場ですね」「本当に」 私は次の帳簿を開く。 銀梟会の寄付者名簿。 そこに並ぶ名前を見れば、昨夜の顔が浮かぶ。 クラウゼン伯爵家。 ドラン子爵家。 フォルト子爵家。 ミルシュ男爵
王太子アーヴィンの執務室は、いつ来ても整いすぎていた。 エドガルは、昔からこの部屋が苦手だった。 机の上には、必要な書類しか置かれていない。 窓辺の花瓶には、季節の花が一輪だけ。 書棚には、背表紙の高さまで揃えられた資料。 壁には王国地図。 そして、空気そのものに余計な甘さがない。 エドガルの執務室とは違う。 いや、違うと言うより、今の自分の執務室がひどすぎるのだ。 昨日まで、それに気づいていなかっただけで。「座れ」 兄の声は、いつも通り静かだった。 怒鳴らない。 焦らない。 責める時でさえ、声が乱れない。 その落ち着きが、エドガルには昔から腹立たしかった。 兄は失敗しない人間なのだと思っていた。 少なくとも、そう見えるように生きている人間だ。 自分とは違う。 エドガルはそう思い続けていた。 だから、比べられるのが嫌だった。 王太子アーヴィンは完璧。 第二王子エドガルは優しい。 周囲はそう言った。 優しい王子。 その言葉は、兄に勝てない自分に与えられた、せめてもの飾りだった。 だが今、その飾りはひどく薄っぺらく感じる。 優しい。 自分は本当に優しかったのか。 泣いているセレスティナを守るのは簡単だった。 彼女は弱く見えたから。 自分を必要としているように見えたから。 守れば、自分が優しい王子になれたから。 では、泣かなかったリディアは? エドガルは、手元の謝罪文を握りしめた。 書き損じではない。
銀梟会の招待状は、腹立たしいほど上品だった。 白い厚紙。 銀の縁取り。 封蝋には、羽を広げた梟の紋。 文字は細く優雅で、いかにも「私たちは知性と品位の集まりです」と言いたげだった。 実際には、第二王子派の若手貴族たちが、読書会という名目で集まり、情報を交換し、噂を流し、金の流れを調整する場所だ。 読書会。 便利な言葉だ。 慈善。家族。守るため。 最近、便利な言葉ばかり見ている。 私は監査局の机の上で、その招待状を見下ろしていた。「本当に、これで中へ入れるのでしょうか」 セオが横から覗き込みながら言った。 彼は今日も目の下に少し隈を作っている。昨日よりは薄いが、監査局にいる限り、この人の隈が完全に消える日は来ない気がする。「入れます」 私は招待状を指で押さえた。「銀梟会は表向き、貴族子弟向けの読書会です。会員の紹介があれば入場できる形式を取っています」「紹介者は?」「南部侯爵家です」 セオは目を丸くした。「南部侯爵家、協力してくださったんですか」「正確には、侯爵夫人が」「エレオノーラ様ですね」「ええ」 南部侯爵夫人エレオノーラ。 名前を間違えられ続けた夫人。 第二王子殿下の会談失敗で最も不快に思っている人物の一人でもある。 彼女は、王太子府を通じて監査局へ協力を申し出た。『銀梟会には、我が家の甥も出入りしております。わたくしの名を覚えない方々が、どのような本を読んでいるのか、ぜひ知りとうございますわ』 手紙の最後には、そう書かれていた。 優雅な皮肉だった。 私は少しだけ、エレオノ