Todos los capítulos de 忘却の代わりに、愛を捨てる: Capítulo 1 - Capítulo 10

22 Capítulos

第1話

3ヶ月前、友人の集まりで大翔と出会った瞬間、愛夏は恋に落ちた。そこからは迷うことなく、猛アプローチを仕掛けた。彼と一緒にいると、なぜか懐かしい気持ちになって、不思議と安心できた。まるでずっと前から一緒にいたような感覚だった。愛夏は友人たちにも、「こういうの、運命っていうのかもね」なんて冗談っぽく話していた。思い立ったらすぐ行動に移すたちの愛夏は、同棲を始めてしばらく経つと迷わず結婚を決意し、自分からプロポーズした。大翔が頷いてくれたその足で、役所へ婚姻届の事前確認を予約しに行った。サプライズにしたくて、彼には黙っていた。出張だと嘘までついて。まさかその嘘が、これほど大きなサプライズになって返ってくるとは。わけがわからないまま、とりあえず新しい予約だけ取り、放心状態で家路についた。屋敷には、煌々と明かりが灯っていた。大翔は数日間の出張だと言っていたはずなのに……愛夏は手足を冷たくこわばらせながら、そっと裏口から中へ入った。庭からは、耳をつんざくようなロックミュージックが響いてくる。華やかな照明と酒宴の喧騒の中、大翔は気だるそうにワイングラスを揺らしながら、庭の大きなアオギリの木に寄りかかっていた。シャツのボタンは無造作に外され、胸元がのぞいている。「大翔、愛夏さんの記憶障害も、もう何年になる?彼女がプロポーズするたびに、こっそり薬をすり替えて治療を止めさせてるんだろ。いつか本当に、お前のことを全部忘れられちまうのが怖くないのかよ」愛夏は信じられないというように目を見開き、自分の耳を疑った。その瞬間、記憶が怒涛のように脳裏へ押し寄せてきた。凄まじい勢いで次々と蘇り、やがて彼女を完全に呑み込んでいく。思い出した。すべて、思い出してしまった……この8年間、自分は何度も大翔を忘れ、そのたびにまた彼に恋をしていたことを。愛夏が大翔と出会ったのは大学時代だった。一目惚れだった。彼を落とすためなら、女としてのプライドなんてどうでもよくて、思いつく限りのロマンチックなことを片っ端からやった。校内放送に何度も曲をリクエストし、彼を思いながら選んだ曲を流してもらったこともある。街中のフォトスポットを巡っては、【大翔、大好き】と書いたメッセージボードを手に写真を撮った。彼がアオギリの木を好きだと知ったと
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第2話

愛夏は丸1日かけて病院で精密検査を受け、医師から薬を処方してもらった。大翔には絶対に気づかれないように、今度は自分で薬を管理し、決められた通りにきちんと服用することにした。2日後、愛夏の「出張」が終わる。空港まで迎えに来た大翔の隣には、歌織の姿があった。彼女の首元に巻かれたマフラーに視線が止まり、愛夏の指先がわずかにこわばる。「それ……私のマフラー?」歌織は察したようにマフラーをほどこうとした。「ごめんなさい、愛夏さん。移動中寒くて、風邪を引いたら大変だからって大翔が貸してくれたんです」そのマフラーは、愛夏が今回、大翔にアプローチしていた頃に丹精を込めて編んで贈ったものだった。編み物は苦手で、編み針で何度も指を突いて傷だらけにしながら、両手の指に絆創膏を貼り、治るまで2週間もかかった代物だ。渡して以来、大翔が身につけたことは一度もなかった。まさか、初めて巻かれたのが歌織の首だとは思いもしなかった。愛夏と目が合った大翔の瞳はどこか暗く沈んでいて、彼女の反応をわざと待っているようだった。けれど愛夏は一瞬黙り込んだあと、あっさりと言い放つ。「別にいいよ。たいした値段のものじゃないし、歌織さんが使って」期待した反応が返ってこず、大翔の目に一瞬驚きの色がよぎる。彼は表情を少し冷たくすると背を向け、歌織のマフラーを甲斐甲斐しく整えてやった。その拍子に、ダイヤの指輪を通したネックレスがマフラーの隙間から覗いていた。それは愛夏が海外の職人にわざわざ特注した、世界に一つしかないペアリングだった。同じデザインが他に存在するはずがない。だからこそ愛夏は確信した。歌織の首にかかっているダイヤの指輪は、間違いなく大翔のものだと。心の奥から冷たいものが染み出してくる。愛夏は自分の薬指をきつく押さえた。大きなダイヤモンドが手のひらに深い跡を刻む。とうとう堪えきれず、口を開いた。「私たちのペアリングが、どうして歌織さんの首にあるの?」歌織は目を細め、はしゃぐように笑った。「そういえば愛夏さん、お礼を言わなきゃいけませんね。探してくれたあの職人さん、私がずっと憧れていた人なんです。ずっと私だけのオリジナルリングをデザインしてもらいたかったのに、なかなか知り合う機会がなくて。私がすごく気に入ってるのを見て、大翔ったら、
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第3話

病院へ向かう救急車の中で、大翔は彼女の手を強く握りしめ、掠れた声で言った。「愛夏、怒ってないか?怒ってるなら殴っていい。全部吐き出してくれていいから。こんな目に遭わせた俺への罰だ。ただ、歌織も俺にとって大事な相手なんだ。あの状況じゃ……より危ない状態に見えた歌織を先に助けるしかなかった」愛夏は目を閉じたまま、疲れきった、けれどひどく静かな声で答えた。「怒ってないわ」その言葉に大翔は握った手をわずかにこわばらせた。意外そうだった。「怒らないのか?俺は先に別の女を助けて、お前を放り出したのに……」その言葉を聞いて、愛夏にはもう、わからないことなど何もなかった。昨日、空港を出たときから、すべてが彼の思い描いた筋書き通りには進まなかったのだ。マフラーを見せられたとき、本来なら愛夏は嫉妬するはずだった。指輪を見せられたときも同じように。けれど、彼女は何も感じなかった。だから大翔は焦った。命に関わりかねない状況で、あえて歌織を先に助けるという選択をした。愛夏の中に嫉妬と怒りを呼び起こし、あの歪んだ欲求を満たすために。けれど、嫉妬させるためだけに命を天秤にかけるなんてことが許されるのか。大翔の言う「深い愛情」とは、こういう形の愛し方だったのか。愛夏は思わず乾いた笑いを漏らし、目を上げて問い返した。「はっ……私、怒るべきだった?」大翔は、それきり黙り込んだ。治療を受け、入院してから丸3日。日中に大翔の姿を見かけることは一度もなかった。その代わり、愛夏は看護師たちから大翔と歌織にまつわる噂をいくつも耳にした。みんな、二人を婚約者同士だと思い込んでいた。歌織は血を見てちょっと気分が悪くなっただけなのに、大翔は医師に頼み込んで、3日間入院させてもらったという。歌織の食欲がないと聞けば、大翔は街中の美味しいものをあれこれ買い集め、自ら台所に立ってスープまで煮込んだ。挙句にはウェディングドレスショップから何着ものドレスを病室に運び込ませ、歌織に一着ずつ試着させていたという。誰もが、大翔は歌織にすっかり夢中なのだと思い込んでいた。愛夏自身でさえ、少し呆然とするほどだった。そんなある日の夜中。愛夏がふと目を覚ますと、大翔がベッドの端に突っ伏し、ぐっすりと眠り込んでいた。その瞬間、たまらなく滑稽に思えた。ど
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第4話

バシャッという音とともに頭から水を浴びせられ、燃えていた歌織の髪の火が消えた。しかし、毛先はすでに焦げてちりちりになっていた。歌織は恐怖に全身を震わせながら大翔の胸に飛び込み、取り乱した声で叫んだ。「髪が、私の髪が……大翔、こんなの、もう人前に出られないよ……」「大丈夫だ」大翔は歌織を抱き寄せ、低い声でなだめた。「一体どうしたんだ?どうして髪に火がついたんだ?」歌織は目を赤くして、おずおずと口を開いた。「私、前に愛夏さんのマフラーを壊しちゃって、申し訳なくて……それで謝りに来て、弁償のお金も振り込んだんです……でも、マフラーがあんな状態になってるのを見た愛夏さんが急に怒り出して、私が壊したことを責めて、ライターで私の髪に火をつけたんです!」大翔は一瞬固まったあと、その目に隠しきれない喜びの色を浮かべた。「愛夏が、怒ったのか?」歌織のわずかにこわばった表情を見て取ると、大翔はすぐに目を伏せ、怒りをあらわにした。「たかがマフラー1本だろう。そこまで怒ることか!?お前だって女なんだから、髪がどれだけ大事か分かるだろう。よくもこんな真似ができたな!」愛夏は唇を噛みしめ、心の中が凍りついていくのを感じた。「私じゃない……!」「歌織はちゃんと謝ってきたんだぞ。お金まで振り込んでくれたのに、お前はマフラー1本のことで彼女にこんな仕打ちをするのか?」大翔は愛夏の弁解にまるで耳を貸さず、彼女の腕をつかんで洗面所から引きずり出した。骨折したばかりの右足がドアの枠に強くぶつかった。包帯から鮮血がにじみ出し、その光景はひどく痛々しかった。けれど大翔はまったく気づかぬまま、愛夏をベッドに突き飛ばすようにして冷たく言い放つ。「こいつの髪を切り落とせ。それで歌織に詫びさせろ」愛夏は目を見開き、愕然とした。「大翔、だから私じゃ……」けれど言葉が終わる前に、大翔のボディガードが鋏と剃刀を手に駆け込んできた。両手をきつく押さえつけられ、10年以上大切に伸ばしてきた髪が、鋏と剃刀で無造作に切り落とされていく。鋭い刃先が誤って頭皮をかすめ、いくつもの細かな傷が刻まれた。抵抗する力も残っておらず、ただされるがままだった。涙にかすむ視界の中で、愛夏は大翔が優しく歌織を抱き寄せながら病室を出ていく姿を見た。去
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第5話

愛夏は受話口に向かって静かに答えた。「ええ、キャンセルでお願いします」電話を切るなり、大翔が数歩で駆け寄り、すぐさま彼女の手首をつかんだ。「何の予約をキャンセルしたんだ?どういうことだ!」愛夏の口元に嘲るような笑みが浮かぶ。「明後日、パーマの予約を入れてたの。でももう、必要ないでしょ」大翔の動きが止まり、その顔に一瞬、ばつの悪そうな色がよぎる。誤魔化すように話をそらす。「歌織に合わせて髪を短くしただけの話だろう。そもそもお前が悪いんだろう、そんな皮肉っぽい態度を取る必要はない」愛夏は冷ややかに笑うだけで、黙り込んだ。その素っ気ない様子を見て、大翔の胸に妙なざわつきが湧き上がった。彼は無意識に愛夏の手を握る。「明日、ウェディングドレスの試着に行く約束だったよな?明日の朝、迎えに来るから」愛夏はカレンダーにふと目をやり、ハッとした。本当に、ずっと前から決まっていたドレスの試着日だったのだ。自分ではすっかり忘れていた。それなのに、大翔は覚えていた……愛夏は寝返りを打って大翔に背を向け、布団をきつく抱え込んだ。「もういい、疲れたから寝る」それでも大翔はなかなか部屋を出て行こうとしなかった。その間、愛夏は眠ったふりをしながら、歌織から何度も電話がかかってくる音を聞く。大翔はそのすべてを無視し続けた。一時間ほどたった頃、大翔がそっと彼女の顔を覗き込み、眠っていることを確かめる。それから引き出しを開け、愛夏の薬を探し出した。「……最近お前、俺に冷たすぎるよ」彼は小さくつぶやいた。「結婚したら、こんな感じになっちまうんだろうな。俺と結婚したことで安心しきって、もう俺が離れていくのを怖がらなくなるんだろう?これで最後だ」大翔は引き出しの中の薬をすべてビタミン剤にすり替えると、じっと愛夏を見つめた。「お前はまたすぐに俺を忘れて、そして狂おしいほど俺に恋をする。アプローチしてくるのを、待ってるよ」カチャという小さな音とともにドアが閉まった。愛夏はすぐさま体を起こし、枕をどけた。そこには、隠しておいた本物の薬があった。翌朝早く、大翔はドレスの試着に愛夏を迎えに来た。歌織も一緒だった。ドレスショップの中で、歌織がいつもの癖で髪をまとめようと手を伸ばすと、大翔はごく自然に
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第6話

ウィッグをつけ直してから、愛夏はようやく試着室を出た。それでも、店員たちの視線にはまだ好奇の色が残っていた。愛夏は居心地悪そうに背を向けたところで、店員が事前にオーダーしていたウェディングドレスを歌織に手渡しているのが目に入った。「澤野様、こちらが藤山様が特別にご用意されたドレスです。どうぞお試しください」愛夏は思わず失笑した。店員にまで間違えられた。歩み寄り、平坦な口調で言った。「すみません、澤野は私です。彼女は蛯名さんです」店員の表情が、瞬時に気まずいものへと変わる。「失礼いたしました、澤野様。藤山様がこちらの蛯名様とご一緒にいらっしゃったのでてっきり……申し訳ございません!」「いいんです」愛夏は淡々と言った。「二人の様子が親密で、蛯名さんも距離感が近すぎるから、勘違いするのも当然ですよ」それを聞いた歌織は、口を尖らせながら大翔に甘えるように言った。「ねえ大翔、聞いた?愛夏さん、私たちのことをそんな風に言うなんて。だって私たち、幼馴染で、小さい頃から一緒に育ってきたんだから、少し親しくしたって普通じゃない」意外なことに大翔は愛夏の背中を見つめたまま、怒っている様子はまるでなかった。それどころか、その瞳にはうっすらと愉悦の色さえ浮かんでいる。歌織は思わず声をかけた。「大翔?」「ああ、聞こえてた」大翔は我に返ったように言った。「あとでちゃんと謝らせるから」歌織はそこでようやく、拗ねたように鼻を鳴らす。「お詫びの品はないの?」大翔は一瞬迷ってから彼女を振り返った。「何が欲しい?」「愛夏さんが着てるあのドレス、すごく気に入っちゃって。あれ、欲しいな」歌織は探るように言葉をつなぐ。「どうせ結婚式の日取りだって決まってないんだし、もっと素敵なのを新しく作っても時間はまだ十分あるでしょう?」大翔は少しためらってから、試着室のカーテンを開けた。「愛夏、歌織もこのドレス、けっこう気に入ったみたいなんだ。だから……」愛夏はそれを聞くと、ドレスをそのまま差し出した。「なら、譲ればいいでしょ」大翔の表情がその瞬間硬直した。瞳孔が大きく揺れ、信じられないという顔をしている。「譲る……のか?」「そうだけど」愛夏は淡々と言った。「わざわざ私のところまで来
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第7話

愛夏はそのまま屋上まで引きずられていった。そこには白いワンピースを風になびかせた歌織が、裸足で屋上の縁に立って、今にも飛び降りようとしている姿があった。歌織はひどく憐れっぽく泣きながら、涙まじりの声でつぶやいていた。「もう生きていけない……こんなことになって、これからどうすればいいの?大翔、もう死なせて……!」「跪け!」大翔は振り返るなり、鋭い声で怒鳴った。愛夏が反応する間もなく、ボディガードに強引に膝をつかされる。ドンという鈍い音とともに、まだ治りきっていない右足と両膝が冷え切った床に激しく打ちつけられた。激痛が走り、愛夏の顔がみるみる青ざめた。彼女は顔を上げ、大翔を見つめた。「どういうこと?」「お前、まだとぼける気か!」バシッという音とともに、大翔がスマホを愛夏に向かって投げつけた。「これを見ろ!」画面には、歌織のプライベートな写真が何枚も表示されていた。中でも最も鮮明なのは、昨日ドレスショップで試着した際に撮られたものだった。愛夏の顔から血の気が引いた。「私はそんなこと……」「あのとき現場にいたのは俺と歌織、そしてお前だけだ。お前じゃなければ、誰だっていうんだ?」大翔は容赦なく愛夏の言葉を遮った。「最近やけに静かで口数も少ないから、どうしたのかと思っていたが。なるほどな、こんなことを企んでたわけか!」大翔は歯を食いしばりながら続けた。「お前のしたことがどれだけ歌織を傷つけるか、わかってるのか!これじゃ歌織を殺すようなものだぞ!今、ネット中で歌織が尻軽女だの何だのと罵られてるんだ。これで彼女にどうやって生きていけっていうんだ?」歌織はその瞬間、わっと泣き崩れた。声を張り上げながら、再び身を乗り出して飛び降りようとする。大翔はぎょっとして、慌てて一歩踏み出した。「やめろ……!歌織、安心しろ。俺が絶対に、ちゃんとけじめをつけてやる!」言い終えると、大翔は愛夏へと視線を戻し、落胆したような目を向け、一言一言噛みしめるように言った。「愛夏、どうしてこんなことができるんだ。本当に、失望したよ。今のこの後始末は、お前自身でつけてもらうしかない」愛夏はじっと彼を見つめながら、胸の奥に不吉な予感が広がっていくのを感じた。次の瞬間、大翔の合図とともに、ボディガー
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第8話

愛夏が目を開けると、周りにはたくさんの人が集まっていた。みんな口々に、心配そうな顔をしながら声をかけてくる。「愛夏、私たちのこと覚えてる?」「森下、高橋、谷口……」愛夏は一人ずつ名前を挙げていった。彼らは皆、これまで自分を傷つけてきた共犯者たちだった。「じゃあ、今日が何の日か覚えてる?」森下佳澄(もりした かすみ)がすかさずスマホを取り出し、画面の日付を彼女の目の前に突き出した。「今日は12月6日だよ!」忘れるはずなどない。12月6日。本来なら、大翔と一緒に婚姻届を出しに行くはずだった日だ。もっとも、もうその必要はなくなったけれど。愛夏はぼんやりと首を振った。「……わからない。今日って何の日?あなたの誕生日?」その瞬間、全員の目に隠しきれない喜びの色が広がった。愛夏には、彼らが心の中で歓声を上げているのが見えるようだった。みんな喜んでいる。愛夏がまた大翔のことを忘れたから。これでまた、面白い見世物が見られると思っているのだ。愛夏はたまらなく滑稽に思えた。昔からずっとこういう友人たちに囲まれて、何度も何度も騙されてきた。それなのに自分はずっと、その違和感に気づかずにいたのだ。愛夏は目を伏せ、瞳に浮かぶ嘲りの色を隠した。「違うよ」佳澄は手をひらひらと振って笑いながら言った。「今日は愛夏が退院する日だよ」愛夏もそれに合わせて微笑んだ。「そうなんだ。私、どうしたの?」「なんでもないよ。みんなで集まってた時に急に倒れちゃったの。お医者さんは、低血糖だろうって」佳澄は、言い訳の文句さえ変えようとしなかった。自分が目を覚ますたび、彼女はいつも低血糖という口実を使う。愛夏はふと、今度は大翔がどんな芝居を打って自分の前に現れるのか、少しばかり楽しみになった。退院手続きの順番を待つ間、愛夏は喫煙所の近くで、大翔の親友が誰かと電話で話す声を偶然耳にした。「今回もまた思い通りになったな。もうすぐ愛夏がまた子犬みたいにお前を追いかけ回すようになるんだろ」大翔の声がかすかに漏れ聞こえてくる。どこか興奮を隠しきれない様子だった。「もう待ちきれないよ」愛夏は冷たく笑った。そう、私も待ちきれない。大翔がどんな顔をするか、見てみたいから。愛夏はキャリーケースを引きながら、病院の入り口で待
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第9話

大翔はその場に立ち尽くしたまま、目に信じられないという色を浮かべていた。愛夏はすでに車のドアを開け、乗り込もうとしているところだった。彼のほうを振り返ることすらしなかった。大翔の胸の奥からぞっとするような寒気が這い上がる。しびれるような痛みが胸に広がり、瞬く間に顔から血の気が引いていく。どうして?どうして愛夏は足を止めて、俺の連絡先を聞いてこないんだ?これまで一度の例外もなく、彼女はすぐに足を止め、俺に話しかけてきたはずなのに!愛夏が今にも車に乗り込もうとするのを見て、大翔はとうとう平静を保てなくなった。数歩で駆け寄り、乱暴に愛夏の手首をつかんだ。「お前……俺に何か言いたいこと、ないのか?」けれど愛夏は、まるで赤の他人を見るような目で彼を見つめ、わずかに眉をひそめた。「どういう意味ですか?私たち、お知り合いでしたっけ?」彼女はあからさまに嫌な顔をして彼の手を振り払い、つかまれていた袖口を、不快そうに何度か払った。「あの、ナンパするならもう少し距離感をわきまえてもらえます?そうやって女性に気安く触るの、痴漢と間違われますよ」言い終えると、バタンという音とともに車に乗り込み、勢いよくドアを閉めた。車の反対側では、愛夏の退院を迎えに来た友人たちが、目の前の光景に驚愕しながら顔を見合わせていた。佳澄は大翔を脇に引っ張っていき、小声で尋ねた。「どういうこと?愛夏の態度、なんであんなに変なの?」大翔はただ顔面蒼白のまま立ち尽くし、放心したように車の中の人影を目で追いながら、唇をわずかに動かした。「お、俺にも……わからない」その反応を見て、佳澄は仕方なく慰めの言葉をかけた。「たぶん、今回のショックが大きすぎて、まだ本調子じゃないんだよ。愛夏があなたに惚れ込んでるのは、みんな知ってることでしょ。前だって、記憶を失うたびに何度でもあなたに恋してきたんだから、今回だってきっと例外じゃないよ。あなたたちは運命の相手同士で、絆もそれだけ深いんだから、そう簡単に終わったりしないよ」そうは言ったものの、あの無関心な愛夏の表情を見て、佳澄は大翔に本当のことを言えなかった。今回は、どうやら以前とは違うようだと。彼女は視線をそらし、無理に笑みを作った。「私たちと一緒に来る?愛夏の前で、もう少し顔を見せ
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第10話

大翔が歌織と賭けをしていることなど知る由もなく、愛夏はすでに車の中で運転手に向けて落ち着いた声で言った。「すみません、空港までお願いします」佳澄がちょうど車のドアを開けたところでその言葉を耳にし、驚愕の表情を浮かべた。「空港?愛夏、空港に何しに行くの?」愛夏は淡々と答えた。「倒れる前に、今日出発する海外行きの航空券を取ってたみたいで。たぶん、旅行にでも行こうとしてたんだと思う。体もそんなに悪くないし、それなら予定通り行こうと思って」佳澄はすぐに気づいたように、ドアの取っ手をつかんで降りようとした。「じゃあ、大翔に一声かけてくる」「大翔って?」愛夏は少し意外そうな顔をした。「さっきの男の人のこと?私が海外に行くのに、どうしてあの人に知らせる必要があるの?」佳澄は一瞬、絶句した。「えっと、それは……」気まずい沈黙のあと、佳澄は愛夏の表情をじっと観察しながらついに口を開いた。「ねえ、本当に……覚えてないの?」「本当に覚えてないって、何が?」愛夏は仕方なさそうに笑った。「私、記憶ならちゃんとあるけど。あなたのことだって、ちゃんと覚えてるじゃない」そう言うと、運転席の背もたれを軽く叩いた。「もう行かないと、飛行機に間に合わなくなっちゃう。急いでお願い」運転手がアクセルを踏み込み、車は車の流れに紛れて走り去っていった。佳澄は焦った様子で振り返ったが、目に入ったのは慌ただしく立ち去っていく大翔と歌織の後ろ姿だけだった。一瞬迷ったあと、彼女はスマホを取り出し大翔にメッセージを送った。【大翔、愛夏が海外に行くって】そのメッセージを受け取った瞬間、大翔は背筋が凍るような感覚に襲われ、すぐさま電話をかけ直そうとした。そのやり取りをちらりと見た歌織が、ふと小さく笑う。「大翔、どうやら私の負けみたい」大翔は動きを止めた。「どういう意味だ?」「これって、愛夏さんが大翔を追わせるために仕掛けた作戦なんじゃない?」歌織は面白そうに言った。「でも、愛夏さんがこんな手を思いつくなんて意外。佳澄さんが何か入れ知恵したんじゃない?大翔、もし今、必死になって空港まで愛夏さんを追いかけたら……それこそ、まんまと策にはまることになるよ。今回は、大翔のほうが彼女を手放したくない側になっちゃうもんね。
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