再び目を開けたとき、私はもう宙に浮かんでいた。ふと下を見ると、家の食卓には三品のおかずと味噌汁が並んでいる。私は玄関のドアを開けようとする。けれど、指先はそのまま防犯ドアをすり抜けてしまう。私は呆然とする。そこでようやく気づく。私は、もう死んでいる。母はキッチンで忙しそうに料理をしている。エプロンを外し、出来上がった豚の角煮を乗せた皿を持って出てくる。湯気が立ち上っている。母はそれをテーブルの真ん中に置く。「愛理(あいり)は角煮が好きだから。今日はわざわざ作ったの」私は母の顔を見つめる。母がこんなに優しい声で私の名前を呼ぶのは、これが何年ぶりだろう。最後にそう呼ばれたのは、13年前。あの日、私は5歳だった。市場は人でごった返していた。私は母の手を振りほどき、道路の向こう側へ走り出す。そのとき、一台のトラックが突っ込んでくる。耳をつんざくようなブレーキ音。綾音が後ろから飛び込んできて、私を思いきり突き飛ばす。その代わり、綾音自身が車輪の下に倒れる。病院の廊下は、ひどく冷たい。母は処置室の前に跪き、声を上げて泣き続けている。やがて医師が出てきて、静かに首を横に振る。「両脚を残すのは難しいでしょう」母は振り返り、私を睨みつける。その目は真っ赤に充血している。そして私の肩を力いっぱい掴む。爪が肉に食い込む。「愛理。お姉ちゃんの人生は、あなたのせいでめちゃくちゃになったの。忘れないで。これから一生、あなたはお姉ちゃんに借りがあるんだから」この言葉を、母は13年間、ずっと私に言い続けてきた。そして13年後の今日、母の顔からは、あの憎しみが消えている。母は壁に掛かった時計を見上げる。そこへ父が箸を四膳持ってやってくる。箸を並べながら、ため息をつく。「愛理、このところずっとお腹が痛いって言ってるよな。俺たち、本当にあの子が仮病だって決めつけるの、もうやめたほうがいいんじゃないか?」母は椅子を引いて腰を下ろす。「確かに、顔色が全然ないものね。今日はわざわざスペアリブを買ってきたの。帰ってきたら、ちゃんと食べさせてあげよう」二人は玄関を見つめ、私がドアを開けて帰ってくるのを待っている。けれど、私はもう二度と帰ってこない。
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