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第4話

Author: 昭寧
おかしい。美咲が現れてからというもの、悠斗が私のことを気にかけるのは、これが初めてだ。

私は誰もいない家へ戻る。身支度を済ませると、早々にベッドへ入る。

そして、深夜一時。私は眠りの中で、突然叩き起こされる。

まだ何が起きたのか理解できていない。その瞬間、悠斗に腕を掴まれ、ベッドから乱暴に引きずり起こされる。

私はぼんやりとした目を擦りながら、無理やり意識を覚醒させる。そして、反射的に口にする。

「美咲さんと一緒にいないの?」

その一言が引き金になる。悠斗の顔に浮かんでいた怒りが、一瞬でさらに強くなる。

「紗月。俺は、お前が本当に変わったと思ってた。でも、結局昔と何も変わってないな。嫉妬ばかりして、人を陥れるためなら手段も選ばない」

言葉はひどく刺さる。けれど私は、ただ小さくため息をつく。

仕方ない。今の悠斗は、私の生活を支えてくれている人だ。

私は悠斗の手をそっと掴む。そして、静かに尋ねる。

「何があったの?」

「よくそんなことが言えるな」

悠斗が勢いよく私の手を振り払う。突然のことで体のバランスを崩す。次の瞬間――

ゴンッ!額をベッドの角に強くぶつける。熱い痛みが走り、額から血が一気に流れ出す。

私は痛みを堪えながら顔を上げる。

「悠斗……本当に、何があったのか分からないの」

「まだ白を切るのか?」

悠斗が腰を屈める。そして、ナイトテーブルに置かれていた香水の瓶を掴む。そして、ガシャンッと香水瓶が床に叩きつけられる。

ガラスが砕け散る。同時に、強烈な薔薇の香りが部屋いっぱいに広がる。鼻を刺すような濃い香りに、私は思わず咳き込む。

「お前、美咲が妊娠してるって分かってるよな?それなのに、美咲がアレルギーを起こす薔薇の香水を贈った!」

その目には、激しい非難が浮かんでいる。

「いったい何を考えてる?そんなに美咲が幸せになるのが気に入らないのか?」

頭の中が、一瞬で真っ白になる。私は呆然と床に散らばったガラス片を見る。

その香水を見たことは、一度もない。ましてや、美咲に贈ったことなど絶対にない。

そもそも私は、香水を買ったことすらない。

悠斗だって知っているはずだ。私は香水が苦手だ。どんな香水でも、強い匂いを嗅ぐとすぐにくしゃみが止まらなくなる。肌まで痒くなってしまう。

少し冷静になって考えれば、こんなことをしたのが私ではないと分かるはずだ。

けれど、美咲は悠斗の子供を身ごもっている。だからこそ、悠斗は冷静さを失っている。自分が一番大切にしている人を疑うことなんて、できるはずがない。

私は、お金をもらう代わりに妻を演じているだけ。そんな私が、悠斗にいつでも冷静でいろなんて求める資格はない。

だって、生活を支えてくれる人の言葉は、私にとって絶対だ。

だから、私は何も説明しない。

悠斗が望む「理想の妻」は、言い返さない。口答えもしない。夫と争うこともしない。

私は目を伏せる。そして、何も言わずにベッドから降りる。そのまま、ガラスの破片が散らばった床へ膝をつく。

足元に刺さるガラスの痛みなど、気にしない。赤い血が、じわじわと絨毯を染めていく。

「悠斗……」

その瞬間、悠斗の瞳孔がぐっと縮む。突然、私を抱き上げる。そして、そのままベッドの上へ寝かせる。

「お前、何やってるんだ!ガラスが散らばってるんだぞ!」

その声に、私は一瞬だけ固まる。私の聞き間違いだろうか。

なぜだろう。悠斗の声が、ほんの少し震えていたように聞こえる。

私はもう一度、彼の手を掴む。

「悠斗……私が悪かった。

私、美咲さんに謝りに行くから。だから、怒らないで……ね?」

予想していた言葉が返ってこない。許すわけでもない。怒鳴るわけでもない。悠斗は突然、黙り込む。

長い沈黙のあと、ゆっくりと顔を上げる。

その瞳には、戸惑いが浮かんでいる。理解できないというような、困惑。そして、少しずつ私に理解できないほどの焦りへと変わっていく。

きっと悠斗には分からないのだ。昔の私は、何かあればすぐに彼と喧嘩をしていた。泣きながら問い詰めた。声を荒らげて、彼の気持ちを確かめようとした。

そんな私が、今は何を言われても反抗しない。あまりにも聞き分けがよくて、まるで別人のように見えているのだろう。

悠斗は、ただ黙って私を見つめている。その瞳に浮かぶ焦りは、時間が経つほど濃くなっていく。

まるで次の瞬間、自分にとって何より大切なものを失ってしまうかのように。

私は、悠斗が何を考えているのか分からない。どうすればいいのかも分からない。

ただ、怖い。悠斗を怒らせたくない。今まで私に与えてくれたものを、取り上げられるのが怖い。また、あの暗く苦しい生活へ戻るのが怖い。

私は唇を噛む。でも、もうお金は使ってしまった。今さら返せと言われても、全部返すなんて無理だ。それなら、もうここで終わらせてしまったほうがいい。

私は意を決する。ずっとバッグの中に隠していた離婚協議書を取り出す。

そして、怯えたような目で私を見つめる悠斗へ差し出す。

「悠斗……私、あなたと離婚してもいいよ。ただ……お願いだから、今まで私にくれたお金だけは、返してって言わないで……」

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