篠崎家が手を引いたのを境に、藤宮家の会社は大口の仕事を立て続けに失った。資金繰りはみるみる厳しくなり、支払いが滞り始めると、仕入れ先からの催促も重なる。以前のように事業を回していくことさえ、次第に難しくなっていった。美沙子は知人を頼って方々に頭を下げたが、騒ぎを知る人々はひとり、またひとりと距離を置いた。玲奈もまた噂の的となり、それまで親しくしていた人たちから連絡が途絶えていく。それでも、颯真の胸が晴れることはなかった。澪の行方を追っても、携帯番号はすでに解約され、大学にも行き先を知る者はいない。どこを辿っても手がかりはなく、澪につながるものだけが、きれいに途切れていた。大学でようやく分かったのは、海外の大学院へ進む手続きをしていたことだけだった。進学先については本人の個人情報にあたるため答えられないと告げられ、颯真は返す言葉もないまま廊下に残された。傾きかけた陽が窓から差し込み、足元に長い影を落としている。それを見つめているうちに、何年も前の夏の夜がふいに蘇った。階段の踊り場で泣いていた澪を見つけ、腕の中へ抱き寄せた夜。「いつか颯真まで、私をお姉ちゃんと間違えたらどうしよう」怯える澪に、あのときの自分は迷いなく答えた。「そんなことない。澪、俺だけは絶対にお前を間違えない」見分けられなかったのではない。いつの間にか、見分けようとさえしなくなっていた。颯真は壁に背を預け、ゆっくり目を閉じた。……澪がロンドン・ヒースロー空港へ着いた頃、空はようやく白み始めていた。スーツケースを引いてターミナルを出ると、冷たい朝の空気が頬を撫で、長い移動で重たかった頭も少しずつ冴えていく。由紀子からは、迎えを手配してあると聞いていた。指定された出口でしばらく待っていると、シルバーグレーのアストンマーティンが滑るように近づき、澪の前で静かに止まった。やがて窓が下がり、運転席から若い男性が顔を覗かせる。整った顔立ちに、どこか笑みを含んだ目元。黒いコートを無造作に羽織っているのに、不思議とだらしなくは見えない。「藤宮澪さんですか?」澪が頷くと、男性は口元に笑みを浮かべた。「久我朔也(くが さくや)。祖母に迎えを頼まれたんだ。乗って」そう言って車を降りると、澪のスーツケースを受け取り、軽々とトランクへ収めた。
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