FAZER LOGIN私、藤宮澪(ふじみや みお)は、恋人の篠崎颯真(しのざき そうま)とウェディングフォトの前撮りをする約束をしていた。ところが当日、朝から待っても颯真は迎えに来ない。 昼を過ぎ、さすがに連絡しようとスマホを手にしたとき、先に目に入ったのはSNSの新着通知だった。 投稿したのは颯真。開いた先には、ウェディングフォトが何枚も並んでいた。 サテンのウェディングドレスをまとい、私と同じ顔で微笑んでいたのは、双子の姉・藤宮玲奈(ふじみや れな)。 そして写真には、ひと言。 【やっと、あなたの「好きな人」として、みんなに知ってもらえた】と添えられていた。
Ver mais颯真は二人の警察官に地面から起こされ、そのまま後ろ手に手錠をかけられる。パトカーへ乗せられる間際、颯真は閉ざされた車のドアを振り返った。その向こうでは、澪がまだ眠り続け、外で何が起きているのかも知らない。諦めきれない思いと惨めさを目に滲ませたまま、颯真はパトカーのドアの向こうへ消えていく。その場に残った朔也は、荒い息を整えながら口元の血を手の甲で拭うと、すぐに澪のいる車へ向かった。ドアを開ければ、澪は座席に横たわったまま静かな呼吸を繰り返している。朔也は腰をかがめ、慎重にその身体を抱き上げた。眠ったままの顔を確かめ、ようやく安堵の息を漏らす。間に合ってよかった。……次に澪が目を開けると、視界いっぱいに病院の白い天井が広がっていた。重い頭をゆっくり横へ向けると、ベッド脇の椅子に朔也が座っている。澪が目を覚ましたことに気づくなり、すぐに身を乗り出し、いつもの調子を装うように声をかけてきた。「起きた?ほんと、心配したんだぞ」澪の記憶は、薄暗い駐車場で途切れている。乾ききった喉から、どうにか声を絞り出した。「私……どうしたの?」朔也は水の入ったグラスを手に取り、澪の口元へ差し出す。「疲れすぎて、研究室で倒れたんだよ。遅くまで残ってた学生が見つけて、病院へ運んでくれた。低血糖と疲労だって。少し休めば大丈夫らしい」あの夜の出来事を、澪に知らせるつもりはなかった。これからは、もう二度と同じ目には遭わせない――そう心に決めている。澪は目を伏せ、頭の奥に残る途切れ途切れの光景を辿る。すべて夢だったとは思えない。それでも、わずかに緊張を残した朔也の目を見て、それ以上は尋ねなかった。朔也も何も言わず、そっと袖口を引き下げて、手の甲に残る痣を隠す。退院後、澪の生活は以前のリズムへ戻っていった。ただ、朔也がそばにいる時間だけは、前より少し増えている。ある週末の夕方、二人はテムズ川沿いのベンチに並んでいた。夕陽を受けた街と川面を眺めながら、澪はしばらく黙っていたが、やがて朔也へ顔を向ける。「朔也、ちゃんと話しておきたいことがあるの」「うん。聞くよ」「この間から、ずっと気にかけてくれてありがとう」少し間を置き、澪は続けた。「でも今は、誰かと付き合うつもりはないの。まだやりたいことがたくさんあるし、
澪が話し終えても、朔也はすぐには何も言わなかった。しばらくして席を立つと、キッチンでぬるめの水をグラスに注ぎ、それを澪の前へ差し出す。「じゃあ、ロンドンに来たのは勉強のためだけじゃなくて、あの人たちから離れたかったのもあるってこと?」澪はグラスを受け取り、指先に伝わる温度を感じながら答えた。「それだけじゃないよ。ただ、自分らしく生きてみたかったの」その言葉を聞いた朔也は、澪の顔を見つめてふっと笑う。「だったら、もうできてるよ」顔を上げた澪と視線が重なる。朔也の目に浮かんでいるのは同情でも憐れみでもなく、今の澪をそのまま認めるような、まっすぐな眼差しだった。いつの間にか窓の外では雨も上がり、雲の切れ間から月明かりが差し込んでいる。澪もつられるように小さく笑い、静かに頷いた。「うん。そうだね」……その後も颯真はロンドンに留まり続けたが、澪が会おうとすることは一度もなかった。会えない日が続くにつれ、颯真は焦りを抑えきれなくなっていく。その夜、澪が自習室を出る頃には、もう日付が変わろうとしていた。晩秋のロンドンは冷え込み、澪はコートの前を合わせながら、一人で駐車場へ向かう。バッグの中で鍵を探していたせいで、少し離れたところに長く停まっていた車には気づかなかった。自分の車まであと少しというところで、横から人影が近づいてくる。気配に振り向くより早く、背後から伸びた手で口と鼻を塞がれた。湿った布が肌へ押し当てられ、鼻を刺す薬品の匂いが流れ込む。まずい――そう気づいたときには、すでに身体から力が抜け始めていた。視界が揺らぎ、そのまま意識が遠のいていく。やがて車は夜の街を抜け、郊外の専用飛行場へ向かって走っていた。眠ったままの澪を膝の上に抱えるようにして、颯真は額へ落ちた髪をそっと払う。「澪、俺を責めないでくれ。もう話を聞いてもらえないなら、こうするしかなかったんだ」低く呟く声は、澪に語りかけるというより、自分自身へ言い聞かせているようでもあった。「恨まれてもいい。それでも、お前には俺のそばにいてほしい」ところが、飛行場へ続く道に入ったところで、正面から強いヘッドライトが差し込んだ。運転手がとっさにハンドルを切り、車が道路を横切るように急停止する。その先には、シルバーグレーのスポー
美沙子の顔色がさっと変わり、声も一気に尖った。「どうしてそんなに薄情なの!お父さんとお母さんは、こんな遠くまでわざわざあなたを捜しに来たのよ?昔のことは悪かったと思ってるけど、それでも実の親でしょう。親を見捨てて、何とも思わないの?」澪が口を開きかけたところへ、背後から伸びた手が扉の枠にかかる。振り返るまでもなく、朔也だった。入口に立つ和臣と美沙子へ視線を向け、いつものように穏やかに笑っているものの、目元にまで笑みは届いていない。「お二人が、澪のご両親ですか?」美沙子が戸惑うように眉を寄せる。「あなた、誰なの?」「ここの大家です」口調はあくまで丁寧なまま、朔也は続けた。「ここを借りているのは澪だけです。約束もなく来られたのでしたら、今日はお帰りください」「どうしてあなたにそんなこと言われなきゃいけないの。ここは娘が住んでる家よ」「だからですよ。俺が貸している部屋ですから」朔也は表情を崩さない。「それと、これ以上ここで騒ぐのはやめてください。帰っていただけないようなら、こちらも正式に対応します。必要なら弁護士にも相談しますので」和臣の顔から血の気が引き、まだ何か言おうとする美沙子の腕を引いた。「もう行こう」低く促され、美沙子は不満を残したまま背を向ける。二人がエレベーターへ乗り込み、扉が閉まる直前、美沙子はもう一度だけ澪を鋭く睨んだ。やがて廊下に静けさが戻ると、朔也は澪へ振り返った。「大丈夫?」澪は小さく頷き、息をつく。「ありがとう」「礼はいらないよ」向かいの壁へ軽く背を預けた朔也は、少しだけ首を傾げた。「でも、ひとつだけ気になった。ああいう親と一緒に、昔はどんなふうに暮らしてたんだ?」澪はすぐには答えず、しばらく黙っていた。やがてソファへ移って腰を下ろすと、朔也も向かいへ座る。急かすことなく待っている彼を前に、澪は静かに口を開いた。「私は、あの家ではあまり必要とされてなかったんだと思う。私と玲奈は双子で、お姉ちゃんが先に生まれたの。お姉ちゃんは元気だったけど、私は少し遅れて生まれて、体も弱くて、よく病気をしてた」美沙子から何度も聞かされた話を思い返すように、澪は続ける。「お母さんは、お姉ちゃんのときはすぐ生まれたのに、私のときはなかなか出てこなくて
それからも颯真は、校舎の前や図書館の入口で澪を待つようになり、いつしか彼女がよく立ち寄るカフェまで知るようになっていた。初日のように焦って声をかけることはない。ただ少し離れたところから見つめ、ほんの一度でもこちらへ目を向けてくれるのを待つ。それでも澪は、そこに誰もいないかのように颯真の前を通り過ぎていく。数日後の夕方、自習室を出た澪は、また入口に立つ颯真の姿を見つけた。日暮れの早いロンドンでは、すでに街灯が灯っている。濃い灰色のコートの肩には細かな雨粒が残り、どれほど長くそこで待っていたのかは分からない。澪の姿に気づくと、颯真は静かに歩み寄り、手にしていた封筒を差し出した。「玲奈の判決文の写し。飲酒運転の事故と、お前に責任を押しつけた件で、懲役刑が言い渡された。おじさんたちの会社も、少し前に倒産してる」澪は封筒を受け取り、中の書類を数行だけ確かめると、すぐに元へ戻して颯真へ返す。「教えてくれてありがとう。でも、もう私には関係ないよ」その声には、怒りも恨みもなかった。責められるなら、まだ救いはある。恨まれるのでも構わない。何の感情も向けられず、澪の中から自分だけが切り離されていることのほうが、颯真にはずっと堪えた。手を伸ばせば届くほど近くにいるのに、今の澪はどうしようもなく遠い。なおも言葉を探していると、横から声がかかった。「澪、行こう。学食、そろそろ閉まる」いつの間にか、朔也がすぐそばまで来ている。澪の手から自然に本を受け取り、もう片方の手を肩へ軽く添えた。「すみません、ちょっと通してもらえます?これから飯なんで」颯真へ向ける口元には笑みがあるものの、目元は少しも笑っていない。颯真の視線が、澪の肩に添えられた朔也の手へ落ちる。それでも道を空けることができず、澪の顔を見つめた。せめて、ひと言だけでも。ひと目だけでも、こちらを見てほしい。けれど、澪は最後まで颯真へ視線を向けなかった。「行こう」朔也にそう告げ、そのまま颯真の脇を通り抜けていく。朔也も歩調を合わせ、少し先まで進んだところで一度だけ振り返った。その目には、隠す気のない牽制が滲んでいる。……週末の午後、澪はアパートで朔也と資料を整理していた。呼び鈴が鳴り、配達だろうと思ってパソコンを置き、玄関へ向かう。けれど扉を開け