恭介の言葉を聞いても、私は動じなかった。「黒瀬社長。人を責める前に、まず事実を確認したほうがいいですよ」マイク越しの声が、静まり返った会場に響く。「私の研究チームは、2年前に黒瀬製薬から独立しています。佐伯透(さえき とおる)さんから報告を受けていませんでしたか?それとも不倫するのに忙しすぎて、気にも留めなかったとか」恭介が黙り込んだ。2年前に佐伯から報告を受けていたことを、今になって思い出したようだった。けれど当時の恭介は、まともに取り合わなかった。黒瀬製薬の支援を失って研究を続けられるはずがない。いずれ詩乃のほうから戻ってくるだろうと、詳しく確かめもしなかったのだ。恭介が何も言い返さないのを見て、周囲の反応も少しずつ変わっていく。私は構わず話を続けた。あの流産のあと、すぐに離婚することもできた。それでも恭介の妻でいたのは、憎しみを捨てきれなかったから。そして、誰にも頼らず生きていけるだけの力をつけるまで、時間が必要だったからだ。実家へ戻ることなど、最初から考えていなかった。同じ娘でも、両親が大切にするのはいつだって美羽。そんな二人を頼ったところで何も変わらないことは、嫌というほど分かっていた。だから、自分の力で立てるようになるまで耐えた。でも、それも今日で終わる。「初期の薬は、黒瀬製薬から資金提供を受けて開発したものです。その成果が黒瀬製薬に帰属することに異論はありません」そこで一度、恭介を見る。「でも、第2世代と第3世代は違います。独立してから外部資金で研究を続け、私たちの手で完成させたものです。黒瀬製薬に権利はありません」恭介は黙ったままだった。「それより、問題なのはそちらじゃないですか?私に無断で研究ファイルを持ち出してコピーし、美羽に渡した。まだ公表していない研究成果まで、勝手に使っていますよね」会場はしんと静まり返っている。「営業秘密の不正取得や開示にあたる可能性があります。誰が責任を問われる立場なのか、もう分かりますよね?」その直後、会場後方の扉が開いた。入ってきた数人の刑事は、そのまま恭介の前まで進み、身分証を示した。「黒瀬恭介さんですね。研究データの不正取得と外部提供について、被害届と関係資料が提出されています。任意で事情を伺いたいので、ご同行いただけますか」
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