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第3話

Autor: 悠満
病院へ向かう救急車の中で、大翔は彼女の手を強く握りしめ、掠れた声で言った。

「愛夏、怒ってないか?

怒ってるなら殴っていい。全部吐き出してくれていいから。こんな目に遭わせた俺への罰だ。

ただ、歌織も俺にとって大事な相手なんだ。あの状況じゃ……より危ない状態に見えた歌織を先に助けるしかなかった」

愛夏は目を閉じたまま、疲れきった、けれどひどく静かな声で答えた。

「怒ってないわ」

その言葉に大翔は握った手をわずかにこわばらせた。意外そうだった。

「怒らないのか?俺は先に別の女を助けて、お前を放り出したのに……」

その言葉を聞いて、愛夏にはもう、わからないことなど何もなかった。

昨日、空港を出たときから、すべてが彼の思い描いた筋書き通りには進まなかったのだ。マフラーを見せられたとき、本来なら愛夏は嫉妬するはずだった。指輪を見せられたときも同じように。

けれど、彼女は何も感じなかった。

だから大翔は焦った。命に関わりかねない状況で、あえて歌織を先に助けるという選択をした。愛夏の中に嫉妬と怒りを呼び起こし、あの歪んだ欲求を満たすために。

けれど、嫉妬させるためだけに命を天秤にかけるなんてことが許されるのか。大翔の言う「深い愛情」とは、こういう形の愛し方だったのか。

愛夏は思わず乾いた笑いを漏らし、目を上げて問い返した。

「はっ……私、怒るべきだった?」

大翔は、それきり黙り込んだ。

治療を受け、入院してから丸3日。日中に大翔の姿を見かけることは一度もなかった。

その代わり、愛夏は看護師たちから大翔と歌織にまつわる噂をいくつも耳にした。みんな、二人を婚約者同士だと思い込んでいた。

歌織は血を見てちょっと気分が悪くなっただけなのに、大翔は医師に頼み込んで、3日間入院させてもらったという。

歌織の食欲がないと聞けば、大翔は街中の美味しいものをあれこれ買い集め、自ら台所に立ってスープまで煮込んだ。挙句にはウェディングドレスショップから何着ものドレスを病室に運び込ませ、歌織に一着ずつ試着させていたという。

誰もが、大翔は歌織にすっかり夢中なのだと思い込んでいた。愛夏自身でさえ、少し呆然とするほどだった。

そんなある日の夜中。愛夏がふと目を覚ますと、大翔がベッドの端に突っ伏し、ぐっすりと眠り込んでいた。

その瞬間、たまらなく滑稽に思えた。

どうりで毎朝目覚めるたび、ベッドの傍らにぬくもりを感じていたわけだ。ここ数日、大翔は毎晩ずっと彼女のそばで付き添っていたのだ。

それなのに嫉妬させるため、怒らせるために、その優しさを一切見せようとしなかった。なんて滑稽なことだろう。

愛夏は声を上げず、そのまま寝返りを打って、再び目を閉じた。

朝6時、大翔は彼女の額に軽く口づけを落とすと、身を翻して病室を出て行った。

彼が去ったあと、愛夏はただ淡々と、乱暴な手つきで額を何度か拭った。表情ひとつ変えず、布団をはねのけて起き上がる。

洗面台に立っていると、突然歌織がドアを開けて入ってきた。手には、見る影もなくぐちゃぐちゃに型崩れしたマフラーが握られている。

しばらく目を凝らして、それが自分のマフラーだと気づいた。

「ごめんなさい、愛夏さん」歌織はしゅんとした様子で言った。「きれいに洗って元通りにしようとしたんですけど、私、本当に不器用で……どうしてもうまくできなくて……

代わりに弁償させてください!」

そう言いながら、歌織はスマホを操作し始めた。

しばらくして、愛夏のスマホが鳴った。歌織から1990円が振り込まれていた。歌織は屈託なく笑いながら言う。

「アプリで似た商品を検索したら、そのマフラー、送料込みで990円くらいの品みたいで。手編みとはいえ、そんなに値打ちのあるものじゃないですもんね。

でも愛夏さんの気持ちの分もあるでしょうから、1000円多めに振り込んでおきました。これで十分ですよね?」

歌織は長い髪をかき上げながら、勝ち誇ったような表情を浮かべた。

「このマフラー、もう私のものですよね。だったら、好きにしていいはずです」

歌織は唇の端を歪め、くすりと笑うと、突然ライターを取り出した。

カチッという音とともに、マフラーの端から炎が立ち上る。愛夏は顔色を変え、慌てて手を伸ばして止めようとした。

けれど次の瞬間、歌織は甲高い悲鳴を上げ、燃えるマフラーを自分の体に叩きつけた。

炎はあっという間に歌織の髪へ燃え移り、毛先を中心に火が広がった。その背後から、大翔の声が鋭く響いた。

「愛夏!お前、何をしてるんだ!」

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