PCをログアウトし、閲覧履歴も消した。本当は、とっくに気づいていたはずなのに。彼は静寂が好きなんじゃない。ただ、私の声をうるさいと思っているだけなんだ。窓の外で、急に雨が降り出した。雷も鳴っている。昔の私なら、こういう日は怖くてソファで丸くなり、気を紛らわせるためにひたすら喋り続けていただろう。でも彼はいつも眉をひそめて、冷たい目で私を見つめた。私が黙るまで、ずっと。今、私は窓辺に立ち、稲妻が夜空を切り裂くのを眺めている。なのに、不思議なくらい心は静かだった。寝室のドアが開き、厳が出てきた。パジャマ姿で、手には氷水の入ったグラスを持っている。私を一瞥すると、反射的に眉をひそめた。また喋り始めるんじゃないかと警戒しているんだ。私は振り返り、指を1本立てた。私たちだけのルール。今日、何回目の言葉なのかを知らせるための合図だ。「朝ごはん……何にする?」これが今日の1回目。厳の肩から、ほんの少し力が抜けた。「適当でいい。音を立てるなよ。昨夜、全然眠れなくて頭がガンガンしてるんだ」「分かった」これは2回目。キッチンへ行き、食パンと卵を出した。ハムを切っていると、隣に置いてあったガラスの調味料入れをうっかり倒してしまう。パリーン、と音がして、ガラスの破片が床に飛び散った。3年前なら、私は悲鳴を上げていただろう。甘えるように、少し大げさに彼に訴えていたはずだ。「ねえ、瓶割っちゃった。指も切っちゃって……」でも今の私は唇を噛みしめ、喉までせり上がってきた声を飲み込んだ。破片が足首をかすめ、すぐに血が滲み、床にぽたぽたと落ちていく。厳が大股でキッチンまでやって来た。顔色がみるみる悪くなった。「お前、わざとだろ。頭が痛いって言ったばかりだぞ。静かにしろよ」私は俯き、引き出しからティッシュを取り出して足首を押さえた。「聞こえねえのかよ。お前なあ」顔を上げ、青白い唇に、あえて笑みを浮かべると、指を3本立ててみせた。「ごめん、手が滑った」厳は鼻を鳴らし、私の足首には一瞥もくれず、そのままリビングへ戻っていった。そのとき、テーブルの上のスマホが鳴った。厳は飛びつくようにスマホを手に取り、電話に出た。「厳……」電話の向こうから、美桜の泣きそうな声が聞こえてくる。
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