Tous les chapitres de : Chapitre 11 - Chapitre 13

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第11話

彼女はドア枠にぶつかる。それでも、足を止めない。そのままリビングへ向かう。リビングのダイニングテーブルには、すっかり冷え切ったままの角煮が置かれている。表面には白い脂が固まり、硬い膜のようになっている。醤油の色は黒ずみ、まるで乾いた血のようだ。父が部屋から飛び出してくる。呆然としている妻を見る。母を引き止めようと、一歩踏み出す。その瞬間。父の足が止まる。両手で胸を強く押さえる。顔が一瞬で紫色に変わる。目が白目をむく。喉からガッ、ガッと、首を絞められた鶏のような音が漏れる。必死に息を吸い込む。額には青筋が一本、また一本と浮かび上がる。そして――まるで根元から切り倒された木のように。父の体が、真っすぐ後ろへ倒れていく。ドンッと、後頭部がリビングの硬い床に激しく叩きつけられる。救急車のサイレンが、静まり返った住宅街を切り裂く。赤と青の警告灯が、激しく明滅している。医師と看護師が担架を抱えて階段を駆け上がってくる。意識を失った父を担架に乗せ、そのまま運び下ろしていく。母は呆然としたまま、その後ろをついていく。綾音も自分で車椅子を動かし、必死にエレベーターへ乗り込む。市立病院。救急処置室の赤いランプが灯る。しばらくして、医師が何枚かの書類を手に出てくる。「急性の脳出血です。かなり危険な状態です。すぐに手術が必要になります。ご家族は、まず五十万円の入院保証金をお支払いください」医師は書類を母に渡すと、すぐに処置室へ戻っていく。母は手元の支払い用紙を見つめる。そして、自分の体を慌てて探る。家を飛び出してきたため、バッグを持っていない。手元にあるのは、スマホだけだ。母はスマホを開き、ネットバンクのアプリを起動する。口座からお金を引き出そうと、残高を確認する。その瞬間。母の動きが止まる。口座に、見覚えのない入金がある。――百万円。振込日時は、今日の未明。振込名義には、フードデリバリー月次精算と表示されている。母の指が、画面の上で止まる。ふと、先ほど警察官から渡された袋を思い出す。ポケットから、画面が粉々に割れたスマホを取り出す。生前の私が、最後まで胸に抱えて守っていたスマホだ。母は指紋認
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第12話

母が床にへたり込み、泣きながら笑っている。綾音は車椅子に座ったまま、虚ろな目で天井を見つめている。私は、可哀想だなんて思わない。ただ、思う。これは全部、自業自得だ。この人たちは、自分たちの手で私を壊した。そして、自分たちの手で、この家まで壊した。父が目を覚ます。手術から三日目のことだ。目を大きく見開いている。眼球だけが、硬直したように眼窩の中を動く。起き上がろうとする。けれど、自分の右半身がまったく動かないことに気づく。まるで、重たい石の塊になったようだ。口を開き、母を呼ぼうとする。けれど口元は自分の意思に反して、片側へ大きく歪む。唾液が口の端から流れ落ちる。白い枕に、ぽたりと落ちる。喉から出せるのは、「あ……あ……」という掠れた声だけだ。母は病院のベッド脇に座っている。けれど、その唾液を拭おうともせず、無表情で父を見つめている。医師が回診にやってくる。ペンライトで父の瞳孔を照らす。「命は助かっていますが、これからは介助が必要になります。ご家族の方、明日までに今後の入院費を用意しておいてください」医師はそれだけ言うと、立ち去っていく。母は立ち上がる。そして会計窓口へ向かう。口座に入っていた百万円は、すでにほとんど引き落とされている。残っているのは、20万円あまり。それは、私が命を削って稼いだお金。それなのに、今では父の一週間分の薬代にすら足りない。母は督促状を手に、病室へ戻ってくる。そして、その紙を父の顔に叩きつける。「もう、お金がない。退院するよ」父の眼球が激しく動く。喉の奥から、焦ったような唸り声が漏れる。退院したくない。父にも分かっている。ここを出れば、待っているのは死だけだ。けれど、母はそんな父を無視する。そのまま手の甲に刺さっている点滴の管を引き抜く。血が滲み出る。それでも止血テープ一枚すら貼らず、振り返って荷物をまとめ始める。退院の日、外は雨が降っていない。空は重く、どんよりと曇っている。母は病院から借りた車椅子を押している。その車椅子には、父がぐったりと座っている。頭は片側に傾き、唾液が胸元へ滴り落ちている。綾音も車椅子に座っている。自分で車輪を回し、その
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第13話

両手で、自分の髪を力いっぱい掴んでいる。ひと房、またひと房と、髪の毛が根元から引き抜かれていく。それでも、痛みなど感じない。三人は家へ戻る。家の中には、カビ臭さが充満している。暮らしは完全に泥沼と化している。父はベッドに寝たきりだ。食事も、排泄も、何もかもがそのベッドの上。母には介護を頼む金などない。だから、自分で世話をするしかない。一日目。父がベッドの上で漏らす。悪臭が部屋中に充満する。母はぬるま湯の入った洗面器を抱えて部屋に入る。父の体をうつ伏せにひっくり返す。シーツに残った汚れを見つめる。以前のように文句を言ったりはしない。雑巾を手に取り、力任せに拭く。父の皮膚が赤くなり、擦れて剥けていく。痛みに父が呻く。けれど、母は聞こえないふりをする。まるで機械のように、何度も同じ動作を繰り返す。「あなたは、これを受けるべきなのよ。私たちはみんな、受けるべきなの」拭きながら、母は小さな声で呟き続ける。半月後。家のお金は完全に底をつく。親戚も友人も、誰一人として電話に出なくなる。母は、外へ働きに出るしかなくなる。近所の飲食店へ行き、皿洗いをする。毎日十時間、立ちっぱなし。両手を油まみれの汚水に浸し続ける。爪の間は黒い汚れで埋まる。腰は痛みで伸ばせない。それでも、ひと月に稼げるのは五万円ほど。その金は、父の薬代と、一番安い米を買うだけで消えていく。綾音の脚は、日に日に痛みが増していく。薬を買う金がないせいで、切断した脚の筋肉はさらに痩せ細っていく。あの二万円ほどの輸入品の膝サポーター。それは部屋の隅に投げ捨てられている。埃をかぶったままだ。綾音は毎日、車椅子に座っている。その手には、あの日記帳。そして、透明なテープで何度も繕われた合格通知書を見つめている。見るたびに、泣き出す。目が腫れ上がり、視界がぼやけるまで泣き続ける。ある夜。母が皿洗いから帰ってくる。疲れ果て、ソファに崩れ落ちる。部屋の奥から、父の「あ……あ……」という呻き声が聞こえる。また漏らしたのだ。けれど、母は動かない。ただぼんやりと天井を見つめている。突然、立ち上がる。そして、私が使っていた窓のない物
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