夕方になって、浩介はようやくやってきた。「どうして咲良の薬、止めたの?」私が聞くと、浩介はうんざりしたように眉をひそめた。「治療にいくら金をかけたって、きりがないだろ。翔太だってもうすぐ小学生なんだ。これから何かと金がかかるんだよ」私は浩介を見つめたまま、何も言えなかった。咲良がどれだけ必死に生きようとしていたかなんて、浩介にはどうでもいいらしい。胸に抱いた遺影には、髪を二つに結び、目を細めて笑う咲良が写っていた。咲良が一番気に入っていた写真で、浩介が珍しく遊園地に連れていってくれた日に撮ったものだった。けれど、親子で過ごせたのはたった20分。梨沙から電話が入ると、浩介は咲良を私に預け、すぐに帰ってしまった。それでも、咲良はずっと嬉しそうだった。パパに抱っこしてもらったことも、パパからお日さまみたいな匂いがしたことも、何度も私に話してくれた。そんな浩介が今、咲良のすぐそばに立っていた。それなのに、泣いた様子すらなかった。アイバンクの担当者が書類を開き、声を落として言った。「ご主人には、すでに献眼についてご説明し、承諾書にもご署名いただいています。ただ、処置に入る前に、お母さまのご意向も確認させてください」書類の署名欄には、浩介の名前があった。日付は、咲良が息を引き取った日だった。そのとき私は病室のベッドのそばに膝をつき、咲良の手をどうしても離せずにいた。浩介は姿を見せなかった。けれど、咲良が亡くなったことは知っていた。それなのに病室には来ず、献眼の書類には署名していた。私は顔を上げ、浩介を見た。「最初から、咲良の角膜を提供するつもりだったの?」浩介は私と目を合わせようとしなかった。「医者から、角膜は提供できる可能性があるって聞いたんだ。提供できるなら、誰かの役に立ったほうがいいだろ」遺影を抱く手に力が入った。額縁の角が手のひらに当たり、じんと痛んだ。「どうして私に何も言わずに決めたの?」浩介は眉間にしわを寄せた。「俺は咲良の父親だ」思わず、笑いが漏れた。咲良が生きていたころは、父親らしいことなんて何一つしなかったくせに。咲良が初めて抗がん剤治療を受けた日、浩介は梨沙の家で翔太の誕生日を祝っていた。咲良が高熱でけいれんを起こし、私が必死に電話
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