All Chapters of 姉の夢、私にはもう叶えられない: Chapter 1 - Chapter 10

11 Chapters

第1話

人は死ぬ間際、走馬灯のようにこれまでの人生を振り返るのだと、誰かが言っていた。だが私の死は、そんな走馬灯を見る暇すらなく、背中に走った激痛によって唐突に断ち切られた。18歳の時間はこうして永遠に止まり、運命を決める大学受験までは、わずか1ヶ月しか残されていなかった。宙を漂う私の目下には、ねじれ曲がった自分の死体があった。両足が逆方向に折れ曲がり、まるで走っているような姿勢に見える。残念なことに、駆け向かっていたのは明るい未来ではなく、死だった。死体は黒川奈々(くろかわ なな)と黒川健太(くろかわ けんた)によって車に運び込まれた。後部座席には、ご丁寧に何枚ものペットシーツが敷き詰められている。私は彼らについて川辺へと向かった。ここは私の家からとても近く、寝室のベランダに立てば、川で起きているすべてがはっきりと見えるほどだ。健太は死体の腰に石を縛り付け、川に突き落として川への飛び降り自殺を偽装した。彼は私が川底に沈んでいくのを見届けると、満足そうに頷いた。「完璧!ロープがふやけて切れるまで、死体は浮いてこない。その頃には証拠だってとっくに水に浸かって消えてるわ!」奈々の口調には、安堵と誇らしさが滲んでいた。「このクソアマを探す人なんていないわ。もうすぐ大学受験だし、彼女の姉はプレッシャーで家出したと思い込むはずよ。むしろとっくに死んでて、早くこのお荷物を厄介払いできればいいって願ってるくらいね」私は怒りを感じたものの、彼女の言う通りだと認めざるを得なかった。姉が知ったら、きっと喜ぶだろう。私という疫病神が死ねば、姉はもうあんなに苦労しなくて済むのだから。ただ、姉はいつになったら私が死んだことに気づくのだろうか?姉のことを思い浮かべた次の瞬間、私は彼女のそばに現れていた。顔を合わせたくなくてその場から離れようとしたが、ふわりと漂い出た途端、次の瞬間にはまた姉のそばに戻ってしまった。何度か試した後、自分の魂が姉のそばに囚われているという悲惨な事実に気がついた。私はすっかりうなだれ、彼女の後ろについて家へ帰った。残業を終えたばかりの姉は、厚塗りのファンデーションでも目の下の青黒いクマを隠しきれず、体の芯から疲労を滲ませていた。ドアを開けて家の中が真っ暗なのを目にした途端、疲労感は一瞬にし
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第2話

拓海は顔面を蒼白にしていた。両親に愛され、温かい家庭で何不自由なく育った彼には、家族の間柄がこれほどまでに冷え切っているなど、想像もつかなかったのだろう。彼は顔をしかめ、怒りを露わにして姉を問い詰めた。「結衣は、美咲さんの実の妹じゃないんですか!?彼女は学校でいじめられて、トイレに追い込まれて殴る蹴るの暴行を受けて、受験用の参考書までズタズタに引き裂かれたんですよ!どうして彼女の言い分を聞いてあげないんですか?彼女がたった一度だけ反抗した時だって、物分かりが悪いとか、他人をいじめてるとか決めつけて……どうしてそこまで冷酷になれるんですか!」ドアノブを握りしめる姉の指の関節が、白く強張っていた。その目の奥に、一瞬だけ痛ましいような色が走ったのを私は見逃さなかった。だが、それも瞬時に冷淡さへと塗り替えられた。「子供なんて、さっきまで喧嘩してても次の瞬間には仲直りするものよ。大したことじゃないわ。もうすぐ受験だって時に、どうして他の子じゃなくてあの子がいじめられるの?あの子が暗くて周りに馴染もうとしないからでしょ。要するに、初めから勉強に身が入ってないのよ!」拓海は力任せにドアへ拳を叩きつけ、怒りで目元を赤く染めた。「美咲さん、よくそんな酷いことが言えますね!自分の妹が酷い目に遭わされているのに、助けようともしないで、逆に責め立てるなんて……あなたのような人を姉に持ったことが、結衣にとって最大の不幸ですよ!」私は拓海に、もう無駄なことは言わないでと諭そうとしたが、伸ばした手は彼の体をむなしくすり抜けてしまった。私には、もう何もできない。姉は冷ややかな顔で言い放った。「あんな妹を持ったことこそ、私の不幸よ」そうだ。姉にとって、私は彼女の不幸な人生の元凶なのだ。彼女の心の中では、私が両親を死に追いやったことになっている。10歳の誕生日のことだった。両親は私が一番好きなキャラクターのケーキを買うために、大雨の中を出かけていった。しかし悪天候で視界が悪く、正面からやってきた大型トラックと衝突し、両親は即死だった。私の誕生日は、そのまま両親の命日となった。姉は私を葬式に参列させてくれなかった。毎年の命日も、彼女はたった一人で墓参りに行く。両親がどこの墓地で眠っているのかすら、私には教えてくれなかった。私
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第3話

姉のあの態度を見ては、担任もそれ以上深入りできず、適当に説教を並べただけで私を帰らせた。校門を出て学校の横の路地を通りかかると、奈々が取り巻きを引き連れて再び私の行く手を塞いできた。逃げ場もなく取り囲まれ、また容赦のない暴力を浴びせられそうになったその瞬間、拓海が割って入ってきた。「やめろ!奈々、お前また人をいじめてるのか!?早く手を離せ。さもないと、お前の親に全部ぶちまけるぞ」奈々と拓海は幼馴染であり、彼女が拓海に思いを寄せていることは学校の誰もが知っている公然の秘密だった。拓海は学校でも一目置かれる存在で、人柄も顔立ちも良く、成績優秀で家柄も申し分ないという、まさに非の打ち所のない完璧な男子だった。案の定、奈々は立ち去り際に憎々しげな眼差しで私を睨みつけてきた。その瞳に宿る警告の色は、生々しく肌に突き刺さった。もし視線で人を殺せるなら、私はその場で何十回も八つ裂きにされていただろう。私はもがきながら立ち上がり、ボロ布のように引き裂かれた服を整えようとしたが、どう繕っても元の形には戻らなかった。拓海は惨めな私の姿を見かねて自分の上着を脱ぐと、私の肩にそっと掛けてくれた。だが、その一部始終を奈々は物陰から見つめていた。彼女は私たちが家に着くまで尾行を続け、私に対する嫉妬と怨嗟の炎を完全に燃え上がらせてしまった。翌日、私がオッサン相手にパパ活をしているという根も葉もない噂が、学校中に広まっていた。「結衣っておとなしそうに見えるのに、裏じゃ相当エグい遊び方してるらしいぜ」「1回6000円、お泊まりなら1万円だってさ。俺も実際にヤラせてもらったわ」それだけにとどまらず、奈々はAIの顔合成アプリを使って、私の顔を嵌め込んだ見るに堪えない卑猥な画像を無数にでっち上げた。私は学校で徹底的に孤立し、机や椅子には目を覆いたくなるような罵詈雑言がびっしりと彫り込まれた。連中は私の通学カバンにゴミをぶちまけ、大学受験の参考書をズタズタに引き裂いた。私が下を通りかかると、頭上から汚水を浴びせかけ、ずぶ濡れになった私を見下ろして嘲笑った。「結衣、あんたみたいな人が大学受験なんて本気で受けるつもり?分際もわきまえず、近付いちゃいけない人に近付こうなんて夢見るんじゃないわよ」「恨むなら自分を恨みなさいよ。あんたが空気を
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第4話

私がまたしても拓海の上着を羽織り、身なりも髪も乱れたボロボロの姿で帰宅した時のことだった。姉は私の腕を強く掴み、目を真っ赤に血走らせて激しい怒りをぶつけてきた。「結衣、あなた外でろくでもない連中とつるんでるんじゃないでしょうね!?自分の今のザマを見てみなさいよ!もうすぐ受験だっていうのに、一日中まともに勉強もしないで、どこの馬の骨とも分からない男と遊び歩いて……あなた、私に申し訳ないと思わないの!?」私は目に涙を浮かべた。胸の奥が締め付けられるようにズキズキと痛む。「違うの、お姉ちゃん、私本当にそんなこと……」私が言い終わるより早く、姉は自分のスマホを私に投げつけてきた。画面には、私が何人もの見知らぬ男と淫らに絡み合っている合成写真がずらりと並んでおり、それは一瞬にして私の尊厳を粉々に打ち砕いた。「あなたって子は、どうしてこんなにふしだらなの!?まだ高校生なのに、そんなに男に飢えてたわけ!?あなたさえいなきゃ、お父さんとお母さんが大雨の中でケーキなんか買いに行くことも、交通事故に遭うこともなかったのよ!結衣、あなたは疫病神よ!あなたさえいなきゃ、お父さんとお母さんは死なずに済んだのに。今のその薄汚い姿で、両親に顔向けできるっていうの!?あなたのせいで、私がこんなに苦労して大学を諦める羽目になったんじゃない!全部あなたが台無しにしたのよ、この疫病神!」涙は引っ込んだが、心の奥底からの激痛は止まらなかった。私は感情をコントロールできず、張り裂けんばかりの声を上げた。「そうよ、私はふしだらで恥知らずな最低の人間よ!どうしてあの日、お父さんたちと一緒に死んで、お姉ちゃん一人を自由で幸せにしてあげられなかったんだろうね!」パァンッという鋭い音が響き、強烈な平手打ちが私の頬に振り下ろされた。叩かれた衝撃で首が横に傾き、私の頬にはくっきりと赤い手形が浮かび上がった。「出て行きなさい!今すぐこの家から出て行って!二度とあなたの顔なんて見たくないわ!」私は赤く腫れた頬を押さえ、眼差しに満ちていた悲痛を絶望へと変えて、彼女の目を真っ直ぐに見つめ返した。「……お望み通りにしてあげる」私は家を飛び出し、背後から浴びせられる姉の怒声から逃れるようにして、私を窒息させるこの家から走り去った。マンションの敷地を出た途端、私は
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第5話

姉は眉間を深く寄せて険しい表情を浮かべると、即座に電話を切り、そのまま会議を続けた。会議が終わった後、彼女はスマホを取り出して誰かに電話をかけたが、いつまで経っても応答はなかった。私は、彼女がLINEを開き、連絡先から私の名前を探し出し、トーク画面で私に罵倒のメッセージを打ち込み始めるのを見つめていた。【結衣、今度は失踪して気を引こうってわけ?いい加減にしなさいよ。もう子供じゃないんだから、少しは状況をわきまえなさい。すぐそうやって姿を消すけど、大学受験はどうするつもりなの!?私がどれだけあなたのために犠牲になってきたか分かってるの?どうして少しも感謝しようとしないわけ?】そうだね。私は涙を流して感謝し、地にひれ伏してあなたの許しを乞うべきなんだろう。だけど、お姉ちゃん。私だって両親を失って、孤児になったんだよ。どれだけ多くの夜を、私が一人きりで泣き明かしてきたか……あなたは想像したことすらある?私は本当に、心の底から思っていたんだよ。あの日死んだのがお父さんたちじゃなくて、私だったらよかったのにって。そして今、私は本当に死んでしまった。私たちはもう二度と会うことはない。……拓海が姉の会社に乗り込んできた。彼は心当たりのある場所をすべて探したが私を見つけられなかったと告げ、すぐに警察に通報するべきだと訴えかけた。「美咲さん、今すぐ警察に行かないと、絶対に後悔しますよ!」姉の瞳に一瞬だけ焦りがよぎったが、彼女はすぐにまた冷徹な態度を取り繕った。「あの子の家出はこれが初めてじゃない。お金が底をついたら、どうせ勝手に帰ってくるわ。いつもの常套手段よ。受験勉強から逃げたくて、気を引こうとしてるだけのくだらない芝居なんだから。あの子の身に何が起きるっていうの?まさか自殺でもすると心配してるわけ?」姉の目には、私がただのわがままで手のかかる厄介者にしか映っておらず、危険な目に遭っているなんて毛頭考えてもいない。拓海は目を血走らせ、再び訴えた。「今回は違うんです!嫌な予感がするんです、結衣の身に絶対何か起きてます!」「もういい加減にして!あなたたちの茶番に付き合ってる暇はないの、さっさと出て行って!」姉はまともに取り合おうともせず、警備員を呼んで拓海を会社からつまみ出させた。拓海は魂が抜けたような足取
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第6話

姉が、私が死んだなどと信じるはずもなかった。彼女の頭の中では、私がどこの男にしなだれかかって遊び歩いているかも分からず、死ぬなんて絶対にあり得ないことだったのだ。警察から再び電話がかかってきた。姉は仕方なく、その女性の死体が私ではないと直接証明してやるために、警察署へ向かうことにした。身元情報の確認手続きに、さほど時間はかからなかった。警察官に案内され、彼女は遺体安置室へと足を踏み入れた。ステンレス製の解剖台の上には、川の水に浸かって白くふやけた私の遺体が横たわっていた。顔は腫れ上がり、目鼻立ちが分からないほどに変形して歪んでいた。姉はあからさまにほっとした息をつき、きっぱりと警察に告げた。「これは絶対に私の妹じゃありません。結衣は体重50キロもないんですよ。こんなに太っているはずがありません」担当の若い女性監察医が、不愉快そうに冷ややかな視線を彼女に向けた。「被害者は川の中に丸7日間も浸かっていたんですよ。生前の姿のままでいられるとでも?」監察医は憤りを含んだ声で、私の無念を代弁するように言った。「いくら顔が変わってしまったからといって、実の妹のことも分からないんですか?」その視線で姉を射抜き、瞳には明らかな非難の色が浮かんでいた。でもね、先生。お姉ちゃんのことを買い被りすぎだよ。私のお姉ちゃんは、最初から私を妹として認めたくなかっただけなんだから。もしかすると、目に見えない運命の糸が引いたのかもしれない。ふいに私の右腕が台の縁からだらりと垂れ下がり、その拍子に手首のシルバーブレスレットがステンレスにぶつかって、ちぎれて床へ落ちた。チャリンと澄んだ金属音が、安置室の中に響き渡る。それは、姉が私に初めてくれたプレゼントだった。当時、彼女は父の知人の会社を辞め、自ら起業しようと決意したばかりの頃だった。初めて大きな契約を取れた日がちょうど私の誕生日と重なり、彼女はそのお祝いでこのシルバーブレスレットを贈ってくれた。今でも、あの時の誇らしげで、希望に満ち溢れていた彼女の姿を鮮明に覚えている。「結衣、お姉ちゃんがいっぱい稼げるようになったら、次は絶対にとびきり上等なピンクゴールドのブレスレットを買ってあげるからね。私の一番大切な妹なんだから、最高のものを身につけなきゃ」その後、
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第7話

警察は姉に、初期段階では自殺の可能性が高いが、詳細な死因については監察医の司法解剖を待つ必要があると告げた。姉が解剖を拒否しようとしたその時、拓海が駆けつけ、姉を遮るようにして警察の見解を真っ向から否定した。「絶対にあり得ません!結衣がそんなに簡単に命を投げ出すわけがありません!結衣は俺に何度も言ってたんです。今度の大学受験でいい成績を取って、大学で金融を学んで公認会計士の資格を取って、美咲さんの力になりたいって……彼女が、自分の夢を諦めるはずがないんです!」必死に訴えかける拓海を見つめながら、私は縁というものの不思議さを思わずにはいられなかった。血の繋がった実の姉は、私の全身に刻まれた傷痕から目を背け、見ようともしなかったのに。偶然出会っただけの拓海は、私が過酷な目に遭うたび、いつも迷わず私の味方をして、私に残されたわずかな尊厳を守り抜こうとしてくれた。彼は暗闇ばかりだった私の人生を照らしてくれる、温かな光のような存在だった。だけど……私は結局、本当の救いが訪れるその日まで生き延びることはできなかった。「美咲さん、何か言ってくださいよ。結衣の本当の死因を知りたくないんですか?」拓海は顔を強張らせ、険しい口調でたたみかけた。「結衣が浮かばれないまま、死んでからもいわれのない汚名を着せられるのを、ただ黙って見過ごすつもりですか!?」姉はうつむいたまま、手元の温かいお茶が入った紙コップをじっと見つめていた。長い沈黙が続き、拓海の顔に失望の色が浮かびかけた、その時だった。姉はふと我に返ったように、傍らに置かれていたボールペンを手に取ると、迷いのない手つきで同意書にサインを書き入れた。「どうか……妹の死の真相を突き止めてください」警察署を出た姉の足取りはおぼつかなく、心ここにあらずといった様子だった。見かねた拓海は自らタクシーを拾い、彼女を家まで送り届けた。彼は私が自殺したとはどうしても信じられず、姉と共に真相を調べたいと申し出た。二人は私の部屋で、私の日記帳を見つけ出した。そのページには、私が虐げられ苦しめられてきた日々の記録と、逃れようのない無数の悪夢がびっしりと書き綴られていた。交通事故で両親を失った絶望が、私の短すぎる人生を暗闇の中に閉じ込めていたこと。奈々やその取り巻きたちから受け
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第8話

姉は私が思っていた以上に、私の死の真相に執念を燃やしていた。彼女は調査会社を使い、奈々の家族構成から詳細な個人情報まで徹底的に調べ上げた。奈々は昔から顕示欲が強く、彼女のSNSは金持ちぶった見栄っ張りの写真で溢れ返っていた。姉はいとも簡単に健太の存在を突き止め、そこから芋づる式に、彼の誰にも知られていない悍ましい「異常な性癖」を暴き出した。その時になって初めて、私の体に残されていた無数の傷が、健太の手によるものだったと悟ったのだ。私はてっきり、姉が気づいていながら見て見ぬふりをしているのだと思っていた。でも、違った。彼女は、本当に何も知らなかった。何でもお見通しで完璧な姉にも、見落としていたことがあったなんて。まったく、滑稽な話だ。私は、姉が拓海を呼び出し、二人で復讐計画を練り上げるのを静かに見つめていた。拓海は自ら奈々に接触し、LINEで私の家の近くにあるカフェに彼女を誘い出した。奈々からの返信は一瞬だった。【待ってて、すぐ行く!】彼女がカフェに駆けつけると、拓海はすでに店内に座り、コーヒーを飲みながら、時折入口の方へ視線を向けていた。奈々の口元には抑えきれない得意げな笑みが浮かんだ。拓海は彼女の姿を認めるなり、いつになく愛想よく振る舞い、彼女のためにコーヒーと、気の利いたイチゴのショートケーキまで用意していた。奈々は突然舞い降りた思いがけない幸運に、すっかり舞い上がっていた。拓海はその隙を逃さず、優しく囁いた。「お前の気持ちに応えるよ。奈々、俺の彼女になってくれる?」奈々は激しく何度も頷き、その顔には隠しきれない幸福感が溢れ出ていた。拓海は込み上げてくる吐き気を必死に飲み込みながら、甘い言葉で奈々を有頂天にさせた。そして、奈々がトイレに立った隙を突き、拓海はテーブルに残された彼女のスマホを手に取り、店の奥にある個室へと足を踏み入れた。そこでは、姉が静かに待ち構えていた。拓海と姉は、スマホの中から私が暴行を受けている動画を見つけ出した。動画には、奈々に路地裏へと追い詰められ、何人もの不良たちから殴る蹴るの暴行を受けるだけでなく、無理やり服を剥ぎ取られる私の姿が映っていた。画面の中の私は涙を浮かべ、その瞳には耐え難い屈辱と無念さが満ちていた。画面越しのその無惨な光景は、姉の目
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第9話

不良の自白をもとに、姉は健太が入り浸っているナイトクラブを突き止めた。夜の帳が下りる頃、ピンヒールを鳴らしてクラブに足を踏み入れた姉の妖艶な姿は、瞬く間にその場にいる男たちの視線を釘付けにした。健太も例外ではなかった。姉の思わせぶりな態度に、彼の瞳には抑えきれない欲望が渦巻いていた。本能の赴くまま、健太はすぐさま姉に近づき、あの手この手で口説きにかかった。姉がそれに乗ったふりをすると、案の定、健太は初対面の彼女を自分の家へと連れ帰った。ドアを開けた途端、健太は腕を回して姉を抱き込み、壁へと押し付けた。その背中が押し当てられた壁は――まさに私があの日、頭を打ちつけた壁だった。彼は姉の顎を掴み、顔を近づけてキスを迫った。姉はふいと顔を背けてそれをかわし、低くかすれた声で彼の心をくすぐった。「あなたって、いつもこんなにつまらない男なの?」健太は口元に愉快そうな笑みを浮かべた。「じゃあ……一杯飲むか?」姉が頷くのを見ると、彼は背を向けてキッチンへ向かい、あらかじめ用意してあった赤ワインを取り出した。今夜の獲物は、絶対に逃がさないつもりなのだ。健太はアイランドキッチンの引き出しを開け、一番奥から黒い小瓶を取り出すと、グラスの中にスポイトで数滴垂らした。私は一目でそれが何か分かった。幻覚剤だ。あの日、彼が私に無理やり酒を飲ませた時、「たった一滴で快楽の渦に溺れられる魔法の薬だ」とわざわざ見せびらかしてきた小瓶だった。私はどうしようもなく、不安に駆られた。姉にこんなところで死んでほしくなかった。だが幸いにも、私の心配は杞憂に終わった。姉は彼の魂胆をすっかり見抜いており、彼が目を離した隙にグラスをすり替えていた。健太は何も知らずに、そのグラスを飲み干した。次の瞬間、彼はソファに倒れ込み、昏睡状態に陥った。姉は彼を突き飛ばし、力強く自分の手を拭うと、丸めたティッシュをゴミ箱へ投げ捨てた。邪魔者を片付けた彼女は、邸宅の中を隅々まで探し回り始めた。そしてついに、二階の廊下の突き当たりで、隠し部屋を見つけ出した。正面の壁一面には、無数のモニターが並んでいた。健太は家中に監視カメラを仕掛けていた。すべての部屋、すべての隅々、トイレに至るまで例外なく。姉は「変態が」と吐き捨てなが
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第10話

奈々がおぼろげに目を覚ましかけた時、頭の中にはまだ幸せな夢の余韻が残っていた。純白のウェディングドレスに身を包み、愛する拓海のもとへ歩み寄ろうとしていた。だが、目を開けた瞬間に視界へ飛び込んできたのは、刃物を手にして自分へとじりじりとにじり寄ってくる健太の姿だった。彼女はパニックに陥って悲鳴を上げ、両手を振り回しながら、必死に足をばたつかせて後ずさった。「お兄ちゃん、何する気!?よく見て、私よ、奈々だよ!実の妹じゃない!助けて!誰かお願い、助けて!来ないで……いやぁっ!」健太は能面のように一切の感情を失った顔で、奈々へと歩み寄り、振り上げた刃物を容赦なく突き立てた。憑かれたように刃を引き抜いては振り上げ、また突き刺す。その狂気じみた動作は十数回にわたって繰り返された。奈々が全身血まみれになり、息も絶え絶えになって床に崩れ落ちるまで。それでも凄まじい生存本能に突き動かされ、奈々はありったけの力を振り絞ってドアの方へと這いずり始めた。だが、数歩も進まないうちに、背後から凄まじい力で体を引っ張られた。健太が彼女の足首を掴んで引きずり戻したのだ。そして彼女が二度と逃げ出せないよう、無慈悲に刃を振り下ろし、そのアキレス腱を切り裂いた。「ぎゃあああっ!」奈々の絶叫が、広い邸宅の中にこだました。それは、あの日私が味わったものと何一つ変わらない、深い絶望と無力感に満ちた叫びだった。警察が駆けつけた時、奈々はすでに虫の息で、かろうじてかすかな命を繋ぎ止めているだけの状態だった。突然突入してきた警察を前に、健太はハッと我に返り、取り乱して逃げ惑い始めた。自分が罠にはめられたのだと、ようやく悟った。リビングを抜けて裏口へ駆け抜けようとしたその瞬間、ちょうど彼の視界に姉の姿が飛び込んできた。健太は咄嗟に彼女を引き寄せると、腕でその首を背後から力任せに締め上げ、刃先を頸動脈に突きつけた。「動くな!一歩でも近づいたら、この女を殺すぞ!」私はハッと息を呑んだ。すべて彼女の計画通りだと分かってはいても、いざ彼女が捕らえられているのを見ると、心配で胸が張り裂けそうになった。警察官たちは人質の命を案じ、じりじりと後ずさるしかなかった。健太はその機を見逃さず、姉を盾にしたまま、私の死体を投げ捨てた川辺へと逃げ込んだ。
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