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離婚成立、クズ父娘とはお別れです のすべてのチャプター: チャプター 21 - チャプター 30

30 チャプター

第21話

小雪は【わかった】とだけ返信し、直子に言った。「この子、やっぱりお家の方が落ち着くみたい。連れて帰るわ」言い終えると星奈に向かって続けた。「ベッドから下りて靴を履いて。警備の人が迎えに来たから下まで送るわね」それを聞いた星奈の目がぱっと輝いた。やった、ここに泊まらなくていいんだ!嬉しそうにベッドから飛び降り靴を履くと、小雪の手を握った。「よし、ママ行こう!」そして祖父母にも手を振って挨拶をする。「バイバイ」小雪の表情はさらに冷たくなった。直子は孫娘との別れを惜しみ、ポケットから小銭を取り出して何か買うようにと持たせようとした。小雪はそれを止めた。「いらないの、お母さん。そのお金は取っておいて」そう言うと、星奈を連れて階下へ下りていく。病院の正面玄関を出ると、夜の冷たい風が顔を打った。星奈は寒さに小雪へぴったりと身を寄せ、甘えるように擦り寄った。「ママ、抱っこ……」小雪は星奈を抱き上げ、少し離れた場所に停めてある車へと歩いていく。小さな星奈は、まだ抱き上げられないほど重くはなかった。待機していた警備担当が車のドアを開けた。小雪は星奈を後部座席に乗せ、シートベルトを締めながら言い聞かせた。「夜お風呂に入ったら、早く寝るのよ」今夜ママに少し甘えたい気分だった星奈はそれを聞いて、思わず小雪の首に腕を回した。「ママも一緒に帰れないの?ママと一緒がいい」ママがいないと時々落ち着かない気持ちになる。特に今夜はパパの帰りが遅くなりそうだし、ママもパパもいない家で過ごすのは退屈すぎる。それに、千笑さんへの蒸しパンもまだ用意していない。今夜千笑さんとテレビ電話をするなら、こっそりパパの書斎に行けばいい。パパはママを書斎に入れないから、絶対にママには見つからないはず!小雪は星奈の髪を撫でながら淡々と言った。「ごめんね、ママ今ちょっと忙しいの。用事が片付いたら、また帰るからね」星奈は少し寂しそうに「はぁい」と返事をしたが、それ以上は何も言わなかった。今度ママが帰ってきたら、その時に蒸しパンを作ってもらえばいい。星奈はねだるように言った。「じゃあママ、明日のお昼、学校にお弁当持ってきてくれる?ママの作ったご飯が食べたいな」明日は南山コーポレーションに行かなければならないし、朔人と離
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第22話

隣の病室の前を通りかかったところ、萌果の母親が小雪に気づき、慌てた様子で出てきて尋ねた。「すみません、お出かけですか?」小雪は頷いた。「はい、南山コーポレーションに向かうところです。何か?」「南山コーポレーションですか」萌果の母親は申し訳なさそうに言った。「もしよろしければ、萌果を育英小学校まで送っていただけないでしょうか。今朝、萌果の祖母の具合が悪くて、私が付き添わなければならなくて……」小雪は病室の中に目をやった。ベッドに横たわる文恵は顔色も悪く、確かに容態は思わしくないようだった。育英小学校といえば、星奈が通う学校でもある。小雪は唇を軽く結んでから頷いた。「わかりました。お任せください」「ありがとうございます。今度、星奈ちゃんが来た時は私が二人とも送りますから」萌果の母親はそう言うと部屋の中に向かって声をかけ、萌果にランドセルを背負わせて出てくるよう促した。小雪は微笑んだだけで何も言わなかった。まもなく、二つに結んだ髪を揺らしながら萌果が出てきた。行儀よく「よろしくお願いします」と挨拶をする。小雪は微笑み、彼女を連れて病院を出た。道端でタクシーを拾い、ほどなく小学校に着いた。運転手に少し待ってもらい、小雪は車を降りて萌果を校門まで送った。思いがけず、そこで朔人と千笑の姿を見かけた。星奈を送りに来ていたようだった。三人ともひときわ目を引き、人混みの中でも多くの羨望のまなざしを集めていた。星奈もそれに気づき誇らしげな顔をしていた。これまで小雪が送ってくれる時には決して味わえなかった優越感だった。背筋をぴんと伸ばし、世界一幸せな子どもだとでもいうように、片手で千笑の手を、もう片方の手で朔人の手を握っている。今この瞬間彼女は本気で、千笑が自分の母親だったらいいのにと思っていた。小雪はそれを見つめ、唇を引き結んだまま視線を逸らした。朔人と千笑は昨日の午後に会ったあと、きっとそのまま一緒に過ごしたのだろう。でなければこんな朝早くから揃って星奈を送りになど来ないはずだ。星奈も昨夜家に帰ってからは、もう小雪のことなど忘れてしまったに違いない。あの嫉妬の感情もしょせんはその場限りのものだったのだ。萌果が「あれ?」と不思議そうに声を上げ、小雪の手を引いて聞いた。「おばちゃん、あ
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第23話

20分後、南山コーポレーションについた。小雪は車を降りてビルに入り、1階で三郎が手配してくれた人物を待つことにした。その時、ふとスマホが震えた。三郎からのメッセージだった。【朝から少し渋滞している。行かせた人間は少し遅れるかもしれん。先に3階のプロジェクトチームの会議室で待っていて。すでに話は通してある】小雪は誰が来るのだろうと考えながら返信した。【わかりました。ありがとうございます】送信を終えスマホをしまうと、3階の会議室へ向かった。その会議室は新しく立ち上がったプロジェクトチーム専用の会議室で、この時間にはすでに多くの人が集まっていた。見知らぬ小雪が入ってきたことに皆一様に戸惑いの表情を見せたが、取引先から来た人間だろうと思ったのか特に何も言わなかった。ただ、その整った顔立ちと、スカートから伸びる白く細い脚に何度か視線を送るだけだった。小雪は空いている席を見つけて座り、バッグから準備してきた資料を取り出し、目を通す。まもなく扉の外がにわかにざわめいた。「わあ、一ノ瀬社長と千笑様だ!」「千笑様って誰?」「今回のプロジェクトに特別に招かれた建築士だよ!すごく優秀な方なんだ!」「25歳で世界トップクラスの大学の博士号を取ったって聞いたよ。大型の公共建築も手がけたことがあるらしい」「それだけじゃない。社長はあの方をすごく大事にしてるんだ。ほら、帰国後初めての仕事なのに、わざわざご自身で付き添ってらっしゃる。従妹を溺愛してるってレベルじゃないよね。事情を知らない人が見たら、奥様かと思うんじゃない?」小雪は資料をめくる指を止め、顔を上げた。朔人と千笑も、ちょうどこちらへ視線を向けたところだった。小雪がそこにいることに二人とも驚いた様子を見せた。朔人は目を細め、無表情のまま、隣にいたプロジェクトマネージャーの田村に尋ねた。「どういうことだ」プロジェクトマネージャーの田村は小雪と朔人の関係を知らなかった。小雪の顔を見てその経歴書を思い出し、少し戸惑った様子だった。当初この案件を担当する予定だったのに、なぜ今ここに来ているのか。「あの椎名小雪さんと名乗る方は、当初この案件を担当する予定だった建築士だと思います。今はこちらからお呼びしていませんので、あとでお引き取りいただきます」朔人は片
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第24話

「社長、あの椎名さんという方がどうしても帰ろうとされなくて……本当に困っていまして……」だが金子は彼を無視し、笑顔で小雪のほうへ目を向けると軽く会釈をし、小雪も微笑んで応じる。田村はその光景に固まった。一体どういうことだ……千笑もそれに気づいた。笑みがわずかに強張ったが、すぐに笑顔を作り直すと、立ち上がって歩み寄り礼儀正しく手を差し出して金子に挨拶をした。「お久しぶりです。今回もよろしくお願いいたします」金子は一瞬止まったが、仕方なく視線をそちらへ向け、一瞥してから握手に応じた。「一ノ瀬さん」一瞬ためらったあと、結局は率直に告げた。「ただ、今回の提携の件は白紙に戻させていただくことになりました。より適任の方が見つかりましたので」千笑の顔から笑みが消えた。田村もさらに驚いた表情を浮かべる。千笑より適任の人物がいるというのか?周りの人々も何かがおかしいと薄々感じ取り、小声でざわめき始めた。金子は皆を見渡して言った。「役員会での協議の結果、今回のプロジェクトのチーフアーキテクトを椎名小雪さんに務めていただくことに決定しました。皆さん、どうぞよろしくお願いします」その一言に会議室全体がどよめいた。千笑は一瞬呆然としたあと、すぐに唇を引き結び眉をひそめて小雪を睨みつけた。いつの間にか歩み寄っていた朔人が千笑の背後に立ち、小雪を一瞥する。小雪はそれに気づくと冷ややかに二人へ視線を返し、それから皆に向かって挨拶をした。「皆さん、はじめまして。椎名小雪です。よろしくお願いします。一緒に良いものを作っていければと思います」けれどプロジェクトチームの誰一人として返事をする者はいなかった。明らかに小雪が千笑には及ばないと考えているのだろう。場に気まずい空気が広がった。小雪は唇を引き結んだ。朔人はそんな小雪を見つめ、腹の底が読めない口調で金子に尋ねた。「今回のプロジェクトはそんなに適当なんですか?ただ大学を出ただけの人間をチーフに据えるなんて。たとえコネがあるにしても、もう少しまともな経歴の人間を選ぶべきでしょう」小雪の心臓がずきりと痛んだ。まるで刃物で切りつけられたような衝撃だった。信じられなかった。朔人は自分が何を言っているのかわかっているのだろうか。あの時、自分が進学を諦めたの
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第25話

「彼女には、皆さんにお話しできない事情があるだけです。しかし、彼女の実力は今回のプロジェクトを任せるに十分なものです。私が保証します」会議室が一瞬静まり返った。皆の視線がそちらへ集まる。小雪は、その男が三郎の側近を務める立川だと気づき、感謝の笑みを浮かべた。実は、実務経験がまったくないわけではなかった。ただ、それらのプロジェクトはどれも官公庁や防衛関連のもので機密指定を受けており、表に出すことができなかっただけなのだ。金子はまるで救世主でも見るように、慌てて歩み寄って声をかけた。「立川さん!」立川は礼儀正しく会釈を返し、それから離れた場所にいる小雪にも軽く頷いてみせた。その様子を見て周囲がざわめいた。「あの方、かつて警察組織のトップにいた新田さんの側近じゃないか」「それなら……あの言葉に嘘はないだろうな。わざわざあの方がここまで足を運んできたんだから」「確かに。どうやら椎名さんを誤解していたのかもしれない。何か言えない事情が本当にあったんだろう」「そうかもな。実力を見るまでは先入観を持たずに評価すべきだった」千笑はそれを聞き、訝しげに眉をひそめた。けれど小雪の祖父と新田が旧友だったことを思い出すと、また気を緩めた。小雪の実力など、自分が一番よくわかっている。卒業してすぐ専業主婦になっただけの人間に、口に出せない特別な事情などあるはずがない。所詮、コネで起用されたことを正当化する口実に過ぎない。朔人も小雪をちらりと見た。同じ結論に至ったらしかった。彼は千笑に尋ねた。「このプロジェクト、まだ続けたいか?」千笑が顔を上げて彼を見る。ここまで自分のことを考えてくれる態度に胸が温かくなった。朔人の力があればこのプロジェクトを奪い返し、小雪を追い出すことなど難しくないはずだ。それはわかっている。けれどそこまでする気にはなれなかった。コネを使い実力もない相手と同じ場で仕事をする気にはなれない。千笑は首を振った。「ううん、行きましょう」朔人は一瞬黙り込み、答えた。「わかった」そして意味ありげな視線を小雪へと向けた。小雪はその視線に気づき一瞬止まったが、すぐにその意味を理解した。あの目つきにはあまりにも馴染みがあった。かつて二人の仲がまだ良かった頃、小雪が理不尽な扱いを受け
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第26話

一階へ下りると、一台のSUVが近づいてきた。小雪は何気なく運転席に座る男に目をやった。日差しを背に受け、片手でハンドルを握った男は、シンプルな黒のTシャツ一枚という格好だった。それでも鍛え上げられた体つきと精悍な雰囲気は隠しきれない。木漏れ日がその鋭い顔立ちに陰影を落としている。よく見えないながらも、彫りの深い横顔と無駄のない短髪から、端正な顔立ちであることがうかがえた。ほんの一瞬目に入っただけだったが、小雪はなぜかどこか見覚えがある気がした。それでも深くは考えず、立川を迎えに来た人だろうと思い、立川に言った。「お気をつけて」「ああ、戻っていいぞ。もうすぐ会議だろう」立川は軽く手を振ると助手席に乗り込んだ。シートベルトを締めながら、運転席でハンドルをきつく握り、手の甲に筋を浮かせている男を横目に見て、笑いながら言った。「せっかくだから降りて挨拶してこいよ。行かないならさっさと車を出せ。ここで道を塞ぐな」その言葉に男はようやく動きを見せた。振り返って立川を睨みつける。低く冷たい声は、彼自身を思わせるように飾り気がなく硬質だった。「誰に挨拶するって?俺たちはとっくに何の関係もない」立川は一瞬固まった。「それなら、なんで今日わざわざ俺についてきたんだよ」と言いたい気持ちを堪える。鼻で笑って言った。「はいはい、余計なこと言ったな。それで、もう行っていいのか?『伊瀬隊長』」大和はわずかに眉をひそめ、視線をずらして助手席側のサイドミラーに目をやった。その中には、小雪がまだビルの下に立っている姿が映っていた。白いシフォンブラウスに黒のマーメイドスカート、大人の女性らしさが際立つ装いだった。9年前、まだ幼さの残っていた彼女とはまるで別人のようだった。9年という歳月で変わったのは外見だけではない。心の中も……そう思い至った瞬間、大和の表情がすっと冷え、迷いもなく車を発進させた。立川が言った。「本当に降りて会わないのか?何年ぶりなんだよ」大和は前を見据えたままハンドルを握り、硬い横顔で何も答えなかった。立川はそれを見て軽くため息をつくと、その冷たさにはもう慣れているとばかりに、シートにもたれてこめかみを押さえながら独り言のように話し出した。「今回の件、聞いて驚くなよ。朔人が従妹のために、小雪の仕事を
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第27話

メッセージを送信したものの、返信は一向に来なかった。小雪は唇を噛み、スマホを握る手に無意識に力がこもった。プロジェクトチームはもうすぐ会議がある。いつまでも待っているわけにはいかない。数分待ってもやはり返信がないのを見て、スマホをしまい会議に向かった。今回の会議は、主に建設予定の工業団地についての検討が中心だった。田村が壇上で進行を務めながら、何かを思い出したように小雪に言った。「他の皆さんはすでに見学済みですが、明日の朝、旧エリアのほうへご案内します」小雪は頷いた。「はい、よろしくお願いします」その言葉を聞き、周囲の人々もほっと胸を撫で下ろした様子だった。これ以上、小雪一人のために改めて時間を取られるのを誰もが嫌がっていたのだ。建前上は受け入れつつも、心の中では小雪の実力への疑念はまだ拭いきれていなかった。会議は2時間ほど続き、終わる頃にはもう昼近くになっていた。皆が荷物をまとめ席を立ち始める。小雪の隣に座っていた大崎里英(おおさき りえ)が、彼女が一人でいるのを見て気の毒に思ったのか声をかけた。「椎名さん、よかったら一緒にランチどうですか?」小雪は顔を上げて里英を見た。胸が少し温かくなったが、これから予定があった。「ありがとうございます。また今度にしますね。これから娘を迎えに行って、一緒にお昼を食べる約束があるので」娘?里英は驚いた。「結婚されてるんですか?」小雪の笑みが少し薄くなった。頷くだけで、もうすぐ離婚するとは言わなかった。言う必要もない。里英は少し意外そうに、「それじゃあ娘さんのお迎えに行ってください。また今度ぜひ」と言った。「ええ」里英が去ったあと、小雪もバッグを持って会議室を出た。階段を下りながらスマホでメッセージを確認する。朔人からはやはり返信がなかった。見ていないのか、それとも今は構っていられないから返さないだけなのか。こうなると、後者の可能性のほうが高い気がした。小雪は仕方なくスマホをしまい、彼と離婚についてきちんと話をつけるため、時間のある時にまた連絡しようと決めた。ビルを出てタクシーを拾い、学校へ星奈を迎えに向かった。……学校に到着した小雪は星奈のキッズケータイに電話をかけたが、なかなか出なかった。眉をひそめ、少し心配に
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第28話

「それでは失礼します」小雪は会釈し、まだ用事があったためその場を後にした。タクシーに乗り込むと、あらかじめ予約していたレストランをキャンセルし、星奈にメッセージを送った。【お昼は用事ができたから行けなくなったの。今度時間ができたら迎えに行くから、今日は学校でちゃんとお昼食べてね】星奈は自分に知られたくなかったのだろう。それなら知らないふりをしておけばいい。星奈からは、返信したくないのか、それとも千笑たちと盛り上がっていて気づいていないのか、なかなか返事が来なかった。小雪も気にせず、運転手に行き先を南山コーポレーションへ変更するよう告げた。その時、ふとスマホが震え、田村からの電話だった。小雪は応答した。「もしもし、田村マネージャー」田村は少しためらいがちに応じた。「たった今連絡が来たんですが……このあと千笑さんもプロジェクトに加わることになりました」小雪の表情が一瞬止まった。頭から冷水を浴びせられたような衝撃だった。しばらくしてようやく声を絞り出す。「ど……どうしてですか」田村が言う。「一ノ瀬社長がこのプロジェクトに出資なさいまして。現在、最大の出資者でいらっしゃるので……」その先は言わずもがなだった。「今後はお二人でこのプロジェクトの設計を担当していただきます。最終的には上層部がお二人の設計案から、より優れたものを新エリアのプランとして採用する形になります」小雪の顔から血の気が引いた。スマホを握る手に力がこもる。朔人が千笑のために何かするだろうとは以前から予想していた。ただ、まさかここまで強硬な手段に出るとは思っていなかった。千笑に悔しい思いをさせないため、その雪辱を果たさせるために、わざわざ出資までして彼女を呼び戻したのだ。本当に、千笑には何でもしてあげるのね。結婚してこの5年、一ノ瀬家でどれほど辛い思いをしていても、彼が気にかけてくれたことなど一度もなかったのに。小雪は目を閉じ、指先でこめかみを揉むと、しばらくしてからかすれた声で言った。「わかりました」田村がためらいがちに続けた。「それで……その、立川さんのほうは……」三郎の介入を彼はどこかで恐れているようだった。小雪は目を開けて言った。「大丈夫です、そちらは心配なさらないでください」三郎には、こ
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第29話

「安心しろ、俺は会う気はない。千笑の実家の会社との提携もこれまでなかったし、これからも絶対にない」小雪は肩の力が抜け微笑んだ。「ありがとう、先輩」「気にするな。お前がいなかったら、清瀧だってここまで来られなかった」景吾は続けた。「今はただ、お前が今の案件を早く片付けて戻ってきてくれるのを楽しみにしてるよ。それで、あいつらを見返してやればいい!」小雪は笑った。「うん」景吾も笑ったが、それでも彼女の心情が気にかかるようだった。「そっちは今夜何時頃終わりそうだ?一杯やりに行くか?」「やめとく」小雪は断った。お酒よりも今はもっと勉強して、自分を高めたい気持ちのほうが強い。それに両親の顔も見に行きたい。「そうか、それならいい。何かあったら電話しろよ」「うん」電話を切ると小雪は少し気持ちが軽くなった。会社に戻ると、近くの店で簡単に汁そばを一杯食べ、また仕事に戻った。……一方その頃、星奈、朔人、千笑の三人は海で遊んで戻ってきたばかりで、レストランで食事をしていた。もともとは夜に星奈を連れて遊びに来ると約束していた。けれど、夜だと見られる景色も少なくなると思い、学校を休ませて昼のうちに連れてきたのだ。レストランにて。テーブルいっぱいの美味しそうな料理を前に、星奈はふと小雪のことを思い出した。少し前にかかってきた電話のことも……あの時は千笑と楽しく遊んでいる最中で電話には出なかった。けれど今は落ち着いて、少し後ろめたさがこみ上げてくる。考えてみれば昨夜、お昼に学校まで会いに来てほしいと頼んだのは、他でもなく自分だったのだから。星奈は小さく眉を寄せると千笑の視線を避けながら、こっそりキッズケータイを開き小雪に返信しようとした。次の瞬間、1時間前に届いていたメッセージが目に入った。読み終えた瞬間その目がぱっと輝き、さっきまでの後ろめたさもずいぶん薄れた。ママ、学校に来なかったんだ!やった!星奈は笑みを浮かべ返信した。【うん、わかったよ。でも今度は絶対来てね。次はママが手作りしたご飯が食べたいな!】送信を終えたところで、今夜家に帰ったら小雪に今日一日何をしていたか聞かれるかもしれないと思い当たり、また表情が曇る。星奈は浮かない顔でジュースを一口飲んだ。朔人が千笑に料理を取り分
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第30話

田中が出迎えながら言った。「奥様はまだお戻りになっていません」戻っていない?星奈は一瞬固まったが、すぐに大きく安堵の息をつき、嬉しそうに笑った。ほっとしたような顔だった。けれど今夜ママに世話をしてもらえないことと、蒸しパンもまだ準備できていないことを思い出し、また眉を寄せる。まあいいか。ママがずっと帰らないわけじゃないんだから、明日にはきっと戻ってくるはず!そう思うと星奈はまた笑顔になり、田中に言った。「お風呂に入ってもう寝る」「はい、かしこまりました」田中が星奈の髪を撫でながら振り返ると、朔人も帰ってきていた。何かを考えているのか、その場に立ったまま動かない様子に田中は不思議そうに声をかけた。「旦那様?」朔人は尋ねた。「小雪は今日一日、一度も戻ってきてないのか?」「はい……」朔人は一瞬考え込んだが、それほど気にする様子もなかった。また何か新しいことでも始めようとしているのだろう。好きにさせておけばいい。どうせ大事にはならないだろうし、数日もすればおとなしく戻ってくるはずだ。「わかった」「はい」田中は星奈を連れて2階へ上がり、お風呂に入れた。朔人は水を一杯飲むと自分も2階の寝室へ向かい、スマホをベッド脇のテーブルに置いて充電しながら、上着を脱ぎネクタイを緩めて浴室へ入った。水の張られていない浴槽を見て、どこか落ち着かない気分になる。以前は仕事から帰ると、いつも小雪が湯を張っておいてくれたものだったから。まあ、別にいい。浴室からすぐに水音が響き始めた。外のベッド脇のテーブルではスマホが一度震えた。画面にはピン留めされた連絡先、千笑からのメッセージが表示されている。その下には仕事関係のメッセージがずらりと並んでいた。小雪からのメッセージはどこかに埋もれてしまったのか、もう見当たらなかった。……翌朝、星奈は起きるとぬいぐるみを抱え、主寝室の扉を押し開けて呼んだ。「ママ……」朔人がウォークインクローゼットから出てきて言った。「ママは戻ってないよ」「え?」星奈はがっかりした様子でぬいぐるみに顎を埋めた。「ママどうしてまだ帰ってこないの?」確かに少し小雪に会いたかった。ママの作るご飯が食べたいし、新しい蒸しパンも作ってもらいたい。朔人が歩み寄り、頭
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