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第7話

ときめき味の飴
航は瞬時に反応した。厳の手首を強く掴むと、容赦なく押し返した。

厳はたじろぎ、数歩よろめいた。

「何の真似だ? 俺のホテルで勝手な真似をしてタダで済むと思うなよ」

航が冷酷な視線で見下ろす。私を指差し、怒りに声を震わせた。

「俺は彼女の夫だ!お前は何だ!」

私は静かに立ち上がり、手についたクルミの破片を払い落とした。そして、冷めた目で彼を見つめる。

「訂正するわ。元夫になるよ。離婚届には署名して置いてきたわ。役所で手続きすればそれでおしまい」

厳は目を真っ赤にして私を凝視した。

「離婚なんて認めない!署名しないぞ!

雪乃、もういい加減にして俺と帰ろう。もううるさいなんて言わないから。

1日百回でも千回でも、お前の好きなだけ話せばいい。だから、お願いだ……」

彼の惨めな哀願を目にして、私は心の底から、呆れたようなおかしさが込み上げてきた。

ゆっくりと右手を上げ、中指を立てる。呆然とする厳に向かって、一音ずつ区切って、冷酷に吐き捨てた。

「き・え・て」

厳は雷に打たれたように固まり、顔から一瞬で血の気が引いて蒼白になった。

かつて彼が「1日10回」という残酷な
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  • 妻として、私は1日10回までしか話せない?!   第8話

    「そのうつ病も、どうせ芝居なんだろ。とっくに知ってるんだよ!」厳は狂った獣のように、机の上のコーヒーカップを掴み、床に激しく叩きつけた。「直人がグループLINEで、お前のことを全部暴いてくれたんだ。俺の金で若い男に貢いでたんだろ。今さらどの面下げて金をせびりに来た!」もう隠しきれないと悟った美桜は、フッと冷たく笑い、ついにその本性を露わにした。「厳、よく言うわね。何?今さら被害者ぶるつもり?雪乃さんを追い詰めたのは、他でもないあんたでしょ?あんたがあたしを甘やかしたから、あのスープだって雪乃さんにかかっちゃったんじゃない!あんたなんてこれから破産して、一生一人ぼっちになればいいのよ!」その言葉が、張り詰めていた厳の理性を完全に吹き飛ばした。半月も経たないうちに、サイレント・テクノロジー社は資金ショートを起こしてあっけなく倒産した。厳名義の不動産や高級車は、すべて銀行に差し押さえられた。最も皮肉だったのは、破産手続きに入る前夜のことだ。美桜が厳の金庫に残されていた最後の現金を、根こそぎ持ち逃げしようとしたのだ。しかし彼女は、海外へ高飛びする直前に、怒り狂った債権者たちに捕まった。債権者たちは彼女が身につけていた宝飾品をすべて奪い、顔の形が変わるほど殴りつけたという。まさに因果応報だった。すべてを失った厳は、ホームレスに落ちぶれた。皮肉なことに、彼はついに望み続けていた「静寂」を手に入れたのだ。なぜなら、もう彼に話しかけてくれる者など、この世のどこにもいなくなったからだ。一方、はるか遠くの砂丘で、私の新しい人生は穏やかに、そして確実に前に進んでいた。腕の火傷はすっかり治り、うっすらとした傷跡が残るだけになった。「これは勲章みたいなものだ。泥沼から這い上がった勇気の証だよ」と、航は言ってくれた。その夜、ホテル近くの砂丘では盛大なキャンプファイヤーが開かれていた。宿泊客たちは燃え盛る火を囲み、歌い、踊っている。私は皆にラム肉の串焼きを配って回っていた。ふと振り返ると、航がギターを抱えて私の前に立っていた。揺れる炎に照らされた彼は、いつもは豪快なくせに、珍しく耳まで真っ赤にしていた。「雪乃。俺、口は上手くないけど、人の話を聞くのは得意なんだ」彼はまっすぐに私を見つめ、少し照れくさそう

  • 妻として、私は1日10回までしか話せない?!   第7話

    航は瞬時に反応した。厳の手首を強く掴むと、容赦なく押し返した。厳はたじろぎ、数歩よろめいた。「何の真似だ? 俺のホテルで勝手な真似をしてタダで済むと思うなよ」航が冷酷な視線で見下ろす。私を指差し、怒りに声を震わせた。「俺は彼女の夫だ!お前は何だ!」私は静かに立ち上がり、手についたクルミの破片を払い落とした。そして、冷めた目で彼を見つめる。「訂正するわ。元夫になるよ。離婚届には署名して置いてきたわ。役所で手続きすればそれでおしまい」厳は目を真っ赤にして私を凝視した。「離婚なんて認めない!署名しないぞ!雪乃、もういい加減にして俺と帰ろう。もううるさいなんて言わないから。1日百回でも千回でも、お前の好きなだけ話せばいい。だから、お願いだ……」彼の惨めな哀願を目にして、私は心の底から、呆れたようなおかしさが込み上げてきた。ゆっくりと右手を上げ、中指を立てる。呆然とする厳に向かって、一音ずつ区切って、冷酷に吐き捨てた。「き・え・て」厳は雷に打たれたように固まり、顔から一瞬で血の気が引いて蒼白になった。かつて彼が「1日10回」という残酷な数字で私を支配し苦しめたように、今の私は彼のために言葉を使うことさえ、もう惜しかった。航は躊躇することなく警備員を呼んだ。「このスーツの男をつまみ出せ。次に来たら敷地に入れるな」厳は警備員たちによって、ゴミのように外へ追い出された。彼が長年抱いていた高慢なプライドは、砂丘の風の中で粉々に砕け散った。しかし、彼に染みついた歪んだプライドと執着が、それを許さなかった。街へ戻ると、彼はすぐさま「ホテル・サンドリップル」の素性を調べ上げさせた。たかだか田舎の砂丘リゾートだと高を括り、冷笑を浮かべた。彼のサイレント・テクノロジー社も、企業価値は十数億円ある。取引先や流通に圧力をかければ、航が素直に私を差し出すだろうと考えたのだ。彼はコネを使い、ホテルへの主要な物資の供給ルートをいくつか強引に断った。航から泣きついてくる電話がかかってくるのを心待ちにしながら、社長室で勝ち誇ったように笑っていた。だが、その時だった。オフィスのドアが壊れんばかりの勢いで開いた。副社長が真っ青な顔で飛び込んできて、手に持った書類の束を震わせながら差し出す。「社長、大変です!我

  • 妻として、私は1日10回までしか話せない?!   第6話

    「痛かったろ。誰にこんなひどい火傷を負わされて、放り出されたんだ?」その温かい一言に、鼻の奥が急につんとして、ポロポロと涙が溢れ出した。この3年間、いろんな苦しいことがあった。けれど、誰かに「痛かったな」と優しく労ってもらったことなんて、一度もなかったのだ。航が慌ててティッシュを取り出し、差し出してくれる。「おいおい、泣くなよ。俺がいじめてるみたいじゃないか。辛いことがあるなら、何でも話してみろ。ここは砂丘だ。風も強い。どれだけ大声で叫んだって誰にも届かない」彼のまっすぐな瞳を見つめていると、とうとうこらえきれなくなり、口を開いた。3年間にわたる抑圧も、あの馬鹿げた「1日10回」という歪んだルールも、涙とともにすべて吐き出した。声が枯れるまで泣きながら話し続けた。彼にうるさいと思われるのではないか、ノイズキャンセリングイヤホンをつけられるのではないか、そんな不安が頭をよぎった。けれど航は、ただ黙って耳を傾けてくれた。話が進むにつれ、彼の眉間のシワがどんどん深く刻まれていく。私がすべてを語り終えると、彼は深く息を吐き、静かに言った。一生忘れられない言葉だった。「そのクソ元旦那、完全に頭がおかしいな。……いいか、どうでもいい小さなことまでいちいち話してくれるってのはな、それだけ心から相手を信頼してる証拠なんだよ。ここなら、お前がどれだけ喋ったって構わない。何百回でも何千回でも聞いてやる。俺は、静かなほうより人の声が聞こえるほうが好きなんだ」その瞬間、本当に、生き返ったような気がした。それから半月ほど、私は治療費の代わりに、ホテルで簡単な手伝いをした。毎日、航と一緒に厨房で新作料理の試食をしたり、砂丘の頂上で沈む夕日を眺めたりした。これまでの人生で、こんなに伸び伸びと喋ったのは初めてだった。いつしか航がふと私のことを「雪乃」と呼ぶようになり、二人の距離は少しずつ、けれど確実に縮まっていった。一方、遠く離れた街では、厳は発狂寸前だった。ありとあらゆる人脈を駆使し、私が海沿いの砂丘地帯へ向かったことまで突き止めたのだ。彼の会社「サイレント・テクノロジー社」は、新型ノイズキャンセリング機器の発表を直前に控えていた。それにもかかわらず、彼はすべての業務を副社長に丸投げし、狂ったように私を探し回って

  • 妻として、私は1日10回までしか話せない?!   第5話

    厳の胸を深く抉ったのは、その一文だった。「厳、私は3年かけて、口を閉ざした。この心も一緒に閉ざした。あなたが望んだ静寂、今こそ与えてやる」椅子を蹴飛ばして立ち上がると、凄まじい音が響いた。スマホを掴み、狂ったように私の番号へ何度も電話をかけた。しかし返ってくるのは、無機質なアナウンスだけだった。信じられない思いで寝室へ駆け込み、クローゼットを無理やり開ける。私の服や荷物がごっそり消えていた。髪の毛1本すら残っていない。洗面所から歯ブラシが消え、玄関から私のスリッパも消えていた。この家からは私の痕跡が跡形もなく消え、あまりにも綺麗に片付けられていた。胸の奥が締めつけられるように、息苦しかった。ふらふらとリビングに戻り、署名を終えた離婚届を凝視した。そこに刻まれた私の署名は、紙を引き裂きそうなほど力強かった。そのとき、スマホが鳴った。彼は藁にもすがる思いで電話に出た。「雪乃!どこにいるんだ。もういい加減にしろ!」電話の向こうが一瞬静まり返り、すぐに美桜の甘ったるい声が聞こえてきた。「厳……あたしだよ。胸が苦しいの。病院に来てくれない?」以前の厳なら、後先も考えずに駆けつけていただろう。しかし今、美桜の甘えた声が、初めて耐え難いほど煩わしく感じられた。「医者はもう大丈夫だって言っていたろ」「でも一人だと怖いの。厳がいないと、息ができなくなりそうで……」厳は眉間を強く指で押さえ、歯を食いしばって怒鳴り散らした。「怖いなら病院の奴らに言え!俺は医者じゃない!」乱暴に電話を切り、ぐったりとソファに沈み込んだ。家の中を満たす、異様な静寂が彼を包み込んだ。だが今や、その静寂こそが彼の耳を突き刺し、頭が割れそうなほどの苦痛を与えていた。その頃、私はリゾートホテルの客室に横たわっていた。窓の外では、風がさらさらと砂を巻き上げている。部屋の中は温かく、心地よい眠気が襲ってきた。一昨日の午後、飛行機を降りてすぐ、右腕の火傷が悪化し、重い感染症を起こしていた。スーツケースを引きながら数歩歩いたところで意識が遠のき、砂の上に倒れ込んでしまったのだ。目を覚ますと、腕の傷口は綺麗に処置され、新しいガーゼが当てられ、包帯が巻かれていた。ドアが開き、黒いマウンテンパーカーを着た男が入ってきた。背

  • 妻として、私は1日10回までしか話せない?!   第4話

    個室は一気に大騒ぎになった。でも誰もが美桜の周りに集まり、彼女を慰めている。「大丈夫かい、美桜ちゃん。怪我はないか?」「怖がらなくていいよ。君は悪くないから」厳は美桜を抱きしめ、背中を撫でながら、眉をひそめて私を見た。私は一瞬で水ぶくれができ、赤く腫れ上がった右腕を押さえる。激痛で身体が震え、涙が溢れて止まらない。「痛い。病院に連れてって……」口を開き、そう言おうとした。「黙れ」厳の冷たい声が、騒ぎを途切れさせた。彼は私に向かって、指を1本立てた。目で強く警告する。「雪乃、今日はまだ1回も話してないな。その貴重な10回を、場を白けさせるために使うなよ。お前のせいで美桜が怯えてるだろ。これ以上声を出したら、容赦しないぞ」開きかけた唇が凍りついた。焼けるような腕の痛みも、胸を引き裂かれるような絶望に比べれば、取るに足らないものだった。私は、彼が美桜の腰に回した手を見た。嘲るような笑みを浮かべる周囲の顔を見た。そして、静かに口を閉じた。叫びも涙も、すべて喉の奥へ押し殺した。今日の10回を使わないまま、私は厳の顔をじっと見つめた。未練をすべて断ち切り、火傷した右腕を抱えて、一人で部屋を出た。病院で火傷の処置を受けて帰宅したときには、もう深夜だった。右腕全体に厳重な包帯が巻かれ、医師からは傷痕が残るかもしれないと言われた。けれど、そんな言葉はほとんど頭に入ってこなかった。今の私には、一刻も早くこの家を出ていくことしか頭になかったからだ。その後の3日間、厳は一度も帰ってこなかった。LINEで冷酷なメッセージが1件届いただけだ。あの夜のショックで美桜のうつが再発し入院したため、付き添うという。【お前のその態度、反省しろ】それが彼からの最後の連絡だった。私の火傷のことなど一切気にかけず、この3日間を私がどう過ごしていたかも尋ねてこなかった。それでよかった。この3日間で、私は家に置いていた自分の荷物をすべて運び出した。最後に、署名と捺印を済ませた離婚届をリビングのテーブルに置いた。見渡すと、この家は嫌になるほど広く、異様なほど静かで、彩りが一切なかった。これこそが、彼がずっと追い求めていた絶対的な静寂だ。ついに、完璧に叶えてやった。午後2時、海外へ向かう飛行機に乗った。風が砂を

  • 妻として、私は1日10回までしか話せない?!   第3話

    厳はリビングで怒り狂った。「お前はわがままだ」「理不尽に騒ぎ立てるな」と、私に怒りをぶつけてきた。さらに壁に私を押しつけ、目を血走らせ、「いったい何がしたいんだ」と詰め寄った。私は黙ったまま、ただ彼を見ていた。彼が一番嫌がるのは、私の声だ。今、私はその願いを叶えてやった。それなのに、彼は逆上している。「やるじゃないか」私を放し、冷ややかに笑う。「お前、偉くなったな。離婚で俺を脅せると思ってるのか?俺がいなきゃ、話し相手すらいなくなるんだぞ」ゲストルームのドアをバタンと閉め、鍵をかけた。私は冷たい壁にもたれ、そのまま床に崩れ落ちる。昔なら、泣きながらドアを叩いていただろう。彼に謝って、無視しないでほしいと懇願していたはずだ。でも今は、ただ疲れ果てていた。翌日は週末だった。厳の親しい仲間たちが月に1度集まる日だ。彼は何事もなかったような顔でゲストルームから出てくるなり、冷たく言い放った。「今夜、集まりに行くぞ。お前をないがしろにしてると思われたくない」夜。個室に入ると、美桜もいた。真っ白なワンピースを着て、厳の右隣に座っている。私が入っていくと、一瞬、部屋が静まり返った。仲間たちが顔を見合わせ、含みのある視線を交わした。「あ、雪乃さん来たね。座って座って」直人が作り笑いを浮かべながら手を振った。私は厳の左隣に座り、終始、口を開かなかった。時間が経つにつれ、美桜が話題の中心になっていった。飼い猫の話。観た映画の話。薬を飲み間違えた失敗談。どうでもいい話の一つ一つに、皆が相槌を打って笑っている。厳は頬杖をつき、口元を緩めながら、彼女の話を愛おしそうに聞いていた。「ねえ、雪乃さん、今日どうしてこんなに静かなの?」直人が、いたずらっぽく私に話を振ってきた。「昔は飲み会のムードメーカーだったじゃん。あのしゃべりっぷり、一晩中止まらなかったよな」美桜が口元を押さえて笑った。「そうそう。雪乃さんって本当におしゃべりだよね。厳、前に家でノイキャンイヤホンしてても声が聞こえてくるって愚痴ってたよ」部屋中にどっと笑い声が響いた。胸が、針で刺されたように痛んだ。私は厳を見る。彼は止めようともせず、むしろグラスに口をつけている。この話題を嫌っている様子はなかった。

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