ホーム / 恋愛 / 離婚成立、クズ父娘とはお別れです / チャプター 11 - チャプター 20

離婚成立、クズ父娘とはお別れです のすべてのチャプター: チャプター 11 - チャプター 20

30 チャプター

第11話

一度目は結婚前。朔人に会いに来た時だった。あの頃、二人はまだ熱烈な恋の最中にあった。二度目は今、離婚の話をつけるために……視線を戻し、小雪は1階のロビーへ入ると朔人に電話をかけた。呼び出し音が何度か鳴り、やがて留守番電話に切り替わった。もう一度かけ直すと、今度はすぐに切られた。小雪はスマホを握る手に無意識に力がこもり、続けて知美にも電話をかけてみた。知美は電話には出たものの態度はひどく冷たく、食事の配達か何かだと思ったのか単刀直入に言った。「社長は予定が立て込んでおりますので、お帰りください」小雪は唇を噛んで言った。「話があるんです。10分でいいから、時間を取ってほしいと伝えてもらえませんか」知美は、小雪が朔人に近づく口実を探しているのだと決めつけ、鼻で笑った。「そんな見え透いた嘘、誰が信じるんですか?社長は本当にあなたに構っている暇なんてありません。このあとすぐ千笑様と大事な仕事の話がありますし、ランチのお約束もあるんですよ」小雪の眉がぴくりと震えた。知美がこんなにも自分を軽んじられるのは、ひとえに朔人が自分を疎ましく思っているからだとよくわかっていた。「私は……」ツーという音とともに、知美は苛立たしげに電話を切ってしまった。暗くなった画面を見つめ、小雪は思わずスマホを握る手に力がこもった。仕方なく受付へ向かう。だが五年もの月日が経ち、受付のスタッフはすでに何人も入れ替わっていた。もう誰も小雪の顔を知らなかった。その時、背後でふとざわめきが起こった。「千笑様よ!ご本人、本当に品があるわ!」小雪は一瞬足を止め、振り返った。目の前にはヴェルサーチの服に身を包み、高価なバッグを手にした千笑の姿があった。誇り高く、美しく、際立った気品を漂わせている。ロビーへ足を踏み入れたその瞬間、その場にいた全員の視線を集めていた。まもなく知美が降りてきて、先ほどまでの冷たさを一変させ、恭しい態度で千笑を案内し始めた。千笑は微笑んで礼を言う。「お手数おかけします」「とんでもございません!社長から前もってお申し付けいただいておりましたので」小雪の睫毛がわずかに震えた。「そちらの方、社長は誰でもお会いになるわけではございませんので。お互い時間の無駄です。どうぞお引き取りください」
続きを読む

第12話

それを差し出しながら、小雪は冷たく告げた。「これを朔人に渡してください。目を通したら、私に連絡するようにと」知美は何かに操られたように無意識のうちに受け取った。小雪が立ち去ったあと、我に返った知美は手の中の書類を見つめて眉をひそめた。「チッ、なんなのよこれ……気を引くための新手の駆け引き?急に強気になって……」知美は、小雪が朔人の気を引くために、わざと焦らしているだけだと思い込んでいた。鼻で笑い、その書類を手に社長室へと上がっていく。そんなに図々しいなら、相応の目に遭わせてやる。社長に雷を落とされるのを待っていればいいわ。小雪は知美が何を考えているかなど知る由もなく、興味もなかった。一ノ瀬グループを出ると病院へと向かった。待つ必要はない。離婚協議書にはもう署名したし、離婚届も記入済みだ。あとは月曜日に離婚届を役所へ提出するだけだ。だが、病室に着いた小雪を待っていたのは、思いもよらない人物だった。小雪は扉の前に立ち、その場に立ち尽くした。……一方、社長室にて。知美が離婚協議書の入った封筒を手にドアをノックして入ると、朔人はちょうど千笑と並んで座り、誠和グループと一ノ瀬グループとの共同プロジェクトについて話し合っていた。誰の目にも親密そうに見えた。知美はその光景を見て唇を引き結んだ。物音に気づいた朔人が顔を上げ、素っ気なく彼女を一瞥した。「何の用だ」千笑も顔を上げる。知美はあっと声を上げ、慌てて歩み寄って書類を差し出した。「これは……小雪さんからお渡しするようにと。目を通したら電話をくださいとのことです」朔人の表情がわずかに冷え、たいして気にも留めない様子だった。「そこに置いておけ。もういい、出てくれ」そしてまた千笑との話に戻っていった。小雪より自分を優先してくれる朔人の様子に、千笑は甘い笑みを浮かべた。知美は頷き、部屋を出た。特に驚きはなかった。やはり社長は小雪になど興味がないのだ!小雪のような顔だけで能力のない女が、一時的に社長の気を引けただけのことだ。しかも子供を産んでからは、その美貌すらだいぶ色褪せてしまっている。だから結婚2年目には社長もすっかり小雪に飽きて、美貌も実力も兼ね備えた千笑のもとへ心が移るのも無理はない。知美自身も以前は千笑を少し見下して
続きを読む

第13話

そう、目の前のこの男こそ、数日前から連絡を取り合っていた相手であり、彼女の先輩でもある、景吾だ。景吾は笑って言った。「驚かせようと思ってな」小雪は思わず笑ってしまった。本当に驚いたし、それ以上に胸が温かくなった。「ありがとう」直子も二人を見て嬉しそうに言う。「立ち話もなんだから座って話しましょう」「そうですね」しばらく話が弾んだあと正午近くになったところで、景吾は小雪に、浩明の検査結果を持って東郷先生に会いに行こうと誘った。その前に食事でもどうかと。小雪はすぐに頷き、資料を持って彼と一緒に出かけた。20分後、とある高級レストランにて。早めに着いたため、東郷先生はまだ来ていなかった。景吾は小雪に水を注ぎながらプライベートな話を切り出した。「一ノ瀬のやつとの離婚の話、どうなってる?それにさ、南山の件もめどは立ったのか?」小雪はグラスを両手で包み、一口飲んでから目を伏せて答えた。「離婚協議書にはもう署名したの。離婚届も記入済みだから、あとは提出するだけ。南山の件も月曜には片付く予定」「離婚するのが正解だよ。これで自由になれたんだから。お前が戻ったら奴にも思い知らせてやればいい。自分がどれだけ優秀な人間を手放したのか、な」景吾はため息をつくと、前置きもそこそこに、上着のポケットからカードを取り出し彼女に差し出した。「これはこの5年分の、お前が持ってる株の配当金と技術特許のロイヤリティだ。受け取れ」小雪の表情が一瞬こわばった。素直には受け取れなかった。あの時、家庭のために清瀧設計事務所を離れたことを、ずっと申し訳なく思っていた。だからこのお金も自分から受け取りを辞退することで、せめてもの償いにしようとしていたのだ。「先輩、これはいい……」「受け取れって言ったら受け取れ。つべこべ言うな」「私……」景吾は小雪を見つめて言った。「お前、清瀧に戻るつもりなんだろう?このお金はいずれにせよ、お前に渡すべきものだ。それとも戻る気はもうないのか?この前言ったことは俺を喜ばせるための口先だけだったのか?」彼がこうまで言う本心が、自分を心配して戻ってきてほしいと願っているからだと小雪にもわかっていた。胸が温かくなり、ついに手を伸ばして受け取ると、かすれた声で言った。「ありがとう、先輩……」景
続きを読む

第14話

視線を戻し立ち去ろうとしたその時、ふと目の端にテーブルの上の袋が映り、はっと足を止めた。眉をひそめ、その袋をじっと見つめる。あの中に入っているのは、今朝星奈がダンスレッスンの友達に配るからと包んだ、あの蒸しパンだった。見間違えるはずがない。どうして、ここに……その時、星奈が箸を置き、その袋を手に取ると、千笑に差し出しながら甘えた声で言った。「これ千笑さんの好きな蒸しパンだよ。あとで持って帰って食べてね」小雪の顔からさっと血の気が引いた。千笑は微笑んで袋を受け取ると、屈み込んで星奈の頬に口づけた。「ありがとう、星奈ちゃん。あとで、私からもプレゼントを贈るね」「本当?やった!あたし、千笑さんがくれるプレゼントが一番好き!」星奈は嬉しそうに千笑の腕の中に飛び込み、顔を上げて言った。「足りなかったら、あとでママにまた作ってもらうから」「ありがとう。でも、星奈ちゃんがこれを私にくれたって知ったら、ママ怒らないかな?」星奈は一瞬固まった。少しばつが悪そうに唇を噛み、朔人のほうを見る。朔人は魚の骨を取り除いてやりながら、大して気にする様子もなく言った。「大丈夫だ」星奈は笑った。ママはパパの言うことならいつも聞くんだから。パパが大丈夫って言うなら、きっと大丈夫。「千笑さん、大丈夫だよ……」小雪の顔がさっと蒼白になった。これまでの朔人の冷たさなど、星奈のその一言が与えた衝撃には到底及ばなかった。心臓がもう抑えきれないほど痛んだ。結婚前、自分は料理などまるでできなかった。星奈の世話をするために少しずつ料理を覚えていったのだ。それがまさか、こんな形で返ってくるとは……小雪は笑った。その時、星奈は袋から蒸しパンをひとつ取り出し、千笑の口元へ運んでやっていた。もう見ていられなかった。視線を逸らし、背を向けて足早にその場を離れた。これでいい。星奈が楽しいならそれでいいのだ。個室の中では朔人と星奈の父娘は、そのことに何も気づいていなかった。三人は楽しく昼食をとった後、星奈が午後の習い事もなかったことから、千笑とともに遊びに出かけた。夜家に戻った時には、すでに10時を過ぎていた。星奈は一日中遊び回って楽しかったせいか家に帰りたがらなかった。小雪に怒られるのも嫌で、車の中でぐずぐずと降りよ
続きを読む

第15話

「小雪はいつ出て行った」「午前中です」朔人は頷いただけで、それ以上は何も聞かなかった。何かあったのかと小雪に電話をかけてみるつもりもなく、そのまま2階へ上がっていった。主寝室に着いたところで、千笑から電話がかかってきた。出るとあの優しい声が聞こえ、彼は低く応えるとそのまま部屋を出て行った。その夜彼は帰ってこなかった。……翌日、病院にて。小雪はマンションで作った滋養のつくスープを朝早くに両親のもとへ届けた。浩明の点滴が終わるのを見届けてから、病院を出て用事を済ませに向かった。昨夜ネットで環境の良いマンションを見つけていた。高齢者が暮らすのに向いていそうな環境で、モデルルームを見に行くつもりだった。30分ほどしてマンションギャラリーに着くと、小雪が中に入り、販売スタッフが笑顔で近づいてきた。「いらっしゃいませ。何かお手伝いできることはございますか?」小雪は微笑んだ。「まずは自分で見てみます」「かしこまりました。何かございましたら、いつでもお声がけください」「ありがとうございます」小雪は模型のほうへ向かった。全体の完成予想模型や間取り図が展示されている。もともと建築を学んできた彼女は、一目で日当たりや方角、階数まで、すべてが理想的な物件を見つけ出した。販売スタッフに尋ねようとしたところで、相手が近づいてきて言った。「申し訳ございません。そちらの最上階のペントハウスは、すでに売約済みとなっておりまして」売れてしまったのか。小雪は唇を噛んだ。「そうですか」販売スタッフは微笑みながら続けた。「あちらは最上階のペントハウスですので、価格は5億円を超えます。当マンションでも特に人気の高い住戸だったのですが、何しろ希少な物件ですので……もしよろしければ、他にもおすすめの住戸がございます。ご覧になりますか?」そんなに高い物件だったとは知らなかった。ここに来る前、小雪の予算は8千万円程度が上限だった。それ以上は正直手が出ない。「他のも見てみます」残念な気持ちを抱えながら別の模型へ向かおうとした小雪がふと顔を上げると、そこには朔人と、その腕に親しげに手を絡めた千笑の姿があった。誰の目にも仲睦まじい夫婦そのもので、明らかに新居を探しに来ているようだった。小雪はそれを見ても特に驚きは
続きを読む

第16話

小雪は唇を噛んでから、結局電話に出て、淡々と応えた。「もしもし、どうしたの?」その頃、星奈は家のベッドに寝転がり、スマホゲームをしながら時間を潰していた。昨夜は朔人と千笑と一緒にまた出かけられると思っていたのに、今朝起きたら朔人から【千笑と用事があるから今日は連れて行けない。遊びたいならママに頼め】とメッセージが来ていた。仕方なく小雪を頼ることにした。「ママ、今どこにいるの?」小雪は行き先を言うつもりはなく淡々と聞き返した。「どうしたの?」「一人で家にいてすごく暇なの。ママ、私を連れて遊びに行ってくれない?」小雪はそれを聞いて事情を察した。朔人は千笑の家探しに付き合っていて、星奈を連れ出す暇がなかったのだろう。一人で退屈した星奈が母を頼ってきたというわけだ。小雪は唇を引き結んだ。あの蒸しパンの一件を思い出すと、正直連れて行きたい気持ちにはなれなかった。それにこれから用事もある。「ママは今、用事があるの。警備の人に連れて行ってもらいなさい」「えー、やだ」星奈は甘えるように言った。「ママがいい、ママに連れて行ってほしいの。ママ、ママったら……」小雪はこめかみを押さえた。以前なら星奈にこう甘えられれば必ず折れていた。何を言われても頷いていた。けれど今は……小雪は少し疲れを覚えた。「星奈、ごめん。ママは本当に用事があるの……」星奈の声が止まり、拗ねたように鼻を鳴らした。電話越しでも明らかに不満そうなのがわかる。「やだ。ママに一緒に遊んでほしいの。ママ、最近全然一緒に遊んでくれないじゃない!」小雪は困り果て、しばらく黙り込んだあと、結局折れることにし、提案した。「一緒に遊びに行ってもいいけど、約束して。遊び終わったら病院に行って、おばあちゃんとおじいちゃんに顔を見せること」ここ数日、両親がどれほど星奈に会いたがっているか小雪にもよくわかっていた。何度も星奈を連れてきてほしいと頼まれている。そのたびに理由をつけて誤魔化してきたけれど、これ以上両親をがっかりさせ続けるのはさすがに忍びなかった。星奈は少し迷ったが結局頷いた。ちょっと顔を出すだけならいいし、毎日行くわけじゃない。そのあとで千笑さんとも遊べる。それに、おばあちゃんとおじいちゃんは自分にすごく優しくて、いつも美味しいものやプレゼントを
続きを読む

第17話

スケート靴を借りて戻ってくると、星奈が近くの子どもと話しているのが聞こえてきた。「そのぬいぐるみのキーホルダー、どこで買ったの?可愛い」その子は方向を指差して答えた。「あっちにあるガチャガチャだよ」星奈はそちらを見て嬉しそうに頷いた。「ありがとう」「誰にあげるの?」星奈はにこりと微笑んだだけで答えなかった。本当は、ちょっとした贈り物として千笑にあげるつもりだった。けれどそれは心に秘め、「秘密」とだけ答えた。そう言い終えると列のほうへ視線を向ける。小雪がすでにスケート靴を手にこちらへ歩いてくるのが見えた。駆け寄って服の裾を引っ張りながら言った。「ママ、ガチャガチャやりたいの。お金ちょうだい?」小雪は目を伏せて彼女を見た。表情がわずかに冷たくなる。さっきあの子との会話は聞こえていた。誰にあげるつもりなのかもなんとなく察しがついた。胸が痛まないと言えば嘘になる。少し前までは、花一輪や絵一枚など、星奈も小さな贈り物をくれることがあった。それがこの一年、千笑と一緒にいるようになってからは、まるで小雪を忘れてしまったかのように何も贈ってくれなくなった。けれどそれを指摘するつもりはなかった。その必要もない。「いいわよ」小雪は星奈を連れて買いに行った。星奈は嬉しそうに笑いながら小雪を引っ張っていき、ガチャガチャを回した。すると運よく、一番欲しかったぬいぐるみのキーホルダーが一度で当たった。宝物のようにそれをリュックにしまい込んだ。「よし、ママ、スケートしに行こう!」小雪は素っ気ない声で応じた。「うん」星奈は上機嫌でそれに気づく様子もなくリンクのほうへ向かうと、椅子に座ってスケート靴に履き替えた。小雪も靴を履き替えようとしたところで星奈が言った。「ママは滑れないでしょ。あとでリンクの端で待っててね」本当は滑れるのだが、そう言われるとわざわざ説明する気にもなれなかった。「わかった」二人でリンクの中へ入る。星奈にはコーチが付いており、以前から習っていたこともあって滑りは上手だった。特に見ている必要もない。小雪は少し離れた場所で、その様子を見守っていた。まもなくスマホが震えた。三郎からのメッセージだった。また週末のうちに一度顔を出してほしいという内容だった。小雪は唇を噛んだ。大和に会
続きを読む

第18話

小雪は遠くからそれを見つめ、唇をきつく引き結んだ。星奈は、祖父母に会いに行くという約束を、もう忘れてしまったのだろうか。その時、ふとスマホが震えた。取り出して見ると、やはり朔人からのメッセージだった。【星奈は俺が見てる。お前はもう戻っていいぞ】以前の自分なら、すぐにその場を立ち去っていただろう。けれど今は違う。両親には今夜、星奈を連れて行くとすでに約束してしまっている。だから、たとえ星奈が今それを望んでいなかったとしても、連れて帰らなければならない。小雪は無表情に返信した。【うちの両親に、今夜星奈を連れて行くって話してあるの。星奈に伝えて私のところに戻るように言って】朔人からの返信はなかった。同意しないつもりなのだろうか。小雪はスマホを握る手に無意識に力を込めた。顔を上げ、彼らのほうへ目を向ける。すると朔人が腰を屈めて星奈に何か話しかけているのが見えた。「ママが病院に連れて行ってくれるってさ。おばあちゃんとおじいちゃんに会いに行くんだ。ママのところに戻りなさい。パパと千笑はまた今度連れて来るから」それを聞いた星奈は眉をぎゅっと寄せ、明らかに気が進まない様子だった。千笑と一緒に遊びたい気持ちのほうが強かったのだ。けれど小雪の顔色を思い出すと断るのも気が引けて、不満そうに目を潤ませ、今にも泣き出しそうになった。それを見て小雪の胸がきゅっと締めつけられた。スマホを握る指に力がこもった。最後には千笑が「明日の夜、行きたいところに連れて行くから」と約束し、星奈もしぶしぶ頷き、名残惜しそうにコーチとその場を離れた。小雪は思わず視線を逸らした。その時、着信音が鳴った。朔人からの電話だった。出ると彼は素っ気ない口調で言った。「星奈はもうそっちに戻らせた。今夜はお前と一緒に過ごさせるから、ちゃんと面倒を見て、明日は学校に送ってくれ」この言葉には、面倒を押しつけたい気持ちと、多少なりとも娘を気遣う気持ちのどちらがより強く込められているのだろうか。小雪はもう深く考える気にもなれなかった。たぶん、面倒を自分に押しつけたい気持ちのほうが大きいのだろう。明日、千笑は南山コーポレーションの打ち合わせに行く。彼はきっとそれに付き添うつもりだろう。娘を学校に送る時間などあるはずがない。小雪は冷ややかに
続きを読む

第19話

病院へ向かう車の中、星奈はしおれた花のように元気なく押し黙り、一言も口を開かなかった。時折俯いてスマホのメッセージに目をやっている。小雪はそれを横目に見ていたが、特に何も言わなかった。病院に着くと星奈を連れて病室へ向かう。その頃、同じ病室の張本文恵(はりもと ふみえ)が、お見舞いに来た孫娘の張本萌果(はりもと もか)を連れて、浩明や直子と楽しそうに話し込んでいた。萌果は愛嬌のある可愛らしい子で、色紙で折った小さな花をプレゼントしていた。誰からも可愛がられるような子だ。星奈は部屋に入る前にその光景を目にし、その手作りの花にも目をやると、わずかに眉をひそめ、何とも言えないもやもやした気持ちになった。自分はおばあちゃんとおじいちゃんに何もプレゼントを用意していない。がっかりされてしまうかもしれない。バッグの中にはあのガチャガチャのキーホルダーがある。あれをプレゼント代わりにしてもいい。けれど、それは千笑にあげるつもりで買ったものだ。あげたくはなかった。星奈は迷いながら小雪の手を握り、弱々しく呼びかけた。「ママ……」小雪は目を伏せて星奈を見た。表情は淡々としている。「どうしたの?」星奈は唇を噛み、しばらくして言った。「今度来る時、あたしも手作りのプレゼント作るね。あの子より絶対上手に作るから」「今度」とはいってもいつになるかわからない。手作りのプレゼントのことすら、そのうち忘れてしまうかもしれない。小雪はそれ以上考えたくなかった。星奈の気持ちが、祖父母のほうに向いていないことは痛いほどわかっていた。もし本当に祖父母を思っているなら、西京に来て入院したと知った時点で真っ先に会いに来ていたはずだ。プレゼントなど必要ない。ただそばにいて話をするだけで両親は十分喜んだだろう。けれど星奈にはその気持ちがなかった。けれど千笑の家族に対しては、こんなふうにそっけなく接することはない。自分から顔を出し、体調まで気遣っているのだから。小雪はもう多くを語る気にもなれなかった。「そう。じゃあ、入りましょう」星奈は嬉しそうに言った。「うん!」扉を開ける。星奈は萌果を横目で見ると、そのまま直子に駆け寄り、叫んだ。「おばあちゃん!」萌果は思わず脇へ退いた。直子は孫娘の姿に弾んだ声を上げ、頭を撫でながら小
続きを読む

第20話

星奈は鼻をすすりながら顔を背けた。目の縁が赤く染まっている。小雪は涙を拭ってやりながら優しく言った。「いい?誰かが一生懸命作ったものを、そんなふうに言っちゃだめよ。わかる?もし今日、誰かが星奈にそんなことを言ったら、悲しいでしょう?」星奈はそれを聞きながら唇を噛みうつむいた。まだ幼いだけに、いつまでも意地を張るわけでもない。感情の波が過ぎれば自分が悪かったことにも気づく。それでも少し悔しい気持ちは残っていた。なにしろ、ママが他の子を褒めるのが気に入らなかったのだ。星奈は小雪の首に抱きつき、萌果をちらりと見てから、小声で言った。「ママ、これからは萌果と仲良くしないで。あの子のお花も受け取らないで。私が作ってあげる!いっぱい、いっぱい作るから!」小雪は一瞬ハッとし、ようやく合点がいった。萌果を褒めたことに、星奈はやきもちを焼いていたのだ。けれど少し前まで星奈はあんなにも千笑に懐き、病院に来ることすら嫌がっていたはずなのに、もう忘れてしまったのだろうか。今口にしたその約束も、数日後に千笑と顔を合わせれば、きっときれいさっぱり忘れてしまうのだろう。小雪は唇を引き結び、星奈の髪をそっと撫でた。それ以上は何も言わずいくつか宥めの言葉をかけたあと、優しい眼差しを萌果に向けた。「萌果ちゃん、星奈はさっきついカッとなって、悪いことを言っちゃったの。今からちゃんと謝らせるから、許してくれる?」萌果は性格がよく、それに星奈が小雪に強い独占欲を抱いていることにも気づいていたので、素直に頷いた。「うん」小雪は優しく微笑み星奈を促した。「ほら、萌果ちゃんに謝りましょう」星奈もいつまでも意地を張ることはなく、素直に謝った。「ごめんなさい」萌果は笑って言った。「いいよ。今度一緒に折り紙しようね!」星奈は唇を引き結び、小雪に抱きついたまましばらくしてから「うん」と答えた。二人が仲直りする様子を見て、大人たちも安堵の笑みを浮かべた。文恵も家族水入らずの時間を邪魔してはいけないと思い、しばらく世間話をしてから萌果を連れて自分のベッドへ戻っていった。直子と浩明は本当に星奈に会いたがっていた。そばに呼んでは、美味しいものを食べさせたりプレゼントを渡したりする。プレゼントをもらって喜ばない子どもなど、そうはいな
続きを読む
前へ
123
コードをスキャンしてアプリで読む
DMCA.com Protection Status