王都ルーメルンの夜は、いつだって光に満ちている。 とりわけ王城の大広間が舞踏会のために開かれる夜ともなれば、その輝きは一段と凄まじかった。高く掲げられた幾重ものシャンデリアは星を封じ込めたように眩く、磨き抜かれた白大理石の床は光を受けて鏡のようにきらめいている。金糸で縁取られた深紅の絨毯、壁一面に飾られた歴代国王の肖像画、花瓶からあふれんばかりに活けられた季節の白薔薇。芳香は甘すぎず、けれど確かに上質で、そこに集う貴族たちの衣擦れの音さえ一種の音楽のようだった。 この夜は、春季叙勲と王太子臨席を兼ねた大舞踏会である。 国中の有力貴族はもちろん、大商会の長、地方領主の嫡子、騎士団幹部、王家に連なる遠縁の者までが一堂に会していた。笑顔、挨拶、扇の陰で交わされる視線、薄く差し挟まれる牽制。ここは祝祭の場であると同時に、王国の勢力図が最も美しく、そして最も露骨に浮かび上がる戦場でもある。 公爵令嬢レティシア・エーヴェルシュタインは、その戦場の中央から半歩だけ引いた場所に立っていた。 決して目立つ色ではない、夜空を思わせる濃紺のドレス。胸元と袖口に施された銀糸の刺繍は控えめながら精緻で、彼女の白い肌と、結い上げられた淡い金髪を端正に引き立てている。宝石も最低限だ。喧しく自己主張することなく、ただ「場にふさわしい」と誰もが認めるだけの品位を備えている。 彼女の周囲では、侍女や給仕たちが淀みなく動いていた。 その動きが滑らかであるのは偶然ではない。壁際に置かれた花の位置ひとつ、奏者の休憩に合わせた酒の差し替えひとつ、地方伯爵家の老夫人が長く立ち続けないように椅子を増やしておく配慮ひとつ――そうした細部は、ほとんどレティシアの目配せで整えられていた。 大広間の入口近くで、若い侍従が一瞬だけ困ったように立ち止まる。新たに到着した南方の侯爵夫妻をどの列に案内すべきか迷ったのだろう。レティシアはそれを視界の端で捉え、わずかに扇子を傾けた。すると傍らの侍女がすぐに動き、侯爵夫妻を西側の席へと導く。そこなら先に着いている親族とも派閥上の利害衝突が起きず、しかも王太子から遠すぎない。 何事もなかったかのように収まる。 それがレティシアの日常だった。「相変わらず、見ているだけで息が詰まりそうなほど完璧ですわね」 隣に立った声に、レティシアはゆるやかに視線を向けた。
Last Updated : 2026-08-12 Read more