同じ頃、王都ルーメルンでは、春の陽射しが何事もなかったかのように磨かれた石畳を照らしていた。 王城の尖塔は今日も白く、庭園には季節の花が咲き、貴族たちの馬車は決められた時刻に正門をくぐる。表から見れば、王国の中心は少しも揺らいでいない。婚約破棄の噂も、王都においては数ある社交界の話題の一つへと、いずれ収まっていくように見えた。 だが、見た目が変わらないことと、内側が変わらないことは同じではない。 その日の午後、王城では小規模な茶会が開かれていた。 大舞踏会ほどの規模ではない。だがそれでも、招かれているのは王都社交の流れを左右する家々ばかりだった。大貴族の夫人たち、王家に近しい伯爵家、商会と縁の深い男爵家、騎士団関係者の妻たち。目的は明白だ。先日の婚約解消を経ても、王太子アルベルトの周辺が揺らいでいないことを見せるための場である。 そして、その場の“新しい顔”として、エミリア・エーヴェルシュタインが立っていた。 淡い薔薇色のドレスはよく似合っていた。髪も丁寧に結い上げられ、首元には王家から贈られたらしい小粒の真珠が揺れている。見た目だけを言えば、誰もが「愛らしい」と評するだろう。本人も、そのこと自体はよくわかっている。 だが問題は、今日求められているのが“愛らしさ”だけではないということだった。「エミリア様、こちらでございます」 王城付の侍女が小声で促す。 本来なら、こうした小規模茶会の席次は表面上柔らかく見えても、実際にはきわめて厳格だ。誰をどの位置へ通し、誰と誰を近づけず、誰を先に紹介し、誰を後回しにするか。そこには家格だけではない、ここ数年の婚姻関係、領地を巡る含み、体面の借り貸しまで絡む。 レティシアがいれば、その多くはすでに紙の上と頭の中で整理されていたはずだった。 だが今日、その役目を引き継いだはずのエミリアは、いまだその全容を掴めていない。 侍女が用意した案内順を見て、彼女は一瞬だけ首をかしげ
Last Updated : 2026-08-17 Read more