返事をしようとしても、糀の喉は動かなかった。 驚きより先に、八年間信じてきたものが崩れる怖さがこみ上げた。「ご親族の方ですか?」 カメラマンに声をかけられ、糀は返事を探した。 違います。 夫です。 どちらも言えなかった。「すみません。少し、見せてください」 糀は写真の下に添えられた小さなプレートを見た。 八年前の六月十五日。 入籍の手続きを終えた日、糀は市役所の帰りに修司と小さな蕎麦屋へ入った。式も写真もない代わりに、せめて何か食べようと修司が言ったからだ。『俺についてきて、苦労をかけたな。仕事が落ち着いたら、ちゃんと埋め合わせる』 湯呑みを両手で包みながら、糀は頷いた。『そのときは、糀にちゃんとドレスを着せる。今日、我慢させた分まで』 あのときの修司は、優しかった。 市役所の窓口で糀の旧姓が消えたあと、少し照れた顔で「瀬川糀か」と呟いた。その声を、糀はずっと覚えていた。 その声があったから、八年間、信じてこられた。 撮れなかったのではなく、いつか撮る約束がある。 選ばれなかったのではなく、時期を待っているだけ。 そう思っていた。 結婚してすぐのころ、修司は残業で遅くなっても、台所に立つ糀を後ろから抱きしめた。『糀の味噌汁を飲むと、帰ってきたって思う』 具は豆腐とわかめだけでいいと言いながら、鍋の前に立つ糀の背中へ、仕事の愚痴を少しだけこぼした。糀はその声を聞きながら、火を弱めるタイミングを測った。 あのころは、家族を作っている途中だと思っていた。 時間をかければ、味がなじむ。 人も、家も、同じだと信じていた。 写真の中の女の横顔に、どこかで見たような気がした。けれど、名前は出てこなかった。 仕事先で見た人かもしれない。 店に来た客かもしれない。 ただ、まったく知らない人だと言い切れない。 その曖昧さが、糀を余計に苦しくさせた。 修司は仕事で誰かを迎えに行くと言った。取引先の都合で、断れない用事だったのかもしれない。写真だって、何かの企画かもしれない。八年前の今日という日付も、たまたま重なっただけかもしれない。 そう考えなければ、その場に立っていられなかった。 蒼太の顔が浮かぶ。 今年八歳になる息子は、今朝も「パパ、ちゃんと来るかな」と言っていた。糀が「来るよ」と答えると、安心したように牛乳を飲
ปรับปรุงล่าสุด : 2026-08-15 อ่านเพิ่มเติม