その時、悠斗の体からは、まだどこか嗅ぎ覚えのある香水の匂いが漂っている。甘ったるさの中に、ほんの少し冷たい香りが混じっている。美咲がいつも愛用している香水だ。悠斗は眉間に皺を寄せ、どこか不機嫌そうな顔をしている。私は慌てて立ち上がり、緊張しながら彼を見上げる。「どうしたの?私、何か変なこと言った?」離婚する前にも、私はまったく同じことを経験していた。あの頃の私は、何も分からず、ただ取り乱していた。記者から悠斗と美咲が一夜を共にしたと聞かされた瞬間、目の前が真っ赤になる。その後、私は悠斗本人に確かめに行く。けれど彼は「マスコミの前で、俺の顔に泥を塗るな」と私を責める。私は会社まで押しかけて、悠斗と大喧嘩をする。そこで目にしたのは、美咲が悠斗の膝の上に親しげに腰掛けている姿だった。彼は彼女を庇うように背後へ隠し、冷たい目で私を見つめる。そして、私を話の通じない女だと責め、わがままを押し通して大事なことを台無しにしたと非難する。何を言われても、私は引き下がらない。離婚してほしいと、何度も何度も訴える。まさか、その選択をしたあと、私は五年間も苦しみ続けることになるなんて、あの頃の私は知らない。離婚するとき、私は何も持たずに家を出ていた。「神谷悠斗の妻」という肩書きを失った途端、仕事を探してもどこにも採用されない。家賃を払うために、別の支払いを後回しにする。病気になったときには、薬を買うお金すら工面できない。今になって思えば、やっぱり、悠斗のそばにいる生活が一番楽だ。生活の心配をする必要もない。誰かの顔色を窺って生きる必要もない。だから、悠斗から復縁してほしいと言われたとき、私は一切迷わず頷いている。悠斗の表情が、一瞬だけ固まる。どうやら、あの頃のことを思い出したらしい。けれど彼は何も言わない。ただポケットから、小さな箱を取り出す。そして、その中からダイヤモンドのネックレスを出した。「お前にやる」私はそれを一目見る。なんだか、見覚えがある。二か月前、私の誕生日に悠斗が秘書を通して贈ってきたプレゼント。それも、まったく同じネックレスだった。あのとき、秘書は何と言っていたっけ。「社長は最近とてもお忙しいのですが、それでもご自分でお店まで足を運ばれて、何度も見比べながらこちらを選ばれ
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