All Chapters of 妹に婚約者も名誉も奪われましたが、私は王宮中の弱みを知っています 〜泣き寝入り令嬢の静かな復讐が、冷血宰相の執着を呼びま: Chapter 11 - Chapter 19

19 Chapters

第11話 妹、孤児院へ行く

セレスティナ・ヴェルクレアは、朝から三度も服を替えた。 一着目は、淡い水色の外出着。 鏡の前に立った時は悪くないと思った。清楚で、儚くて、昨日まで泣いていた少女が少し勇気を出して外へ出る、という雰囲気がある。 けれど、袖口の銀糸を見た瞬間、リディアの声が頭の奥で響いた。『あなたの可愛いドレス一着分で、孤児院の雨漏りは直せたそうです』 セレスティナは顔をしかめ、すぐに脱いだ。 二着目は、薄桃色のワンピース。 これはもっと駄目だった。 昨日の夜会のドレスを思い出す。 桃色。 真珠。 銀糸。 孤児院の屋根。 胸の奥がきゅっと縮んで、息苦しくなった。 三着目は、生成り色の地味な外出着だった。 飾りはほとんどない。リボンも小さい。レースも控えめ。 侍女は少し困った顔をした。「セレスティナお嬢様、本当にこちらでよろしいのですか」「変?」「変ではございません。ただ、少し……」「少し?」「お嬢様らしくない、と申しますか」 それを聞いて、セレスティナは鏡の中の自分を見た。 確かに、自分らしくない。 いつものふわりとした華やかさはない。可愛いと言われるための柔らかさも、守ってあげたいと思わせる儚さも薄い。 でも、今日はそれでいい気がした。「これで行くわ」「髪飾りは?」 侍女が差し出したのは、真珠の小さな花飾りだった。 セレスティナはそれを見て、一瞬だけ手を伸ばしかけた。 可愛い。 やっぱり、つけたい。 そう思った直後、またあの言葉が蘇
last updateLast Updated : 2026-08-19
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第12話 冷血宰相は、悪女に食事を命じる

監査局の朝は、朝らしくなかった。 窓の外には薄い陽が差しているのに、部屋の中には夜の残り香がある。 蝋燭の焦げた匂い。 乾いたインク。 積み上がった紙。 冷めた茶。 そして、白鳩文具商会から持ち帰った、焦げた紙の匂い。 それらが混ざった空気の中で、私は燃え残った書簡の写しを読み直していた。『セレスティナ嬢を王子妃候補へ』 何度見ても、胸の底が冷える。 昨夜の婚約破棄が、偶然ではなかった可能性。 妹の涙も、殿下の怒りも、私の評判も、誰かの意図に沿って動かされた可能性。 だが、今はまだ断片だ。 白鳩文具商会。 銀梟会。 第二王子府の下級書記官ルカン。 側近ダリオ・ベルメール。 公爵家の執事長アルマン。 母オルガの署名。 父の印。 線は見えている。 けれど、まだ結び目までは見えていない。 私は目録を作りながら、隣の紙へ印をつけた。「白鳩文具商会の店主証言は、今日の午後に正式記録化。ダリオ様の出頭確認。銀梟会の資金受領記録。第二王子府の私信控え照合。公爵家特別支出控えとの差分」 書き出しているだけで、頭が重くなる。 でも、止まれない。 証拠は、人の手で動く。 人の手で隠される。 人の手で燃やされる。 昨日、白鳩文具商会で見た鉄桶の中の黒い紙片が、まだ瞼の裏に焼きついていた。 灰になれば、文字は戻らない。 だから、今ある文字を拾わなければならない。 私はもう一枚、書類を引き寄せた。 その瞬間、視界の端が少し揺れた。 ……揺れた? 私は瞬
last updateLast Updated : 2026-08-20
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第13話 母は、まだ娘を操れると思っている

第二王子殿下とダリオ・ベルメールの聴取は、思っていたより静かに終わった。 少なくとも、怒号はなかった。 それだけで、監査局の官吏たちは少し意外そうな顔をしていた。 王族が絡む事情聴取というものは、たいてい厄介になる。 プライド。 体面。 責任逃れ。 誰かのせいにしたい気持ち。 そして、余計な口出しをする取り巻き。 そういうものが、紙の束より厚く積もるからだ。 だが、今日のエドガル殿下は違った。 少なくとも、昨日よりは。 彼は南部侯爵への謝罪文草案を持参し、監査局の控室でダリオの証言を待っていた。 私がその場に入った時、殿下は椅子から立ち上がった。 昔なら、私が入る前に立つことなどなかった。 婚約者なのだから、そこにいるのが当然。 そういう態度だった。 だから、その小さな動きに気づいてしまった自分が少し嫌だった。「リディア」 殿下は私の名を呼び、それから少し迷った。「……リディア補佐官」 言い直した。 ぎこちなく。 でも、言い直した。「第二王子殿下」 私は礼をした。 その距離を、殿下は見ていた。 たぶん、近づきたいのだろう。 何かを言いたいのだろう。 だが、ギルベルト閣下が私の横にいるため、殿下は一歩も動かなかった。 学んでいる。 ほんの少しだけ。 ダリオは白鳩文具商会への文書処分依頼について証言した。 銀
last updateLast Updated : 2026-08-21
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第14話 銀梟会の夜会

銀梟会の招待状は、腹立たしいほど上品だった。 白い厚紙。 銀の縁取り。 封蝋には、羽を広げた梟の紋。 文字は細く優雅で、いかにも「私たちは知性と品位の集まりです」と言いたげだった。 実際には、第二王子派の若手貴族たちが、読書会という名目で集まり、情報を交換し、噂を流し、金の流れを調整する場所だ。 読書会。 便利な言葉だ。 慈善。家族。守るため。 最近、便利な言葉ばかり見ている。 私は監査局の机の上で、その招待状を見下ろしていた。「本当に、これで中へ入れるのでしょうか」 セオが横から覗き込みながら言った。 彼は今日も目の下に少し隈を作っている。昨日よりは薄いが、監査局にいる限り、この人の隈が完全に消える日は来ない気がする。「入れます」 私は招待状を指で押さえた。「銀梟会は表向き、貴族子弟向けの読書会です。会員の紹介があれば入場できる形式を取っています」「紹介者は?」「南部侯爵家です」 セオは目を丸くした。「南部侯爵家、協力してくださったんですか」「正確には、侯爵夫人が」「エレオノーラ様ですね」「ええ」 南部侯爵夫人エレオノーラ。 名前を間違えられ続けた夫人。 第二王子殿下の会談失敗で最も不快に思っている人物の一人でもある。 彼女は、王太子府を通じて監査局へ協力を申し出た。『銀梟会には、我が家の甥も出入りしております。わたくしの名を覚えない方々が、どのような本を読んでいるのか、ぜひ知りとうございますわ』 手紙の最後には、そう書かれていた。 優雅な皮肉だった。 私は少しだけ、エレオノ
last updateLast Updated : 2026-08-22
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第15話 エドガル、初めて謝罪文を書く

王太子アーヴィンの執務室は、いつ来ても整いすぎていた。 エドガルは、昔からこの部屋が苦手だった。 机の上には、必要な書類しか置かれていない。 窓辺の花瓶には、季節の花が一輪だけ。 書棚には、背表紙の高さまで揃えられた資料。 壁には王国地図。 そして、空気そのものに余計な甘さがない。 エドガルの執務室とは違う。 いや、違うと言うより、今の自分の執務室がひどすぎるのだ。 昨日まで、それに気づいていなかっただけで。「座れ」 兄の声は、いつも通り静かだった。 怒鳴らない。 焦らない。 責める時でさえ、声が乱れない。 その落ち着きが、エドガルには昔から腹立たしかった。 兄は失敗しない人間なのだと思っていた。 少なくとも、そう見えるように生きている人間だ。 自分とは違う。 エドガルはそう思い続けていた。 だから、比べられるのが嫌だった。 王太子アーヴィンは完璧。 第二王子エドガルは優しい。 周囲はそう言った。 優しい王子。 その言葉は、兄に勝てない自分に与えられた、せめてもの飾りだった。 だが今、その飾りはひどく薄っぺらく感じる。 優しい。 自分は本当に優しかったのか。 泣いているセレスティナを守るのは簡単だった。 彼女は弱く見えたから。 自分を必要としているように見えたから。 守れば、自分が優しい王子になれたから。 では、泣かなかったリディアは? エドガルは、手元の謝罪文を握りしめた。 書き損じではない。
last updateLast Updated : 2026-08-23
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第16話 悪女監査官、社交界に宣戦布告する

銀梟会から提出された帳簿は、きれいすぎた。 きれいすぎる帳簿は、たいてい嘘をついている。 監査局の第二資料室に積まれた紙束を前にして、私はまずそう思った。 机の上には、銀梟会の会計記録、寄付者名簿、議事録、開催記録、資料購入費の明細が並んでいる。 表向きは完璧だった。 読書会らしく、古典文学の購入記録がある。 若手貴族交流費という名目で茶菓子代が計上されている。 講師への謝礼もある。 会場費、装花費、筆記具代、写本代。 どれも、それらしく見える。 それらしく見えるものほど、疑うべきだ。「これ、整いすぎていません?」 セオが横から覗き込みながら言った。 彼も同じことを感じたらしい。「ええ」 私は帳簿の端を指で押さえた。「特に、この資料購入費です。古典詩集が年に十二冊も購入されています」「熱心な読書会ですね」「熱心なら、頁に折り目があるはずです」「ああ、昨夜の」「ええ。あの本棚の本は、ほとんど読まれていませんでした」 セオは、苦い顔で帳簿を見た。「本を買ったことにして、別の支出を隠した?」「可能性はあります。ですが、それだけならまだ可愛い方です」「可愛い方」「監査局では、金貨百枚程度のごまかしは可愛いのですか」 セオは少し考えた。「嫌な職場ですね」「本当に」 私は次の帳簿を開く。 銀梟会の寄付者名簿。 そこに並ぶ名前を見れば、昨夜の顔が浮かぶ。 クラウゼン伯爵家。 ドラン子爵家。 フォルト子爵家。 ミルシュ男爵
last updateLast Updated : 2026-08-24
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第17話 提出命令は、社交界を震わせる

王国監査局からの資料提出命令は、薄い紙一枚だった。 だが、その一枚は王都中の貴族屋敷を震わせた。 慈善基金、銀梟会、第二王子府関連支出について、関係各家に過去三年分の資料提出を命じる。 期限は三日。 虚偽申告、改竄、証拠隠滅が確認された場合は、身分を問わず追加調査および押収の対象とする。 その文面は、飾り気がなく、容赦もなかった。 社交界の者たちは、美しい言葉で遠回しに人を刺すことには慣れている。 けれど、こういう真っ直ぐな刃物には慣れていない。 だから、よく切れた。「悪女監査官が、とうとう各家の帳簿へ手を伸ばしたらしい」「慈善茶会に寄付した家は、全部調べられるのですって」「銀梟会に出入りしていた若君たちは大変ね」「でも、リディア様は本当に王宮中の弱みを知っているのかしら」「知っているから怖いのよ」 噂は、王都の馬車より速く走る。 午前に通達が出た時には、昼にはもう貴族街の茶会で囁かれ、夕刻には仕立屋の奥部屋で語られ、夜には使用人たちの厨房話になっていた。 そして翌朝には、監査局の机の上に、最初の資料束が積まれていた。 早すぎる家は、たいてい後ろ暗い。 遅すぎる家も、もちろん後ろ暗い。 ちょうどよい家など、ほとんどない。 私は提出された箱のひとつを開けながら、そう思った。 監査局第二資料室は、朝から紙の山だった。 机の上だけでは足りず、床に木箱が並べられ、壁際には封蝋付きの袋が積まれている。 その合間を、監査官たちが行き来していた。「フォルト子爵家、提出ありました!」「中身確認。封蝋、破損なし」「ミルシュ男爵家、帳簿が妙に新しいです」
last updateLast Updated : 2026-08-25
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第18話 十三歳の署名

十三歳の自分の字を、もう一度見ることになるとは思っていなかった。 王妃教育院から届いた手習い帳は、薄茶色の革紐でまとめられていた。 表紙の角は少し擦り切れている。 インクの染みが、左下に小さく残っている。 そこには、幼い私の字で名前が書かれていた。 リディア・ヴェルクレア。 今より少し丸い字。 最後の「ア」が、ほんの少し跳ねている。 私はそれを見た瞬間、胸の奥が妙に冷たくなった。 十三歳の私が、紙の向こうからこちらを見ているような気がした。「補佐官」 筆跡鑑定官の老婦人が、眼鏡を少し下げて言った。 名はメリッサ・ロウ。 王宮文書局に四十年勤め、退職後も重要文書の鑑定だけは頼まれているという人だ。 髪は真っ白で、声は穏やか。だが、紙を見る目だけが刃物のように鋭い。「こちらが十三歳当時の手習い帳。こちらが問題の承認書。並べてよろしいですか」「お願いします」 私は椅子に座ったまま頷いた。 本当は立っていたかった。 座っていると、弱っているみたいで嫌だったから。 だが、ギルベルト閣下に「鑑定中に倒れるな。邪魔だ」と言われ、座らされた。 邪魔。 相変わらず言い方がひどい。 けれど、たぶん気遣いだ。 たぶん。 そういうことにしておく。 メリッサ鑑定官は、二枚の紙を慎重に並べた。 手習い帳の一頁。 偽造署名の承認書。 同じ名前。 違う手。「結論から申し上げます」 彼女は静かに言った。「この承認書の署名は、リディア補佐官ご本人のものではありません
last updateLast Updated : 2026-08-26
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第19話 セレスティナ、招待状を読む

招待状というものは、もっと可愛らしい紙だと思っていた。 花の香りがして、封蝋が綺麗で、開くと誰かの優しい言葉が書かれていて。 少なくとも、セレスティナ・ヴェルクレアはそう思っていた。 けれど、目の前に積まれた招待状の山は、可愛らしいというより、こちらを責めてくる紙の壁だった。 白、薄桃、淡黄、青灰色。 色だけは綺麗だ。 封蝋も凝っている。 家紋の押し方、紙の厚み、香りの強さ、宛名の書き方。どれも、貴族らしい上品さで整えられている。 だが、中身はちっとも優しくない。「ローデン伯爵夫人……ご出席。ご令妹様はご欠席。ええと、ただし、午前の慈善講話には代理の方が……代理? 誰? この方は席に入れるの? 入れないの?」 セレスティナは、ペンを持ったまま固まった。 机の上には、途中まで書いた席次表がある。 中央に母オルガの名。 その右に、格上の夫人たち。 左に、親しい夫人たち。 少し離して若い令嬢たち。 そう教えられた。 だが、実際に並べようとすると、何も分からない。 家格だけで並べればいいのではない。 仲の良し悪し。 前回の茶会で誰が誰に失礼をしたか。 夫の派閥。 娘の婚約事情。 寄付額。 宗教施設との関係。 王妃殿下への距離。 全部、絡む。 絡みすぎて、糸玉みたいになっている。 セレスティナは、頭を抱えた。「お姉様、これを毎年やっていたの……?」 返事はない。 リディアはいない。 当たり前だ。 けれど、紙の山の向こ
last updateLast Updated : 2026-08-27
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