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Lahat ng Kabanata ng 愛も憎しみも、もういらない: Kabanata 11 - Kabanata 20

22 Kabanata

第11話

恭介の言葉を聞いても、私は動じなかった。「黒瀬社長。人を責める前に、まず事実を確認したほうがいいですよ」マイク越しの声が、静まり返った会場に響く。「私の研究チームは、2年前に黒瀬製薬から独立しています。佐伯透(さえき とおる)さんから報告を受けていませんでしたか?それとも不倫するのに忙しすぎて、気にも留めなかったとか」恭介が黙り込んだ。2年前に佐伯から報告を受けていたことを、今になって思い出したようだった。けれど当時の恭介は、まともに取り合わなかった。黒瀬製薬の支援を失って研究を続けられるはずがない。いずれ詩乃のほうから戻ってくるだろうと、詳しく確かめもしなかったのだ。恭介が何も言い返さないのを見て、周囲の反応も少しずつ変わっていく。私は構わず話を続けた。あの流産のあと、すぐに離婚することもできた。それでも恭介の妻でいたのは、憎しみを捨てきれなかったから。そして、誰にも頼らず生きていけるだけの力をつけるまで、時間が必要だったからだ。実家へ戻ることなど、最初から考えていなかった。同じ娘でも、両親が大切にするのはいつだって美羽。そんな二人を頼ったところで何も変わらないことは、嫌というほど分かっていた。だから、自分の力で立てるようになるまで耐えた。でも、それも今日で終わる。「初期の薬は、黒瀬製薬から資金提供を受けて開発したものです。その成果が黒瀬製薬に帰属することに異論はありません」そこで一度、恭介を見る。「でも、第2世代と第3世代は違います。独立してから外部資金で研究を続け、私たちの手で完成させたものです。黒瀬製薬に権利はありません」恭介は黙ったままだった。「それより、問題なのはそちらじゃないですか?私に無断で研究ファイルを持ち出してコピーし、美羽に渡した。まだ公表していない研究成果まで、勝手に使っていますよね」会場はしんと静まり返っている。「営業秘密の不正取得や開示にあたる可能性があります。誰が責任を問われる立場なのか、もう分かりますよね?」その直後、会場後方の扉が開いた。入ってきた数人の刑事は、そのまま恭介の前まで進み、身分証を示した。「黒瀬恭介さんですね。研究データの不正取得と外部提供について、被害届と関係資料が提出されています。任意で事情を伺いたいので、ご同行いただけますか」
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第12話

「離婚届」という言葉を聞いた途端、恭介の顔がこわばった。病室でのやり取りが、鮮明によみがえる。あの日、詩乃は離婚届を差し出し、静かに署名を求めた。けれど恭介は、本気にするどころか鼻で笑っていた。「今さらそんな手を使うのか?ずいぶん安っぽい駆け引きだな。何年も俺にしがみついてきたのは、俺の妻でいたほうが都合がよかったからだろ。離婚したら、お前の研究チームへの出資だってなくなる。それでも今までと同じように研究を続けられると思ってるのか?」あのときは、また駆け引きをしているだけだと決めつけ、ろくに書類も確かめないまま名前を書いた。けれど詩乃は、あのときから本気で終わらせるつもりだったのだ。恭介はしばらく黙ったあと、かすれた声で尋ねた。「ここまで準備してたなら……どうして、あのときまで待った?」「賭けてたから」「何を?」「恭介が、どこまで最低になれるのか」不思議なくらい、もう怒りはなかった。「結果は見てのとおり。最後まで最低だった」それ以上、恭介は何も言えなかった。捜査員に促され、そのまま会場を出ていく。恭介の姿が見えなくなると、今度は周囲の視線が美羽へ集まった。さっきまでの勢いはすっかり消え、それでも美羽は私を睨みつけると、堪えきれなくなったように声を上げた。「全部あんたのせいよ!昔からそう!どうしていつも私の邪魔ばかりするのよ!」悔しそうに睨みつけてくる美羽を見て、私は笑った。「そんなに悔しいなら、恭介を追いかけたら?今が一番弱ってるんじゃない?そばにいてあげれば、結婚してもらえるかもよ。お父さんとお母さんだって、あんたのためにあれだけのお金を出したんでしょ?私にはもういらない相手だけど、あの二人にとってはずいぶん大事みたいだし」美羽は何も言わなかった。私はそのまま続ける。「そういえば、水城家が黒瀬製薬と進めてた新薬の共同事業もあったよね」美羽の表情から、さっきまでの勢いが消えた。「お父さんたち、あの事業にもかなり出資してたでしょう?でも黒瀬製薬は、これから今回の件で調査や社内確認に追われることになる」私は美羽を見たまま、静かに続ける。「あの事業に出したお金も、無事に戻ってくるとは思わないほうがいいかもね」
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第13話

私が言い終えるなり、美羽のどうにか保っていた体面はあっけなく崩れ、屈辱と怒りに呑まれた彼女は、顔を歪めた。「黙って!」悲鳴のように叫ぶと、私の服をつかもうとそのまま飛びかかってくる。ところが勢いよく踏み込んだ足が滑り、大勢が見守る中、そのまま磨き上げられた大理石の床へ這いつくばるように倒れ込む。スカートの裾は乱れ、ほどけた髪が青ざめた頬に張りついた。念入りに仕上げていた化粧もすっかり崩れている。一瞬静まり返った会場に、やがて堪えきれないような笑い声が漏れ始め、報道陣のフラッシュも次々とたかれた。そのすべてを浴び続けた美羽は、やがて床に伏せたまま力を失い、そのまま気を失った。会場が再び騒然となり、スタッフたちが慌てて駆け寄っていく。その一部始終を見ても、私の心は少しも揺れなかった。「おめでとう。文句なしの勝ちだね」隣から穏やかな声がした。振り向くと、京司がこちらを見ている。私はわずかに口元を緩めた。「ありがとう。京司が力を貸してくれたおかげ」「今回採択された一番の理由は、詩乃たちの研究成果だろ。今夜は祝賀会があるけど、一緒に来る?」私は軽く首を振った。「やめとく。人が多くて賑やかな席は苦手だし、騒がしいから」「まあ、そうだよな。詩乃には合わないか」京司は頷くと、少し考えてから続けた。「じゃあ、二人で祝う?静かなところで、簡単に。今日はちゃんとお祝いしたいんだ」穏やかな視線を向けられ、思わず目を瞬いた。てっきり個室のある店にでも行くのだと思っていたけれど、京司の車は賑やかな市街地を離れ、そのまま川沿いへ向かっていった。やがて車が止まったのは、川を望む一軒家の前だった。思わず窓の外へ目を向ける。京司はそんな私を見て、身体を寄せるとシートベルトを外してくれた。「外で食べると、どうしても味が合わないこともあるだろ。家で作ったほうが安心だし、口にも合う。今夜は俺が作るよ」「京司が作るの?本気?」驚いて見返すと、京司が小さく笑った。「どうして?今日は俺が招待して、ちゃんと祝うって言っただろ」私も笑った。「じゃあ、楽しみにしてる」「適当にお茶でも飲んで待ってて、すぐできるから」そう言って、京司は開放的なキッチンへ入っていった。冷蔵庫には新鮮な食材がひと
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第14話

夕方の光が差し込むキッチンで、京司は袖をまくり、慣れた手つきで料理を仕上げていった。野菜を洗い、切り、火を通し、出来上がったものから皿へ盛りつけていく。やがてテーブルに並んだのは、どれも私の好きな料理ばかりだった。それを眺めているうちに、ふと恭介と過ごした5年間がよみがえった。幸せだった時期もあったし、普通の夫婦のように笑い合っていた頃もある。それなりの絆はあったのだと、ずっと思っていた。けれど振り返れば、恭介が私のために料理を作ってくれたことは一度もなかった。私の好きなものも、苦手なものも覚えていないのに、美羽の好みならすぐに口から出てくる。考えてみれば、ずいぶん皮肉な話だ。でも、それももう終わったことだった。二人で囲む食卓は静かで、居心地がよかった。京司は、こちらが何かを必要とすると、言葉にするより先にさりげなく手を差し伸べてくれる。食事を終えると、京司はそのまま食器を片づけ始めた。一通り終えて戻ってくると、私のそばで足を止める。「少し外を歩かない?」「うん、いいよ」私もちょうど、少し身体を動かしたいと思っていた。外へ出ると、川沿いには夕暮れの光が広がっていた。沈みかけた陽が水面に映り、風がゆっくりと髪を揺らす。私たちは並んで歩き、しばらく何も言わずに川を眺めていた。やがて京司が口を開く。「詩乃。昔した賭け、覚えてる?」思わず足が止まりかけた。忘れるはずがない。ずっと前、私がどうしても恭介と結婚すると言って聞かなかった頃、京司だけは一度考え直すように言ってきた。「恭介は思い込みが強いし、根っこのところでは冷たい。詩乃には合わないと思う」けれど当時の私は、まともに取り合わなかった。「じゃあ、誰なら合うの?京司?」冗談半分に聞いても、京司は肯定も否定もしなかった。「じゃあ、賭けようか。詩乃はいつか、あいつと離婚する」「ちょっと、縁起でもないこと言わないでよ」思わず睨むと、京司の顔から笑みが消えた。「後悔してほしくないんだ。幸せになってほしいから」そのときだけ、京司は真剣な顔になった。「もし俺が勝ったら、詩乃が本当に自由になったとき、一度だけ俺のことを考えてくれないか?」あのときの言葉が、今になってはっきりとよみがえる。隣を見ると、京
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第15話

その頃、恭介は弁護士とともに警察署を出たところだった。外はすでに暗く、冷たい風が吹きつけている。長時間の事情聴取を終えた恭介の顔には、いつもの勢いはなく、疲れが色濃く滲んでいた。待っていた佐伯がすぐに駆け寄ってくる。「社長、選定会の件ですが、かなりまずい状況です」そのまま車へ向かいながら、佐伯は報告を続けた。「ネットでも批判が広がっていて、株価もかなり下がっています。提携をいったん止めると言ってきた会社もありますし、予定していた投資案件から手を引くところも出ています。取締役会も急きょ開かれて、社長を待っています」恭介は何も答えなかった。ただ、人気のない道路の先をぼんやりと見つめている。佐伯はそんな横顔を窺いながら、少し迷ってから口を開いた。「あと……美羽さんも、目を覚ましてからずっと社長のことを気にしています。何度も様子を聞かれました」美羽の名にも反応しなかった恭介が、しばらくしてようやく口を開いた。「詩乃は?俺に何か……伝言とか、なかったのか」佐伯は少し間を置き、鞄から薄い封筒を取り出した。「あります。水城さんから、これを預かりました」差し出された封筒へ恭介の視線が吸い寄せられ、すぐに手を伸ばす。封を開け、中から取り出したのは離婚届受理証明書の写しだった。そこに並んだ文字を見た瞬間、恭介の手が止まった。指先がかすかに震えている。「社長……?」佐伯が心配そうに声をかける。恭介はしばらく紙を見つめていたが、やがて小さく笑い、そのまま勢いよく引き裂いた。さらに細かく破ると、紙片が足元へぱらぱらと落ちていく。「離婚?」恭介は低く呟いた。「上等だ」誰に言うでもなく、さらに続ける。「どうせ最初から、あいつを愛してたことなんかない」そう言い切ると、恭介は顔を上げた。「会社に戻るぞ」その夜から、恭介は仕事に没頭した。選定会をめぐる対応に追われ、取締役会に出て、取引先へ説明し、研究管理の見直しにも手をつける。次から次へと目の前の問題を片づけ、余計なことを考える暇をなくした。あの選定会のことも、詩乃が自分へ向けた冷たい眼差しも、忘れてしまえばいい。もともと詩乃は頑固で、何を言っても引かない女だった。いつも自分に食ってかかってきて、何度苛立
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第16話

深夜のオフィスには、もう恭介しか残っていなかった。一日中張りつめていた糸が切れたように疲れが押し寄せると、忘れようとしていた記憶まで次々とよみがえってくる。詩乃と結婚したばかりの頃。最初の1年は、確かに穏やかだった。あの頃の詩乃の目には、冷たさも失望も、駆け引きめいた色もなかった。ただ、いつもまっすぐ恭介を見ていた。帰りがどれほど遅い夜でも、玄関には灯りがついていた。リビングへ入れば、詩乃がソファで待っている。恭介が散らかした仕事の資料を、黙って整理してくれていることもあった。食事が不規則になるとすぐ胃を悪くすることも、よく分かっていた。朝には胃に優しい食事が用意され、会食で酒を飲んで帰る夜には、酔い覚ましまで準備されていた。休日には、二人で何をするでもなく同じ部屋にいることもあった。恭介がソファで仕事をし、その隣では詩乃が静かに本を読んでいる。ふと顔を上げれば、そこに詩乃がいる。いつの間にか、それが当たり前になっていた。詩乃の妊娠を知ったときには、まだ見ぬ子どもが生まれたあとの暮らしまで思い描いた。恭介の中にも、確かに期待があった。けれど、詩乃が真実を知った日を境に、何もかも変わった。自分との結婚が、家同士の都合によるものだったことも、別の女性がいたことも知られた。やがて詩乃は子どもを失い、その女性も亡くなった。そこから先の二人には、穏やかだった頃の面影など残らなかった。相手が嫌がることをわざとし、やられれば同じようにやり返す。どちらも譲らないまま、1年、また1年と争い続けた。傍から見れば、最初から憎み合うために結ばれた夫婦にしか見えなかっただろう。恭介も、いつしかそう思うようになっていた。二人の間には、失われた二つの命がある。今さら、昔のようには戻れない。それなのに、詩乃が本当に傷ついたときだけは、どうしても放っておけなかった。気づけば手を伸ばしている。そして、そんな自分に腹を立て、その苛立ちをまた詩乃へぶつける。何年も、同じことを繰り返してきた。それでも恭介は、詩乃がいなくなるとは思っていなかった。どれだけ憎み合っても、いつまでも自分の見えるところにいる。顔を合わせればぶつかり、互いに一歩も引かないまま、この先も歳を重ねていく。そ
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第17話

唇が触れた瞬間、恭介の目にうっすらと涙が滲んだ。乱れた息のまま相手を強く抱きしめる。「なんで勝手にいなくなるんだよ。なんでお前だけ、そんな簡単に離れていけるんだ。俺だけここに残して……戻ってこい、詩乃。戻ってこいよ。分かったな?」何度も同じ言葉を繰り返すうち、抱きしめる腕にさらに力がこもった。「また俺に食ってかかれよ。喧嘩して、今までみたいにずっと俺のそばにいればいい。俺が許してないのに、勝手にいなくなるな……」熱い息が触れるほど近くで詩乃の名を呼び続け、相手を離そうとしない。「詩乃……戻ってこい……」その名前を聞いた途端、腕の中の相手が動きを止めた。「恭介さん……ちゃんと見て!私が誰か分かってるの?」聞こえてきた声に、酔いでぼやけていた意識が引き戻された。詩乃ではない。霞んでいた視界が定まり、ようやく目の前にいるのが美羽だと気づく。美羽は涙を浮かべたまま、恭介を見つめていた。恭介は腕をほどき、乱れた息を整える。「……なんでここにいるんだ?」美羽はぎゅっと指を握った。「この数日、ずっと心配してたの。何かあったんじゃないかって。でも何度連絡してもつながらないから、直接来るしかなかったの」「俺は大丈夫だ。心配しなくていい」それきり恭介が口を閉ざし、美羽もすぐには次の言葉を出さなかった。数秒たってから、ようやく口を開く。「ねえ、恭介さん。お姉ちゃんとは……本当に離婚したの?」恭介を見上げ、そのまま続けた。「前に約束したよね。お姉ちゃんと完全に終わったら、私と結婚するって。だったら、私たちもそろそろ……」「その話は、またあとで」「またあとでって、どういうこと!?」美羽は思わず恭介を見つめた。以前、詩乃に言われたことまで頭をよぎり、そのまま言葉が溢れ出す。「前は、お姉ちゃんのことなんて少しも好きじゃないって言ってたじゃない!うんざりしてる、嫌いだって。結婚だって仕方なくしただけで、最初から好きじゃなかったって。ずっと離婚したかったのに、お姉ちゃんがしがみついて離してくれないだけだって言ってたでしょ?それなのに、今は何なのよ!」恭介は黙って聞いていたが、やがて短く遮った。「もういい。やめろ」「なんでよ!」美羽は止まらなかった。「さっきだって、酔って私を
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第18話

もう、じっとしてはいられなかった。恭介がオフィスを出ようとすると、美羽が慌てて腕をつかんだ。「どこに行くの!?」その手を振り払われた勢いで、美羽は床へ倒れ込んだ。痛みに涙を浮かべても、恭介は振り返ることなく、そのまま足早にオフィスをあとにする。外へ出るなり詩乃へ電話をかけたが、聞こえてくるのは通話中の案内ばかりだった。【おかけになった電話は、ただいま通話中です】何度かけてもつながらず、メッセージまで届かないのを見て、ようやくブロックされていると気づく。連絡する手段をすべて断たれたと分かると、恭介はすぐに佐伯へ電話をかけた。「詩乃が今どこにいるか調べろ。今すぐだ!」ほどなくして送られてきた居場所は、市内西部のラベンダー園だった。そこは、かつて詩乃と初めてデートをした場所でもある。一面のラベンダーの中で振り返り、自分だけを見て笑っていた詩乃。その頃の姿が、今になって鮮明によみがえった。なぜ今、あの場所にいるのか。もしかすると、詩乃もまだあの頃のことを忘れていないのではないか。ただ意地を張って、自分を恨んでいるだけで、本当は自分から会いに行き、謝るのを待っているのかもしれない。そう考え始めると、恭介にはもうそれ以外の答えが見えなくなった。恭介はすぐに車を走らせ、夜の道を飛ばした。20分ほどでラベンダー園へ着くと、車を降りて花畑へ目を向ける。淡い花の香りを含んだ夜風の向こうには、昔と変わらない紫色の花畑が広がっていた。その中を歩く詩乃は、淡い色のワンピースに身を包み、長い髪を夜風に揺らした穏やかな姿だった。けれど、隣には京司がいる。肩を並べて歩く二人は、傍から見ればよく似合っていた。それだけで胸の奥がざわつく。そのとき、詩乃が足元の花を踏み、わずかに体勢を崩した。すぐに京司が腕を伸ばして腰を支え、そのまま抱き止める。京司の腕の中に収まった詩乃を見た瞬間、恭介は花畑へ踏み込み、二人のもとへ駆け寄った。「詩乃!」
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第19話

呼ぶ声に、私と京司は同時に振り返った。こちらへ駆けてくる恭介を見ても、不思議なくらい何も感じなかった。恭介は私たちの前まで来ると、京司に支えられている私を見たまま口を開いた。「詩乃、俺と帰ろう」返事をしない私に、恭介はそのまま言葉を続ける。「俺、やっと分かった。たぶん……本当にお前が好きなんだ。もう一度やり直そう。今度こそ普通の夫婦みたいに、ちゃんと暮らそう」今さらそんなことを言われて、思わず笑ってしまった。「悪いけど、黒瀬さん。今さら好きだなんて言われても、どうでもいい。むしろ、今のあなたを見てるとせいせいする。惨めになればなるほどね」「……俺たち、5年も夫婦だったんだぞ。それでも、一度くらい償う機会もくれないのか?」私は答えなかった。しばらくして、恭介は周囲に広がるラベンダーへ目をやる。「だったら、なんでここに来たんだよ。ここ、俺たちが初めてデートした場所だろ。わざわざここに来たってことは、お前だってまだ覚えてるんじゃないのか?」「覚えてるよ。あなたと初めてデートしたのは、ここだったから」そう答えて、隣の京司を見る。「でも、私が初めてここに来たのは、あなたとじゃない。京司とだよ」京司と知り合ったのは、恭介よりも前だった。昔は会えば口喧嘩ばかりで、恋愛なんて考えたこともない。このままずっと、気の合う友人でいるのだと思っていた。その後、私は恭介と出会い、好きになって結婚した。京司の気持ちには薄々気づいていたけれど、あの頃は恭介以外の人を考えたことなどなく、いつしか京司とも疎遠になっていった。けれど少し前、改めて想いを告げられたとき、久しぶりに誰かを意識した。「この5年、ずっと恭介を憎んでばかりで、もう誰かを好きになることなんてないと思ってた。でも、京司といると、まだ誰かを好きになれるんだって思えたの」しばらくして、恭介が口を開いた。「……お前、本当に別の男を好きになったのか?」恭介が私の手を取ろうと近づいてきたが、触れるより先に京司が私の前へ出る。「黒瀬さん。俺の彼女に触らないでください」
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第20話

「……彼女?」京司の言葉を聞いた途端、恭介は目に見えて青ざめた。「詩乃……本当に、別の男と付き合ってるのか?じゃあ俺は何だったんだ。俺たちの5年は……何だったんだよ」「間違いだった」迷わず答えると、恭介はふらりと数歩後ろへ下がった。私はそれ以上何も言わず、京司の腕を取る。「行こう」「うん」京司に肩を抱かれ、そのまま振り返らずに歩き出した。花畑に一人残された恭介は、遠ざかっていく私たちをただ見送っていた。夜風が一面のラベンダーを揺らし、乱れた髪を容赦なく吹き抜けていく。その冷たさの中で、ようやく思い知った。詩乃はもう、自分を愛していない。いや、愛されなくなったのは、もっと前だったのかもしれない。それを認めようともせず、いつまでも同じ場所に取り残されていたのは、自分だけだった。その頃、帰りの車では、京司は静かに車を走らせながら、何度かこちらへ目を向けた。「大丈夫?」「うん。もう終わったことだから」傷つけられた悔しさも、争い続けた日々も、眠れないほどのやりきれなさも、一つずつ決着をつけ、あの関係から抜け出した今は、もう私の中に残っていなかった。「じゃあ、何かおいしいものでも食べに行く?」「ずいぶん張り切ってるね」「付き合い始めたばかりだからね。今のうちに点数を稼いでおかないと」思わず笑った、そのときだった。突然、前方へ二人の人影が飛び出してきた。京司はとっさにブレーキを踏み、勢いで前へ投げ出されそうになった私を片腕で支える。「大丈夫?」「うん」顔を上げると、車の前に立っていたのは父と母だった。ほんの半月ほど前まできれいに身なりを整えていた二人が、今では白髪交じりの髪を乱し、皺の目立つ服を着ている。疲れ切ったその姿は、短い間に10歳も老け込んだように見えた。美羽のために大金をつぎ込み、それをすべて失った結果なのだろう。「詩乃!降りてきなさい!」父と母が窓を激しく叩く。シートベルトを外すと、京司が私の手を握った。「俺も行くよ」「うん」二人で車を降りるなり、父と母が切羽詰まった様子で駆け寄ってきた。「詩乃!お金を返しなさい!」
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