All Chapters of 兄を守るために縁を切って、何も告げずに最期を迎えた: Chapter 1 - Chapter 9

9 Chapters

第1話

「いなくなるって?」恭司は一瞬固まり、すぐに冷ややかに笑った。「死んだってことなら、いいんだが」配信の進行役は少し黙ったあと、恭司の後ろを指さした。大きなスクリーンに、私の顔が映し出された。画面の中の私は、カメラのレンズを手のひらで叩いた。雨に濡れた髪とシャツが肌に張りつき、見るからにひどい格好だった。声には苛立ちがにじんでいる。「もう撮らないで。撮っていいなんて言ってないから」続いて、少し低く響く男の声が、真剣な口調で聞こえてきた。「本当に騙そうとしてるわけじゃありません。いろいろな人の暮らしを取材して、動画にしてるんです。僕なら、力になれるかもしれません」ごみ箱の前から振り返り、カメラに顔を近づけた。「そう。じゃあ、私のがんも治せる?」片瀬智哉(かたせ ともや)は一瞬、言葉を失った。口元をゆがめ、笑い声を漏らした。「私なんかに構っても無駄だよ。ほかの人を探して」「でも……僕にできることがあるかもしれません!」立ち去ろうとする私を、智哉が引き止めた。私は智哉を上から下まで眺めた。ぷっと吹き出し、シャツ、ベルト、ズボン、靴の順に指をさした。「400円、1200円、800円、1000円。それから、そのカメラも中古で買ったんでしょ?私の治療に、いくらかかるか知ってる?」カメラに向かって片手を広げた。「1000万円」智哉が息を呑んだ。笑って背を向けると、雨の中を歩きながら、ごみ箱を一つずつのぞき込んだ。「クロ?クロ、どこにいるの?」智哉はあとを追ってきた。「何を探してるんですか?」「犬」「飼ってる犬ですか?」「違う。さっき発作で倒れたとき、顔をなめて起こしてくれたの」智哉は何も言わなかった。私は顔を上げた。「もう行って。ほかに助けられる人はいくらでもいるから、私なんかのために時間を無駄にしないで」手でカメラのレンズを覆った。画面が真っ暗になった。……【来世ーー2023年10月11日、午前9時32分ーー藤堂家の令嬢は誰の同情も必要としない】「藤堂詩乃(とうどう しの)さんですよね。藤堂恭司さんの妹で、間違いありませんか?」カフェの厨房で床を掃いていた私は、眉をひそめた。「どうしてまた来たの?」カメラの後ろから、智哉の声がした。
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第2話

「病院へ行きましょう。僕が連れていきます!」智哉が私を抱き上げようとした瞬間、片手で押し返した。雑巾をつかんで床の血を拭い、手の甲で口元の血をぬぐった。「必要ない」そのまま流し台へ向かい、顔についた血をきれいに洗い流した。智哉の声がわずかに震えた。「どうか、僕に手伝わせてください」残った血の跡まできれいにすると、振り返って智哉をまっすぐ見た。「藤堂家の令嬢は、誰の助けも必要としないの」そう言い残し、カメラの前から立ち去った。……【来世ーー2023年11月15日、午後3時21分ーー犬は自分がもうすぐ死ぬことを知らない。ただ、自分にも居場所ができたと喜んでいる】「どういうことですか?」動物病院で、私は目を見開き、獣医を見つめた。獣医はため息をつき、首を横に振った。「おそらく、前の飼い主は、この子がもう助からないと分かって捨てたんでしょう。この子は毎日ろくに食べられず、ほかの野良犬にもいじめられていて、もう……」私は笑った。「分かってます。もう長くないってことですよね?」獣医はためらったあと、うなずいた。私の主治医も、同じような反応だった。智哉は眉を寄せた。「助かる方法は、本当にないんですか?」「……せめて、おいしいものを食べさせて、大切にしてあげてください」部屋の中は静まり返った。クロの頭をなでた。「だから、私たちは出会ったんだね」クロは勢いよく尻尾を振りながら、何度も私に体をすり寄せてくる。舌を出し、輝く黒い目で私を見上げている。智哉は苦笑した。「この子、詩乃さんを飼い主だと思ってるんですよ」私は一瞬、目を瞬いた。「それって、そんなにうれしいことなの?」智哉はうなずき、クロの頭をなでた。「犬は、自分がもうすぐ死ぬことなんて知りません。ただ、自分にも居場所ができたと喜んでるんです」しばらく黙ったあと、クロの頭を軽くたたいた。「じゃあ、今日からクロね」クロが「ワン!」と鳴いた。クロを抱いて動物病院を出ると、カメラのほうを振り返った。「クロを見つけて、私のところへ連れてきてくれたのは智哉だから。そのお礼に、シリーズの撮影に協力してあげる」……【来世ーー2023年12月31日、午後9時ーーじゃあ、長生きしてねーー前編】
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第3話

「でも、本当は、私、ちっともかわいそうじゃなかったの。兄もいたし、友達もいたから……」古いアパートに、強い隙間風が吹き込む。毛布を体に巻きつけながら、私は音もなく涙を流した。赤くなった手を、温かな手が包み込んだ。智哉はまっすぐ私を見つめている。「少しだけ貯金があります。明日、病院へ行って治療を受けましょう」鼻をすすり、思わず笑った。「智哉のアカウント、まだフォロワーが100人もいないでしょ。毎日私とカップ麺を食べてるのに、いくら貯金があるっていうの?」智哉は色あせたジーンズの上で拳を握りしめ、白く細い指に力を込めた。「少しでも……足しにはなります」「いらないよ。でも、聞いて。4万円貯まったから、抗がん剤治療を1回受けられるよ」智哉は一瞬固まり、すぐに笑みを浮かべた。「足りるんですか?僕からも少し出します」私はかたくなに首を横に振った。「いらない。藤堂家の令嬢は、誰の助けも必要としないの」そう言って、少し誇らしげに顎を上げた。「安心して。今の収入で薬代くらい払えるから。ほら、これも全部、自分の給料で買ったんだよ」色とりどりの薬をひとつかみ取り、顔を上げて一気に飲み込んだ。眉を寄せたまま、しばらく黙った。やがて胸元に手を当て、ようやく大きく息を吐いた。顔を上げると、智哉が私を見ていた。目元がわずかに赤い。思わず吹き出した。「すごいでしょ?」智哉は目を伏せた。口元に浮かぶ笑みは、どこか苦しそうだった。「すごいです」……【来世ーー2023年12月31日、午後11時45分ーーじゃあ、長生きしてねーー中編】画面の中では、食事を終えた二人がソファにもたれ、新年を迎える瞬間を待っている。智哉は私を見た。「それだけでいいんですか?」疲れた声で答えた。「胃が痛いの。これ以上食べたら吐いちゃう」智哉は少し黙ったあと、とうとう口を開いた。「藤堂さんが……成功しました。新しく立ち上げた事業が、20億円を売り上げたそうです」目を閉じたまま答えた。「知ってる」「藤堂さんのところへ戻ってください。戻れば、きちんと治療を受けられます」首を横に振った。「どうしてですか?このまま死ぬつもりですか?」「兄と縁を切ったとき、まだ生きられると思ってたとでも?」智哉は言
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第4話

「家を出た日、兄に散々ひどいことを言った。最後には私の腕をつかみ、泣きながら行かないでくれとすがった。もうすぐ何もかもうまくいく。必ずまた、昔みたいに暮らせるようにするって。今の兄しか知らない智哉には、あの頃どれほどぼろぼろだったか、きっと想像もつかないよね。はは……」智哉が低い声で尋ねた。「それで、最後はどうやって家を出られたんですか?」あのときのことを思い返した。「兄なんて役立たずだって言った。今までうまくいっていたのも、全部両親のおかげだったくせにって。そんな情けない姿をさらして、両親に恥をかかせてる。少しでも私を妹だと思うなら、もう行かせて。私にも自分の幸せを探させてって。そうしたら、兄の手から少しずつ力が抜けていった」新年を告げる鐘の音が響いた。窓の外でイルミネーションが街を煌びやかに飾った。手を上げ、頬の涙をぬぐった。……【来世ーー2024年1月1日、午前0時ーーじゃあ、長生きしてねーー後編】智哉は窓の外へ目を向けた。「あけましておめでとうございます」「ありがとう」「僕には何も言ってくれないんですか?」顔を上げた。「もうすぐ死ぬ人に、縁起のいいことを言わせるの?」智哉の手が、痩せた私の手の甲にそっと重なった。「どうしても、詩乃さんに言ってほしいんです」窓の外では、柔らかな灯りが夜の街を彩っている。その光を浴びていると、ほんの少しだけ希望を感じた。小さく笑った。「じゃあ、長生きしてね」智哉はかすかに震える指で私の手を強く握り、窓の外を見つめている。その表情は見えない。映像が一度揺れ、私たちはそれぞれ休んだ。けれど、暗闇の中に、やがて私の姿が浮かび上がった。カメラに顔を近づけ、眉をひそめた。「あれ、録画を止めるの忘れてた」手を伸ばして録画を止めようとしたが、ふと動きを止めた。少し考えたあと、椅子を引き寄せてカメラの前に座った。カメラの角度を左右に調整し、不思議そうにカメラを見つめた。「この映像、本当に誰かが見るのかな?」窓の外で柔らかな金色の光が輝き、私の顔を照らした。深く息を吸い、カメラへ静かに笑いかけた。「もし誰かが見てくれたなら……みんな、これからも元気で幸せに過ごして、どうか長生きしてね」カメラに向かって手を振り、録
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第5話

「分かってる、分かってる……許さなくていいよ。これからもずっと、私を許さなくていい。そのまま歩いていって。あたたかい家にたどり着くまで……」クロは目を閉じた。激しい胃の痛みに、目の前がくらんだ。外へ駆け出し、花壇の脇で激しく吐いた。智哉が見つけたとき、私は花壇のそばのベンチに座り、ぼんやりしていた。「詩乃さん!」智哉はすぐに駆け寄った。「具合はどうですか?」振り返ると、涙が頬を伝っていた。「本当のこと、聞きたい?」「もちろんです」「怖い。誰かに助けてほしい……」智哉は私を抱きしめ、頬の涙をそっとぬぐった。「大丈夫です。今すぐ病院へ行きましょう。先生の話を聞いて、そのまま抗がん剤治療も受けましょう。お金ならあります」「ありがとう」笑って首を横に振った。「でも、何人もの先生に言われたの。抗がん剤はもう効かないって。治療を受けるって話は、智哉についた嘘。末期って、どういう意味か分かる?」智哉は私をさらに強く抱きしめ、かすかに震える声で言った。「そんなこと言わないでください。まずは治療を受けましょう」「できることなら、私も安楽死させてほしい……」「そんな話、もうやめてください!」突然、智哉に抱きついた。カメラはとっくに脇へ放り出されていた。そのあとしばらく、私は小さくすすり泣き、やがて声を上げて泣いた。……【来世ーー2024年3月15日、午前11時13分ーーじゃあ、また来世で会おうね】「詩乃さん!」映像が激しく揺れ、智哉の焦った声が響いた。ドアが開くと、ソファの上でひざ掛けにくるまっていた私は、ゆっくり顔を出した。智哉は駆け寄り、私のスマホを奪い取った。私はただ笑った。「もう見たよ」智哉はすぐにスマホの画面を確認した。ネット上には、私への非難があふれていた。私のアカウントにも、罵倒するメッセージが99件以上届いていた。きっかけは、恭司が富豪ランキングの首位に立った日、私がサブアカウントからコメント欄に一言書き込んだことだった。【おめでとう】それが、すぐに私のアカウントだと特定された。【こんなときに出てきて何のつもり?お兄さんが成功した途端、また妹面する気?】【藤堂社長も、こんな妹より犬を飼ったほうがよかったんじゃない?犬だって、
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第6話

テレビ画面の中で、恭司の動きが一瞬止まったかと思うと、すぐに口元をつり上げた。「そうか。それはおめでたいな」「藤堂さん、よくそんなことが言えますね!」「お前が誰かなんてどうでもいい。名乗らなくていい。今は……」恭司は腕時計に目を落とした。「妹を学校まで迎えに行く時間だ。そのあとは家で一緒に飯を食う。お前に付き合っている暇はない」そう言って、電話を切った。私は小さく笑った。「いいな。昔は私にも、よくご飯を作ってくれたっけ」ベッドが手術室へ運ばれていく。智哉は私の手を強く握り、私はどうにか笑みを浮かべた。「何を怖がってるの?」「もし戻ってこなかったら、僕は……どうすればいいんですか?」少し間を置き、静かに答えた。「じゃあ、また来世で会おう」つないでいた手が引き離され、手術室の扉が完全に閉じた。……【来世ーー2024年3月16日、午前2時7分ーー私はもうすぐ生まれ変わるの】映像の中で、私は病室のベッドに横たわっている。周囲の声はくぐもり、よく聞き取れない。「終末期なら、無理に治療を続けないほうがいいこともあります。そのほうが、やりたいことをもっとできるかもしれません」「分かっています。お気持ちも理解しています。助けられるなら、もちろん助けたいですが……」「申し訳ありません。本当に、申し訳ありません……」智哉が病室へ入ってきた。笑いかけると、智哉は体をこわばらせた。「詩乃さん……」「もう長くないんでしょ?」起き上がろうとすると、智哉が駆け寄って体を支えた。「心配しないでください。東都市の病院へ連れていきます」首を横に振った。「もういいよ。こうして目を覚ませただけで、十分だから。言ったでしょ?もう何をしても無駄だって」「もう言わないでください……」智哉は私の手を強く握り、泣きそうな声で言った。「もう、智哉ったら。私がまだ何も言ってないのに、先にしんみりしてどうするの」思わず笑った。「ねえ、シリーズもそろそろ終わりでしょ。ひとつ、やりたいことがあるの。さっき先生が、やりたいことをもっとできるかもしれないって言ってたよね?」智哉は目を赤くしたまま尋ねた。「何がしたいんですか?」目を閉じ、少し考えた。「私が生きていた証を、この世
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第7話

【本当それ!藤堂社長と新しい妹さんには、これからもずっと家族でいてほしい!】……親指で画面をスクロールし、似たようなコメントを次々と読み進めた。時々、いいねも押した。次の瞬間、智哉が歯を食いしばり、私の手からスマホを奪い取った。「こんなコメント、読んでいて楽しいんですか?あんな人、兄なんかじゃありません!」「そんなこと言わないで」笑いながら答えた。「世界で一番のお兄ちゃんだよ」「こんなときまで、かばうんですか?」智哉は奥歯を噛みしめた。「あの人は、詩乃さんが死ぬと聞いて、おめでたいとまで言ったんですよ!」しばらく黙ったあと、スマホを取り出し、2000万円の入金履歴を見せた。「匿名の振り込み。ここ数日、何度かこうして入ってくるの」静かに言った。「でも、お兄ちゃんからだって分かる」智哉は全身をこわばらせ、スマホを握る手の甲には青筋が浮かんだ。「お兄ちゃんは、口ではあんなことを言っても、結局は私を放っておけない人なの。私を恨んでないはずがない。きっと、今でも許せないと思ってる。でも……自分の妹を、そんなに簡単に切り捨てられる人じゃないから」笑ってため息をつき、智哉を見た。「ねえ、智哉。この動画シリーズが本当に話題になったら、この映像も必ず公開してね。お兄ちゃんは私を見捨てたわけじゃない。もう、助けようがないだけ。私が死んだら、このお金は困っている人たちに寄付してね」智哉の手が震えている。思わず吹き出した。「もう、智哉ったら。どうしてそんなにすぐ泣くの。これからも、つらい思いをしてる人たちをたくさん撮るんでしょ?ほら、早く涙を引っ込めて!」カメラの後ろから、智哉のため息が聞こえた。智哉はカメラを固定し、キッチンへ入っていった。しばらくすると、テーブルいっぱいに料理が並んだ。どれも私の好物だ。胃を押さえ、智哉に寄りかかるようにして座った。「帰りを待ってくれる人が家にいて、一緒にご飯を食べるって、どんな感じなのかな?」智哉が答える前に、笑ってスープを一口飲んだ。「気にしないで。適当に言っただけ」……【来世ーー2024年4月12日、午後3時9分ーー死にたくない】画面の比率が変わった。スマホで撮った映像だ。画面の背景は真っ暗だ。私は明か
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第8話

智哉は私の手をさらに強く握り、唇が再び動くと、すぐに口元へ耳を寄せた。「忘れないで……私のこと……」心電図モニターがけたたましい警告音を鳴らした。波形が一本の直線に変わった。映像はそこで途切れた。恭司の呼吸が乱れ始める。智哉がキャップを脱いだ。徹夜で動画を編集し、目の下にはうっすらと隈が浮かんでいる。恭司の声は、自分でも分かるほど震えている。「詩乃はどこだ?」「霊安室です」恭司は配信中なのもかまわず、背を向けて歩き出した。部下は病院まで同行し、階段を一段ずつ上っていく恭司のあとを追った。すると目の前で、恭司が階段に膝を強く打ちつけた。膝に目をやることもなく、すぐに立ち上がって先へ進んだ。霊安室に横たわる私を目にして、ようやく足を止めた。「詩乃?」一歩ずつ近づき、手を伸ばした。けれど、どこに触れればいいのか分からない。迷った末に、震える指先が私の頬に触れた。「どうして、こんな冷たいところに寝てるんだ?起きろ。家に帰って、一緒に飯を食おう。さっきのは冗談だ。俺が詩乃を見捨てるわけないだろ?」声はますます震えていく。「髪がまた乱れてるぞ。起きろ。俺がとかしてやるから……」だが、ベッドの上の私は目を開けない。どれだけ待っても、もう「お兄ちゃん」と呼ぶことはない。恭司は突然泣き崩れ、拳をベッドに押しつけた。涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。「起きて、俺を見てくれよ……」背後から、驚きに上ずった澄んだ声が聞こえた。「お兄ちゃん?」恭司が振り返った。藤堂七海(とうどう ななみ)が霊安室の入り口に立ち、呆然とこちらを見ている。今日は七海の実習初日だ。こんな光景を目にするとは、思ってもいなかった。霊安室のベッドには実の妹が横たわり、入り口には、妹のように大切にしてきた七海が立ち尽くしている。恭司を挟み、二人は初めて顔を合わせた。「お兄ちゃん……」七海の声が小さくなった。「藤堂さん」智哉が入ってきて、スマホを恭司へ差し出した。「詩乃さんが亡くなる前に、藤堂さんに残した動画があります」恭司は震える手で動画を再生した。画面には、息を引き取る直前の私が映っている。「そうだ……もし、お兄ちゃんが本当にこの動画を見てくれたなら……七海ちゃんを、ちゃんと大学まで出し
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第9話

……ほかにも、大勢の人から何度も電話がかかってくる番号があった。電話をかけても、出る人はいない。代わりに、同じ録音が繰り返し流れる。【これからもずっと、元気で幸せに過ごしてね】なかでも、その番号に一番多く電話をかけていたのは恭司だ。薄暗い書斎で、恭司は何度も詩乃の声を聞いている。涙が音もなく頬を伝う。どれほど時間がたったのか、ようやく書斎の入り口に七海が立っていることに気づいた。「海外へ行くのか?」七海の話を聞き、恭司は眉をひそめた。「白凪総合病院の採用試験に受かったんじゃなかったのか?どうして今さら辞退する。ずっと目指してきた病院だろ?」「うん、お兄ちゃん。でも、消化器内科に進みたいの。特に、胃の治療を専門にしたくて」その言葉に、恭司は一瞬固まった。やがて、低い声で尋ねた。「それじゃ、今まで皮膚科を目指して勉強してきたのは、全部無駄になるんだぞ」「それでも、やりたいの」書斎がしばらく静まり返った。恭司はうなずいた。「分かった」七海を乗せた飛行機が飛び立ち、恭司は抜け殻のように半年を過ごした。一方、数十万人のフォロワーがいた七海のアカウントは、一夜にして非公開になった。2025年1月1日、午前0時、【復活の魔法薬がほしい】というアカウントに、1本の動画が投稿された。画面の中の私は、痩せた頬に明るい笑みを浮かべ、まるで2015年に戻ったように見える。「みんな、あけましておめでとう!びっくりした?あはは!生き返ったわけじゃないよ。これ、前に撮っておいた動画だよ!この動画を見てくれてるみんな、これからも元気で幸せに過ごしてね。家族みんなで、笑顔いっぱいの一年を過ごしてね!」動画を投稿したのは智哉だった。同じ頃、七海のアカウントにも動画が投稿された。画面に映っていたのは七海ではなく、別の女の子だった。入院着を着たその子は、ベッドに座ってカメラを調整し、レンズに向かって手を振った。「こんにちは、七海ちゃん。会ったことはないけど、あなたのことは知ってるよ。お兄ちゃんが一番お金に困っていたとき、ご飯をごちそうしてくれてありがとう。やっぱり、お兄ちゃんは受けた恩を忘れない人だね。七海ちゃんは、うちの家族の恩人で、私にとっても大切な妹みたいな存在だよ!智哉が私を
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