All Chapters of さようならボス、その遅すぎた愛に興味はないの: Chapter 1 - Chapter 10

13 Chapters

第1話

病院を出て彼の車に乗り込んでから、ジュリアンはようやく低い声で弁解するように口を開いた。「さっきの連中の戯言を気にするな。ミアは俺の店で踊り子の仕事をしてる。ちょっと厄介なことに巻き込まれたから、ボスとして俺が片をつけただけだ。これは仕事のうちだ」私は小さく「そう」と返しただけで、それ以上は何も言わず、車窓に寄りかかった。すると、突然ジュリアンが苛立ったように声を荒らげた。「信用してくれないのか?セラフィーナ......この半年間、俺は毎晩欠かさず家に帰ってきただろ。それでも足りないというのか?」流れていく街灯をぼんやり眺めながら、私は淡々と答えた。「いいえ。こんな怪我、大したことないと思っただけだから。屋敷に帰りましょう」完璧な答えだった。けれど、そこには何の感情もなかった。まるで、あらかじめ録音された返答を再生しているかのように。ジュリアンは苛立ちを抑えきれず、ハンドルを拳で強く叩いた。けたたましいクラクションが夜の街に響き渡り、向かいの店の裏口から出てきたばかりの踊り子たちが驚いて振り返る。そのうちの一人が顔を上げ、こちらを見つめた。街灯に照らされ、その顔がはっきりと浮かび上がった瞬間、車内の空気が凍りついた。「ミア......どうしてここに......」ジュリアンは反射的に私を見た。以前の私なら、この女と鉢合わせるたび、その場で取り乱していたからだ。けれど私は、一瞬だけ視線を向けると、まるで何もない空間を見ていたかのように、すぐに目を逸らした。ジュリアンの指がハンドルの上で強張る。それでも、彼の視線はミアへと吸い寄せられていった。真夜中の凍えるような風の中、彼女が身につけているのは安っぽいスパンコールのワンピース一枚だけだった。寒さに耐えるように両腕をぎゅっと抱きしめ、鼻先は赤くなっている。ジュリアンはすでにドアノブに手をかけていた。その目に浮かんだ剥き出しの心配を、見間違えるはずもなかった。私は自分の立場をわきまえていた。だから彼が気兼ねなく出ていけるよう、自分からドアを開けた。「用事があるなら、私はタクシーで帰れるから」言い終わるのも待たず、私はドアを閉め、そのまま横断歩道へ向かって歩き出した。するとジュリアンが追いかけてきて、私の手首を掴んだ
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第2話

屋敷に戻ると、私は重厚なオーク材の扉を押し開けた。すると暖炉の上に飾られた、結婚式の写真が目に飛び込んできた。写真の中のジュリアンは、無垢な笑みを浮かべ、鼻先を私のこめかみに寄せている。私たちが一番幸せだった頃の姿だった。ジュリアンと私は、二人とも孤児院で育った。私が17歳のとき、借金のかたに、院長は私を凶悪な年老いたマフィアの男と結婚させようとした。そのとき、私の手を掴み、高いレンガ塀を乗り越えて逃がしてくれたのがジュリアンだった。私たちはそのまま一気に港の船着き場まで逃げた。背後から院長は怒鳴り声を浴びせてきた。「ジュリアン・マルケッティ!そこまで大口を叩くなら、一生かけてあの娘を守ってみな!」ジュリアンは振り返った。その目には、決意が宿っていた。「だったら、俺の命に代えてでも守ってやるよ!」彼は地下闘技場で稼いだわずかな金で地下室のアパートを借り、その後はファミリーのために街でみかじめ料を集めるようになった。「一人前になったら、こんなところからお前を連れ出してやる。もう誰にもお前に手出しさせない」街に出て最初の3年間、ジュリアンは縄張り争いのために命を懸けて戦い、何度も死にかけた。銃を抜いて銃撃戦へ向かうたび、彼は必ず私の写真を服の胸ポケットに大切にしまっていた。私はファミリーが経営するコインランドリーで帳簿をつけながら、一銭たりとも無駄にせず、少しずつ金を貯めていた。一番苦しかったクリスマスには、二人ともポケットをひっくり返しても小銭しか出てこなかった。結局、一枚の冷めたピザを二人で分けて、どうにかクリスマスをやり過ごした。それからジュリアンは、容赦のなさだけを武器に、一歩ずつ組織の中で地位を上げていった。その一方で、私は彼のために先を読み、裏方として段取りを整え、組織の実務を取り仕切るようになった。カビ臭い地下室を出て高級ペントハウスへ移り、最後には絶対的な権力の象徴でもある丘の上の邸宅へと、私たちは住む場所を変えていった。ジュリアンの権力が広がるにつれ、彼の周りに集まる「取引相手」たちも、次第に派手になっていった。そしてある日、私は彼のシャツの襟の内側に、口紅の跡を見つけた。私なら絶対に選ばないような、鮮やかで目立つ色だった。「カジノに新しい踊り子が入った
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第3話

7日間、ジュリアンは一度も屋敷に戻ってこなかった。私も彼の行方を追おうとはしなかった。ただ淡々と必要なことだけをこなし、離婚届を弁護士に渡し、自分の荷物を少しずつまとめ始めた。ところが弁護士から、手続きを早めるには、何年も前にサウスサイドの小さな教会で交わしたある書類の原本を提出する必要があると言われた。その書類は、かつて私たちが暮らしていた古いアパートに保管していた。そこはもう何年も誰も住んでいない。私は自分で取りに行くことにし、そのついでにアパートの売却手続きも進めることにした。私は管理人を連れて部屋まで上がった。けれど、玄関の前まで来たところで、ドアが少しだけ開いていることに気づいた。中から、女のくぐもった声と、男の荒い息遣いが漏れてくる。薄暗い室内に目を凝らすと、安っぽいレースのスリップが埃っぽい床に無造作に脱ぎ捨てられていた。ジュリアンは剥がれかけた壁にミアを押しつけ、スラックスを膝まで下ろして彼女を抱いていた。腰に回した手には、私たちの結婚指輪がまだ嵌まったままだった。私は声が漏れそうになるのを必死に手で口を覆って押し殺し、そのまま踵を返して逃げるようにその場を離れた。管理人を振り返り、私は平静を装って言った。「今日はやめておきましょう。別の日にまた来ます」管理人は若い女性だった。中から聞こえてきた声も、当然耳にしていたのだろう。彼女は言葉にできないほど痛ましそうな目で私を見た。「マルケッティ夫人......この件について、記録を残しておきましょうか?」私は小さく首を横に振った。「気にしないでください。これは私たちの問題です」あのドアを開けたところで、何が変わるというのだろう。下品な女のように大騒ぎして喚き散らすのか。それとも、路地裏で二人きりだった苦しい日々を持ち出して、必死に夫にすがりつく惨めな妻を演じるのか。もう、そんなことに意味はなかった。男の心が離れてしまったあとで、どれだけ必死に繋ぎ止めようとしても、手元に残るのは空っぽの抜け殻だけだ。私は足早に階段を下りた。すると、後を追ってきたジュリアンに腕を掴まれた。まだ息が上がっている。シャツの襟元ははだけ、鎖骨には鮮やかな赤い痕が残っていた。「どうしてここにいる?さっきの...
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第4話

再び目を覚ましたとき、私はファミリー専用病院のVIP病室に横たわっていた。ジュリアンは、私が命懸けで持ち出したファイルをめくっていた。そこから、縁が焼け焦げた書類が滑り落ちた。「こんな紙切れのために、死にかけたのか?」ジュリアンの声には、信じられないという響きが滲んでいた。「お前は左のふくらはぎを骨折してるうえに、肺まで炎症を起こしてる。医者の話じゃ、あと10分遅れてたら助からなかったそうだぞ!」私は手を伸ばし、ファイルを奪い返した。この原本がなければ、弁護士に頼んで進めている離婚手続きを急ぐこともできない。私が書類を庇うように抱え込むのを見て、ジュリアンは眉間に深い皺を寄せた。「お前が素直に引いていれば、無事に逃げられたんだ。それなのに、わざとこんなことをして、俺に選ばせようとした。そこまでして、自分が俺の中でどれだけ大事なのか確かめたかったのか?襲撃したのは敵対勢力だ。ミアは何も知らない一般人だから、俺はあいつを助けることを優先した。だがお前は違う。お前は誰よりも、街で生き残る術を知ってるだろ」私は白い天井を見つめたまま、小さく答えた。「そうね」「セラフィーナ」彼は声を和らげ、私のそばへ身を寄せてきた。「前にも言っただろ。俺だってちゃんと落ち着くつもりなんだ。ミアのことは......あいつの家はギャンブルの借金で首が回らないうえに、母親は心臓が弱い。俺はただ、あいつを助けてやりたいだけだ。それくらいしてやってもいいだろ」妻である私を大切にしているような口ぶりだった。けれど、その行動は、彼がミアに夢中になっていることを何より雄弁に物語っていた。私はようやく彼の目を見た。私の瞳は、波ひとつ立たない淀んだ水面のようだった。「分かってる。全部、分かってるわ」私の冷めきった態度に耐えられなくなったのか、ジュリアンは突然立ち上がった。そのとき、私の肩に残った火傷の赤く腫れ上がった跡が目に入った。「セラフィーナ......子供を失っただけでも、俺にとっては十分苦しいんだぞ。今度は自分の身体まで傷つけて......お前は、俺にも同じ苦しみを味わわせたいのか?」「考えすぎよ。もう二度と、こんな馬鹿なことはしないわ」ジュリアンはさらに何か言おうと口を開いた。しかし、そのときスマホ
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第5話

私はコートのポケットの中で、拳を強く握りしめた。指の関節が白くなるほど力を込めながら、足を引きずるように大理石の廊下を歩いていく。背後から、ジュリアンの革靴が床を打つ音が近づいてきた。「セラフィーナ。車を出させるから、屋敷まで送らせる」私は振り返らず、そのまま歩く速度を上げた。そのとき、床にあった何かに足を取られ、私は勢いよく転んだ。巻いたばかりの火傷の傷口が、衝撃でたちまち開き、包帯が赤く染まっていく。あまりにも酷い転倒だった。胸の奥で何かが粉々に砕け散った。それと一緒に、私が最後まで捨てきれなかった、馬鹿げたほどわずかな希望まで消えていった。私は必死に歯を食いしばった。それでも止められず、涙が次々と頬を伝っていく。修道院が運営する孤児院で育った私にとって、何より怖かったのは、家族が集まる祝日の光景だった。街灯に照らされた家々の窓から漏れる温かな明かり。どこかの家から聞こえてくる、家族の笑い声。それを目にするたび、胸の奥に生まれる羨望は鈍いナイフのように、私の心を少しずつ切り刻んでいった。ジュリアンは、そのことを誰よりもよく知っていた。それなのに今、彼は自分の陰で泣いている女を慰めるためだけに、私がずっと抱えてきた古い傷を、自分の手で何度も抉り返している。ジュリアンが慌てて駆け寄り、私を起こそうとした。声には苛立ちを滲ませている。「セラフィーナ!そこまでにする必要があるのか!?」言い終わるより早く、熱々のブラックコーヒーが私の顔めがけて飛んできた。黒い液体が全身に飛び散り、続けざまに古びた革のバッグがこめかみに叩きつけられた。こめかみが一瞬で腫れ上がる。数歩離れたところで、ミアの母親が全身を震わせていた。まるで正気を失っているかのような様子だった。「この泥棒猫!よくもうちの婿に色目を使って......!人の家庭を壊すようなふしだらな真似をしたらどうなるか、思い知らせてやるわ!」彼女は勢いよく飛びかかってきて、私の頬を力いっぱい平手打ちした。衝撃で頭が横へ跳ね、私はそのまま床へ崩れ落ちた。その直後、あの硬く古びた革のバッグが、今度は私の肩へ容赦なく振り下ろされた。鈍く嫌な音が響き、その衝撃が骨の奥まで伝わってくる。一瞬、視界が真っ暗になった。三
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第6話

震える看護師に付き添われ、私は診察室へ戻り、裂けた傷口を洗浄して、もう一度包帯を巻き直してもらった。「マルケッティ夫人......」看護師は電話の受話器に手を伸ばしかけたまま、私に尋ねた。「やはり、ボスに連絡しましょうか?」私は静かに手を伸ばし、受話器を押し戻した。「必要ありません」淡々と言ってから、私は続けた。「自分で帰ります」――屋敷へ戻ると、私は2階の寝室へ向かい、クローゼットから簡単な服を何着か選んで、小さなスーツケースに詰めた。そのとき、スマホの画面が明るくなった。ミアがSNSを更新していた。投稿された写真には、ジュリアンの濃いグレーのスーツの上着を羽織ったミアが写っていた。彼の胸に頭を預け、幸せそうに微笑んでいる。添えられた言葉は、【危険な世界だけど、私が心から安心できる場所は彼のそばだけ】だった。私は表情一つ変えず、その目障りな写真をスワイプして通り過ぎる。そして彼女のプロフィールを開き、「ブロック」をタップした。正門の外には、あらかじめ手配しておいた車がすでに待っていた。私はスーツケースを持って後部座席に乗り込み、運転手に行き先を告げた。「中央駅まで。サン・セラーノ行きの夜行列車に乗ります」エンジンが低く唸り、車はゆっくりと屋敷の鉄門を抜けていった。大通りへ出ようとした、そのときだった。向かい側から黒塗りのセダンが何台も連なって走ってきて、私たちの車のすぐ脇を通り過ぎていった。先頭の車は後部座席の窓が半分ほど開いていた。ジュリアンは隣に座る誰かのほうへ顔を向け、何かを優しく話しかけていた。その肩にはミアが寄り添い、鳥のように愛らしい笑みを浮かべている。二台の車列は、まるで示し合わせたかのように正反対の方向へ走り去っていった。バックミラーの中で、私が6年間暮らした白い屋敷が少しずつ小さくなっていく。やがて夜の闇に飲み込まれ、完全に見えなくなった。17歳の私は、孤児院の鉄門を越えて、彼のあとを追った。20歳の私は、バットを握って彼の隣に立ち、街で初めて自分たちの縄張りを手に入れるために戦った。22歳の私たちは、サウスサイドの小さな教会で指輪を交換した。28歳の私は、彼が何度も何度も帰ってくるたび、私のものではない香水の匂いを全身
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第7話

夜行列車がサン・セラーノ駅に到着したのは、午前2時をとうに過ぎた頃だった。私は小さなスーツケースを引きながらホームへ降りた。夜の空気が肌を包み、地中海沿いの港町特有の、湿り気を帯びた潮の香りが鼻をくすぐった。「セラフィーナ」ホームの端から、白髪交じりの髪をした老人が、黒檀の杖に身体を預けながらゆっくりと歩いてきた。濃いグレーのスリーピーススーツに身を包み、襟元にはアンティークの銀製ブローチが留められている。駅の明かりを受け、ブローチが淡く輝いていた。老人は私の前で足を止めると、軽く頭を下げ、古風で厳かな仕草で私の手の甲に口づけた。「ヴィットリオ・ビアンキだ」低く、しゃがれた声だった。「君の父上は、私の恩師であり、家族同然の人だった。君の母上には......戦時中、街から無事に逃げられるよう手を回したのも私だ」私はその場に立ったまま、黙って頷いた。けれど喉の奥が詰まったようで、うまく息ができなかった。「ビアンキさん......」「叔父さんでいい」彼は顔を上げた。年齢を重ねた深い灰色の瞳は赤く充血していて、私の顔を確かめるようにじっと見つめている。「君は父親に本当によく似ている。目元も、眉の形も......その落ち着き払った雰囲気まで。まるで彼の生き写しだ」彼は私の手からスーツケースを受け取ると、背後に控えていた黒いスーツ姿の無言の護衛へ手渡した。そして、車に乗るよう促した。「さあ、疲れただろう。まずは家へ帰ろう。ファミリーの皆はずっと、君のご両親が暮らしていた屋敷を守っていたんだ」車は街灯の下をゆっくりと走り出した。古い街の石畳の道を縫うように進み、やがて蔦の絡まる屋敷の鉄門前で停車した。中庭には一本の古いオリーブの木が立っていた。その枝の下には、彫刻が施された石造りのテーブルと椅子が置かれている。ヴィットリオによれば、母は私を妊娠七か月の頃、よくそこに座って帳簿を読んでいたという。「君がまだ3か月のとき、ご両親は亡くなったんだ」彼が重厚なオーク材の扉を押し開ける。屋敷の中は、20年前から何ひとつ変わっていなかった。暖炉も、絨毯も、壁に飾られた油絵も。どこも隅々まで手入れが行き届いていた。「当時は五大ファミリーの抗争が激しかった時期だった。ご両親は一
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第8話

サン・セラーノでの暮らしは、私にとって新しい人生の始まりだった。私は過去を心の奥へ葬り、ファミリーの中枢へと足を踏み入れた。まずはマネーロンダリングの帳簿を調べ、組織同士の揉め事や取引上の争いを処理することから始めた。ここにいる誰も、私がポートヘイヴンでどんな人生を送ってきたのか、そして我が子を失い、死の淵まで追い詰められたことなど知らない。この古い街の男たちが知っているのは、私が北からやって来た若い未亡人というだけだった。物静かで、氷のように冷たい瞳を持つ女。昼間は書斎にこもり、帳簿をめくりながら、ファミリーが所有するワイナリーやカジノ、港の荷役場に至るまで、一件一件の取引を照合していった。夜になると、ヴィットリオの地下図書室で本を読み、五大ファミリーの血筋や、30年にわたる因縁と借りまで徹底的に調べた。週末には窓一つない地下の資料室に閉じこもり、一日中そこで過ごした。ヴィットリオは、私にとって最も厳しい師となった。「君の父親なら、帳簿を見れば3分で不正を見抜いた。君にも、それくらいはできるようになってもらわねばな」3か月後。港での荷下ろしの権利を巡り、二人の血気盛んなボスが、交渉の席で互いに銃を向け合うという騒ぎが起きた。私は護衛を一人も連れず、扉を押し開けると、険悪な空気に包まれた会議室へ真っ直ぐ入っていった。二人から殺気のこもった視線を浴びながら、私は平然とブラックコーヒーを2杯と、数枚の銀行明細を彼らの前へ放った。そこには、二人がファミリーの資金を巨額に横領した動かぬ証拠が記されていた。私はほんの数言で彼らの不正を暴き、今にも始まりそうだった血なまぐさい銃撃戦を、いとも簡単に収めてみせた。さっきまで殺してやると怒鳴り合っていた二人のボスは、明細を見つめたまま冷や汗を流した。そしてすっかり勢いを失い、うなだれた。ヴィットリオは、彫刻の施された木製の扉の隙間から、その一部始終を見届けていた。そしてその場にいた幹部たち全員の前で、はっきりと私を称えた。「諸君」老人の低い声が廊下に響き渡る。「セラフィーナの頭脳は、父親にも劣らない。ファミリーのためなら、飛んできた弾丸さえ止める覚悟を持っている」――その夜。私は黒いベルベットのロングドレスを身にまとい、一人で車を
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第9話

ジュリアンが私の居場所をサン・セラーノまで突き止めるのに、6か月かかった。その日、私は屋敷の地下にある交渉室で、ナポリから来た3人の古参のワイナリー経営者と、マネーロンダリングの取引について最終確認をしていた。そこへ副官が扉を開け、声を潜めて告げた。「ヴィターレ様。クラブのVIPルームで、ポートヘイヴンから来た男性がお待ちです。ご自身を......ヴィターレ様の旦那様だと名乗っています」私は万年筆を机に置いた。指先が一瞬だけ書類の端に触れる。「今夜は手が離せないと伝えて」「3日前からずっと待っているそうです。離婚届の件だと」私は数秒、黙っていた。「......エンツォに車を回して」ファイルを閉じ、両手でコートのボタンを留める。「クラブへ行くわ」護衛がVIPルームの重い防音扉を開けると、ジュリアンが扉に背を向け、薄暗い窓の外を眺めて立っていた。床から天井まである大きな窓の向こうには、夜のサン・セラーノ旧市街が広がっている。街灯の温かな光に照らされ、聖堂の尖塔が夜空にくっきりと浮かび上がっていた。扉が開く音を聞いて、ジュリアンが勢いよく振り返った。別れてからの6か月で、彼は別人のように痩せていた。目の下には濃い隈が刻まれ、仕立ての良いスリーピーススーツも身体に合わなくなったようにぶかぶかだ。肩が落ち、まるで誰かのお下がりを着ているように見えた。「セラフィーナ......」掠れきった声は、今にも途切れてしまいそうだった。私は彼の向かいにある黒い革張りのソファへ腰を下ろした。二人の間には長いウォールナット材のローテーブルが置かれている。ウェイターが年代物の辛口赤ワインをグラスに注いだ。私はグラスを手に取り、一口だけ口に含んだ。「マルケッティさん」私は目を上げた。「6か月前に離婚届はあなたのもとへ送ったはず。手続き上の問題があるなら、私の弁護士に連絡しなさい」「署名してない」ジュリアンはすぐにこちらへ歩み寄り、テーブルを回り込むと、私の足元に跪いた。そして、縋るように私を見上げる。「セラフィーナ、俺は一枚たりとも署名してない。だから俺たちは、まだ夫婦だ」「ポートヘイヴンの法律では、6か月間別居すれば、どちらか一方の意思だけでも離婚を申し立てられる」
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第10話

それから、さらに3か月が過ぎた。ある日、ヴィットリオに呼ばれ、私は彼の私室へ足を運んだ。「仕事を一つ頼みたい。汚れ仕事だ。それに、かなり危険な仕事でもある」老人は鍵のかかった黒い革張りのファイルを私の前へ押し出した。その脇には鍵が置かれている。「だが、ここ数十年で我々が手掛けてきたどんな仕事よりも、ファミリーにとって重要な案件だ。断っても構わない、セラフィーナ。誰も責めはしないから」私は鍵を手に取り、ファイルを開いた。――南部国境、ブラックサンド。3か国をまたぐ密輸ルートが、最近はサラザールという密輸組織のボスによって封鎖されたという。サラザールの部下たちは、サン・セラーノから送り込まれた交渉役をすでに2組も殺害し、その遺体を砂漠に捨てていた。首すら送り返してこなかったという。ファミリーには、交渉材料を携えて現地へ赴き、停戦協定に署名させられる人間が必要だ。「わかりました。私が行きます」「本当にいいのか」ヴィットリオの眼差しが重くなる。「あの無法者たちは、まともなルールを守らない。あそこへ行くということは、死にに行くのと同じだ」「それでも行きます」私は答えた。「父はあの時、生き残れる確率など計算しませんでした。父にできたことを、私が引く理由にはなりません」――出発を翌日に控えた夜。私は長い廊下を歩き、屋敷の2階にある古い書斎へ向かった。ヴィットリオは、すでにそこにいた。暖炉のそばに置かれた古びた革張りの椅子に腰掛け、膝には深紅のビロード布を広げている。その手元では、アンティークの懐中時計を丁寧に磨いていた。揺らめく炎が、もみあげの白髪を柔らかく照らしている。壁には、父の油絵が飾られていた。まるで、かつて裏社会の掟を一手に握っていた男が、今も私たちを静かに見守っているかのようだった。「叔父さん」彼は顔を上げ、わずかに微笑むと、座るよう手で促した。「別れを言いに来たのか?」「はい」私たちは暖炉の前に並んで立ち、絵の中の男を静かに見つめた。かつて裏社会のルールを動かしていた、私の父を。「君の父上が五大ファミリーとの交渉に向かったとき、持っていたのがこの懐中時計だった。私たちは皆、最高の腕を持つ護衛を連れていくよう何度も説得した。だが、彼は
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